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第五話 : 時は平等ではない

 結論から言うとその日、慧が何かをする事は無かった。家に帰ることは問題ないそうなので家に帰った慧なのだが、帰宅早々、床で正座をする羽目になっていた。


「それで、私の連絡を無視し続けた理由を聞かせて欲しいな、お兄ちゃん」


 高塒恵令奈えれな。慧を現在進行形で正座をさせている、高塒家長女。とはいっても恵令奈は従姉妹にあたると慧は聞いている。どうも恵令奈が幼い頃にテロに巻き込まれて両親を失ったところを高塒宣斗が引き取ることを決めたらしい。あまり詳しいことを慧は知らないが、やや遠い親戚にあたると聞いている。


 容姿はケイと同じダークグレーの髪色に、ケイと比べると濃い赤の瞳。年齢は十五だが、国防軍の特殊作戦部隊に所属しており、高い実力を認められている。


 そんな薄幸ではあるものの、ハイスペックな妹が満面の笑みを浮かべ、慧の前に立っているのだが、その笑顔にからは感情と呼べるものを感じ取ることができず、慧はただ怯えていた。


「と、友達の家に泊まってたんだ」


「それって甘粕さんのこと?」


「それは、だな……」


 アンノウンのことなど言えるはずがない。かといって急に乃彩の家に泊ったと言えば変に思われる。慧は言葉を濁し、そんなことを考え続ける。


「女の匂いがするんだけど」


「朝国の、家だ……」


 表情を一切変えることなく追い詰めるような口調のエレナに、慧はあっさりと吐いた。

 貼り付けていた笑顔がむっとした表情に変化する。


「朝国……? えっと乃彩さんだったかな。ふぅん、なるほどね」


「あー、恵令奈?」


 一体恵令奈がどんな想像をしているのか慧は知るすべは無い。だが、きっとその予想は当たらずと雖も遠からずといったところだろう。


「……そういうことか。確かに今までお兄ちゃんに彼女が居なかった方が不思議なくらいだもんね」


「そういうことじゃ……」


「けど朝国さんかぁ、よりによって」


 不信感。

 今の恵令奈を一言で表すならその言葉だろう。


「何かあるのか?」


「あの人、何だか普通じゃない気がする。不気味っていうか。どう言えば良いかな……腹に一物抱えてるっていうか、仮面を被ってるっていうか、よく言えないけどそんな感じ」


「そうか? 別にそうは思わないけどな」


 慧は知っている。妹の勘はよく当たることを。事実その通りだ。反社会的組織アンノウン。そのうちの一人が朝国乃彩。恵令奈は今日も冴えているといっていい。


「私の勘って結構当たるんだよ」


 そも、なぜ学校も学年も違う朝国のことを恵令奈が知っているか、慧は不思議だった。とはいえ、それを尋ねることはない。


「気に留めておくよ。それで、そろそろいい?」


「ダメ」


 恵令奈は慧に抱きつく。足が痺れている慧はなす術もなく、捕まった。


「本当に心配したんだからね、お兄ちゃん」


「ごめん……」


「最近は物騒だからさ、出来の良い妹としては出来の悪い兄が心配なんだ」


 出来のいい妹を自負するだけあり、恵令奈は成績優秀で、加えて優れた能力者である。だからこそ、弱い兄を守らなければならない、と思っている節がある。


「アンノウンとかいう組織も活発みたいだし、昨日は気が気じゃ無かった」


 恵令奈は国防軍の特殊部隊に所属しているのだ。言えるはずがなかった。慧は自然と恵令奈を抱きしめ返す。


「何かあったらすぐに私に連絡するんだよ! お兄ちゃんは私が守るんだから」



 慧は恵令奈の言葉に返事をすることは出来なかった。




 ーーーーーーーーーーーー



 早めの夕食を済ませた慧は逃げるように部屋へと急ぐ。ベッドに体を投げ出すと、もはや聞き慣れた声が頭へ語りかけてくる。


『マスターと違ってよく出来た妹さんなのですね。なんだか下に見られているようでイマイチ気分は良くありませんでしたが』


『あいつは……優秀だからな。下に見られてたとしても何も言えないな』


 国防軍の序列に大きく関わるのは戦闘力。加えて軍への貢献度だ。中学三年にして軍に所属するだけの力を認められた恵令奈は非常に珍しい存在だ。まだ階級こそ低いものの、このままだと一気に駆け上がる可能性も少なくない。


『劣等感の塊ですね。ではその劣等感が少しでも無くなるように特訓しましょう』


 比べられることこそなかったものの、クロノの言う通り慧はある苦手意識のようなものを抱えているのは確かだ。


 そんな慧にクロノは提案する。


『能力の、か?』


『もちろん。暇つぶしの道具って何かありますか?』


『そりゃあ、あるけど。ゲームとかで良いか?』


 慧が取り出したのは、カオスソウルというタイトルのゲームだ。いわゆる死にゲーと呼ばれるものだ。敵の強さが尋常ではなく、プレイヤースキルと頭脳を要求されるマゾ向けのゲームであった。


