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01:帰ってきた超鋼衛兵

01:帰ってきた超鋼衛兵


 大手系列ショッピングモール【デオン】、ダイナゴヤ市ノイエ中村区店の一階。

 四階まで吹き抜けとなった中央ホールの周りに構えられた飲食店の一つ【ライス珈琲】で。流星商事営業二課の小田原公継課長と、同課新人営業の三方原典子は、今まさに不倫への一線を超えるかどうかの瀬戸際にいた。


「まあ、熱海……素敵ですね、課長」


 二人が挟むテーブルの上には、観光地のパンフレットが三冊。熱海、下呂、志摩。それを視線でなぞりながら、まだ二十代前半のはずの三方原が妖しく微笑む。

 そう、この上司と部下は外回りにかこつけて、不倫に踏み切るための旅行の打ち合わせをしようとしているのだ。何という背徳の密談!


「フフフ……急に行ってみたくなってね」


 小田原課長は、そう言って長い脚を組み替えた。

 身長186cm、週二回のジム通いも欠かさない彼の身体は四十過ぎとは思えぬほど引き締まっており。また、齢による渋みが整った顔を加算方向に彩っている。瀟洒なスーツ姿と相まって、いかにもやり手の社会人……という雰囲気を漂わせていた。実際彼は、優秀な営業マンでもある。

 個人として成績を存分に上げ、部下をよく育て統率し、上司からも将来を期待されているビジネス漫画の主人公のようなこの男は。まさしく青年コミックやトレンデードラマのお約束から悪影響を受けて「そろそろイケてる俺は若い部下と不倫とか嗜んでみるべきかナー」と、同課の新人相手にここ数ヶ月をかけ距離を縮めていたのだ。


「私も……ずっと……行ってみたいな……と思っていたんです」


 対する三方原典子も、只者ではなかった。

 幼小中高大と所属したクラスや部活またはサークルで、尽く寝取りや色恋沙汰による波乱や内紛を引き起こし、彼女を知る者の一部からはサークルジェノサイダーとか扇動プロヴォケーショングランドマスターと呼ばれ恐れられている怪物だ。

 事実この半年で、営業二課の若手の半数が既に彼女の毒牙にかかっている。次の獲物が小田原課長であることは……これを読んでくれている良い子の諸君には、語るまでもないことだろう。


「ああ、それは、奇遇だね」

「ええ、ですから」


 パンフレットの上で、不必要に艶かしく指を這わせる三方原。


「ひょっとしたら……次の三連休で、たまたま私達が同じ熱海でばったり、と会ってしまう」


 唇を舌でなぞり。


「なぁんてことが……あるかも……知れませんね」


 はぁ、と息を吐く。

 あくまで偶然を装う、社会人の狡猾な社内恋愛技術だ!


「あ、ああ。そうだね」


 三方原の妖しく猥りがましい様に、小田原課長が息を飲んだ時。その視界の隅で。


 ずごぉおん!


 と、大きな破砕音と共に吹き抜けホールの床が隆起し、弾けたのである。


 ごっごっごっ!


