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夢シリーズ(仮称)

春雨の森

作者: k.はる


 静かな雨が降る。


 さーっと響く音は木々の歓声なのだろう。


 木と水のカーテンに隠された遥か彼方からも、その声は聞こえてくる。


 雨音を愉しむなんて初めてではないだろうか。


 日常の雨は面倒なことでしかなかった。


 片手を奪い、視界を奪い、時に命をも奪う。


 外出を煩わせ、室内でも気持ちが暗くなる。


 足が濡れて冷たくなる。靴が滑り転びそうになる。


 あまつさえ雨音は集中力を乱し、ストレスをぶつける格好の的だった。


 その雨音に、いま、魅せられている。


 体に降り(しき)る小雨は熱を奪うどころか温もりさえも感じられる。


 ひとつぶひとつぶに優しさが包まれている。


 とても不思議な気分だった。




 不規則に生える草木は嵐気(らんき)に包まれ、春雨に打たれている。拒むことなく、求めることもなく、ただされるがままと、いや、それが当たり前であるかのように(そび)えている。


 雨もまた降り続ける。変わりなく降り続ける。いつから降っているのだろう。いつまで降っているのだろう。頭の片隅に浮かんだ疑問は、姿をはっきり現す前に消えていった。

 なんとなく足を踏み出す。ただの気分。しかし明確な感情に従ったまでだ。


 しっかり染みているのか足元に水溜まりはなく、だから足音はこの自然の合唱の邪魔をしない。耳はひたすらにその演奏を取り込む。景色が動いてなければ、歩いていることを自覚できないほど。


 どこに向かうでもなく、ただ停止していることをやめただけの体は、歩みを進めるほど軽くなっていく気がする。視界の上下振動はない。そのうち体の感覚が無くなって、心が、五感だけを持った心が、実態があるかも判らない浮遊物として存在するようになった。丸く集まった(もや)のような、重さのない光の幻影。体という束縛から解き放たれた意識体(マインド)が、現実の重圧から逃げ出した精神(スピリット)が、自分をたしかに認識して居る。四肢は消えた。そこに溜まった怠さとともに消えた。頭の淀んだ感覚や腰の痛み、動くことの煩わしさも消えた。だが――――――――。


 多くの刺激(ストレス)から自由を得た。残るのは視覚情報・聴覚情報・嗅覚情報。それもどこか薄っぺらい無味乾燥なもの。ここに居るはずなのに、どこかVRみたく中途半端なクオリティ。せっかくの、この美しい空からの恵みを、これだけしか感じられないとは何たることか。疲れの溜まったからだから抜け出したいと願った、それは事実だ。しかしそれが、今まで感じられていた喜び――――悦びを、これほどまでつまらないものにしてしまうとは。


 刺激(ストレス)には多くの種類がある。俗には悪い印象を受けるかもしれないが、本来は良いもの悪いもの全て含めて刺激(ストレス)だ。逃げてしまえば苦しくはないだろう。しかしそれはとても退屈なことなのだ。現代は刺激(ストレス)に溢れ過ぎている。故に自然と、悪いものも増えてくる。比率として変わらなくとも、絶対的には確実に増える。それはとても辛いことであるが、良いものも増えると言うことだ。何かをするには短く、何もしないにはとても長い時間を、ほとんど刺激(ストレス)のない状態で過ごすことに比べれば、たとえ悪いことがあろうと、あの世界は充実していると言える気がする。


 社会で生きることを嫌に感じていたが、それはとても見当違いなこと。あそこはとても恵まれている。何かすることがあるということは幸せだ。


 そこまで考えてようやく判る。これは夢だと言うことを。


 表面で辛がっていた自分に、自然という癒やしと、現状の幸せさを教えてくれた。


 きっと夢とは、意図してみることができない本心を教えてくれるものではないのだろうか。


 辺りの光度が増していく。


 朝が来たのだろう。


 いつもは望まない朝だけれど、今日は気分が良い。


 だからきっと言うのだ。


 一人きりの部屋で。


 おはよう、と。

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