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突然の曇り模様

旧ナンバリングでは その1の一部

 アヒル荘の玄関前を掃除をする大家さんと挨拶を交わしてから、急坂を下りる。

 坂が緩やかになる辺りから家屋が無くなり、浜辺脇の防風林の脇にある道を通って駅前方面へ向かう。

 浜辺は夏には観光客で埋め尽くされるのだが、今は地元民で定年を迎えたじいさんばあさんおばさんおじさんが散歩をしているだけだ。

 いつもは三人+香ちゃんとなるが、今週は日直当番で早いらしい。


 偽設楽一家のみという事で、自然と会話の内容は家族内の秘密、今朝の続きとなった。

「そもそも、昔のおれってどんなだったんだ?」

「……それは貫一が自分で思い出して」

 カイリスが防風林の向こう側、浜辺の方に視線を送りながら、そう言った。

  異世界貫一が課したという段階的情報規制のひとつだ。とりつく島もない。


 外出した事で、カイリスのおれに対する呼び方が変わる。

『マスター』や『マイロード』(舌足らずで『まいろー』と聞こえるめったに言われない大変レアな呼び方)といった呼び方は『貫一』と統一される。

 そして七号室内ではカイリスが『杏子』と呼び捨てにしていたが、外だと『姉さん』もしくは『杏姉』となり、口調も微妙な変化だが、末っ子モードに変わる。


 杏子のおれに対する呼び方は相変わらず『兄さん』だ。

 口調も別段の変化はないが、カイリスに対して呼び捨てか、愛称『リズ』になり、態度も口調も姉が妹にするソレとなる。


 家庭内では、見た目が幼いカイリスの方が杏子より序列が上な事に、告白直後の五年位前は少し違和感があったが、すぐに慣れた。

 今は外出時より『七号室内仕様』の方が、二人に気負いが見られない。


 屋敷を離れ、本来?の関係に戻った二人は、家の外での姉妹演技にも余裕があり、自然なものとなった。

 おもに、杏子からカイリスへ対するタメ口のぎこちなさが消えたというか。

 それは昼夜一貫、偽設楽家だけの、極狭私的空間を確保した影響が大きいのだろう。

 自分たち三人以外の目がありそうな場、すなわち外出時には、あくまでカイリスは末っ子として振る舞い、杏子は姉としての立場をそつなくこなす。


 だから今も周囲に人影はないが、兄妹スイッチに切り替わっている。

 だが、偽設楽家を異世界人と知っている人間が多いという設楽本家の主人・使用人の分け隔て無く屋敷にいる全員の前で二人が非常に余所余所しくなるのは如何なものかと密かに頭を痛めている。


「あやふやでもいいから、聞かせられないのか?二人が、今夜から始めるっていう荒療治?の際も話してくれた方が、記憶と凄い力の回復の手助けになるかもしれないしな」

 それを聞いたカイリスは指定鞄をワンショルダーから胸前でギュッと抱きかかえるように持ち直し、ジッと足元を見ながら歩く。


 自然、足並みが緩やかなものになる。

「……おれもなぁ、思い出せるもんなら思い出したいんだよ」

 胸の内で二人の為にと付け加えた事に、ちょっと照れる。

 胸中の照れを誤魔化そうと、おれは、ややうつむくように歩くカイリスの頭になんとなく手を乗せてポンポンと撫でる。

 普段、あまりこういう事はしてくれるな、とカイリスはおれを諫めてきたが、今も無意識にこっちに身を寄せてきた所をみると、こうされる事自体は、嫌いではなさそうだ。


「兄さん。あんまりリズを困らせないでくださいね」

「ううん。杏姉、いいの。今日は大事な日だから、貫一もスッキリした方がいいんだし」


 ………、……………大事な日。……………荒療治……スッキリした方がイイ……。


 いかん!いかん!荒療治って単語にも魅力感じるとか!?おれは本当にマゾか!?

 真面目にいこうと思ってたばかりなのにこの体たらく!自分が怖い!

 どうせ『今夜の予定』とやらは、ガッカリイベントなのだから期待しすぎるな!


 ………………しかし、本当にいつもと同じ、ガッカリなのか?

