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貫一の生きるこの世界 二章 美女さん

旧ナンバリングでは その3の冒頭


一月二十三日(金曜日 昼)


 寿太郎さんの屋敷は、ぶちぬき道路の山側のエンド地点、山の中腹辺りに建っている。

 風光明媚なこの道も、景観重視で道を通した為なのか、はたまた道路の設計者がセオリー嫌い、あるいはつづら折りを憎んでいたのかは知らないが、坂の勾配がきつい。

 雪が積もると、雪道仕様にしていない車が立ち往生する、という事でも有名な場所でもある。


 有名と言えば、ここいら近辺は高級住宅地が立ち並ぶ事でも知られている。

 ぶちぬき道路の両先端、海辺と山の中腹には、それぞれ高級住宅地がある。


 地元の金持ちは山に住み、余所の金持ちが避暑地としての別荘を買うのは浜辺の方だ。

 それらの金持ちは競うように別荘を買い、避暑に来たついでに設楽本家詣をする為だという噂が地元ではまことしやかに囁かれる。

 屋敷内で生活していた時、毎日ひっきりなしにあった来客数を知っている身としてはそれが多分、真実に近い事なのだと知っている。


 設楽本家を飛び出た今、偽設楽家としては別荘を所有するの方々には別の意味で興味を持っている。

 夏の時期アメリカンバブル的な家のプールや庭掃除などの金払いが良いバイトが多い。

 それを思うと次の夏が、今から待ち遠しい。


 山の中腹から上と、そこから望める無人の山や丘の全てを設楽本家が敷地としている。

 山の中腹に行くまでにも、立派な豪邸がチラホラ建っている。

 その所有者の大半は、設楽本家のかつての使用人だと聞く。

 屋敷を勤め上げると、こんな暮らしができるのかとかといつも考える。

 最悪、就職できなかったら、いっそのことここで使ってもらおうか。


 寿太郎さんの屋敷は、それら豪邸と比較するのも馬鹿馬鹿しい程、広くでかい。

 聞いた話では、設楽本家の立派な垣壁のイニシャルコストと年間のランニングコストだけで、都内に毎年家が建てられるらしい。

 偽設楽家の住居事情とは、雲泥の差がある。


 正門よりも今いる場所から近いので、裏門でもある通用門を目指す。

 垣壁づたいに歩きながら、十数分程、杏子とあれこれ話していると、見えてきた。

 裏門らしく地味ではあるが、大きさは半端無い。大型ダンプだって楽々だろう。

 表札は無く、大きい門の脇に小さな木戸がついている。

 大抵の人間なら腰をかがめないと通れない。

 門の敷地内の向こうには時代劇の番所のような和風丸出しの車両検分的役割を果たす、警備小屋もある。


「準備はいいですか?兄さん、設楽寿太郎に会うまでは、私から離れないでくださいね」

 準備?

 こっそり自腹で買ったおみやげの栗まんの事がバレた?

 あとその物言いだと、まるで敵地じゃないか。

 離れないで、というのも解せないが、とりあえず生返事を返しておく。


 おれが巧妙に隠されたインターホンに手を伸ばした。

 すると押してもいないのに音もなく木戸が開いた。

 木戸から出てきたのは、地味なスーツにスラックスというビジネス街にいそうな格好の……いや、訂正する。


 ビジネス街というか、どんな街中でも……いや、世界的ファッションショーの会場になら、もしかすると、お目にかかれそうな、極上の美女がうやうやしく礼をしてきた。

「お待ち申し上げておりました。貫一様、杏子さんどうぞ」

 その声までもが美しい。

 おれに様づけ?

 甥っ子って事だし、それ程おかしな敬称でもないのか?


 屋敷に大勢の人がいたが、出入りが全くない上、何かとイベント事が多い屋敷におれは四年近く住んでいた。

 話した事のない人が大半だが、初見の人はいない……はずだ。

 この麗姿、涼しげながらも艶やかな目鼻立ちの美女を見逃したはずないと断言できる。


 美女さんがこちらを見たまま、後ずさり、木戸を押さえながら一歩退いた。

 その仕草によって、美女さんの体を包む地味なスーツが悲鳴を上げているかのようだった。

 顔だけではなくなんという魅惑のダイナマイトボディだ!

