策士・カイ子
旧ナンバリングでは その1の一部
「………………凄い力かねぇ?」
ため息成分過多の呟きが、口から漏れる。
異能力。単語だけならたぎる言葉だ。
おれだって漫画的なアホ妄想に浸ったりする。
「あの、少なくともリズ様や私は、兄さんの力は凄いものだと思っています!」
「それは二人にも預けたとかいう力を実際に使ってみた、とかからの推察か?」
「うん、そう。私や杏子の元々持っていた力と、向こうでのマスターから渡された力の差は、えーーとぉ……なんて言うんだっけ、アレ。……まぁいいや」
――中学生としての偽りの身分を持つカイリス。
彼女の口からは時々飛び出る物騒な軍事用語的以外の単語、それと日常会話的語彙力の低さと、さらに説明が面倒な時の見切りの早さがお兄ちゃん、ちょっとだけ心配だ。
「私達に与えられた力の感想は、杏子が言った通り。マスターに眠る力は、私達には扱いきれないって聞いている。だから眠っている力は、私達のとは別物なんだって思う」
「そんなもんかねぇ?「そんなものです!兄さん!!」」
食い気味に……。
如何ともし難い二人との温度差。
腕を組み、その力の事を考えるが……。
……、
…………やっぱり考えオチじゃんか。
っといつもの結論が出てしまった。
二人が語る話の内容に、今よりもワクワクしていた頃(結構最近)が懐かしい。
一年近く費やし三人で改良に改良を重ね、上手に漬かったタクワンを、かじる。
唐突に、今日がタクワンなら明日は柴漬けだ。とのスケジュールが浮かぶ。
柴漬け等の元手のかかる漬け物は、我が家では高級品なので明日が楽しみだ。
こんな事を考え出す事自体が、今朝はもう異能力への探求心や純粋な興味が完全に失せた証拠だ。
そんなおれの心の情動を察知したのか、カイリスも箸を手に取り、食事を再開し始めた。
「今は信じられないだろうけど、大丈夫。今夜は、前々から言ってあったマスターの世界観が変わる日なんだから。そしたら、うん、絶対に大丈夫」
ふむ? いつもとは違い、まだ話を引っ張るのか。
……世界観が変わる日―――
ダメだ。
おれの思考を常日頃からエロい方向へと導いていく変わらない吸引力が凄い。
「……世界観なら二年前におまえ達の衝撃告白で、とっくに変わったよ」
そりゃあもうばっちりと、徹底的に。より嬉しい方向へ。
「ある程度はおまえ達との実生活で、そうかもって所もあるが……。おれに凄い力があるってのはなぁ。形ないものは意図的に使いこなせるから『ある』って認識できるわけで、その凄い力とやらは手とか足みたいなもんと違って、今、物質的に無いものだからなぁ」
プレッシャーは強く感じている。
なぜならそれを使えれば、二人が大喜びする様子を容易に想像できるからだ。
エロ系とかを除いても、おれは純粋にそうやって喜ぶ二人の姿を見てみたい。
しかし、力を思い出せって言われても……、何せ指針となるものがないからな。
気付くとカイリスが、箸の先を咥えながらジッとおれを見ていた。
長男としては嘗め箸を注意すべきだが、ちくしょう、可愛いなっ。と爺臭い家長の義務を即座に、その辺りの毛羽立った畳の上に投げ捨てた。
どんな場面でも、即座に薔薇色、桃色脳内になれるのは、おれの長所だと思っている。
「……ちょっと勘違いしてる。マスターが探知の術を思い出して、仲間を取り戻すのも重要だけど、私達にとってはそれは二番目。マスターが、私達の支配者だった頃の、その昔の感覚を取り戻す。これが一番、重要。そうなれば……」
そう言ってから、ごくごく軽い艶の含んだ微笑みを向けてくる。
ごくりと喉を鳴らし、米粒と一緒にカイリスの堂々と撃ち放つ微エロい雰囲気も飲み込んだ。
望んだ展開に急になったのだが…………おれ経由ではなく、カイリス経由というのが……。
ヘタレなおれは結局、いつもの流れになりつつあるな、と空気を感じ取りつつ、ドキドキしながら、みそ汁を飲む。
カイリスがこうなってしまっては、もうエロ系プレイの具体的聴取は無理だ。
いつもの如く、はぐらかされるに決まっている。
それに精神が保たない。
今日は、耐え忍ぼう。
例えどんな場面であろうと、エロ思考に脳の全てをあっさり浸食&占領され、身をゆだねるのは自分の長所だが、今は我慢時だ。
おれだっていつまでも思春期丸出し状態の男ではない。
これが、誰よりも圧倒的に可愛い二人の妹を持つ家を預かる者の成長の証だ!
