第六話 : 意思
またこの前と同じ場所か。
それが慧が辺りを見渡して思った感想だった。またも後ろに気配を感じて振り向くと、前と同じ青地に白のローブを羽織った少女が立っていた。
「クロノ……?」
「そう言えば、顔をお見せしていなかったのでしょうか」
そう言って作られたような端整な顔で笑って見せた。今まで漠然と男であると考えていたため、慧の動揺は大きかった。だが、そんな慧も姿を確認した今となっては思い当たる節は幾つかあった。
「……お前、確かに声が高かったり身長も男にしては低いと思っていたが」
風など無いと思っていた慧だが、白金色の髪が僅かに戦いだ気がした。未だ半信半疑でクロノを見つめていると、淡く、それでいて深い青の瞳が慧を射抜く。
「どちらの性別かと言えばマスターの場合は女性、となるのでしょう。マスターの希望、理想が能力を選んだのです。つまりマスターの理想像が私となるわけです」
「う、嘘だ……」
「いえ、そんな筈はありません」
「だって俺は……」
「俺は……?」
「ロリコンでもマゾでもないッ!」
慧は否定するが、クロノの容姿が好みでない訳ではない。ロリコンである事を認めたくないだけである。単に容姿が好みかどうかを尋ねると、好みと答えざるを得ない。
更に言えば結構な頻度で慧は暴言を吐かれている。物理的な攻撃こそないが、慧はクロノがサディストだと確信している。そんな相手が自分の理想だと考えたくはなかった。
「別にロリではないと思いますが。身長は低めですが寸胴というわけでもありませんし、かといって過剰に自己主張しているわけでもない。良いセンスしてると思いますよマスター」
思わぬ好評価にケイが何とも言えない表情をしていると、クロノは「それと……」と呟いた。
「安心してください。私は毒舌ではありますが、サディストではありません。それにサディストだとしてもマスターがマゾかどうかはわかりません。性格はマスターの影響を受けませんので」
なぜか少しだけほっとした慧だがそれ以外にも安心したことはある。
「とりあえず目測148cmはロリじゃないのか。よし、そういう事にしておこう」
「惜しいです。149cmですね。さて、そんなどうでも良いことは置いておいてですね……」
「どうかしたのか?」
慧もこの話を続けると何か大切なものが失われるような気がしたため、クロノの話題転換に乗ることにする。
「一つ問題です。能力の維持は難しいですよね。ゲームではこのような能力を使うのにMPなるものを使用しますが、私たちは何を使用していると思いますか?」
「……全く想像がつかない」
「答えは特別なものは何も使用していないです。例えばマスターは今、私の手が握れますか」
「? もちろん」
クロノが白い手を慧の方へ伸ばしてきたので慧はそれを握る。少しヒンヤリとした感覚が手から伝わる。
「それと同じです。誰かの手をそっと握ることが出来るように、慣れれば息をするように能力は使えるのです」
「じゃあどうして俺は意識を失ったんだ?」
「私たちの能力を考えてください。ある一定範囲内の時に干渉し、自由に変動させる力です。例えばですが、マスターはどのくらい息を止められますか?」
「1分いかないくらいだと思う」
「そう、今回はその1分を超えただけです。限界を超えて能力を使ってしまった。能力というものは高度な演算によって成り立つのです。そしてその事象を処理する脳や身体に多大な負担を求めます。それに追いつかずマスターの体が悲鳴をあげた、ということでしょう」
「……」
口を噤んだ慧にクロノはクスクスと笑いかける。
「いいえ、私のマスターは貴方しか、高塒慧以外にあり得ないのですよ。気が付いていないようですが、普通の人は時を止めるどころか遅くすることすら出来ないんですよ」
そうは言われても、きっと鈴や乃彩ならやってのけるんだろうとケイは考えてしまう。
「マスター、安心してください。私は途轍もない力を持った能力であると自負していますが、マスターはそんな私をいつか必ず使いこなす天才です。きっと私の顕現でさえもあっさりやってのけるでしょう」
「……努力はするよ」
「マスターに1つだけお願いしたいことがあるんですよ」
慧が言葉を発する前にクロノは続ける。
「私はマスターの隣で色んなことを経験し、見てみたい。いつの日か私に本当の世界を見せてくれますか?」
どこか後ろ暗い、そんな気持ちの慧だったが、前を見て息を呑んだ。儚げに笑うクロノを見て、慧は下らない事を考えていた自分を叱咤する。
「……約束しよう。必ずクロノを、俺のパートナーを隣に並ばせる」
何時にも増して真面目な表情で慧はクロノの目を見た。クロノはローブの袖で目を擦ると慧へと飛びついた。
「初めて私のことをパートナーと呼んでくれましたね、ケイ」
「恥ずかしいんだよ」
今、慧からクロノの表情は見えない。だが、クロノも同じように顔を赤くしていた。
「……私にとっては残念ですが、そろそろ目が覚めるみたいです」
「早くクロノの顕現を可能にしてみせるよ」
「いつも居ますから。何せ一心同体ですからね」
ゆっくりと慧から離れると、クロノは満面の笑みでそう言った。
「そうだな」
「くれぐれも、変な女を作らないでくださいね」
やや怒った風な表情をして、慧に近づくとクロノは背伸びをする。ヒンヤリとした感触を覚えたままケイは目を覚ました。
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