第7話『ま、ジュース拾ってくれたことは感謝するけどね、小馬鹿』
昼休みになって、日佐亜は鬱陶しい教室を一人抜け、屋上へとやってきた。紫乃野に呼ばれて以来、屋上が大好きな場所になっていた。誰も屋上にはいないし、静かだし、何より景色が良い。一人になれる空間はいつも保持しておくべきだと日佐亜は思った。今日の天気は晴れ。綿雲がいくつか連なって流れていく。それが目で理解できるほど、風も強かった。けれど、この風はこれで心地良い。不快ではない、あの男とは違って。
両耳にイヤホンをつけ、日佐亜は屋上タンク裏に座った。そこで購買で買ったパンを一人食べながら、中学からの友達ウォークマンが流す曲を聞き入っていた。
今日の朝、あのバカのせいで私は見世物になった。ついでに無関係の女子にまで恨みを買われて、ボッチも人一倍関わり無いのにここまで嫌われることがあるんだね、改めて感心しましたよ、あの気バカには。尊敬するね、本当に。
憎き輝一のことを思っていたら、日佐亜の心の中はどんどん曇り始めてきた。快晴の空には似合わないナーバスな感情である。
「やめにしよう……考えるだけで、もうダメ」
日佐亜は食に意識を向けることでイライラを忘れようとした。手元に置いていたジュースを掴もうと伸ばした手に、ジュースが当たり、そのまま転がっていった。ここは屋上出入り口の上に作られた貯水タンクである。ジュースは転がっていって、そのまま下へと落ちていった。日佐亜はとっさに下を見る。ジュースは屋上の床に当たって台無し、にはなっておらず、そこには一人の生徒が立っていた。その手には落とした日佐亜のジュース。取ってくれていたのだ。しかし、残念ながらその生徒は輝一だった。
「あ……。ふん……」
日佐亜は渋々ジュースを諦めることに。輝一が貯水タンクのところまで登って来て、一人パンを食べる日佐亜の横にそのジュースを置いて、一言。
「これ、置いとくぜ」
そう言ってそのまま貯水タンクを降りていった。
あれ? 何あいつ? ……頭でも打ったのかしら? 普段ならしつこいのに、淡々としてて塩ラーメンぐらいあっさりしてるじゃない。……変な奴……。
そう思いながらも、拾ってもらったジュースに手を伸ばし、蓋を開けて一飲み。それから小さくため息を吐いた。
「ま、ジュース拾ってくれたことは感謝するけどね、小馬鹿」
そう呟いた声を、死角に隠れて輝一は聞いていた。それを聞いた輝一は少しだけニヤっと笑って、屋上から立ち去った。