第4話『……恋愛に対して無関係だった私に普通相談なんてします?』
その日の放課後、私は紫乃野に呼ばれて屋上へとやって来た。普通、屋上なんて出る機会がないもので、新鮮な景色だった。屋上は高いだけあって強風が吹きつけ、後者の時計塔の上にある旗がなびいていた。
屋上はボッチにとっては独りでいられる良い空間。誰も屋上へは近寄らないし、おまけに景色も良い。図書室が癒しの場とするなら、屋上はボッチにとってのユートピアかな。それぐらい屋上は重宝される。けど、私は普段、屋上には出ない。
屋上には一人の生徒が立っていた。オドオドしている紫乃野だ。
「紫乃野、私に何の用?屋上まで呼んできて…普通じゃないよね。」
「あ……日佐亜さん……実は私、日佐亜さんに相談したいことが――」
私はそんな困り果てる紫乃野に呆れて低く溜息を吐いた。
「あのね……私はあなたの友達でも何でもないのよ? 相談相手になんてなれっこない」
そう、私みたいな相手よりも、もっと良い相談相手はこの世にいくらだっている。なのに、わざわざ私になんて……。
「あ、そ、そうだよね! ごめんね、何か。日佐亜さんの言う通りだよね! 私、別の人に相談してみるよ!」
紫乃野は無理して作り笑いをする。表情が固いことから見て分かる。
「はぁ……そうやって無理して笑って……自分を抑え込んで……本当は悲しいんでしょ?」
そう言われて紫乃野の表情が一変した。
やっぱり……。この手の人間なんて幾千も見てきた。特に、紫乃野のような純粋派はただただ友達になりたいだけなのだろう。だから、断られてしまった時、大抵、愛想笑いとかで誤魔化してしまう。辛さを表には出さない故に、負の感情を隠しきれていない。
「紫乃野、私は元から訊く気なんて更々ないよ。けど、そうだね……あなた、独り言として話していれば……勝手に耳に入ってしまうから仕方ないのではないかしら。たまたま私は紫乃野の独り言を聞いてしまった、それだけだから」
それを聞いた紫乃野は先ほどの表情とは真逆の明るく元気な笑顔を見せた。全く、喜怒哀楽の激しい生徒だ。
「うん! 分かった……あの、私、実は好きな人がいて――」
ふ~ん……良くある恋愛相談の一つだね。……恋愛に対して無関係だった私に普通相談なんてします? 良いアドバイスできなくてふられちゃったら、一生もんのトラウマだよ。
「――それでね……えっと、その人は炎樹って名前で……それで――」
この子、さり気なく勇気のある子よね。好きな人物の名前をサラリと出せるものかしら?それとも単なる天然バカってパターン?
「――でも、私は炎樹さんは知らないし……関わったこともないし……どうしよう……」
そ、それだけ? これだけの素材でどうアドバイスしろと?
私は溜息を吐く。
「はぁ~……紫乃野、私なんかに訊いてどうするの? むしろ、逆効果なのでは?」
「そうだよね、日佐亜、絶対に彼氏とかいないしね」
別に彼氏になんて興味とかないし、作るつもりも無いけど…何かムカつく~。リア充爆発すれば良いのに……。
日佐亜は聞いてあげるだけだと言っていたのに反して、普通に反応してしまっている。
「まぁ……他に相談相手がいる訳でもないんだし……お願い!」
紫乃野はフレンドリーにそう願い請う。
……友達、じゃないのに……。
日佐亜はなぜ、そこまでして友達を作りたくないのか?
私は別に……友達なんていても意味ないし。それに邪魔としか思えない脳内ヒネクレ者。だからじゃない?