「その後、数年待てば……私と杏子は『本当に』マスターのモノになるのだから。ん? 違うか。外に漏れる事なんてありえないから、今すぐにでだって……」
………。あ!? コレ駄目だ! わかってた!
あーっ!ダメだ!
短所だぞコレ! いいように操られ放題だ!
身構え、備えていたのに、危うくみそ汁を椀ごと落としそうになる。
モ・ノ(ハート)と強調するように言うカイリスは涼しい顔だ。
………イイ。
……そして話を聞く杏子は頬を染め、視線を泳がせている。
おれはそれでもジッと杏子を見つめる。
杏子はチラチラと視線を合わせては外すという行動をすばやく繰り返すだけだ。
だが……それがいい。
いや! ダメだろう!!!
おれはその一歩でも百歩でも先に進みたいんだ!!
それにはこのカイリス主導でいつもいつもいつも、いつも! 作りだす、この甘酸っぱい微エロの雰囲気に今は飲み込まれてはいけない。
常に困難の先には宝があるんだ!!
なんてジャンプのワンピースで出てきそうだけど決して出てこない台詞で自分を叱咤する。
――桃色になりかけた思考を払う。
偽家族とはいえ家長!!カのチョウだ!
いかん、いかんぞ!
策士カイ子のいつもの手だ!
またこの流れにやられてなるものか!
おれはそう、心の中でほえた。
それでも足りないので、肉体に苦痛を与えて正気に戻ろうと思ったが、この方法で万が一にも功を奏し、調子にのってその苦痛リセットを繰り返すようなら、そのパブロフ効果で苦痛さえも桃色思考の通電ボタンに劇的リフォームされて、今後の日常生活に支障が出かねない。
今は桃色思考に染め上げられてはダメだ!
今日こそ耐えろ!!!
「力を全て思い出したら、堂々とマスターの真の意味で下僕になるんだよ?そしたら思うがままだよ?マスターのどんな、ビド?ラビット?…ラ、ラー…、えっ?何、杏子、……っ、……、コホン。……リビドーのはけ口?として、私も杏子もこの身をマスターにゆだねるんだよ?」
はい、無理!
カイ子が噛みまくってグダグダにも関わらず。
抵抗なんて端っからムリ!
一切の抵抗無く、絶対零度の超伝導もかくやというほど、なめらかに流された。
エロスな方向へと思考が引っ張られる。
思考停止状態になる事に抗えない。
「………いやいや、………………」
ラビットからの連想で、バニー服姿の二人を、十数秒程度妄想してしまう。
本来なら「いやいや、待て待て」と言うべき所が、妙に間が空いて「待て待て」と続ける前に、カイリスがクスリと笑わった。
「嫌々? まさか……。私が嫌がると思う? どうだと思う? マスターがもう体が保たないとか、おれの上から降りろとか命令あるまでは、こっちから離れる事なんてきっとないかも知れないよ? ねぇ杏子」
「え!? あの、その、はい、リズ様、その通りです。きっと兄さんから離れま…せん……かな?」
消え入りそうな声で言うと真っ赤になり、パタパタとエプロンで顔を扇ぎ始めた。
おれは泣きたくなった。
もちろん歓喜の涙だ。
カイ子、おまえは天然すぎだろう、なんだってこのタイミングで、そんな勘違いの仕方をするんだ。
もうこれ以上理性への精神浸食攻撃を仕掛けないでもらいたい。
頼むから、じゃないと獣になる自信がある。
「……カイ子よぉ。おまえなんか最近さぁ、杏子と共謀してさぁ、セックsゲフン……、エロs……ゲフンゲフン、下心パワーを使って、力業でその過去の記憶やらを思い出させようとしてないか?」
「してるよ? マスター。淫らな考えや発想は、今のマスターの頭の中の重要な領域なようだから刺激してみない手はない、っていうのが、最近の私の結論」
えぇ~~? 勝手にそんな結論出さないで?