 おれは即座に魅了された心地となった。

 美女さんは改めて、おれの目ジッと見つめながら、中腰の姿勢から見上げるようにして微笑んだ。

、自分が彼女を無遠慮に見過ぎていた事に気づいた。

「あ、ご丁寧にありがとうございま………、ん?」

 慌てて進もうと……っと、太ももやらにムニュっと柔らかなものがおれを押しのける。

 その柔らかな感触は杏子だった。

 杏子がおれを押し退けるようにして先に木戸をくぐる。

 そして美女さんの視線を遮るように立った。

 あの……杏子さん?そこにいるとおれが通りにくいんだが?

 仕方がないので杏子の八高制服のスカートに包まれた美尻に顔を近づけるようにして木戸をくぐろうと身をかがめる。

 このままだと杏子のおお尻に顔を埋めかねなかったので、泣く泣く無理な体勢で身をよじりながら木戸を抜けるもどうしても体の一部が触れ合った。

 悪魔はそのまま顔を突っ込んでしまえと囁き続けていた。

 断固拒否だ。しかし、さすがはおれだ。ゲスい考え満載だ。

 すると今度は天使がこう囁いた。『このままでは腰を痛めかねない。だから杏子の尻に手をソット添えて、それを支えに木戸をゆっっっくり抜けろ』っと。

 嫌われたくないので、もちろん実行しない。

 ……美女さんといい、杏子といい、はっきり言って役得続きだ。


 木戸を抜け姿勢を正す。

 杏子は相変わらず美女さんとおれの間に立ちふさがっている感じだ。

 顔は見えないが、美女さんは苦笑しているようだ。


「相変わらずですね。杏子さんも」

「……帰って来ていたのですね」

「ええ、先日、この家の主からの知らせがありまして。連絡を受けてから着の身着のままで飛行機に飛び乗ったので、身の回りの物がなくて少々不便な思いをしています」

「それなら荷物をまとめに帰っては?『あるじ』とやらには私から必ず伝えておきます」

 杏子の声には刺々しさがある。一方的ではあるがピリピリとしたやりとりだ。

 美女さんが身動きをして、またその顔が見えた。というか、こっちを見たかったようだ。

 ……さっきのよこしまな葛藤が態度に出てた?そう解釈して冷や汗が背中に流れる。


「そういうわけにもいきません。お世話をしたい方がこちらには居られます。杏子さんなら、お解りになるでしょう?一日千秋の思いで待っていた、この時、この思いを」

 チラリと流し目で見られ、心拍数が上がる。

 有り得ない程、綺麗でかわいい美少女は杏子とカイリスの二人で慣れた気でいたが、年上っぽい絶世の美女にはまだ免疫が無かったようだ。


 再び杏子が間に立った。

 おれと美女さんの視線を遮るように。

「私には解りません。ところで、リズ様はあなたが帰国した事を知っているのですか?」

 杏子は咎めるように問いかける。杏子の言葉に違和感を覚えた。


「先程言ったとおりです。火急の帰省となりましたので、まだ知らせていません」

 美女さんはそんな態度を気にした様子もなく答える。

 ふむ、美女さんはここいらの人だったのか。


「ええと、二人は知り合い?おれは設楽貫一と申します。杏子の――」

「――兄さんは知らなくてもいい人ですよ」

 おれに微笑みかけながらピシャリと言った。

 ピリついた空気を和らげようと挨拶を試みたのだが……。


 いよいよ杏子らしくない。

 一見おれに返答しているようで、美女さんの口を封じている。

 小さな子供等、老若男女の誰に対しても、礼儀正しい杏子にしては珍しい態度だ。


「杏子さんは相変わらず貫一様に甘えきりですね。『シドラ』にいた頃と変わりません」

 『シドラ』だと?家族以外の口から初めて聞いた。


 あの夜以来、二人からは数え切れないほど聞くようになった単語だ。

