-第一章- 【落着】
「ブオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!」
海竜の鳴き声。鳴き声と呼ぶにはあまりに凶悪な、先の衝撃波の原因たるそれを、紅魔は己の翼のひと振りで相殺する。
音に鼓膜を破られないように、ファラは頭を抱えるようにして耳を塞いだ。
それでも尋常ならざる轟音は、激しい耳鳴りという後遺症を残していった。
耳鳴りが収まりかけ、ゆっくりと開いたファラの目に飛び込んできたのは、先ほどの悠に内倍はあろうかという巨大竜だった。その姿は先ほどの海竜がチャチに見えるほど禍々しい。
「こいつは驚いた。リヴァイアサンか」
紅魔が心底驚いたように、そして多少苦々しげに呟いた。
「邪魔だ! さっさと失せろ!」
牙を剥いて唸るリヴァイアサンに牽制の睨みを効かせながら、紅魔の背中から怒鳴り声がファラに向けて放たれた。
ファラが慌てて船室に飛び込んだのを気配で確認し、紅魔が指をパキパキと鳴らした。
「お互い神に捨てられた者同士、穏便に済ませたい所なんだが……」
言い終わらないうちに、紅魔を噛み砕こうとリヴァイアサンの首が伸びた。
「聞く耳もなくしちまったか!」
迫りくる牙を難なくかわし、紅魔は空に上がる。
「地獄の業火で潮と炭の塊にしてやろうか」
そう言って紅魔が指を鳴らすと、小さな火の粉があがった。
続けて鳴らすと火の粉は炎になり、もう一度鳴らすと人の顔大の火球となり、それを繰り返すうちに、まるで自ら意思を持っているかのように蠢く、猛る龍の形をした巨大な炎が完成した。
「消し炭になれ、虫が」
紅魔の指が放った軽快な音を合図に、炎の龍がリヴァイアサンに喰らい付いた。
リヴァイアサンの絶叫と海水の蒸発する匂いが当たりに充満する。
紅魔の放った炎の龍が消えた時、そこにはところどころに塩がこびりついた巨大な炭の塊が浮いていた。
紅魔とリヴァイアサンの戦いを見ていたファラは、ヒュウと口笛を吹いてから笑顔で船員に歩み寄る。
「退治完了ね。じゃ、このままグランラーマまで向かってくれる?」
「は、はひっ!」
慌てて操舵室に駆けていく船員の背中を見つめながら、船員の引きつった返事の原因が紅魔に対する恐怖なのか、それとも自分の笑顔の凄味なのか、と真剣に考えるファラであった。