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冬妖精と寂しがりのドラゴン

作者: 篠倉 芽衣


 むかしむかし、神さまは言いました。


「一年を四つに分けて、それぞれ女神が守るように」


 それからこの国では、一年の季節を女神さまたちが守るようになりました。







 国には大きな塔があります。

 その塔に女神さまが入ると、女神さまの守る季節がやってきます。

 

 春の女神さまが入ると、風は暖かくなり、たくさんの命が芽吹きます。

 夏の女神さまが入ると、晴れ渡る大空の下で、健やかに成長が始まります。

 秋の女神さまが入ると、涼しい風に包まれて、豊かな恵みを与えます。


 そうして今は冬の女神さまが、高い塔に入るところでした。


「秋の。おつかれさまでした」

「冬の。次の季節をお願いしますね」


 短いやり取りですが、互いに相手を気づかっているのがわかります。

 秋の季節を守り終えた秋の女神さまは、疲れた顔をしていますが、今年も無事に季節を守りきれたことを誇りに思っているのでしょう。

 満ち足りた笑顔で塔を出て、代わりに冬の女神さまが入るのを見届けてから、自分の城へと帰っていきました。


 さあ、これから季節を冬にしなければいけません。

 冬の女神さまは、一緒に連れてきた妖精たちに手伝いを頼みました。


「これからの冬の季節を守るために、あなたたちもお手伝いをお願いしますね」


 優しい声とひかえめな笑顔の冬の女神さまは、妖精たちの憧れでした。

 妖精たちには季節を守る仕事はできませんが、女神さまの身の回りを助けることができます。

 温かなお茶を入れ、おいしい食事を作り、気持ちよく休めるように部屋を整えるのが仕事です。


 さっそく冬を迎えるために祈り始めた女神さまの邪魔をしないように、妖精たちは静かに仕事を始めるのでした。




 ルミは塔にやってきた妖精の中で、一番小さな妖精でした。

 まだまだ仕事はへたくそですが、それでも女神さまを助けたいという気持ちは一番です。


 女神さまが使うカップをきれいに洗ったり、くもりがないように窓をふきあげることがルミの仕事です。

 そうして仕事の合間に、女神さまの美しい声で歌われる歌を聴くのが大好きでした。


 秋の実りを終えた世界は、ゆっくりと気温を落として休息の季節に入ります。

 冷たくも柔らかな雪に囲まれて、人も動物も植物もほうっと力を抜いていきます。

 そして次にやってくる芽吹きの季節のために、心と体をゆっくりと休ませるのが、冬の女神さまのお仕事なのでした。


 


 ルミが窓から塔の外を見ると、あたり一面真っ白な雪景色になっていました。

 どこまでも続く銀世界は、冬の妖精にとって一番素敵な世界です。

 いつもだったらルミは友達と一緒に雪の中を飛び回り、眠りにつかない動物をからかったり、冬でも実る赤い実をつまんだりして過ごしていました。

 けれど今年は女神さまの手伝いをするという大事なお仕事をもらったのです。

 外に出てはしゃぎたい気持ちをおさえながら、ルミは今日も窓を美しく磨きました。




 穏やかに、けれど規則正しく季節を進めていたある日。

 女神さまはポツリとつぶやきました。


「おかしいわ…」

 

 その女神さまの声に、飲み終えたカップを片付けようとしていたルミは立ち止まりました。

 ほかの妖精たちも、女神さまの声に首をかしげています。

 

