第8話『ったく……言葉が通じねぇな』
さて何だかんだで放課後がやって来る。生徒たちは部活動へ行ったり、放課後から開放する図書室へと向かったり、教室に溜まってスマホで『引っ張りハンティング』してたり、すぐさま帰っていったりと自由気ままだった。学校の束縛から解除された生徒は皆、基本は自由奔放になるのが通常だろうけど、さすがにちょっとうるさいな。教室なんかじゃ眠ってられない。そうなれば当然、ボッチの聖域『図書室』へと逃げ込むのが生物的に普通かな。K本的に図書室は静かだしね。それに図書室には『鬱陶しい男』なんて一人もいないしね。
そういうことだからと、可里木日佐亜はバッグを持って教室を出て行くことに。そもそも、朝のイザコザで教室には居づらくなった。チラ見視線がキツいし、いたたまれない。
しかし、そう簡単にもいかないようだった。後ろ扉を開けて出ていこうとする日佐亜の目の前に例の三人組がやって来た。図書室で私の読んでた本を乱雑に扱った良くいる三人組使い捨てキャラだ。
「ごきげんよう、日佐亜さん」
リーダー格の女子がそう言った。
「ごきげんよう、図書室以来ですね」
日佐亜は目線も向けずに適当に答えた。
「今朝のあれは何なわけ?」
やっぱり、そこですか。
「そうだそうだ、調子乗ってんじゃねぇぞ、おい!」
リーダー格右隣、モブキャラAがそう罵倒する。それをリーダー格の女子が手を横に出して黙らせた。
「……」
黙り込むことにした。面倒事は勘弁ですので。それが先決だと思うしさ。平和に終わらせよう。
「あら? だんまり? 日佐亜さんほどの人間がどーしたのかしらねぇ?」
誰をどれほどの価値で見ていたんだよ、リーダーさん?私なんかはゴミ溜めの一部くらいの価値しかないですけど、何か?
「別に」
日佐亜はそれだけ呟く。
リーダー格の女子は日佐亜の耳元で呟いた。
「あまり調子に乗っていると……消しますよ?」
「そうですか、私には関係ないですけど」
そう返した日佐亜の腹に鈍い衝撃が走った。リーダー格の腹パンが入ったのだ。さすがにこれには息を詰まらせた。日佐亜は腹を押さえて咳き込む。
「そういうことですので、今後ともよろしくお願いしますね、日佐亜さん」
そういったリーダー格の含み笑いに一瞬だけえげつないほどの悪魔顔が現れていた。日佐亜はただリーダー格の姿を無言で見送った。それから立ち上がり、ごく普通に教室を出て行った。
面倒だな、本当に。これもそれも全てあの男のせいね。そろそろ話を終わらせないと。
日佐亜はそう思いながらも図書室へと向かう。その姿を教室外の男子トイレからこっそりと眺めていた輝一。
「……」
そのまま日佐亜を追うことはせず、逆方向へと背を向けて歩いて行った。
北と南の棟をつなぐ中央通路。普段はあまり生徒の行き交いがないので静か。そんな廊下に先ほど、日佐亜に付きまとっていたリーダー格の女子とその他二人が籠城していた。どうやら日佐亜の話をしているようだ。
「やっぱり、あいつは一回しめといたほうが良いですって!」
モブキャラAがリーダーへとそう伝える。リーダーはニヤリと怪しげな笑顔を見せる。
「まぁ、そうかもしれないわね。生意気なガキには教育が必要ですわね」
「どこの誰が生意気なガキだか知っててのことか、おい?」
リーダー格の言葉に対して応答した、その場にはいない誰かの声が響いた。三人は同時にその声のする方角へと振り向いた。見つめる先、階段の手すりに寄りかかってこちらを眺める一人の男子の姿があった。髪の毛は乱雑に跳ねまくっていて、服装はだらしない男。見るからに不良といえるその生徒は誰がどう見ても輝一。
輝一は女子組に近づいて、そして言った。
「近頃、物騒なもんだな。1対1でのタイマンならともかく、集団暴行とか流行ってるようでな」
リーダー格の女子はすかさず尋ねる。
「あら?それは誰のことでして?」
「さぁな。俺から見れば醜いケダモノだったがな」
「一体何が言いたいの?」
「ん、分からねぇか?」
「分からないわね」
「ったく……言葉が通じねぇな、ケダモノさんよぉ。言っても無駄だとは思うが――」
「『日佐亜には手を出すな』かしら?」
輝一のセリフを予測してリーダー格が先に答えた。輝一は無言で黙り込む。その間にリーダー格が口を開く。
「悪いけど、輝一さんのお願いでも無理かもしれませんわね」
「別に頼むつもりはねぇよ。どーせ、ケダモノには実行できるお願いじゃねぇから。じゃ、俺はそろそろ帰るわ、好きな番組が始まっちまう」
輝一はそう言って話を切り、颯爽とその場から離れて、そして姿が見えなくなった。その直後、リーダー格の女子が壁に拳を叩きつけた。
「許せないわ、あの女だけは!」
「やっぱりしめましょう!」「そうしましょう!」
モブキャラ二人がリーダー格の女子をバックアップする。
リーダー格の女子は窓の景色を眺めて呟く。
「明日が楽しみですわ、日佐亜さん」
不気味に口角が上がっていて、歪んだ表情をしていた。