『構いません。今からマスターが覚えるのは、自分の時間を極限まで引き延ばす方法です。能力の使い方は概ね理解できていますね?』


『なんとなくは』


『結構です。能力使用範囲は身体全身。時が流れることが遅くなるのをイメージしてください』


『こう、か?』


 感覚が乱れる。慧は部屋の壁掛け時計に意識を向ける。秒針はおよそ三秒程で動いている。


『及第点くらいは差し上げましょう。それではゲームスタートです』


 前回プレイしていたのは何時だったか、そんなことを考えていると、能力が切れそうになっていることに気づく。


『これは、辛い』


『維持し続けてくださいね』


 能力を行使しながらのゲーム。敵の攻撃はゆっくりに見えるため、考える時間は長い。自分の動きも遅くなってはいるが、ミスさえしなければ一応攻略は可能なゲームのため、着実に進んでいく。だが、徐々に磨り減っていくような感覚が慧を襲っていた。


 なんとか能力を維持し続けていた慧だが、遂に限界が訪れる。


『もう、無理』


『現実時間で凡そ18分。これがマスターの限界です。体感時間では1時間に満たないくらいでしょうか』


『それだけしか、やってないのか』


 慧はコントローラを床に置くと、バタリと後ろへ倒れこむ。汗が滴り床へ落ちる。


『えぇ、でもゲームは簡単だったでしょう?』


『ゆっくり見えるからな』


 袖で汗を拭うと、多少痛む頭を抑えた。


『次は実践向き、とちょうど良い』


『何がだ?』


『窓の外を見てください。お迎えが来たようですよ』


 空中に仮面を被った二人と鈴が立っている。


「鈴、か。それと……?」


 仮面を被った男が目の前に現れたかと思うと慧に触れる。


「何を」


固定空想フィックスファンタズマ、モデル修練場(イモータルゾーン)


 その問いに誰も答えることはなく、慧は道場のような空間へと引きずり込まれた。




「ふいー、思ったより気を使うなぁ」


 何が何だかわかっていない慧を他所に鈴はそう呟く。何処かへと消えた仮面の一人を探していると、いきなり目の前に現れる。


「全くだ。ボス、本当にあの程度の複製で良かったのか?」


「もちろんだよ、フェイ。と言いたいところだけど、思ったより君の妹さんは有能みたいだ」


「えっと……」


 言葉に詰まる慧を鈴が遮る。


「彼女の能力は知らないけど、遠目から見た感じだと結構やるね。まぁ今はそれは良い。まず、初めに注意事項、アンノウンでは本名は言わない決まりになってるから気をつけてね。理由は過去に痛い目に遭ってるため。それでだ新入りくん、能力名、というか自分の能力の名前はわかるかい?」


 能力名。おそらく刻時壊敗ではなく、クロノのことを言っているのだとケイは推察する。


『クロノ、これって言っても大丈夫なのか?』


『恐らく、問題はありません。ですが名前が被るのは私が嫌です。なので私が付けて差し上げましょう』


『わかった、頼んだよ』


『そうですね、ユールなんてどうです? ピンと来たんですが』


 得意げに話しているのが見えるようで慧は少し頬が緩む。


『良いと思う』


 そうクロノに答えた時、鈴は困った風に慧の顔を覗き込んでいた。


「やっぱりわからないかな」


「いや、ユールだ」


「ユール、か。うん、良いじゃないか。それがアンノウンでの呼び名。かっこよく言うとコードネームというやつになる。普段使う名前だね」


 そう鈴が笑うと、先ほどの仮面の人物が前へ出る。体格、声の低さから慧は男だと判断した。


「自己紹介させて貰おう、フェイだ。能力は一定時間使える複製品を作り出すものだ」


 鈴がこの人物を連れてきたのは、自分の複製を作り出し妹が不審に思わないようにすることだと慧は理解する。


「リスタよ。今朝ぶりね、ユール」


 どこか見たことがある気がすると考えていた慧を肯定するようにリスタは名乗った。


「他のメンバーは名前を知ってても仮面を被ってる時はその名前で呼ぶこと。あー、ボクは顔も名前もバレてるから何でも良いけど。ちなみにボクはラナという名前だね。ほとんどのメンバーはボスと呼んでるけどね」


