第七話 : 蟠り
慧が目が覚めた時、修練場と同じと言えば同じだが、決定的に違うものがあった。場所としては先ほどの武道場のような空間だが、そこには似合わないベッドがあった。当然ながらそこに寝かされているのは慧だ。
慧が目を開くと鈴がそれに気づいた。
「あれ、意外と早かったね」
「どのくらい経ったんだ?」
「およそ10分といったところだ」
フェイとリスタが心配そうに慧の方を覗き込む。
「ユール、今日は能力を使うのはやめておきなさいね」
「使おうにも、頭が痛い」
「うんうん、最初はそんなもんさ。それより思っていたよりもずっと使いこなせてるね。誰に教えてもらったのかな?」
「能力を使うのが楽しいからこっそり練習していただけだよ」
クロノのことに気づいているのかもしれないが、何となく慧はシラを切ることにする。
それを聞いてフェイが考え込む。
「練習、か。俺も鍛え直さないといけないようだ……」
「フェイはサポート主体とはいえ一対一も弱くはないんだけどね。でも、特訓するなら相手してあげるよフェイ」
「いや、その……ボスは遠慮願いたい」
「ボスは以前メンバーの一人をついやり過ぎちゃって殺しかけたのよ。お互い能力無しでやりあってたのに骨折が4ヶ所に膵臓が破裂で肝臓にも傷が入っていたわ。それをついうっかりとか言ってるから良くないわよね」
フェイが露骨に嫌そうな顔をしているのを慧が不思議そうに見ていると、乃彩が説明してくれる。
「ちょっ乃彩ッ!? あれは……そう事故、事故なんだ!」
「あー、でその相手は?」
「元気よ。あー、いえ……この前もボスに殴られて大怪我負ってたわね」
「……ボクだって人間だ。嫌いなやつはぶっ殺したくなるしめんどくさい奴も冥土に送りたくなるってもんさ」
「本音出てますよ、ボス」
どうやら事故ではなく確信犯らしい。鈴の顔に影が差したのをケイは見逃さなかった。
「嫌いなものは嫌いなんだよ」
「リスタ、どんな人なんだ?」
「基本的には真面目なんだけど、ボスの崇拝者っていうか……まぁそんな人よ。あとちょっとマゾが入ってるわ」
「うえぇ、思い出すと鳥肌が立つ。この前は折角消すチャンスだったのにみんなが邪魔するから……」
「不味い! ボス、ユールの部屋に誰か入ってくる。あのコピーでは不安だ。ユールと入れ替えた方がいい」
項垂れている鈴にフェイが慌ててそう言った。どうやらフェイのコピーは周囲を察知する能力もあるらしい。
「わかった! そういう事らしいからまた会おうユール」
この切り替えはさすがアンノウンのボスと言うべきか、直ぐさまケイに能力を行使する。フェイは次の瞬間家のベッドに座っていた。
トントンと階段を登る音の後、扉を二回ノックされる。慧が返事をする前に、恵令奈が顔を覗かせる。
「お兄ちゃん起きてる?」
「どうした恵令奈」
「えへへ、何でもないよ。ただ偶には良いよね」
ニコニコと笑いながら恵令奈は慧の布団の中に潜り込む。
「いつまでも子供みたいなやつだな」
苦笑しながら慧は少し横に位置をずれる。時計を見るといつの間にか二十三時になっていた。
「お兄ちゃん、おやすみなさい」
「うん、おやすみ」
身体を寄せながら何かを抱え込むように眠ろうとする恵令奈の頭を撫でると慧も目を瞑る。二人の寝息が聞こえるまでそう時間はかからなかった。
朝日が差し込み、慧はゆっくり瞼を開く。横でまだ寝入っている恵令奈を起こさないようにゆっくりとベッドから降りると、キッチンへと移動する。
二人で暮らしていると言っても過言ではないので、朝食と昼の弁当は朝早く起きた方が作るのが暗黙の了解となっている。どちらともが寝坊した場合は朝食はなし、昼は学食というのも決まりきったことである。
慧が朝食と弁当を作り終え、テーブルの上に乗せた所で恵令奈が目を擦りながら階段を降りてくる。
