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学校での昼食:寒空ハッピーデイ

旧ナンバリングでは その2の冒頭


 一月二十三日(金曜日 朝)


 新しい世界がおれの眼前に広がったあの夜から、二日が過ぎた。

 おれを取り巻く身近な世界の別側面を目撃した事以外には、何のイベントもトラブルもなく、今日も今日とて仲良く登校する。


 地元行政自慢の直線道路が山の中腹まで伸びている。

 パリの凱旋門通りをモチーフにしたという。

 色々と思い切りのいい決断を下したこの通りは、全長七㎞あり、通称ぶち抜き道路と言われている。

 夏には海岸に沿って、ファッショナブルなジェラート屋台から日本の定番焼きそばまで幅広いジャンル夏屋台が軒を連ね、日中の通りは観光客で溢れかえる。

 寿太郎さんが管理しているという事で、簡単な届け出だけで出店できるという事もあり、暴力団関係者や土着行政利権の立ち入る隙もないらしい。

 だから、この通りは街のシンボル的役割もあるし、地元の健全な夏の風物詩だ。


 ぶち抜き道路と並行に走る私鉄の線路がある。

 線路は山の麓からはぶち抜き道路の枝道と並行に線路は海岸線を沿うように半島を周る。

 そして千葉市・東京方面へと続く。


 ぶち抜き道路の本道は山の中腹付近で途絶るが、そこから道幅の狭い、いかにも田舎道といった風情の国道と合流する。

 国道よりもぶち抜き道路の方が道幅から路面の状態から何から何まで勝っているのは、設楽寿太郎宅へと続く道だからであるという噂が地元では信じられている。


 他の土地ではあまり目にしないらしいが、浜辺に張り出すようにして奥間駅という駅舎がある。

 その駅が偽設楽家・設楽本家共に最も近い私鉄の駅だ。


 その駅舎と道路を挟んだ向かいに八幡山中学校と八幡山高校が並び建つ。

 そのまま進むと、設楽本家のお膝元の山の麓に香ちゃんが通う小学校がある。


 カイリスが鞄を小脇に抱え、ビシっと親指を立てて颯爽と別れの挨拶を交わしてから、登校する中学生達の流れに埋没した。


 「可愛らしい外見と裏腹に、行動と思考が男前すぎて妹っぽくない妹だよな」

 おれがそう呟くと、そうですねと、姉っぽくない姉がしみじみと同意した。


 杏子と二人で高校、通称八高へと向かう。

 八中・八高生の他にも、集団登校中の小学生やら、サラリーマンやらの数が増えてきた。


 杏子はいつものように、自然におれの傍らから離れていく。

 おれも知り合いやクラスメートと挨拶を交わしつつ、教室へと向かった。



 昼休み、教室の廊下から昼食の誘いに現れた杏子と合流した。

 柳の駄々を今日は上手くかわす事ができた。

 柳や男共からの羨ましげな視線と、なぜか妬みの視線を感じる。

 外部的には兄妹だという設定なのに、だ。その嫉妬心を心地よく感じながら、学食へと足を向ける。


 学食は寿太郎さんが気を利かせてくれているので、ツケで食べられる。

 三千三百円という、高校で、いや大学であろうと社食だろうと無謀としか思えない、浜風ランチを毎回食せる身分なのだが、杏子はそのツケでの支払いを嫌う。

 忌避していると言い替えてもいい。


 一度、自然の摂理を呪う程の空腹時に、杏子が学校を休んだことをいいことに、に黙ってツケで牛丼を食べた事があった。

 すると謎のツテか、秘密も情報網ルートでそのツケの事を知ったのか、妹達が、バイトの時間を大幅に増やそうと画策し始めた。

 それ以来、ツケを利用する甘ったれた考えをきっぱりと捨てた。


 素うどんを買い食堂を出る。二人合計百円也。

 うどんの他には、家から持ってきた塩にぎりを一つ杏子が持ってきている。

 それがおれ達二人分の今日の昼食となる。


 杏子は貧乏くさい食事風景を気にしている風なので、人目の少ない場所に腰をおろす。

 入学当初からこの昼食を続けてきたので、一時期は色々と場所を移すおれ達兄妹をつけ回すように、男共の弁当のコロニーが夏場の風呂場のカビのごとく増え続けた。

 しかし気軽に近づける雰囲気ではない、と知ると徐々にその数を減らし、去年なんかには真冬には、そのカビ共は完全に消えていた。


 来年度の春になれば、また事情を知らぬ新入生のカビコロニー候補生の男共が同じ事を繰り返すだろ。

 でも心配はしていない。昨年、今年と同じで初冬を迎える頃には落ち着くだろう。


 しかし、最近はひとつ懸念ができた。

 柳とやる色々な賭け事に負けると、勝者である柳がこの昼食時に同席を望む権利を行使し始めた。馬鹿なのに知恵が回るからやっかいだ。

 それにともなっておれのガードが甘くなったとの噂があるらしく、真冬であっても、柳が同席時には、根性をみせるコロニーがチラホラと現れ始めたのだ。

 あの男との賭け事には偽設楽家の生活に潤いをもたらす一面(砂糖や茶菓子などを要求)もあるので、なかなか無碍にはできないというのが、歯痒い現状だ。


 昼食事情を取り巻くこの環境には、二律背反として、こうも思う。

 常々、男はクソだと思っている。

 妹と公表してるとはいえ、この地元でも有名な美人の妹との昼食の時間は大変誇らしい。

 なんならば放送で場所時間を告げた上で、集まった男子生徒に見せつけるようにして食べたいものだ。

 だが、悲しいかな、偽設楽家の兄妹の設定が今度は己に牙を剥いてくる。

 おれがキャッキャウフフと、昼飯を分け合ってる光景なんて、異常だからなぁ。


 でも今日は最高だ。曇天な上、風が強く、しかも柳がいないので、誰の目も気にする必要がない。

 照れまくる杏子を見ながら、至福の時間を過ごして、空腹と幸福感を同時に満たした。


 食後に、うどん容器を捨てに学食へ戻ると、フラフラしていたよっちゃんと彼女の友達を、杏子が半ば強引に捕まえ、井戸端会議の輪ができた。

 よっちゃんとの仲を勘違いしている杏子が、私ってば空気を読んでますって感じのドヤ顔が可愛くもあり、少しイラッとした。


 途中カイリスから杏子のスマホへと連絡が入り、学校を早退してこれから仕事へ向かう旨が告げられる。

 偽設楽家の妹二人はスマホを持つが、カイリスからおれには必要ないという事を恐ろしく遠大で婉曲的言い回しで説得されたので、持っていない。

 必要とあらば、二人のを借りるている。

 普段の環境から、世間の目には大変ヒモっぽく映るし、その位の空気は読みますとも。

 通話後に、カイリスの普通ではないその仕事話で、大いに盛り上がった。

 おれは面映ゆさ混じりの大変な誇らしさで会話に参加している内に、昼休みが終わった。

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