外の世界
真っ赤な鳥居が並ぶ石造りの道の先、赤と白を基調とした建物の中にたくさんの人が集まっている。
呆然と画面を見つめていると、音がぶつりと消えた。
画面はそのままだが、何故か音声だけが遮断されたようだ。
「婚儀か? あの神社はまだ健在なんだな」
「姉さん……」
スクリーンの中に映る大きな神社を見てそう呟いた蘇芳さん。
その横でポツリと呟いた声が部屋に響き、首を傾げた蘇芳さんが私の顔を見た。
「君の姉……向こうで維持者として扱われている人間か。ならばこの神社での婚儀なのも頷けるな」
今スクリーンに映っている神社は、下手をすると領主よりも権限を持つ事がある神職の中でも強い権力を持つ人間が集まる神社だ。
その為ここで婚儀が出来るのは身分が高い人間限定になる。
もう式は終わっているのだろう、私の元婚約者の姿が見えないのは領主引継ぎの為の儀式の方に行っているからかもしれない。
「私をここに入れてから早急に式の準備をしたら確かに今頃か……」
「……どういうことだ?」
そう首を傾げた蘇芳さんをいちいち仕草が可愛い人だな、なんて思いながら彼の疑問に答える。
「私をここに入れるために冤罪をかけて来たのは姉さんだから。最終的に入れる決定をしたのは私の婚約者、ああもう元婚約者か。元婚約者が姉に騙されて言われるがままに私をここに入れる事を決めたんだよね。あの人は次期領主だからそういう権限はあるし。だから多分この婚儀は姉さんと元婚約者のものだと思う。領主の結婚式なら確実にこの神社だしね」
瞬きの回数を増やした蘇芳さんが絶句して私を見る。
この人無表情だけど感情自体はわかりやすいよなあ……可愛い。
そんな彼が言葉を探している風だったので、気を使わせている事に気が付いて慌てて口を開いた。
「もう婚約者に未練は無いし、熨斗つけてくれてやるっていう心境だから気にしないで」
「そ、うなのか?」
「それはそうでしょう。ここに入るって事は発狂しろ、もしくは死ね、って思ったって事だもの。他の女性に騙された挙句自分に殺意を向けてくる男の人をいつまでも好きでなんていられないよ」
「そうか。……領主か、ならばおそらく俺や俺の兄の血筋を引く男なんだろうな」
「世襲制だからおそらくは。そう考えると私はあなたと親戚になる予定だったんだね。厳密にはちょっと違うけど」
「そう言われるとそうだな」
彼との新しい関係を一つ見つけてちょっと嬉しい気分になりながらスクリーンを見つめる。
それにしてもこのパソコン本当に何でもありだな。
まさかここに入ってからこんな形で外の世界の様子を知る事になるなんて思わなかった。
神様だか悪魔だか知らないけれど、人知を超えた存在が与えてくれたであろうこのパソコン。
今まで以上に大切にしようと決めて、何となくスクリーンを見続ける。
スクリーンの中の姉はどう見ても高いであろう豪華な装飾品をジャラジャラと付け、周辺国の方々や自国の名家の方々と話しているようだった。
「君の姉だというのにこんなことを言うのは申し訳ないが、領主の婚儀だとしても装飾品が多すぎないか? もう少し落ち着いた物を少しだけつけるものだと思っていた。俺の時とは時代が変わっているから何とも言えんが」
「や、私は姉の事は大嫌いだからそこは良いんだけど。装飾品に関しては私も多すぎると思うから時代の変化は関係ないんじゃないかな」
そう返した私を驚いたような雰囲気でじっと見つめる蘇芳さん。
悪口みたいになってしまったから不快な思いをさせてしまっただろうかと少し慌てたが、彼の口からは予想外の言葉が飛び出して来た。
「君も、誰かをそこまで嫌いだと思ったりするんだな」
「……私そんなに聖人君子なつもりはなかったんだけど」
「俺の事が伝わっているとはいえ、いや伝わっているからこそか。俺のような不審者が部屋に居座って共に過ごすのを受け入れてくれているくらいだから、そういう風に誰かを嫌いだとか憎いだとかはあまり思わないのかと思っていた……少し安心した」
「安心?」
「俺は俺をここに入れた兄も、最後に俺を裏切った友も憎いと思っている。勝手だが君にもそういう感情があって良かったと思う」
そう言ってスクリーンに視線を戻した蘇芳さんに続いて私も視線を戻した。
そんな風に彼が思っているのは気が付かなかったが、確かに客観的に見れば私はすんなり受け入れ過ぎなのかもしれない。
ただやはりこの特殊な空間で小さな事をいちいち気にする気にはならないし、この三日間で蘇芳さんに不快な気分にされた事は一度も無いので嫌いだなんて天地がひっくり返っても思わないと思う。
元々ずっと好きだったキャラという事もあるが、実際の彼もすごく素敵な人だと思っているし。
余裕が無いはずなのに日中ここで過ごして冷静でいられる間はしっかり私に気を使ってくれるし、とても紳士的だ。
夜寝る時間を一人で過ごすせいで起きた時に不安になるのは彼の境遇上仕方がない事だと思っているし、朝に彼が飛び込んでくるのは問題無いと思っている。
