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悪役

 ため息を吐いた私を見た蘇芳さんがいつも通りの落ち着いた声で話し出す。


「上に立つ人間の影響はかなり大きいが、国というのは何もしなくても滅びる時は滅びるものだ」

「……あの人も一応政治の才能はあったはずなんだけどね。騙されやすいというか信じやすい人だったからなあ」

「昔話や伝承にも国を治める人間が悪人に利用され国が滅ぶ話はいくらでもある。それがこの国にも当てはまる可能性があるという事だな。俺も自分が関わっていた時代なら必死に動くかもしれないが、この空間にいるとどうしても他人事に思えて来る。君が気にしているのならば申し訳ないが」

「私もそこはもう他人事だよ。こうして外の様子が見れている事だって奇跡のような事だし、実際に外の世界に関わる事はもう無いんだもの。あなたと同じで自分が外にいて関わっていたら必死に動くだろうけどね」


 外界と完全に遮断されたこの空間で過ごしていると、外の世界の事はどうしても他人事になってしまう。

 外の事は外の人でやっていくしかない事だし、流石に罪のない町の人達の事は心配だが私の出来る事はもう何もない。

 出来る事はここに入る前にすべてやってきたつもりだし。

 それにしても悪人か、政治にかかわっていた蘇芳さんの目から見ると姉は悪人に当たるんだろうな。


「私にとって姉さんは悪人だけど、姉さんにとっても私は悪人なんだよね」

「は?」


 また首を傾げた蘇芳さんを見ながら、姉と完全に決別した日……姉が私に冤罪をかけて来た日の事を思い出した。

 いつもと同じように、いや、いつもよりもずっと憎々し気に顔をゆがめて私に向かって声を荒らげる姉。

 手錠をかけられた私にざまあ見ろと笑った姉の顔を思い出す。


「姉にとって私は唯一自分の主張を聞いてくれない相手だったからね。それどころか姉が辞めさせろと言った使用人が私専属になって家に残ってる事も多いし、自分の意見を聞いてくれるはずの父親ももう一人の娘である私の事はやっぱりそれなりに庇うし」

「そんなに使用人を辞めさせたがるのか?」

「自分の作法を指摘されたり、新しい家庭教師役の方が厳しかったりするとね。すぐに父に泣きついて家から追い出そうとするんだ。私には悪いのは姉の方に見えたし、身分差があるのに作法を指摘してくれたりする使用人の存在はありがたいから私専属の方に引っ張らせてもらってたの。家庭教師の方も優秀な方が多かったし、領主との婚姻が許されるくらいにはうちの家柄も良かったから外で知らない内に恥をかく可能性を少しでも減らしたくて」

「こう言っては何だが父君はそれを良しとしているのか? そこまで大きな家の家長が自分の娘の暴挙を見逃していれば家の存続にもかかわるだろう」


 蘇芳さんの疑問ももっともだと思う。

 うちの場合は色々なタイミングや今までの功績が上手い事重なって許されていただけだ。


「父は元々すごく仕事が出来る人だったんだけど、私の母親が私を産んでからしばらくして亡くなってしまって。父は身分が高いにもかかわらず妻は母一人で本気で愛し合ってたんだよね。だからこそ母が死んでから数年は本当に抜け殻みたいになってて。仕事は父を慕っていた部下の人達が、父がいつか立ち直るまで家を取り潰しにはさせないぞって必死に代わってくれていたんだけど。その父が立ち直ったきっかけって言うのが成長するにつれて生き写しと言える程に母に似てきた姉だったから……」

「そこまで慕われていた父親が立ち直ったきっかけが君の姉だから、他の人間も気を使ったという事か」

「父だけでなく母も部下たちには慕われていたから、母そっくりの姉に色々言い辛いって言うのもあっただろうけどね。でも一番の理由はやっぱり父だと思う。放っておいたら食事も取らないし、一歩も動かず呆然と座り込んだまま部屋に籠りっきりだった父の姿をみんな見ていたから」

