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力とは

旧ナンバリングでは その1の一部


 一月二十日(朝食の時間)


 今朝の朝食は豪勢だ。タクワンに大根の葉のみそ汁、そして一昨日、皆で設楽本家の裏山から取ってきた山菜のかき揚げ(夕食の残り物)というラインナップだ。


「マスター、記憶と力の方はどう?」

 カイリスが毎度の問いで、水を向けてきた。

 問答は週に三回は行われる。

 今となっては、いただきますの亜種の合図みたいに感じになってきた。

 杏子は身を乗り出し固唾を呑んで見守っている。

 我が妹ながら我慢強い子である。


「全然。平常運転、いつも通りだ。きっと一事が万事、その調子だろう」

 おれは毎食一枚と厳密に定められたタクアンの端をかじりながら返答する。

 カイリスは普段通り、そうかぁ。と動じない態度。そしてガッカリ姿の杏子。


 その様子を見つつ少量のタクワン片を丁寧に咀嚼ながら、こう思った。


 あぁ、毎日、毎晩、四六時中、二人ともなんてかわいいんだっと。

 カイリスは圧倒的な髪のボリュームを誇り、少し垂れ目で、無感情っぽい顔つきだが、情は深い。

 杏子は十人に聞いたら十人が優しそうと評するほど、険の見られない顔つきだ。おっとりというか、オドオドと自信なさげに見られがちだが、きちんと自分を持っている。


 思い出せない申し訳なさを感じていたのは、今や遠い過去の事。

 今では、二人の様子を見ても、ホッコリとするだけで終わる始末である。

 これは多分、怠惰や堕落と呼ぶのだろう。

 しかしかわいいのだから仕方ない。

 罪悪感?何それ、うちの冷蔵庫には入っていないけど? ってなもんだ。


「カイ子。毎度の疑問だけど、本当におれが記憶喪失中で『凄い力』持ち?」

「……マスター。では、なぜ私たちは一緒に暮らしている?設楽というのは偽名だと知っているのに、なんで本名がない?さらに、子供の頃の記憶や親の記憶が無いのに、マスターはどうして焦らないんだ?その理由を聞かせて欲しいな」


