第十話 : 定例会議
転移陣。空閑鈴の能力で設置された、特定の能力波長を識別し、ある場所へと瞬時に移動させるもの。
簡単に言うとそのようなものであるらしいのだが、それらを単独で行っていると聞いて慧は絶句する。
「そろそろ仮面を付けて。もうすぐよ」
乃彩もいつもと同じ仮面を被る。この時から彼女はリスタだ。
その後も歩き続けると、リスタが立ち止まる。どうやらここにあるらしいが、いかにも魔法陣です、といったものはない。慧もよくよく注意を向けると、陽炎のように空間が少し揺らめいている様な気がするだけだった。
「じゃあ行くわよ」
慧は頷くとリスタと共に歩き出す。空間の境、とでも呼ぶべきものを意識した時には、既に先ほどまでの空間とは違い、大きな机が置かれた部屋へと移動していた。辺りには年齢、性別、服装の違う沢山の人が集っていた。共通しているのは皆、仮面を着けているということだ。
新参者だと気づかれているのか、慧に幾つか視線が集まる中、リスタは慧の手を握った。
「私たちはこっちね」
それを見た人の「若いとは良いですな」とか「羨ましい」「あれ誰だっけ?」といった声が慧の耳に入る。
そのまま歩いていると、ゾワッとする視線を感じた。クロノも同様だったのか、暫くぶりに声が聞こえる。
『マスター、お気をつけください。かなりの視線を感じますが、ほんの少しですがその中に殺気を感じます』
『わかってる。きっとベイルだろう』
『何時でも戦闘が出来る心構えをお願いいたします。こんな所で死なれたら困りますので』
肯定の意思をクロノに伝えると、慧は辺りを見渡した。ベイルを見つけることは叶わなかったが、ここは鈴の空間だ。安心感というようなものも少しはあった。
どうやら机の前の椅子は誰が座るか決まっている様で、リスタは周囲の視線を一切気にすることはなく、ある所で止まる。
「貴方は今回は私の横ね」
というと、リスタは右の席を叩く。
「諸君、よく集まってくれた」
そして座らないのか、と声をかけようかと慧が思った時に、聞き覚えのある声が部屋に響く。
「さぁ、定例会議を始めようか」
見覚えのある仮面を着けた女性は、普段とは違った少し威厳を感じされる姿を見せて、椅子に座った。
そして空閑鈴が来たからなのか、浮ついた調子の雰囲気は落ち着きを取り戻すと、重苦しささえ感じるような圧迫感を作り出す。
「まず、この一ヶ月で変わったことと言えば、特にはない。強いて言えば、私が国防軍に打撃を与えたために幾つかの部隊が再編成されるらしい。それと、近頃ノーフェイスなる能力者による犯罪集団が勢力を拡大しているようだ。皆は充分に注意してほしい。ゆめゆめ油断などで命を落とすようなことがないように」
「私からは以上だ。他に報告のある者はいるか?」
「はい」
髪の長い女性が手を挙げる。仮面から覗く瞳は真っ黒で、慧は底の見えない闇を覗き込んでいるような気分になる。
「何があったんだ」
「国内での異形種が増えております。更に国外で確認された非常に強力な能力を扱う巨大な異形種も僅かではありますが、日本でも確認された模様です。警戒は必要かと」
「そうだな。これより異形種討伐に赴く者はペア、もしくはチームを組むことにしよう。戦闘向きの能力者は失うわけにはいかない」
その後も報告は続いていく。慧は話半分に聞き流しながら、殺気の主を探し続ける。そして遂に今朝見たあの仮面を見つけた。
慧が気づいたことを感じ取ったのか、ベイルは口元を歪める。
「……では今月はこのくらいか。それでは新人紹介といこうか。今月はメイリアとユールだな、二人とも前へ」
慧と一人の女性が前へ出ると、一斉に視線が集まる。どうしたものかと考える慧だが、慧が何かを言う前にラナが続ける。
「情報は生命線だ。名前だけでも構わない」
「め、メイリアです。え、えっと……支援よりは、戦闘が得意です。よ、よろしくお願いします……」
「ユールだ。まだ分からないことも多いが頑張るつもりだ。よろしく」
「最後に今月は戦死者はゼロだった。皆、良くやってくれている。それでは定例会議は終了としよう。この空間も後十二時間は維持するのでしばらく残りたい者は残っても構わない。それでは解散」
転移陣へ向かう者、顔見知りと談笑を再開する者と、各々行動が分かれる。慧はというと、周囲を警戒しつつ今後の動向を考える。
『仕掛けては来ませんでしたね、マスター』
『そうだな。このまますんなり帰れたら良いんだけど』
「ユール、どうだい飲まないか?」
