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維持者の恩恵

 自分が維持者であると自覚した次の日、蘇芳さんが来るのを待って色々と聞いてみる事にした。

 蘇芳さんがいてくれて、結界の維持者に関しての話を聞いていて良かった。

 何も知らないまま昨日の感覚を味わったとしたら何が起こったかわからずにただ不気味だと感じるだろう。

 今日は落ち着いた様子で部屋の扉を開けた蘇芳さんにおはようと声を掛けてまた一日が始まった。


 隣り合って朝食を取りながら、昨日の夜の件を切り出す。


「昨日の夜、蘇芳さんと別れた後ちょっと怪我をしたんだけど」

「……怪我っ?」


 大きく目を開いた蘇芳さんが、思っていたよりもずっと大きな声でそう聞き返してくる。

 思わず私も目を見開いて彼を見て、失敗したなと気が付いた。


「あ、ちょっと指先を切っただけだよ。もう塞がってる。命に関わる物とかじゃないから」

「そうなのか?」

「流石にそんな重い怪我してたらこんなに呑気に朝食とってないから」


 ホッと息を吐き出した蘇芳さん。

 まだ精神を回復し始めたばかりの彼に、怪我の話題はまずかったようだ。

 彼は今一人になるのを恐れている。

 これで私の怪我が大きなものだったらまた最初の頃の様に不安定になってしまうかもしれない。

 まあ私が維持者だと自覚したと言ってしまえば少しは安心出来るだろう。


「指先を軽く切ってしまったんだけど、その場で流れた血液ごと無くなっちゃって。その後すぐに自分の周りを膜が一枚包んでいるみたいな感覚になったの。何かに守られている感覚が一気に来たんだけど、これが維持者の恩恵なのかな?」

「そうだな、俺も自分の周りに膜が張っている感覚はある。やはり君が維持者だったんだな」

「そうみたい。でも維持者だって自覚したのは今だけど結界はずっと私の力で動いてたんだよね? 恩恵が来るのは遅いのかな?」


 一瞬考えこむような仕草を見せた蘇芳さんだが、俺の推測になるがと前置きしてから話し出す。


「俺が自覚する前も結界は機能していた。自覚した時も君と同じような感覚だったと思う。魔獣の討伐中に負った怪我が一瞬で消えて頭の中が妙にすっきりしたんだ。恐怖感は薄れて、守られているのだと強く感じた」

「そうなんだ。私も昨日はゲームの名残で怖かったんだけど、自覚したら一気に恐怖感が無くなったから精神的に守られるってああいう事なのかもね」

「……怖かったのか?」

「……まあ、うん」


 表情には出ないが少し面白そうな空気を出す蘇芳さんに誤魔化すように話を続ける。

 頼むからもうそこには触れないでほしい。


「結界が動いてから恩恵を受けるまで時間が掛かるって事?」

「もしくは結界が起動するために必要な分以外の力、つまり予備の力がある程度蓄積されてからという事なのかもしれないな。結界の力が無くなっても恩恵は続く。結界から常に送られてくる力というよりは、結界に必要以上の力を渡した事への贈答品として恩恵を貰うのかもしれない」

「じゃあ私が恩恵を貰ったのは昨日だから、しばらく結界は持つって事かな」

「君が維持者を探す儀式に参加してどのくらい経つ?」

「三年くらいだね」

「俺が恩恵を受けた時は三年経つか経たないかと言った所だったな。もしかしたらだが君が此処に入れられる直前に恩恵を貰う条件は整っていたのかもしれない。この空間は時間の流れが特殊だから、ここに入る直前に君が受け取った恩恵が今発動したのだとしたら……」

「想定してるよりももっと早く結界は弱まって行くって事?」

「おそらくは。君に維持者の説明をした後に思いついたのだが、そもそもここに入れられた時点で結界との力の繋がりの道は閉ざされている。結界と現在進行形で力がやり取りできない以上、ここに入れられる前に恩恵を受け取っていたと考える方が自然だ」


 何だか頭が混乱して来た。

 そもそも私も彼も結界に関して正しい知識がある訳でなく、自分の経験で憶測を交えて話しているだけなので仕方がないのだが。


「ええと、じゃあ恩恵は結界に予備の力を十分送ったお礼に贈り物として貰った物だから結界との繋がりが途切れるこの空間でも問題なく発動してる、と」

「そうだな」

「私の場合は恩恵を受け取ったのがここに入れられる直前、ただこの空間の時間の流れが特殊だから発動自体は昨日。結界との道はもうすでに切れているから結界はもうすでに弱り始めてるって事で良いのかな?」