 カイリスの解答を聞きながら、大根の木っ端が浮くみそ汁をすする。

 う~ん、うまい。

 漁港のバイトでもらってきたクズ煮干しの出汁が、いい仕事している。


「……兄さん、真面目に考えていませんね?」

 杏子に指摘されてギクリとし、心もち姿勢を正そうと思った。



 二年前に質問を受けた際、初めて自分の記憶が実に曖昧だという事に気づいた。

 両親の記憶がなく、そして杏子とカイリス二人が実の妹ではないと教えられても「ああ、やっぱり」位にしか驚かなかった。

すでに兄妹としてお屋敷で住んでいたのにである。


 二人は気付いたらおれの傍らに居たというか、世話を焼かれていた。

 今は完全に仕えるといった感じにシフトした。

 でも今思えば、屋敷の頃ですら『世話を焼く』というには、常軌を少し逸脱していた献身っぷりだったと思う。

 という風に、今も昔も側に居る事、世話を焼かれる事に、まったく違和感がわかない。


 しかし、家族でも何でもないのに、二人との出会いを思い出せない。

 覚えていないのはそれだけではない。


 意識して過去を思い出す時、ある程度は思い出す。

 でも自分が関わった事に対しての深い記憶、連動記憶が非常に乏しい。

 小学生の頃の遊び友達の名前や、通った学校は覚えている。

 校舎の間取りも大丈夫だ。

 アルバムを見て友達とそれ以外の線引きもできる。

 だが、小六だった時のクラスの場所や、当時は誰と何をして遊んだとか、何を感じた事などがごっそりと抜け落ちている自分を発見した。


 でも、大なり小なり誰にでもある事だと思う。

 喪失している記憶とは、カイリスや杏子から真実を告げられた日から今に至るまでに食べた食事内容を思い出せない感覚と似ている。


 我が事ながら、危機感は全く湧かない。

 肉親が無く天涯孤独だったという事も、痛みを伴わずに受け入れている。


 これは二人には言っていないが、二人が側にいる事での多幸感、多福感や充足感が増幅され、過去を失っている危機感や喪失感を遥かに上回っているからだろうと思っている。


 もしくはおれの頭のどこかが壊れているのだ。っと軽く考えている。


 過去について自分なりに考えるようになったのは、一年ほど前からだ。


 それにより、有り得ないほどの大富豪で我々の後見人である設楽寿太郎さんとの関係もちょっとぎこちなくなった。

 でもこれは、おれの気持ちの問題であって、前までは親族だと思っていたのに、というのが大きい。

 現に過去について考え始め、ぎこちなくなっても、寿太郎さん達、設楽本家の人々のおれに対する態度は変わらなかった。

 仲のいい人はそのまま仲良くしてくれるし、挨拶程度を交わしあう人とは変わらず挨拶だけの関係で、無視される人には無視されたままだ。

 向こうの態度は、おれの過去について考えるようになったビフォーアフターで何も変わらない。


 記憶の上では、寿太郎さんは叔父で我々の後見人だ。


 だが、カイリスと杏子は『違う』と訂正する。

 寿太郎さんとはもっと『古い知り合い』だという。


 記憶喪失の事より『古い知り合い』という点に興味を惹かれた。

 自分の認識と違う、他者の話す『自分の知らない過去』の話には大変な興味がわいた。


 その事を軽い気持ちで訪ねると、想定外で爆弾級の答えが次々と二人から返ってきた。


 偽設楽家全員と設楽本家の大部分の人間が、異世界の人間なのだという。


 そして偽設楽家と見知らぬ何人かを、向こうのおれ、貫一が創造主として再構築したと。


 設楽本家の方は大人数だったので、無理矢理容量を減らし、結構な力業で異世界から飛ばしたらしい。

 その差をを重要な事として説明を受けたが、偽設楽家の飛ばし方との違いがさっぱり分からん。


 信じろと言われても、TV番組的なドッキリの心配をしてしまうレベルの話だ。


 だが……今は二人の創造主という点においては七、八割方信じている。


 なぜなら二人の外見や仕草、考え方やら何から何までが自分の好みのど真ん中、その上二人は平気で奉仕とか下僕とか、思春期のおれに言ってはいけないNGワードを時々サラッとぶち込んでくるし……。

 奉仕というのは、よくある甘酸っぱい予感を感じさせるようなソレではなく。

 男のロマンという名のフィルターで覆い隠せない、ギラついた欲望、ソフトでもハードでもあらゆるセックスの話も込み込みの、ド直球の『あらゆる要求にお応えし、仕え奉ります(ハート)』という事だ。


 重要なのは(はーと)である。

 二人からは、おれの勇気と決心さえつけば、この先いたすであろう、性行為を嫌がる様子がまるで見られないのだ。

 時々カイリスなんかは、おれを操りたい時なんかには、「三人で……(はーと)」とかも、会話にぶち込んでくるし……。

 タブーはない、もしくは限りなく低そうだ。


 ……思い出せないんだよなぁ、カイ子の言うがまま全て信じるってのもな――


「リズ様。生放送があるのですよね?夕餉はどうしましょう?今夜は色々と――」

 ――杏子が世間話を挟んできた。

 ずっと無言だったおれが聞き流したと思ったのだろう。

 

 最近は繰り返し話題になり、当初この話が持っていた緊張感も薄れ、所帯じみた会話の横槍に突かれ、埋もれるのが常だが……。

 今日は違う、少しは真面目に考えていたからな。


 そしてゲスいロマンについて考えてしまった事で、何としてでも『その力を使えるようになると、二人はおれにどう、仕え奉るか』ってのを、今日こそ具体的内容……、飯時であるのでそれをオブラートに包みつつ聞き出したいと願うほど、気分が盛り上がってしまった。


「オホン、杏子や。その話は後にしなさい」

 己の欲望を隠そうと思い、説教くさい口調になったが、杏子は慌てて話を聞く態勢となった。


 カイリスも普段と違う様子の貫一の眉を読み、そっと茶碗と欠けが目立つプラスチック製のファンシーな箸(共に拾い物)を置き、ジッとおれの言葉を待つ。


 ……うん、さっそくおれは大失敗した。

 何、この緊迫した空気感。

 微エロい事すら切り出せる雰囲気では無くなってしまった。

 えーーっと……、まずは真面目な話できりこもう。………………うん。


「正直、妙な力が備わっていれば信じやすくなれるのに、二人の説明する考えオチみたいというか、役立たなそうな変な力を、おれだけの超絶パワーだとか言われてもなぁ」

「……マスターが自身の力を妙とか変とか、どう思っててもいいけど、本当に凄い力なんだ。だから信じてとしか言えない」


 『凄い力』……ねぇ。


 記憶喪失前『異世界貫一』は、こちらの世界で楽をする為と自身を軽くする為に『異世界貫一』が好んで使っていた代表的なオリジナルの力や術とやらを十に分け、幹部達に分け与えた。


 その後に幹部達を『こちらの世界』に移動(渡界と言った)させた。


 また、力を分け与えられなかったが優秀な幾人かの部下や、道具も同様に渡界させた。

 そしてカイリスと杏子の二人は『異世界貫一』がこちらの世界へ来る直前の『異世界貫一』から力を分与され、一番最後に渡界させられた幹部の二人らしい。


 その結果、二人が『こちらに先に飛ばされた同僚または部下』の存在を知っており、何人かとは連絡が取れたが、他の行方は捜索中……なのだが、成果は思わしくないという。



 そこで大々的に捜索活動を開始したいのだが、問題が二つある。

 本来、誰よりも強いはずのおれが今はへっぽこすぎて足を引っ張りかねず(こうは言わなかったが、意訳した)、余計な注目を引く(誰の?)かも知れないので、とっとと力を目覚めさせる事。

 二人の力では、異世界的力を使っての連絡手段とやらを何度も試みてみたが、ウンともスンともないらしい。出力が弱いとか言ってた。


 そして次に金銭的な問題だ。

 だが二人は金銭面的な問題はおれが力を目覚めさせたら、自分たちもおおっぴらに行使できるようになるので、金策は大丈夫だという。

 それって……強盗的な金策なのか?それとも宙から万札が降ってくるような力?