 大小の構造体が四散し、買い物客を襲う。

 脚を折られた老人や、腹に受けうずくまる青年。小さな男の子の手を引いていた若い母親は運悪く頭部に命中し、そのまま床に倒れ込む。

 破片は無論小田原達の喫茶店にも飛来し。大きな窓ガラスを砕いた後、さらに店内の装飾を存分に蹂躙した。


「きゃあああ!?」

「ぬああ!?」


 最新の強化ガラスである。おかげで不倫カップル予備軍は破片による大怪我を免れたが、ガラス自体は全体が砕け散り、ホールと店内との空気を繋げていた。

 粉々になった欠片を懸命に払い除けながら小田原が顔を上げると。その瞳には丁度、中央ホールの盛り上がった床が映るところであった。いや、隆起だけではない。


『キェッパー!』

『キェッキェッ!』

『ケカーッ!』


 コンクリート塊や変形した床材でうず高くなったその小山からは、奇声を上げながら次々と異形の者達が飛び出してきていたのだ。


「か」


 目を剥いた小田原は口を開き。


「「「怪人だー!」」」


 期せずして、何人もの買い物客と同じタイミングで叫ぶ。


「逃げろー!」

「け、警察! 警察に通報するんだー!」

「バウンテーハンターを呼べー!」


 そして惨禍に巻き込まれた市民達は、狂乱状態に陥ったのである。


『グロッコッコッコ、叫べ叫べ。喚け喚け。お前達の恐怖が大きいほど、我々が得られる特異点の愛は大きくなり、野望に近付くのダ』


 混乱し、錯乱してぶつかり合い、這うように逃げる、いや逃げようとする買い物客達。

 その様子を。異形達の中でもひときわ大きい体躯をした亀のような怪人が、笑い声を上げながら眺めていた。


 ……怪人。


 これを読んでいる良い子の諸君ならば、よく知っているだろう。

 だがここは、敢えてもう一度説明させていただく。


 五十年前、【時空震災】と共に世界各地に現れた特異点。

 そこから湧き出す未知の力を得た超常の者。

 あるいは、その力を応用して改造を受けた人外の物。

 もしくは、特異点自体に惹かれて現れた尋常ならざるモノ。

 特異点の独占を目論む組織、結社、帝国が従える異形、それらを総括した呼称が【怪人】なのだ。


 そのため特異点となった都市や地域は、内外からの脅威に晒されることとなる。

 伊勢湾に浮かぶ特異点島【代名古屋ダイナゴヤ市】も、勿論その例外ではない。


「何てことだ……! くっ、三方原君、大丈夫か!?」


 倒れたテーブルの陰で、三方原の頭や髪に降り注いだ破片を払い落としながら。小田原課長は愕然とした表情で呟く。

 やっと目を開けた営業ウーマンは課長の腕の中から周囲を見回し、その惨状に小さく悲鳴を上げた。


「か、課長!? これは……!」

「そうか、君は群馬出身だったね。話では知っていても、こういうのは初めてだろう」

「課長はご経験があるんですか!?」

「子供の頃、怪人にバスジャックされたことがある」

「まあ!」

「代名古屋市……いや、ダイナゴヤだけじゃない。東海地方に住む者なら、怪人との遭遇はそこまで珍しいことじゃあ、ない。もっとも、ここ最近はこんな市街地で大掛かりに襲撃してくるような組織は無かったがね」


 テーブルの盾越しに怪人達の様子を窺う小田原。三方原は、唖然とした表情で彼の横顔を眺めていた。


『グロッコッコッコ! 我々は秘密組織【バイオニックアポカリプス】! そしてこの俺様は、組織の四天王の一人にして最強の怪人、アイスキュロス!』


 中央ホールでは、怪人達のリーダーと思われる亀男……アイスキュロスが、混乱する市民達へ向けて名乗りを上げている。

 一見冗長にも思える行動だ。だが、特異点ではこの冗長さこそが重要なのだ。


 特異点の「力」とは、そこに住まう者に運命的な力を授けるものである。

 発想、金運、技術、はたまた異能と様々だが。【時空震災】の発生以降、地球上の創作や発明の九割以上は、特異点の影響圏内からもたらされていたのだ。現在の人類は、特異点の恩恵に預かり過ぎて、最早それ無しには生きていけない。

 それゆえ、人も。そして人ならざるものも。意図して、または意図せざる内に特異点へと強く惹き付けられていくでのあった。

 危険度の高いダイナゴヤ市に多くの人が集まり住み続けるのも、そういった理由によるのだ。


 そして。


 特異点は情緒の無い者を愛さない。

 特異点に愛されぬ者には、絶対に勝利は訪れないのだ。

 これは、五十年かけて全人類が学んだ経験則である。

 それ故、特異点の力を狙う輩も。その理を決して蔑ろにはしないのだ。


 この怪人達が白昼にショッピングモールで市民を襲うという、子供向け映像番組のような古典的暴挙に出ているのも。

 決して無意味などではなく。ゆくゆくは特異点を支配するため、その愛を得るために必要な、法則に則った合理的行動なのである。


『キェッパー!』

『どうしたのダ、モスキリオン』


 突然叫びだした蚊のような相貌の怪人に、アイスキュロスが尋ねた。


『の、脳髄吸いたいッ! 吸いたいデッチュー! いいでチュよね? もうやっていいでチュよね!? アイスキュロス様!』

『卑しい奴ダ。ダが、そうダな。もういいダろう。後は恐怖をばらまく番ダ。いいぞ。存分にやれ』

『ヤリャー!』


 狂喜したモスキリオンは周囲をぐりん、と見回し。それから一点へ視線を定める。

 その先にいるのは、倒れた母親にしがみつき、泣きじゃくる一人の男児。

 この怪人は。若く新鮮で、恐怖に染まった幼子の脳に狙いを付けたのだ!


「おがあざあああん!」

『キパー!』


 モスキリオンは顔の前部に生えた針状の口吻を幼児へ向けると、両手の指を妖しく蠢かせながらにじり寄る。

 怖れと絶望に支配された子供は、それでもなお母親から離れようとはせず、ただ泣き叫び続けていた。

 男児へ迫る、欲望の怪人。


 一歩。

 二歩。

 三歩。その時である!


『オーバーメタル・ニードロォップ!』


 突如。

 突如として、吹き抜けの上から。天井を貫いて。

 まるで垂直に撃ち込まれた砲弾のように、「それ」はモスキリオン目掛けて落下してきたのだ!