 屋敷の人間は異世界人が多いと聞いてはいたが……。


 カイリスと杏子の超常的な力を見たのだから『シドラ』の存在を自分自身、信じたと思っていた。

 だが、他人の口からあらためて聞くとまだ根本から信じ切ってはいなかったのだと改めて知った。

 寿太郎さん好みの大がかりなイタズラでないとしたら、第三者からその単語を聞いた事によって、その世界『シドラ』の存在に俄然、その存在感、信憑性が増した。


 『渡界』前の世界を『シドラ』、今の暮らしているこの世界を『ケルプ』と呼ぶ。

 だから『シドラ』を知る美女さんも『渡界』を果たした異世界人なんだと解った。


「……今は私の兄さんですから。仲の良い妹が兄に甘えるのは妙ではあるかもしれませんが、変ではありません。部外者は口を挟まないでください。さぁ兄さん、行きましょう」

 言葉の端々を鋭く尖らせ、言い切ると杏子はおれの手を掴んで、母屋へと歩き出した。


 美女さんは若干の苦笑交じりの微笑を浮かべている。

 杏子の不可解なまでに無礼なこの行動に気を悪くした様子もない。

 美女さんに、家長として謝罪の意を込めて、何気なく頭を下げた。


 カイリスと杏子は嫌うが、偽設楽家が何かと世話になっている設楽本家の家人なのだ。

 ………………っと、予想外の反応が返ってきた。


 美女さんは、謝罪行動に対して歓喜に耐えないといった風に、自分の胸元前で手を組み、感極まっている様子だ。

 ……見た目も行動も普通じゃない人だった。


 唐突に、さっきの会話で感じた違和感の正体がわかった。


 カイリスと杏子は、設楽本家でも一度も妹の設定を崩した事はない。

 昔から互いが異世界人だと知っていた屋敷内において、誰に対してでもだ。

 それどころか、他の場所の時より、より慎重というか、より頑固に姉妹を演じている節があった。


 それなのに今、杏子はカイリスの事を『七号室仕様』の『リズ様』と言った。

 いつも通りの『外出仕様』ならば『リズ』か『カイリス』と言うはずだ。


 それが引っかかったんだ。


 杏子はいささか乱暴に、おれを引っ張って歩き出す。兄さん、早くっと急かされる。

 杏子が美女さんに先導するようにと、居丈高に(不慣れな様子だが……)言いつけ(これも驚きだ)、美女さんは頭を下げた後、杏子の言葉にニコニコと素直に従った。


 気軽に喋り出せるような雰囲気でもないので、とりあえずは黙って歩く事にした。

 杏子と並び、前を歩く美女さんとはやや距離を置いて、母屋へ向かう。

 不思議な事に、こんな雰囲気であるのにも関わらず、居心地の悪さは感じなかった。

 いつもは接触に照れまくる杏子と手を繋ぐなんて、滅多にない事も影響している。

 美女さんとの事で動揺したようで、手を繋いでいる事に神経が回っていないのかもしれない。

 そう気付くと、じんわりと幸福感がわく。


 そう感じながら、なんとなく杏子を見ると……。

 ん?……んん!?杏子は美女さんを警戒しながらも、こっちをうかがいながら、モジモジとしていた。


 この様子は、恥ずかしいが手は離したくない、といった感じではなかろうか!?

 なんと!?杏子は、美女さんに気を取られている~とかの理由で、無意識に手を繋いだわけじゃないようだ!!!

 これはおれと杏子との関係性の大いなる前進と取られてもいいのでは!?

 ガラスのコップの受け渡しで、手が接触しただけでコップを割り、代わりに倒木からカップを作る労力を選ぶ杏子が、恥ずかしさを意識しつつも手を握ってくれるなんて!

 これだけでも今日、屋敷について来て良かったと心の底から思った。

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