おれが疲れてたりしてて、理性の働きが鈍かったら、おまえが気軽に刺激してる最中に絶対カイリスに襲いかかるぞ?
「私はリズ様に、その……一部、反対です!ゆっくり思い出すのを待った方がいいと…」
「じゃぁ、杏子はマスターに、これからも色々と不自由を強いる事が望みなのか?」
「……そんな事はないです。下手に記憶を刺激して……私は兄さんの体が心配なんです」
「杏子、だからそれは前にも話し合ったよ?記憶を取り戻す過程でマスターが傷つく事なんてない。それこそ物理的に害があれば、私や杏子でマスターを守ればいいんだから」
「それは……」
………………。……………………。
「――なぁ?昔のおれって愛されてたんだなぁ」
思わず口を挟んでしまった。
議論に発展しかかっていたカイリスと杏子がおれを見る。
「えっと、現在進行形で―――」
カイリスはそこで言葉を溜める。
「―――私や杏子からの大きな愛はすぐそこに、ちょっと手を伸ばせば簡単に届く場所に、あるよ。見えないのは、マスターの目が時々、ひどく濁るから見えなくなるだけ」
シレっと、そう、のたもうた。
メッチャ濁らせて、今や道頓堀川より濁らせたのは、カイ子だろ? という言葉を泣く泣く飲み込む。
「その……、私も…そうです」
杏子がカイリスに追従した。
ちっっっっきしょーーー! っと突如ちゃぶ台をひっくり返したくなる衝動に駆られる。
「………なんか、おまえ達の知るおれの知らない、記憶有りのおれが、憎くて憎くて仕方ない。どうやったら二人にそこまで好かれられる事ができるんだ、こんちくしょう!!」
穏やかで平和的だった朝の食卓の上を駆けぬける渾身の魂の叫び。
異世界貫一へのヘイトが顔を出した!
自分で思ってた以上に、嫉妬深く純情らしい!
「私達の言った事を聞いてないのか?マスター」
聞いてるさ!
でもその大きな愛情は、絶対に今の自分だけで勝ち得た愛情ではないと断言できる!
なぜならば、最古の記憶から今に至るまでの自らの行動や何やら何までを検証した結果だからだ!
「昔であろうと今であろうと兄さんは兄さんです。どっちの兄さんでも大好きですよ?り、リズ様だって、同じ事を言います!ねぇ、リズ様?」
「私?………、さぁ?どうかな?」
赤面して同意を求める杏子に、カイリスは口の端に笑みを浮かべて返答をする。
くっそ!!
くっっっっそぉ!!ここであえて引くか!? これまた可愛すぎる!!!
あっ!?待て、待ておれ。
カイリスは最近始めた特殊な仕事のせいで、演技力も抜群にうまくなったんだぞ。と自分に言い聞かせる。
そして舞い上がって調子に乗るんじゃないぞと戒める。
だが、心の別の部分では、演技だろうと撃ち抜かれるのも悪くないんだろ?と語りかけてくる。
杏子の発言も、カイリスの思わせぶりな態度もどっちも好きだ!!!
記憶喪失の問題なんて、ますます、どうでもよくなりそうだっ!!
決めた!
記憶なんてあやふやなものは後回しだ!
現実発インナースペース着の財宝探しの旅に傾注するんだ!
力だ、力!!
力をよこせ!
即、よこせ!!!
力が! 欲しい!!!!
「さて、そろそろ学校へ行く支度をしようか。杏子。後は任せるね」
身もだえしてるおれ、杏子は食後の後片付け、カイリスは登校準備をしに、部屋へと戻っていった。
いつも通りのパターンの一つである朝食風景。
妄想を退かせるという絶望的な戦いを挑み、平常心に戻るのに五分もの時間を要した。
平素の自分に戻って、朝から疲れ切ったおれは、出かける前の儀式的役割をこなす。
この家にはテレビはなく、拾ったラジオが主な世情の情報源となっている。
そのラジオからはおれ達には必要のない首都高関連の交通情報が流れている。
ラジオを止め、いつものように電池を取り出す(節電)。
二人は登校の準備万端で、この毎朝の儀式を待ってくれている。
朝の些細で、どうでもよくて、誰でもできて、役立たず儀式。
だけれど家長としてのちっぽけな責任感を和らげてくれる。
そんな二人の愛がこれでもかと詰まった優しい役割だ。