「それで暴挙が許されていたのか」

「姉は元々我が儘気味って言うか、自己中心的な性格ではあったんだけど……成長する過程で自分の我が儘が何でも通るって思っちゃったんだろうね。結果我慢するっていう選択肢が無くなっちゃったみたい」

「それで唯一自分の思い通りにならない君が、自分にとっての悪人だと?」

「……まあ私をこの空間に入れてやるって思うほどでは無かったと思うよ。決定打になったのは自分が片思いしていた相手が私の婚約者になった事。それは姉本人が私をここに幽閉する前に教えてくれたよ」


 パチパチと瞬きを繰り返して私を見る蘇芳さん。

 基本的に無表情な彼だけれど、驚いたり疑問に思ったりしたことがあった時のこの仕草はなんだか可愛く見えてちょっと得した気分になる。


「君の婚約者……この婚儀の相手か?」

「そう、私は全然知らなかったんだけど二年くらい片思いしてたんだって。元々家柄的には問題ない相手だし、自分が結界の維持者に選ばれたからもう彼との間に壁は無い、って思った途端に私が彼を婚約者として紹介しちゃったから。私の現状に興味がなかった姉にとっては私の恋人があの人だった事は予期せぬ出来事だったみたいだね。もっとも私から言わせてもらえるなら、私があの人に告白されてから受け入れるまで一年以上あったんだ。身分的には問題無いし、父は自分が母と恋愛結婚だったから娘にも自由恋愛させたいって人だしいくらでもやりようはあったはずなんだよね」


 だからこそこの年齢になっても私も姉も見合いの一つもした事が無かったのだ。

 身分的には結婚していてもおかしくない年齢なのだが、姉は良く知らない人に嫁ぐのは嫌だと言っていたし、それに関しては私も姉と同意見だったので父に自分の希望を聞いてもらえるならありがたいと思っていた。


「私の元婚約者は押しに弱い人だったから告白するなり、父に頼んでお見合いを組んでもらうなりすれば結果は変わっていたと思う。姉が頼めば父も喜んでお見合いを組んだだろうし、家柄的にも断りにくい縁談になる。彼が私を好きな事も知らなかった姉が何を考えてずっと動かなかったかはわからないけれど」