「……分かったわよ……適当にアドバイスはするよ」
「やったぁ!」
紫乃野はアニメのヒロインのようにピョンピョン跳ね上がって喜んでいた。
日佐亜は頭を抱える。
「これから言うことは全て、私の単なる独り言。別にあなたに提案している訳じゃない」
そう前置きをして、日佐亜は言う。
「……付き合うべきじゃない。これは私に彼氏がいないから紫乃野の恋を引き裂こうとあがいている訳じゃなく、ただまだその時期じゃないだけ。紫乃野は炎樹さんにただ一目惚れとか…そんな間隔でしかないでしょう?それなら確実にまだやめておくべき。炎樹さんのことを良く知らずに触れてしまうこと自体NG。もっともっと炎樹さんとの親密度を上げるべき。それが最優先。親密度が皆無なカップルなんてただの作り物の愛でしかないから。最も、一目惚れで恋愛を始めたカップルの失恋率はほぼ百パーセントですから」
私はなるべく、紫乃野が傷つかないように優しく言ったつもりだった。
「じゃあ……どうやって親密度を……」
「知らないよ。私は元々、人との関わりは最低ランク。それにボッチだから。友達との付き合い方なんて知らない。だから、初めての人物と打ち解け合いなんて知らない。これに関してはノーアドバイス」
これが正論だと思う。この分野を全く知らない私が、むやみに独自の方法を伝授させるのはリスクも高いし、それに無謀の極み。そして間違いだらけである。そんな教科書で勉強しても、結論、駄目になるのは目に見えている。だからこそ、私の辞書に恋愛なんて言葉は無いよ。
紫乃野は悲しげな表情で俯いてしまった。どっちにしてもこうなることは最初から分かっていた日佐亜。でも仕方なかった。二人共、何も言えず、しばらく強風の吹き抜ける音だけが寒々しく聞こえていた。
それから紫乃野は考えを変えて、顔を上げた。
「日佐亜さん! 私、その――」
紫乃野が何かを言おうとした直後、屋上の扉が開いた! 二人は驚いて同時に振り向く。そこには輝一の姿があった。
「日佐亜みぃ~っけ!」
私はダメ男の姿を見るなり、小さく溜息を吐いた。
「ごめんね、紫乃野。どうやら少しあのおバカさんを相手しないといけないみたい。苦痛だよ」
「へへへ……日佐亜も色々大変だね」
「お互い様」
「日佐亜! 俺と一緒に帰ろ~ぜ!」
わざわざ私を探し回っていた訳?何か企んでいるのかな? ひょっとしたら、輝一も紫乃野同様、天然バカだったりしてね……なんてことはないかな。
「なぜ、私と一緒が良いの? 別に男友達と一緒に帰れば良いでしょう?」
「何つーか、お前が良いんだよ、お前が」
やっぱり天然バカかも(笑)。
この手の生徒と関わるのは荷が重い、疲れるのよ。テンションのガタつきが激しいからね。ましてや、私はボッチ。天と地の領域とでも言っておきましょうか。
日佐亜は輝一に見向きもせず、颯爽と屋上を出ていこうと歩き始めた。輝一はそんな日佐亜に追従する。
「待てよ、日佐亜。まだ話は終わってない!」
「……私はしつこい人が嫌いですが…今回限りはしつこく訊かせてもらいます。輝一、あなたはなぜ、私にそんな付き纏うのですか? 何かそれなりに理由があるのでしょう? でなければ、ここまでの行動力は発揮できませんもんね?」
これには輝一は頭を悩ませてしまった。今回は、日佐亜もその時間帯を待っている。
「……何つーか……俺の感が疼いてんだよ……。お前があいつに……いや、そんな訳あるか? ……な訳ねぇ……」
輝一は急に独り言をブツブツと言い始めた。
「何一人で喋っているの? 私を見て、心当たりがある様ですが……」
「いいいや、別に何でもねぇよ。ただ、昔の幼馴染みの頭脳バカとお前を重ねちまっただけだ」
そうやって急にシリアスになるのやめてくれるかな……。バカがシリアスになると無駄な同情をかけなきゃいけなくなるから。そういうのはオールブレイクで。
「あ、そーですか。つまりそれが動機と ?じゃあ、私はもう行くので。さよなら」
私は疲れ顔で屋上を出て行った。当然の様に輝一は日佐亜を再びストーカーする。そんな二人を紫乃野はどこか悲しげな顔で見つめていた。
「日佐亜~、とりあえず一緒に帰ろーぜ?」
私は呆れ果ててしまい、無言を決め込んで颯爽と階段を降りてゆく。ガン無視だ。
「日佐亜~、何で無視すんだよ~。」
横から何か雑音がしているが、そんな事ばかり気にしては世の中終わり。私は玄関の靴を取って履き替え、そのままスタスタと校門外へ。その背後を輝一が追いかける。
これが輝一の生態系の一つ。放課後、友達のいないボッチちゃんの私と一緒に帰ろうと誘いに来る。だけれど、私はオールキャンセル。当然じゃない。だって私は独りが好きだし、それをこよなく愛しているからね。ボッチ同士がぶつかりあったら相殺されるなんて綺麗事があるとは限らないのが現実ですよ。
私は喧しい輝一の独り言を聞きながら、独りで静かに帰るはずの帰路を、背後霊を連れて帰るはめとなった。