 慧は了承の意を込めて一度頷く。


「それで、ここに来た理由は?」


「幾つかある。ユール、お前の仮面だ。能力についてはボスから大まかに聞いている。ひび割れた時計が媒介のようなので、それをモチーフに模様は入れている」


「あ、ありがとうございます?」


「あぁ、そうだ。俺がお前の顔を知っていてそちらが知らないというのは不公平だな」


 そう言ってフェイは仮面を外す。仮面の下の顔を見てケイは息を飲む。


嘉神(かがみ)、先生?」


 黒髪黒目の実直そうな男性。切れ長の鋭い目をしており、女子生徒からの人気が非常に高い教師だ。


「そうだ。お前のクラスには世界史の授業で行っているな、高塒」


 思わぬ人物に鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしている慧を見て、嘉神はくっくと笑う。


「こんな近くにアンノウンのメンバーがいると思っていなかっただろう。だが、そんなものだ。思っているより世間は狭い」


 きょとんとした慧の肩をトントンとリスタが叩くとミサンガのようなものを慧に渡す。


「まぁ驚くわよね。それとこれ。能力波長のほとんど全てを遮断するリングよ」


「あ、あぁ」


 なんとか立ち直った慧に今度は鈴が話し始める。


「次にルールの説明だ。裏切った場合はそれ相応の目に遭わす。それとアンノウンは人手不足でね、ユールにもしっかり働いてもらう。対価として金銭は支払うし、他に何か望みがあるのなら可能な限り叶えると約束しよう。勿論等価交換となるけれどね」


「わかった」


「それでは一度俺と試合っておくかユール」


 フェイは仮面を被り直すと何処からか剣を取り出す。


「はい?」


「その他の事務連絡はぶっちゃけどうでも良いんだよ、ボクとしてはね。早急に行いたいのが戦闘力の確認なんだ。何せ死なれたら困る訳だし」


 唖然としているケイにラナが笑いながら告げる。


「今まで能力を使って戦ったことは無いのだろう。戦い方を覚えるには実際に戦った方が良いと思うんだが、な!」


「ちょっ!?」


「ユール、此処では死ぬことはないから安心して死ぬといいよ」


 剣が目の前を通り過ぎていく。初撃をなんとか躱した慧だが、次の瞬間にはすでに剣が再び襲いかかってきていた。


『マスター落ち着いてください。まずは先ほどやったことを思い出して下さい』


 時がゆっくりと動き始める。回避に回避を重ねる慧。ポケットから小さくなっている大鎌を取り出すとすぐさま展開する。だが、反撃に移る事は出来ない。


「避けることは得意なようだな」


「くっ!」


 時は遅くなっているはずだが、フェイの剣速は増していく。自分の信じる最適解を選びつつ、慧は剣を躱し続ける。


『こちらも動きを加速させるのです。徐々に速度を上げてください!』


 矛盾してるじゃないか、と慧は心の中で叫びつつ、周囲は遅く、自分は加速するイメージを始める。


「ぬっ!?」


 速度が上がる。反撃に転じた慧だが、フェイの方が上手であることは間違いなく、簡単に受け流される。だが、フェイが驚いた顔をしたのをケイは見た。


『名前が無いのも不便ですからそれに名前を付けましょうか。狂針時計(オーバークロック)ってところですかね』


『そんなこと言ってる場合かよッ』


 迫る剣を大鎌で払い除け、距離を取りながら慧はクロノへと叫ぶ。


『当然です。意識しやすくなるのですから能力も発動しやすくなると思いますよ』


「……初めてと聞いていたが、どうにも動けているな。想像以上だ」


「ありがとうございます」


『マスター、一つだけ忠告です。今のマスターではこの調子で能力を行使し続けると、体感時間であと五分もすれば処理限界が来ます。いっその事勝負に出てみては如何でしょう』


 それは薄々感付いてはいた。頭が熱っぽく、ズキズキと痛む。その上で慧はクロノへと尋ねる。


『時を止めろってことか?』


『そうです。一対一では最強の切り札でしょう。勝負してみても良いのでは?』


「ようやく本気になったか」


 空気が冷めた、そんな感覚に慧は陥る。どちらともが動きを止める。


「えぇ、お陰様で」


「ならばこちらもそれに応えよう」


 ニヤリと笑ったフェイは剣を慧の方へ向ける。慧の背筋に悪寒が走る。


際限無き剣刃(インフィニットエッジ)


 剣、剣、剣。気がつくと慧は四方八方を無数の剣で囲まれていた。


「ははっ……出鱈目だ」


『マスター、これは危険ですッ!』


 クロノの声が響く。


『わかってる。範囲は俺を中心とする20mで充分か』


『準備は良いですか?』


『もちろんだ』


 クロノの確認に慧は自信を持って答える。


「覚悟は出来たか」


「そちらこそ」


「良いだろう。お前の力を見せてみろッ!」


『いきますよマスター!』


 クロノの声と意思が慧へと伝わると同時に、フェイが手を振り下ろす。慧を串刺しにすべく剣が動き出した。


『「時針停止(ストップクロック)!」』


『時の止まっている間。マスターとマスターに触れているものだけが行動を許されます。動くことは出来るはずです。ですが知っての通り長くは続きませんよ』


 全てが動きを止めている中、慧は走る。フェイの背後に回り、大鎌の刃を首に当てるとケイは能力を解除する。


「なるほど、俺の負けか」


 首から伝わる冷たさを感じ取ったフェイは満足そうに笑った。そしてその一拍後、慧はフェイへと倒れかかる。

 首に当てられていた鎌が地面へと落ちた。



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