 画面を見たり私を見たりと忙しくなった蘇芳さんを見てちょっと笑う。

 私が一年以上、あの人の告白を受け入れなかった理由は今私の目の前にいる。

 ……私はこの人に会ってみたかった。

 ミーハーな理由かもしれない、現実を見てなかったかもしれない。

 でもせっかくこの世界に生まれたからにはこの人に会ってみたかったんだ。

 前世でどうしようもなく追い詰められていた日々を画面の向こうのこの人に助けられてきた。

 忙しくてゲームは出来なかったが、家に帰れば部屋に飾られたこの人の笑顔のスチルのブロマイドが迎えてくれる。

 こういう感覚は架空のキャラクターにはまり込んだ人にしかわからないと思うが、推しキャラの笑顔って疲れた自分をすごく元気にしてくれる物だと思う。

 だから新たな結界の維持者が現れていなかった事を考えて、この人はこの空間かもしくは別の所で生きているのではないかと期待した。

 そうして思ったのだ、この人ともし出会う事が出来た時に恋人や夫がいれば表立って喜んだり会いに行ったり出来なくなってしまうと。

 だから何度かされた元婚約者からの告白は断っていたし、別の相手を見つけた方が良いとは伝えていた。


 けれどあの日、姉が新たな維持者に選ばれてしまった。


 新たな維持者が出てきたという事は先代の維持者はもうこの世にいないという事。

 蘇芳さんの事を諦めざるを得なかった時、まだ私の事が好きだと言ってくれたあの人に再度告白されていい加減に現実を見ようと思った。

 試しにお付き合いをしてみますか、という提案に子供の様に喜んだあの人とならうまくやっていけるかもと思ったのだ。

 実際に彼と付き合っている間は楽しかったし、恋愛感情のようなものだってちゃんと生まれていた。

 騙されやすく、けれど騙してきた相手にどうしようもない理由があった時はこれで幸せになったのならば良いと笑う彼。

 反面、純粋で悪口を吹き込まれれば信じやすく、悪だと思った相手を嫌う彼。

 そこをカバーしていこうと思える程に好きになっていた時には、もう姉が水面下で動いていたのだ。

 小さな私への不満を大袈裟にして、彼に涙ながらに訴える事を繰り返す。

 訴える過程でも私を持ち上げるように庇う事で自分の株を上げながら、私の悪口を彼の脳裏に擦りこんでいった手腕は流石だとしか思えない。

 母に似て可愛らしい顔立ちは同情を引き、守らなければと思う心は恋心へ。

 その結果、私は姉の考えた筋書き通りにあの人に捨てられてここにいる。

 ……あの頭の回転力を少しでも国のために使えれば、あの国は物凄く発展しただろうに。


『さようなら、私の人生の悪役さん。私はあの人と上手くやっていくわ。あなたみたいな悪女はずっと一人きりの空間で不幸になって、苦しみぬいて死ねばいい!』


 そう言って高笑いした姉にとって、確かに私は悪役なんだろう。

 そう話した私を見て蘇芳さんの表情が痛ましげなものに変わる。

 はたから見れば私は姉にやり込められてこんなところに押し込まれた可哀そうな人間かもしれない。

 事情を知らない人から見ればこんなところに入れられた重い罪を持つ罪人だし。

 けれど……


「私、今あんまり不幸じゃないわ」

「撫子?」

「ここに入るって決めた時もこの力があったから不安は無かった。むしろ満喫してやるって思ってた。でも今は思ってたよりもずっと幸せ。あなたと暮らし始めてまだ三日だけどすごく楽しいと思ってる。私と違って望んでこの空間にいるわけじゃないあなたには申し訳ない感情かもしれないけれど」


 またパチパチと瞬きをした蘇芳さんを見て笑う。


「この空間に入れられなければあなたには会えなかった。こんな風に誰かと穏やかに過ごしたのは初めてだけど居心地が良いって思ってる。だから今十分に幸せだって思うよ」


 姉が願った私の不幸はこの空間には一ミリたりとも存在していないのだ。

 蘇芳さんの大きく見開かれた目を見つめる。

 たかが三日、されど三日。

 この人と過ごす空間は心地よく、穏やかで過ごしやすい。

 彼も同じであればいいのだけれど。

 そう思った私の心は彼の目じりが優しく下がり、口角がわずかに上がった事で肯定される事になった。

 ほとんど表情が動かない彼の、気を抜けば見逃してしまいそうなくらいの優しい笑顔を見て、いつかこれ以上の笑顔を見られれば嬉しいなと思う。

 この空間から出られない私達に国のために出来る事は無い。

 ここで私が出来るのは目の前の彼に幸せだと思ってもらう事、私が幸せだと思える事。


 外の世界で幸せだと笑う姉、この永遠の閉鎖空間で幸せだと笑う私。


 この先どうなるかわからない事のみが共通している世界で、完全に分かれた私達姉妹の道はそれぞれ続いていく事になる。

 姉が私の現状を知らずに不幸だと思って笑っているように、外の世界で国がどうなるかは私にもわからないしもう関わり合いになれない事だ。

 追い詰められた時にあの姉が自分の我が儘を捨てられるとは思えない以上、あの国の未来には暗雲が立ち込めているのだろうけれど。

 姉が改心しようがそうでなかろうが、私をここに入れた事を後悔しようがしまいがもうどうでも良い。

 目の前の彼が幸せだと笑ってくれるようになり、尚且つこの幽閉生活を満喫する事が今の私の一番の目標なのだから。

 こんな風に考えている辺り、私は姉の事を言えないくらい自己中心的なんだろう。

 蘇芳さんに笑い返しながら、やっぱり私も姉の言う通りの悪女なのかもしれないな、なんて事を思った。


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