「まあすべて憶測だがな。そもそもあの結界に関してはわからない事の方が多いくらいだ。いつ誰がどうやって作ったのかすらわからない。色々と矛盾はあるかもしれないが調べようも無いしな。ただ……」


 少し口ごもった蘇芳さんが結界の力が弱まっているのは確かだと思う、と呟く。

 ……桔梗たちはもう別の国へ行ったのだろうか。

 私も彼女も国の教育の一環で身を守れるくらいには鍛えられた為、一番弱い魔獣くらいならば相手は出来る。

 まあ大した腕では無いので国の助けが来るまでの時間稼ぎ程度だが。

 私も桔梗も武器に薙刀を選び、同じ師に付いて教えを乞うてきたし、お互いに多少は使える事はわかっている。

 あの子なら出発さえしていれば無事に西の国へ着いたとは思う。

 そういえばここに入れられた時に私が使っていた薙刀は置いて来てしまったし、懐に入れていた守り刀も取り上げられてしまった。

 思い出すと薙刀が手元にないのがちょっと寂しくなってくる。

 体も動かしたいと思っていた所だし、最初買おうかと思っていたエアロバイクを置くスペースはもうこの部屋には無い。

 体を動かすにはちょうど良いし、せっかく使えるようになった薙刀の振るい方を忘れてしまうのも何だかもったいない気がした。

 いつものショッピングサイトで薙刀は買えるだろうかと考えていると、食事を終えた蘇芳さんが外の様子を見たいと言い出したのでパソコンを手元に引き寄せる。

 スクリーンに外の様子を映し出しながら二人分のお茶を淹れた。

 映し出される少し明るい外の様子、時間は連動している様なので向こうも朝食が終わるくらいの時間なんだろう。

 興味深げにスクリーンを見つめる蘇芳さんの隣でショッピングサイトを開き薙刀を探してみる。

 今使っているのは私のノートパソコンなので、蘇芳さんには私が読書をしているように見えるはずだ。

 今まで使っていた物と似た薙刀を見つけたのでカートへ入れて買い物を済ませる。

 後はこれを振り回しても大丈夫な場所が欲しい所だ。

 今の私の部屋は寝室とリビングを区切ってしまったので少し狭い為、薙刀を振り回すスペースは無い。

 どうしようかと悩んでいると、隣でスクリーンを見ていた蘇芳さんが小さく息をのんだ。

 蘇芳さんの顔を見て、その視線の先のスクリーンを見る。


「あ」


 思わず声が漏れた。

 映っているのは町の端の方、誰も住んでいないような場所を小さな魔獣が三匹ほどスタスタと歩いている。

 確かあそこはギリギリとはいえ結界の範囲内だったはずだ。


「……もう破れちゃったのかな?」

「いや、おそらく結界が覆う範囲が縮まっただけだと思う」


 三匹の魔物は町の方ではなく近くにある森の方へ入って行った。

 周りに人影は無いし、町にも入っていない以上はおそらく誰も気が付いていないだろう。


「こんなに早く影響って出始めるんだね」

「結界が予備に蓄えられた力を使いだしたのだろうな。長く持たせるために範囲を狭めたんだろう」

「……このまま徐々に狭くなっていくのかな」

「おそらくな、それに強度も下がっていくはずだ」


 吐いたため息が二人分揃う。

 関わり合いになれない場所だと割り切ってはいるがあまり気分の良い物でもない。

 結局私達に出来る事は無いのだけれど。

 憂鬱になりそうな気分を変えたくて蘇芳さんに別の話題を出す事にした。


「……蘇芳さん、体を動かしたいなって思ってるんだけど部屋って増やせるんだよね?」

「ああ、他の部屋が見つかればだがな。走り回りたいというならいくつか見つけに行っても良いが」

「薙刀でも振るおうかなって思ってて。流石にいつまでも動かずにじっとしてるだけって言うのもちょっと嫌だし」

「それなら俺の部屋の方についている部屋でやればいい。歩き回り始めた時に試しにつけた部屋だが俺も今は刀を振るうのに使っている」


 なんなら俺と打ち合うか、と聞いてきた蘇芳さんにそこまでの腕は持っていないと返す。

 この人は確か魔獣討伐部隊の中でもかなりの腕の持ち主だったはずだ。

 私が時間稼ぎしか出来ないであろう魔獣を一撃で倒せるくらいの腕は余裕で持っている。

 ただせっかく扱えるようになった薙刀だし、体も動かしたいのでありがたく部屋は使わせてもらう事にした。

 薙刀は専門外だが多少なら見てくれるという彼の言葉に甘える事にして、スクリーンの電源をそっと落とす。


 真っ暗になった画面の向こうで、外の世界は少しずつ変化している様だ。


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