「そろそろ春のが来てもいいころなのに」


 そう言って窓の外を見る疲れた様子の女神さまの姿に、妖精たちもようやく気付きました。


 窓の外は一面の雪景色。

 純銀の世界が広がっています。

 その雪は、春の女神が塔に近づくことで少しづつ溶けていくのですが、今はまだ真っ白なままなのです。


 塔の中でだけ過ごす妖精たちは、いつも雪解けの様子を見て交代の時期を知るのですが、そういえば今年は少し雪解けが遅いような気がしてきました。

 ルミは初めてのことだったので余計に気づかなかったのでしょう。

 まわりの妖精たちがひそひそと話す様子に少しだけ不安を感じてしまいました。


 塔の中に入った女神さまは、自分から塔を出ることはできません。

 次の季節の女神さまが外から扉を開いて、初めて出ることができるのです。

 そして季節を中断させることもできません。

 女神さまが祈ることをやめてしまえば冬は終わりますが、春を迎えないままでは眠りについたものたちは目覚めることができないからです。


 冬の女神さまはいつ春の女神さまが来てもいいようにと、残り少ない祈りの力を使います。


 そうして少しづつ女神さまが弱っていっても、春の女神さまが来ることはなかったのでした。







 妖精たちは、日に日に力を失い祈ることも大変そうな女神さまを見て心を痛めました。

 ルミも何かできないかと考え、そして助けを呼びに行くことにしました。


 塔にはいくつかの窓がありますが、開くことができるのは高い場所にある小さな窓だけです。

 ルミは背中の羽を震わせて、その窓から塔の外へと抜け出しました。


 ルミは真っすぐに春の女神さまがいるお城を目指しました。

 薄羽を必死に動かし飛んでいく途中で、たくさんの悲しい声を聞きました。


 おなかがすいたと泣く小さな子供の声。

 長く続く寒さに弱っていく人々の切ない声。

 動物も食べ物が見つからずに飢えて弱弱しく鳴く声。

 その中には冬を終わらせない冬の女神さまを怒る声もありました。


「ちがうわ。女神さまは必死に冬を守っているのよ!」


 女神さまの気持ちを知っているルミは、とても悲しくなりました。

 それでも今は人々の声に立ち止まることはできません。

 少しでも早く冬を終わらせるためには、春の女神を呼ばなければいけないのです。

 ルミは悔しくて悲しくて、涙を流しながらも止まることはありませんでした。


 長い距離を必死に飛んだルミの羽は、春の女神さまのお城につく頃にはボロボロになってしまいました。

 それに春のお城のそばは暖かすぎて、ルミは自分が溶けてしまいそうな気持になりました。  


「春の女神さま! お願いです。はやく季節の塔へ来てください!」


 お城の前で叫ぶルミの姿を見て、お城から春の妖精たちが出てきました。

 妖精たちはルミの前まで来ると、困ったように首を振るのです。


「あなたは冬の妖精ね。残念だけど春の女神さまはここにはいないの」


 その言葉にルミは驚きました。

 季節の女神さまが自分のお城にいないということは、めったにありません。


「どうしてですか! 早く季節の塔に来てくれないと…冬の女神さまが弱っているのです…」


 最後に見た女神さまの姿を思い出してルミはしくしくと泣き出してしまいました。

 