 それよりもいい案がある。おれが寿太郎さんに頭を下げて借りられるかどうか頼んでみようか? と言ったことがあるが、猛反対された。

 その理由については後日話すと。


 だから、どうか力を思い出してくれとか、そういう話だ。


 見た事もない、記憶にもない、それどころか内心眉にツバをつけて聞いてる話中の元部下達を探し出せるのが、おれに眠るというエキセントリックな『凄い力』らしいのだ。


 そしてその凄い力とは……探知系らしい。

 屋敷で遊んだドラクエで言うのなら、鷹の目とかインパスである。

 どちらもプレイ中に数回程度使った覚えがある。

 なんとも大した凄い力だと思う。


 おまえ達二人の異世界の力とやらは?という質問に対し、カイリスと杏子は、いかにも異世界の住人めいた超常能力者であるという力を色々と持つという。


 そして――

「絶対に思い出す術の順番を絶対に間違えてはいけないって昔のマスターに言われてるから。絶対遵守の約束。マスターが力の事を少しでも思い出したら、『みんな』にも会いに行けるし、私達もマスターの前で力の行使の実演ができるんだ」


 ――というわけだ。

 見せるのもダメとか。どんな制約だよ。

 向こうの貫一もおれに似てきっとダメな奴だったに違いない。

 先入観与えるからってのは解るが、見せてくれたら理解も早まるかもしれないと思うのは、この家では、きっとおれだけなのだろう。


「みんな?」

「そう、みんな。今は会えないみんな。そしてきっとマスターに会いたがってるみんな」

 遠くを見るような視線になった。

 『渡界』させたっていうおれにとってはまだ見ぬ、カイリスと杏子にとっては懐かしい同僚である『みんな』か。

「順番を違えると、どうマズイんだ?」

「……さぁ?私たちが信じてるだけじゃなくて、その……今の状況を見ていれば、マスターには今は解らなくても、杏子と私は約束を違える事が大変な事になるって確信している。私達の主だった頃のマスターのした事だし、間違いは絶対にない」

 今の状況?貧乏って事?


 いや、そんなどうでもいい事よりも、今の問題は、カイリスが打目を押した絶大な信頼についてだな。

 羨ましいぞ、『異世界貫一』め。




 さて、おれの探知系の力というのは厳密には、異世界の力を発揮し、必要ならば奪う事ができるという力なのだという。

 厳密に言えば奪うではなく回収する……だったか?


 この世界は今の自分達、偽設楽家にとっては異世界だ。


 それゆえ……、『異世界の力』はこっちの世界で使ったら、『こっちの世界の力』だ。

 二人が似たような探知術を何度も試した結果そういう結論に達したらしい。



 この二人の出した結論が肝となり、おれに眠る超絶パワー話は、いつも妙な方向に舵をとる。


 おれの探知系の『凄い力』とやらは、あくまで『異世界の力の感知』である。

 だが『異世界の住人』のはずのおれは今、ここに存在している。

 ここからが重要だ。


 『異世界』にいるはずのおれは今、天の川銀河のオリオン腕内の一つの太陽系内の地球の日本国千葉県にいる。

 今の自分は『この世界の住人』なのである。


 世界というのがどの程度の宇宙的概念的規模の世界なのかは置いておいて、この地球で『異世界の力を行使』する奴がいたとしても、それは『この世界で力を行使』した。

 ……という事になる。


 簡単に言うとおれの探知の力は、この世界で使用される、ありとあらゆる『異世界の力』を感知する事ができないって事だ。


 二人はこの矛盾に気づいたのだが、『異世界貫一』から「そのまま伝えろ」と言われたので『この世界の貫一』である設楽貫一、つまりはおれに伝えたらしい。


 極端な話、物理法則がトチ狂わない限り、異世界の力を感知できないという事にならないか?との問いに二人は無言で答えた。

 どうなるか解らないらしい。


 『異世界』が『現実世界』の隣にあり、かつ『窓』が開いていれば、観測ができるかもとの事だ。

 何となく言いたい事のニュアンスは分かるが……。


 そんなモン、例えおれの中で目覚めたとて、どうしろと? という状態である。


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