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モニタールームの男

旧ナンバリングでは その2の末尾


一月二十三日(金曜 昼)


「そういう事情でして、誠に申し訳ありません。何卒、本部長によろしくお伝えく……」

 三沢は先方が受話器を下ろすのを辛抱強く待つつもりでいたが、こちらが言い終える前には切られていた。

 それでも数秒待ってから、受話器を下ろした。

 腕時計を見る。

 正午をまわったところだった。

 先方には迷惑な時間帯であったかもなっと自分に言い聞かせた。

 それにこの程度の無礼な応対はここ十年ほど毎度の事だ。

 わずかな怒りすら感じてなかったが、言い聞かせたと言う事は、多少は不快に思っていた事に気付く。

 

 感情のコントロールというのは、いつまで経ってもなかなか上手にいかない。

 三沢が一目置く少数の巨大な組織、あるいは肥大化した自警団等は道理や義理または諜報能力、あるいはその全てが揃っているので、我々に対して、ぞんざいな対応はしない。

 大抵『屋敷』を軽んじるのは、勢いや規模をあと数十年、維持できればそこそこの組織へと変貌するかどうかの、二流かそれ以下、方々で騒ぎを起こす武闘派気取りの連中だ。

 誰もいないこの部屋で、三沢は深くため息をついて、多機能型伊達眼鏡を外す。


 三沢の『主』がこの世に順応するのと反比例して、我々の組織力は弱体化した。

 力の本質はむしろ増大したのだが、人員は減った。

 昔と比べれば激減だ。

 それを外から見れば、組織としては下り坂、衰退していくかのように映るだろう。


 現世にある『屋敷』と似た大小ほとんどの組織の根源は、我々に端を発する。

 かつては、うちに所属していた連中が中心となり作り上げた組織ばかりだ。


 また、組織を離れた上に、そのまま音信不通となった者も多い。

 うちの中核の変心が少なかったのは幸いしたが、末端といえど数知れず離脱すれば当然力は衰えていく。

 昔ならば問題のない規模の調査に使う人員の確保に頭を痛めている時など特に感じる。


 渡界後、この『ケルプ』でも財産は増えた。莫大な資産だ。

 しかしこちらの世界の戦争、金銭的紛争とは次元の違う縄張り争いを『主』が必要としなくなってから経た年月は十年ではきくまい。


 それが現状の『屋敷』が軽んじられている原因の最大要因である。


 我々は武闘派ではなくなった。

 そう見られている。

 

 今電話を入れた所も、『ケルプ』での経済的価値は、『屋敷』くらぶるべくもない。

 そもそも日々強盗家業で生計を立てている、今の電話の相手に資産などあるのだろうか?


 だが、その次元の違う縄張り争いを今の電話の相手は、積極的に行っている。

 そして『屋敷は』その手の縄張り争いから今は手を引いている。


 昔は十把一絡げの弱小組織であったが、今となっては規模はともかく、勢いは完全に向こうが上だ。


 腹立たしい事に、我々を牙が抜け落ちた獣とでも思っているのだろう。

 格好つけすぎか?寝たきりの老衰している老人だろうか?ハハハッ。

 主にはユーモア不足と評されるが、己が愛すべき組織を、こう例えられるのであればユーモアの欠片くらいは持ち得ているかもしれない。


 ふと、机上の煙草の箱を握り潰した事に気付き、苦笑する。

 本当に難しいものだ。

 これは兄の物なのに、後でぐちぐちと文句を言われるな。


 ふと思い立ち、計器の明かりを頼りに折れていない煙草を抜き出した。

 ヨレたそれを丁寧に皺を伸ばして、火をともす。

 普段は煙草は吸わないが、ちょっと吸ってみたくなった。

 あまりにも貧乏たらしい行動に、自虐的な笑いがこみ上げてくる。

 煙草の持ち主にこそこういう行為が似合うというのに。家内をまとめる者として他の者には見せられない姿だ。


 しかしどんな種類であろうが笑いは笑い。気がスッと軽くなった。


 煙草を吸う事自体が理解できない滑稽な悪癖である。

 兄が吸い始めた理由を今は思い出せない。

 明確な答えを聞いた気もしたが、何となく。という適当な答えだった気もする。


 煙草の持つデメリットなど我らには関係ない。

 単なる嗜好品。

 それだけの話だ。


 操作盤に指を走らせモニターを庭内の監視カメラへ切り替えていく。

 無人、無人、どこも無人。

 越境人(シングス)の大半が居残り、越境者(ゴーナー)の全員が休暇中だ。

 なぜ元は同じなのに、分類を二つに分ける必要があるのか、二つとも嫌な言葉だと思う。


 煙草をもみ消す。

 映像を敷地外へと切り替え、淡々とスイッチさせていく。

 周辺に設置されたカメラの一つが、裏門へと向かう男女の姿を捉えた。


 サブモニターに映った二人の姿をしばらく眺める。

 受話器を取り上げる。


 ふと、来訪をを知らせてやる、この番号の相手はゴーナーだったなと三沢は思い出した。


 該当する番号を呼び出し「裏門だ」とだけ告げ、返事を待たずに通話を終える。

 誰にとっても裏切り者めが、虫酸が走る。


 電話に出た相手を嫌おうが、約束は約束だ。

 必ず守る。

 今も守った。

 主、そして約束は必ず守るという事、重要なのは、その二つだけだ。

 モニターには平和ボケした顔で坂を登る男と、少し緊張の見られる女の姿があった。

 メインモニターに男女を大映しにする。三沢はその画面を静かに見つめ続けた。

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