 ズゴン! と。

 鈍い光沢を放つ「それ」の右膝が、怪人の背中に突き刺さる。

 モスキリオンは叫ぶことすら出来ずに背骨と神経、そして心臓を破壊され、即死した。


《α曰く。各部装甲、関節に異常無し》

《β曰く。アダマン粒子残量95%、戦闘可能と見做す》

《γ曰く。バイタル、マインド正常。ブランク問題無し》


 奇妙な案内音声を発しつつ、床に崩れ落ちた異形から立ち上がった「それ」は、一見すれば自衛隊の主力を担っている現行ロボット兵器のようにも見えた。

 人型こそしているものの、全身は得体の知れぬ金属の外骨格で覆われており。装甲の隙間から吹き出す排気と可動に合わせて漏れる駆動音が、機械じみた雰囲気を漂わせているのだ。

 だが、「それ」をロボットだと思った者は一人も居ない。

 何故なら、問わずとも確信させる強固な意志と人格の存在が、装甲越しに熱量を感じさせるかのように、ひしひしと伝わっていたからである。


「彼」は、怪人部隊と市民の視線を一身に集める中。


 ばっ

 ばばっ

 ぐるーり

 ばっ!


 と。動きを付けたポージングを決め。


『超鋼衛兵』


 ばばっ!


『アダマリオン!』



 対峙する怪人達へ向け、声高に名乗りを上げたのである!


「……」

「……」

『……』


 皆が、黙っていた。

 怪人は怪訝な表情を浮かべたまま互いに顔を見交わし。

 泣き叫んでいた子供達は口をぽかんと開けてそれを眺め。

 よれよれのシャツを着た青年は記憶を探るように首を傾げ。

 セーラー服の少女は困惑した面持ちで。

 足に怪我を負った老人は目を丸くし。

 物陰に隠れる若い女性は眉を顰めて警戒の視線を向けていた。


 だが、様々な年代の色々な者達がただただ唖然とする中。

 一部の、一部の男達は。滲む視界で「彼」を見つめ、身体を震わせていたのである。


「アダマリオン!」

「俺達のアダマリオンだ!」

「生きていたんだ!」

「アダマリオオオン!」


 それは、中年の男達であった。

 三十、四十代の彼等は、突如現れた鉛色の「彼」を見るや。

 家族や周囲の目も憚らず狂喜し、叫び、涙を流したのだ。

 泣き崩れ、床に膝をつく者までいた。

 そしてそれは、小田原課長とて例外ではない。


「アダマリオーン! アダマリオオゥン!」


 年齢も立場も忘れ。涙で顔をぐしゃぐしゃにしながら、歓呼の声を上げ続ける小田原課長。

 その姿に三方原は「うへ」と小さく呻いたが。すぐに気を取り直して、彼に問いかけた。


「か、課長。課長はあのアダマリオンとかいう変なのをご存知なのですか」

「知らないのかね!? 三方原君!」

「す、すいません」


 沈着な社会人の外皮を何処かに脱ぎ捨ててしまった上司に戸惑い、彼女は首をすぼめる。


「超鋼衛兵アダマリオン! 四十年前に登場してから十年間! ダイナゴヤ市を守り続けた僕らのヒーローだ! 爆発崩壊するギガンティック帝国の空中王城と共に行方不明になるまでの間に、32の悪の秘密結社、11の邪な帝国、5つの宇宙海賊団と3つの異星侵攻軍、2つの異次元侵略群を壊滅させ、怪人の撃破数はなんと、1,300体以上にのぼるッ!」

「なな何で課長、そんなに詳しいんですかー!?」

「わっはっは! 当時の子供は皆、友達と協力してアダマリオンの活躍を追いかけ続けたものさ! 当時の記事のスクラップ、ヒーロー雑誌や学年別学習雑誌に載っていた特集やインタビューの切り抜きは、今も家に大事に保管しているよ! 息子にだって触らせやしない!」

「そ、そうなんですか。ヘー、スゴイナー、スゴイヒイチャウナー」

「そうさ! すごいんだよ!」


 熱をもって語る小田原課長に、彼への熱を失った三方原が後ずさる。


「お、おい見ろ!」


 小田原と同じく、かつて良い子だった誰かが叫んだ。

 再び集まった視線の只中で、アダマリオンがゆっくりと腰を落とし。右手を胸元に、左手を全面に突き出した構えを取る。


「「「ああっ」」」


 元少年達は吐息を漏らした。


 一目で分かる。三十……三十年前まで、何度も良い子達が目にしてきた姿だ。

 多少の時期は違えども。憧れ、焦がれ、幼かった彼等が幾度も幾度も練習し、真似てきたファイティング・ポーズなのである。


 そう、だから。

 だから男達はアダマリオンがこれから発する言葉を熟知しており。

 戦いを見守る彼等が次に何をするべきなのかも、魂に刻みつけていたのだ。


『……さあ、行きますよ怪人達』


 双眸に似たバイザー下の光を煌めかせ、超鋼衛兵が告げた。

 かつての良い子達……いや、【良い子】へと戻った男達は目を輝かせながら、一斉に息を深く吸い込んでその時を待ち構える。


『……アダマリオン・オーバーメタル・ファイト』


「「「「「「『レディ・ゴー!』」」」」」」

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