-第一章- 【酒場】
港町トーリア。
世界の貿易の中心地であるこの街は、昼夜問わず賑やかである。
昼は船乗りたちが忙しなく積み荷を運びだし、夜は酒場でひと時の安楽に興じる。
その喧騒とした酒場の隅で、カウンターに腰かけて安酒を煽るファラ。
「きったねえ店だな。もっとマシな店はねえのか」
うしろで浮かぶ紅魔が悪態をつく。
「今回のお宝は換金できなかったからね。金がないのよ」
ファラの応えに舌打ちを返し、紅魔は賑やかな船乗りの集団を忌々しげに眺めた。
「黙らせてこようか」
「やめなさい」
取りつく島もない。
「へーへー。了解しましたよ、ご主人さまぁ」
わざと人の神経を逆なでするような口調でささやかな反抗の意を表す。
そんな紅魔に一瞥もくれず、ファラは酒のおかわりを注文する。
「金がないのによく飲む女だ」
「だから安酒で我慢してんでしょう?」
即座に返される。口では勝てないことを悟った紅魔は、やはり舌打ちをして口を噤む。
「明日は船に乗ってグランラーマに向かうわ」
そんな紅魔を気にする風もなく、ファラは明日の予定を淡々と告げた。
「どこだよ?」
ファラはため息をつくと、質問で返す紅魔に蔑んだ目を向ける。
「な、なんだよその目は!」
「長年生きてるって割には何も知らないのね。首都よ、この国の」
「あのな!?」
カチンときた様子で紅魔が言う。
「俺は悪魔だ。この世界の人間じゃねえ。しかも人間の世界ってのは天界や地獄と違って複数あるんだぞ? 街の名前までご丁寧に覚えてられるかよ!」
紅魔の言葉にファラの耳がピクン、と動いた。
「複数? この世界の他にも世界があるっての? おもしろいじゃない。ねぇ、その話してよ」
好奇心を刺激されたのか、ファラは目を輝かせて紅魔に頼む。が、紅魔はムスッとしたまま口を開こうとしない。
「馬鹿にしたことは謝るわ。ごめん! だから、話聞かせて? ね?」
「……しょうがねえな」
謝られたことに気をよくしたのか、渋々話してやるよ、という演技丸見えの様子で紅魔は口を開いた。
(なんて単純な……)
とファラは思わざるをえない。
「かつて人間の世界は、神が創りあげた楽園だった」
紅魔は静かに、語り出す。