 その姿を見て、春の妖精たちは、春の女神さまがいない理由を教えてくれました。


「春の女神さまは、北の山に住むドラゴンに呼ばれたきり帰ってこないの」

「わたしたちも早く戻ってきてほしいと思っているのだけど、北の山は遠くて寒くて呼びに行けないのよ」


 そう言う春の妖精たちも悲しそうです。

 春の妖精たちにとて、北の山は寒くて、呼びに行きたくても無理なのです。

 そのことがわかるルミは、自分が北の山に行くことを決めました。


 北の山は冬の女神さまのお城がある場所とは違いますが、ルミにとっては馴染みのある場所です。

 ドラゴンに会ったことはありませんが、空高く飛ぶ姿を見たことはあります。


 ルミは少しでも早く呼びに行けるようにと、ボロボロの羽を必死に動かして飛びました。




 たくさんの朝と、たくさんの夜を過ごしたルミは、ようやくドラゴンが住む北の山に着きました。


「ドラゴンさま! お願いです春の女神さまを返してください!」


 ルミは何度も叫びました。

 北の山のドラゴンの棲み処を知らないルミは、山を飛び回りながらドラゴンを呼びます。


 その声が聞こえたのでしょう。

 やがて銀色の鱗を持つドラゴンがのっそりと姿を現しました。


「うるさいぞ、小さきもの」

「ドラゴンさま! 春の女神さまを返してください。長い冬のせいで冬の女神さまが弱っているし、人も動物も植物も眠りの季節を終えられません」


 長い間洞窟の中にいたドラゴンは、ルミのその言葉にやっと外の世界が大変なことになっていたのだと気づきました。


 けれどドラゴンはすぐに春の女神さまを返すことはできません。

 長い時間を一人きりで過ごしていたドラゴンは、春の女神の優しい声で話すたくさんの話と、美しい歌声が気に入っていたのです。


「女神は返せぬ。どうしてもというならば、代わりのものを連れてこい」


 ドラゴンはルミに女神の代わりを探して来いと言いました。


「多くの話を知り、美しく歌い、私から離れぬものだ」


 ルミは驚くと共に愕然としました。

 今からドラゴンのいう人物を探す時間もなければ、ボロボロにちぎれた羽ではこれ以上飛ぶこともできないからです。


 雪の中に座り込んだルミは、このままでは冬の女神さまを助けられないと思い涙をこぼします。

 泣いて泣いて。

 ドラゴンがあきれるほど泣き続けたルミは、涙を拭いて立ち上がりました。

 そしてドラゴンを見上げて言いました。


「ドラゴンさま。わたしがここに残ります。わたしは冬の女神さまからたくさんのお話と歌を聞いていたので、それをドラゴンさまに伝えます。わたしの羽はもう飛ぶことができないので、ドラゴンさまのそばからいなくなることもありません」


 ルミは必死になってドラゴンに伝えました。

 その様子を見て、ドラゴンは頷きます。


「いいだろう。小さきお前が約束を守るのならば、女神を解放しよう」


 ドラゴンは洞窟に入ると、春の女神さまを連れてきました。


「春の女神さま!」


 ルミは春の女神さまの姿を見て、泣きながら冬の女神さまのことを話しました。

 長く続く冬のせいで、日に日に弱っていく冬の女神さまを助けたい一心でここまで来たこと。

 早く春を呼び、人にも動物にも植物にも暖かい目覚めを与えてほしいこと。

 ルミの語る国の様子を聞いた春の女神さまは、ルミを抱きしめるとしっかりと告げました。


「わかりました。すぐにでも季節の塔へ行き、冬の女神を救いましょう。そしてすべての生き物たちに、豊かな芽吹きと優しい日差しを与えましょう」


 そう言うと、春の女神はすぐに季節の塔へと向かっていきました。

 ルミはその姿を見送りながら、これでやっと冬の女神さまが助かるのだと思えたのでした。

 






 それから。

 

 国は暖かで穏やかな春を迎え、たくさんの命が芽吹き、幸せそうな声が響き渡りました。

 ルミは約束通りにドラゴンのそばで過ごしながら、風の妖精が伝えてくれる国の様子を聞き安心しました。


 一度だけ、王様の使いだという騎士がドラゴンの棲み処までやってきました。

 長い冬を終わらせたルミに王様がなんでも望むものをくれると言うのです。


 ルミは少しだけ考えて、騎士に言いました。


「わたしは何も望みません。けれどこれから先に、もしまた女神さまが困るようなことがあったら絶対に助けてください」


 騎士はその言葉を聞いて帰っていきました。


 ルミは寂しがり屋のドラゴンのそばで、たくさんの話をしました。

 かわいらしい声で歌も歌いました。

 そして、飛べなくなったルミを連れて空を飛ぶドラゴンと一緒に、遠くまで旅もしました。


 自分たちが知らないことが、まだまだたくさんあるのだと知ったルミとドラゴンは、新しいことを知る喜びを一緒に感じて、いつまでも仲良く暮らしていくのでした。








読んでいただきありがとうございました。

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