 時々現れる、常にボロボロ満身創痍で堕天の際の辛うじて天使と、囁く内容からほぼ間違いなく地獄屈指の名家の生まれに違いない大悪魔の声に耳を傾けてもしようがない。

「に、兄さん!?どうしましたか!なぜ松に頭突きを!?松ヤニで汚れますよ!」

「止めるな、おれみたいなモンは、性的性質の変質危機があるものの、やはり物理的な戒めが時々必要なんだ。そこをどうか、わかってくれ!杏子!!」

 意味が分かりません!?と言う杏子を尻目に、数回打ちすえると、落ち着いてきた。

 額の痛みでさらに興奮しない所をみると自分はまだマゾではないという証左と、この解決法の多少の有効性を見い出した。


 杏子が呆れながらも木の皮を払い落としてくれる。

 カイリスは歩道の端に佇んでいた。

「貫一。今はやっぱり向こうのマスターの言いつけに従った方がいい。憶測が大部分を占めるあやふやな話で、間違った記憶が生み出されないとも限らない。だから……」

「ほら、兄さん。リズを困らせるのはもういいです。人目も増えます。続きはまた……」

「いやな?実は昨日、おまえ達がいない時に寿太郎さんの所の三沢さんがウチに来てな?ほら、おれと仲良かったアニさんの弟さん、ホラ、秘書室長の。……すっげぇ無口の人。屋敷にいた頃よりも饒舌でな。記憶の方は何か思い出しましたか?って聞かれたから」


 設楽寿太郎さんには、何から何までお世話になっている。

 屋敷を出た今も設楽という偽名の使用や、多分税金も払ってもらってるし、戸籍上もいまだに設楽寿太郎の甥と姪、という事になっている。

 だからこうして学校へも通えて、アパートも借りられ、そして働く事もできる。

 何より設楽本家の人達はカイリス達同様、おれ達の昔を知っているらしいし、おれは毎日、屋敷の方向に向かって五体投地してもやり過ぎではあるまい、とさえ思っている。

 だから仲良くして欲しい……のだが。二人はあの人、三沢弟さんとも仲悪かったっけ?


 場の空気が変わっていく。

 その空気を察し、これからの会話の展開を思い、内心ため息をついた。

「―――杏子?どうした?そんなに眉をひそめて」

「………………兄さん、その人は他になんと言ってきましたか?」

 朝からずっと上機嫌だった杏子が、急に不機嫌になった。


 本当に、なんでだろうか。

 あれか?半年以上前に引っ越しを終え、三人だけで転居祝いの最中に、貫一家内での役割分担決めで、人見知りのくせに率先して外交官を名乗り出た杏子としては、おれがすぐに来客報告を怠った事が気に入らなかったとかか?

 ……いや、むしろ、そうであってくれ。

 そして別の事にも気付く。

 シュンとしつつ、大人しく撫でられていたカイリスも、今や口をへの字にして黙っていた。

 そしておれと杏子の会話を不機嫌そうに聞ていた。

 二人への屋敷批判の抑止力を期待しながら、わざとらしくため息をつく。

 横目でチラリと窺うが、二人の様子に変化はない。

 さすがはため息。消極的すぎて、まったく抑止力がない。


「えっとな、他には……、…………。いや…不自由があればって言ってきたから、特には無いって返事をしておいただけだ」

 実は隠している事はある。

 サプライズで喜ばせようと思ってたが、今話しちまうか?

 ……。

 そうしよう!会話の切り出し方を瞬時にシミュレートする。

 ―――いける!

 二人から最高のスマイルを引き出せる!


「いやぁ……金銭的援助をっていう申し出が「「いらない」いりません」あったん――」

 ――だけどなぁと、言う隙もねぇ。

 会話シミュレートは全くの無駄となった。

 すでに三沢弟さんが、ご自由にお使いくださいと、帰り際に一万円札のつまった封筒を置いていった。

 それが今、家にあるなんて言ったら、……非常にまずい事になりそうだ。


「……あれだけ屋敷を出る時に、もう私たちに関わらないで下さいと言い捨てたのに」

 杏子が空気が読めてない感じの笑顔で呟いた。

 ……言い捨てたって。

 言葉のチョイスを誤っただけだよな?

 笑顔と楽しげな声音なのが、場の雰囲気にそぐわず、ちょっと怖い。


「姉さん。こうしたらどうかな?私はしばらくバイトがあるから無理だけど、姉さんが設楽寿太郎の家へと出向いて心遣いをか・ん・しゃしてくるというのは?」

 カイリスも笑顔。

 おれの望み通りの着地点なのに、その後味は虎の尾を踏んだという困惑だけだ。

「同じ事考えてた。優しい設楽寿太郎には直接か・ん・しゃして来ようかなぁって」

 二人とも軽く笑い出したし。

 ……。

 おかしいなぁ?感謝の語意に『総括』的な意味なんてあったっけ?

 あと設楽家の当主の事を頑なにフルネームで呼ぶという不気味さもある。

「おいおい、妹達!我が家に戸籍という生活基盤を与えてくれた人に、二心があるみたいだぞ?ないよな?……よし!ない!この話はこれで終わり!さ~て妹共よ、行くぞ!」

 二人の背を押して登校を促す事で、不穏当なこの話題を切り上げる事に成功した。

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