そこまで不安なのに私の部屋の方で寝かせてくれとは一度も言ってこないし、それが女である私への気遣いだという事にも気が付いているので彼との生活に不安を感じる事は無かった。
だからこうして隣にくっついて座る事に対しても嫌悪感は意外なくらいに無い。
二人で見つめるスクリーンの中では相変わらず姉が色々な人と話している光景が流れている。
私も元恋人との婚約時代に見た事がある人が多いので、結構地位のある人が多い印象だ。
私は正直姉の結婚などどうでも良いのだが、百年後の外の世界という事で画面の端に映る建物の外などが気になるらしい蘇芳さんは真剣に画面を見つめている。
まあ気になるよね、と納得して自分もぼんやりと流れる映像を見つめる。
流れていく様々な人の顔を見ている内にある事に気が付いた。
「あれ? いない」
「どうかしたか?」
思わず呟いた言葉に蘇芳さんが反応を返してくれる。
少し悩んでから、感じた違和感について話すことにした。
「その、この結婚って一応領主の世代交代の意味もあるはずなんだよね。だからこれからは私の元婚約者が領主になると思うんだけど」
「ああ、確かにこのくらいの年齢での結婚なら交代するだろうな」
「うん。だからこそ、この国や他国のお偉い様方が来てるんだけど……現領主様の側近で一番権力のある方がいらっしゃらないみたい」
「たまたま見えない所にいるのではないのか?」
「さっきから領主様が映ってるんだけど、常にお傍に控えていた方だから映らないって事はこの場にいないんだと思う」
その側近の方には婚約が決まってからすごくお世話になったので尚更気になる。
短い期間だったが、領主の妻としてやるべき事をしっかりと教えてくれた人だ。
物凄く厳しい厳格なおじいちゃんだったが言っている事はすごくためになって、純粋すぎて騙されやすい婚約者に嫁ぐ予定の私にはありがたい存在だった。
最後に会ったのは私が投獄される一日前、もうここへ入れられる事が決まって部屋に閉じ込められていた私に会いに来てくれたのだ。
てっきり責め立てられるのかと思ったのだが、あの人は厳しい顔はそのままに私の手を握ってすまない、あの空間でも自分に負けるでないぞ、と言ってくれた。
桔梗や私を慕ってくれていた使用人以外の人で、私を信じてくれた人の一人だ。
領主様の側で長い間仕え続け、傍で支え守り続けた人。
そんな人が領主交代を意味する婚儀に出ないなんてあるのだろうか。
そんな話を蘇芳さんに話しながら少し不安になってくる。
「病気とかじゃないと良いんだけど。最後に会った時はお元気そうだったし」
「君が冤罪だと知っているのならば、あえて参加していないのではないか? 状況を考えれば君の姉が黒幕だと気が付きそうなものだしな」
「そういう感情で重要な場を欠席する方だとは思えないんだけど」
むしろ姉から領主様を守るために張り切って参加しそうな御方だ。
少し考えて、まさかと思いついた事に顔が引き攣った。
「どうした?」
「少し思いついたんだけど、あの人って言ってる事はすごくためになるし正しいんだけどともかく厳しいんだよね。私も本気で泣きそうになった事が何回かあるし。領主の妻になる人にあの人が教育を申し出ない訳は無いから姉にも色々指導しに行ったと思う」
「……少し聞きかじっただけでも君の姉にはそういう御仁は相性が悪いように思えるが?」
「うん。元々我慢が出来ない人だし、私の元婚約者は姉さんに惚れ込んでる状態だったから姉さんから言われればその人を追放するくらいの事は言いそうだなって。姉さんそういう事への言い回しはすごく上手いし」
「だがそのような御仁なら現領主が黙っていないだろう」
「そうだね。ここに入る前の感じだと領主様も姉さんをかなり気に入っていたようだったけど、流石に処刑とか追放とかを言われてもしないとは思う。でも息子が後を継いだら引退させるくらいの事ならするんじゃないかな。姉さんや私の元婚約者が拒否すれば二人の婚儀には参加できないだろうし」
さっきまで姉が話していた人達の顔を思い浮かべる。
「他国の方々に関してはわからないけど、この国の方々で映っている人達はあまり関わり合いになりたくないと思った人ばっかりだった気がする」
「関わりたくない?」
「まあ、あれだよ。権力を笠に着てる人とか、物凄く媚を売って来る人とか……」
「ああ、なるほど」
「……その人だけじゃなくて国の為に厳しい事を言ってくる人たちが軒並み見当たらない気がする」
私の言葉を聞いた蘇芳さんが画面をじっと見つめた後、少しだけ目を伏せる。
「もしそれが君の姉や元婚約者によって閑職に追いやられたり、国から追放されたりしていたとしたら……結界の効力が切れるよりも先に大きな危機が訪れるかもしれないな。流石に気に入らない人間を全員追い出すなんてことは不可能だろうが、そういう判断が効く人間は国が亡びる前に自分から離れて行く場合も多い。現領主に恩義があっても新たな領主に愛想をつかして自ら辞めて行く可能性も高いだろう」
蘇芳さんの言葉を聞いて、大きなため息を吐く。
婚儀の場を見ただけの感想だし間違っている可能性もあるが、国の未来に暗雲が立ち込めているのは確かな気がした。