「んぅ、おはようお兄ちゃん」
「おはようエレナ。朝食は出来てるから顔洗っておいで」
「ありがと。顔洗ってくるね」
恵令奈がいなくなった事を確認して慧は浅く溜め息を吐く。恵令奈にだけはアンノウンに入った事を知られたくはない。だが隠し通せるのか、これからずっと。慧の中で鬱々とした思考がぐるぐると回る。
「お兄ちゃん大丈夫?」
ふと正面を見るとすぐ近くに恵令奈の顔があり、思わず慧は一歩後ろに下がる。
「あ、ああ。ちょっと考え事してただけだよ」
「あんまり思いつめちゃダメだよ? 何かあるんだったら相談してよね。一人で抱え込むのはお兄ちゃんの悪い癖なんだからさ」
「はは、りょーかい。それじゃ食べよう」
「「いただきます」」
「そういやさ、朝国さんてどんな人?」
「難しいな。いつも堂々としていて物静か。それでいて意外と強引みたいな……」
「あれ? お兄ちゃんて明るくて引っ張って行ってくれる人が好きだったんじゃなかったっけ。何か今までとタイプが違うと思うんだけど」
それに性格考えても合わないと思うし。恵令奈はそう付け加える。
「いや、えっとだな……そもそも俺と乃彩はそういう関係じゃないって言うか」
「なのに朝国さんの家に泊めさせてもらったの?」
「うっ……えっと、なんか戦う音みたいなのが聞こえたから、たまたま一緒に帰ってた乃彩の家に寄らせてもらったんだけど、気付いたらけっこう遅くなってて夜は危ないからって泊めてくれたんだ」
慧自身、変な事を言ってる自覚はあるが、本当のことなど言えるはずがない。乃彩のことを彼女だと言うのも身の危険を感じるので嘘を重ねる。
「……まぁいいよ。お兄ちゃんのことは信じてるから」
「さて、俺のことは置いておいて、エレナはどうなんだよ。優等生なら彼氏くらいいるんじゃないのか?」
「残念ながらそうでもないんだよね。結局のところ怯えられてるのかなぁ。私も国防軍だし、男子が近寄ってこないんだよね。私の最低条件はお兄ちゃんやお父さんみたいな人だからね!」
「それならいっぱいいるだろうに。父さんはまた別だけど」
「一層の事お兄ちゃん、私と付き合ってみる?」
「外聞が悪いからやめろって」
「あはは、冗談だよ」
食べ終えた慧が食器を流しに持って行こうとすると、まだ食べている恵令奈がもごもごと口を動かす。
「洗い物は私がやっておくよ。置いたままでいいから」
「ありがとう。頼んだよ」
そう言うと慧は部屋に戻る。ブレザーに袖を通し、鞄の教科書を入れ替える。そして手早く身だしなみを整えると一階に降りた。まだ家から出るには早いため、ソファーに腰を下ろすとニュースをぼーっと眺める。
「じゃあ行ってくるねー」
「おう、行ってらっしゃい」
玄関から聞こえてくる声に返事をしたところで、慧はテレビを消すと、一度伸びをし、勢いよく立ち上がった。弁当を取りにキッチンへ行くと、弁当箱が2つ並んでいる。
「忘れて行ったのか」
慧は2つの弁当をそっと鞄に詰め込むと走って恵令奈を追いかける。若干道は違うが恵令奈が通っている中学校と慧の高校とではそれほど位置は離れていない。
とはいえ恵令奈の学校まで行ったのでは遅刻することもあり得るために慧はいつも通り急ぐ。
恵令奈の姿が目に入ったところで慧は速度を上げる。
声を掛けようとした直前、恵令奈のすぐ近くの壁が爆ぜた。
「きゃあっ!?」
尻もちをついている恵令奈の元へ辿り着くと、慧は辺りを見渡す。爆煙の中から仮面を被ったタキシードの男がゆっくりと歩いてくる。慧は鞄を投げ捨てると全力で走る。
「お、お兄ちゃん?」
慧が恵令奈を守るように前へ立つと、タキシードの男は隠れていない口元を歪ませた。
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