いつからそこに居たのか、ラナが突如、慧の視界に入る。慧の顔を下から見上げながら発されたラナの言葉に慧は首を横に振った。
「まだ成人してないからパスで」
「つれないなぁ、メイリアは?」
「そのっ、私も……遠慮させて頂きます」
この挙動不審な、年の頃は恐らく十五程度の少女が、先の自己紹介で戦闘が得意と言ったことが慧はなかなか信じられない。
「なら私と付き合ってはいただけませんかボス」
「あー、うん。ちょっと急用を思い出したかな」
露骨にラナは嫌そうな顔をする。そのうち来るだろうとは思っていたが、予想通りと言うべきか、とにかく面倒な事態に発展すると慧は確信する。
「それでは仕方ありませんね。そう言えば頼み事があるのですが」
間違いなくロクなことじゃない頼み事という言葉に慧は自然と一歩後ずさる。
「一応聞こうかな」
「このユールとの決闘を認めて頂きたいのです」
そう言いながらベイルは愉しそうに口角を吊りあげる。
「……理由は?」
「理由は……腹が立つ、というだけですね」
少し考える素振りを見せたが、すぐに表情は戻り、人を小馬鹿にしたように笑う。
「なら決闘はなしだね。基本的に決闘を認めてないのは知ってるだろう?」
「えぇ、双方の合意と貴女の空間の中が最低条件でしたよね」
「そうだ、君はユールの合意なんて得ていないだろう?」
ラナが慧に視線を向けながらベイルに訊ねる。
「ククッ、ユール……貴方は受けてくれますよね。そうだ、貴方が勝利した場合は私は貴方の妹には今後一切の手出しをしないと誓いましょう。私が勝利した場合は……そうですね、私の配下となるというのは」
『マスター、どうされるのですか?』
「ユール、今回はやめておいたほうが良いんじゃないかしら」
ここまで沈黙を保っていたリスタがその口を開く。
「……なるほど、そんなことになってるのか。ボクは君の決断を尊重するとしよう」
三者三様の答えが返ってくるが、既に慧の答えは出ていた。
「当然、乗ろう」
『この男を軽く見ているわけではありませんよね?』
『勿論だ、クロノ』
「本当に良いんだね?」
ラナの言葉に慧は頷く。この時ベイルのニタニタとした顔が真顔に戻る。
「逃げ出すかと思いましたが、存外、貴方にとって家族とは大切なのですね」
「ここではギャラリーが多い。二人とも能力を見せたくないなら無人の場所にしても構わないけど」
「私はこのままで構いません」
「俺もだ」
どちらともが構わないと言ったことで、ラナは左手を前に突き出す。
次の瞬間には以前慧も見たコロッセオが広がっていた。暫くするとぞろぞろと観客が入ってくる。
空中にはモニターが幾つも飛び交っており、そこには名前と賭けの倍率が表示されている。リアルタイムで変動するその数字に慧は苦笑いした。
「賭けまでやるのか……」
「決闘は珍しいからやるとなったらいつもこうなるのよ。それじゃあ私は観客席の方に行くわ」
やや呆れ顔のリスタが慧にそう言うと、ラナが気を利かせたのか、観客席の方にリスタは移動していた。
「衆目の中、敗北する覚悟は決まりましたか?」
ベイルの問いかけに慧はニヤリと笑う。
「ラナ」
「どうしたんだい?」
「俺が勝つ方に賭けといてくれ」
「もちろん既に賭けてあるよ。負けると君はボクに借金だから頑張るんだよ」
「あぁ!」
挑発を返すと、ベイルは憎々しげに慧を睨みつける。既に一触即発の雰囲気に、観客席の仮面の集団から早く始めろだの、殺せだのと野次が飛ぶ。
「生意気な小僧が……まぁいいです、新参者にルールを説明してあげましょう。……ルールは簡単です。双方どちらかが死ぬまで。故に殺すまでは油断しないことですね。もっとも実際には死ねないんですが」
ベイルの嗜虐的な笑みを見て、ラナが口角を吊り上げる。
「それで、ボクがフィールドに居る理由はわかってると思うけど、念のため言うと、ボクがレフェリーを務めさせて頂くよ。問題ないね?」
「もちろんだ」
「私もです」
そう言っている間に賭けが締め切られたようだ。慧が勝つ方が3.2倍、ベイルが勝った場合は1.4倍。数値を見てベイルはクスクス笑う。
「順当な結果でしょう。幾らボスが貴方にかなりの大金を注ぎ込んでいると言えど、仕方のないことです」
「なるほど、そんなに俺は負けると思われてるのか」
「……そうですねぇ、何せこの私が相手ですから」
「二人とも準備は良さそうだね……双方構えて」
頷くのを確認してラナは右手を高く上げる。
「それでは……はじめッ!」
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