第3話『フレンドリーか、もしくはただの寂しがり屋ってところかな』
図書室とは、みんな知っての通り、数々のジャンルの本が保管されている簡易的な図書館。リア充予備軍たちの燥ぐ小騒がしい廊下とは違い、静かで落ち着きのある図書室には必然と落ち着いた生徒たちしか現れない。そう、図書室は真面目人しかいない閑暇な空間なのです。今日も図書室に訪れる生徒は少なく、図書室は無人島のようにがら空きだった。ボッチにとっては、図書室は学校の中でも唯一の癒しの場である。
私は図書室の奥のデスクに座っていつも通りに本を読んでいた。デスクの上にはペットボトルサイズのカフェオレが一本置かれている。私は落ち着きたいときにはいつもカフェオレを飲んだりしている。甘くてほろ苦いカフェオレが好きなのです。でも、正直言ってしまうと、図書室は飲食禁止なのである。
「あの……すいません」
誰かがおどおどと背後から話しかける。私は小さく消えてしまいそうな声に気づいて振り向いた。そこにはクラスメイトの女子が一人。茶色のショートヘアーで左の前髪をヘアピンで止めていた。そして薄いフレームの眼鏡を付けていた。
ん? 誰だろう?……初めて話した相手だ。
私は静かに言った。
「何ですか? 私になにか、用があるのですか?」
その女子生徒はあからさまに緊張気味で答えた。
「あ、あの……隣、座っても良いですか?」
え? ……ほぼ赤の他人なのに、最初から隣の席に座る? 他にも空いてるのに……。フレンドリーか、もしくはただの寂しがり屋ってところかな。
私は少しだけ動揺してしまい、なるべく冷静を気取って言った。
「あ……そう……良いけど」
その女子生徒は遠慮がちに横に座る。私は目線を合わせづらかったため、本に目をやった。すると、女子生徒が、
「あの……名前、聞いても良いですか?」
と、私に言うのです。
私は本に目を向けたまま、
「……可里木日佐亜」
そう答えた。私の名前は言いづらいし、それに変だからあまり言いたくはなかったけど、彼女が聞きたいのなら仕方なかった。
「私は夏目紫乃野って言うんです。変な名前ですよね」
その言葉に内心ドキッとしながら、私は表情に出さずに静かに答える。
「私が賛同できる立場じゃない。私の名前なんて日佐亜だよ。言いづらくて仕方ない」
「ふふっ、そうですよね」
「そ、そうですって……」
この時、私は不思議と笑ってしまっていた。失礼な言葉を投げかけられたのにも関わらず、なぜだろうか…私は久しぶりに笑った。
私は一旦落ち着き、そして静かな笑顔で言った。
「……何か、ありがと。久々に笑った気がするよ。紫乃野のおかげだ」
「どうも。私も高校生活の中で、初めて話した相手だよ」
! ……紫乃野……もしかして私と同じ……ボッチ?
私は思い切ってらしくない質問をしてしまった。
「紫乃野、もしかしてボッチ?」
それを訊かれ、紫乃野は表情が暗くなる。やっぱり、やめておいたほうが良かったかな。
「言いづらかったら言わなくて良いよ。誰にだって言いづらい事ぐらいあるし」
私はあくまでも気遣いでそう言って、読んでいた本に再び目を戻す。
隣で俯く紫乃野は頭の中の考えが纏まったのか、顔を上げた。
「日佐亜さん!私とともだ――」
「却下」
「早っ!」
即答、本に目を向けたまま、そう答えた。
「ゴメンね、私は独りでいる方が性に合うので」
紫乃野は顔を曇らせて横に座っていた。
悪いね、紫乃野。私には友達が必要ない。君は確かに人柄は良いし、それに私とも打ち解けた唯一の存在かも知れない。けど、私はどうしても友達を嫌ってしまう体質なので。他の友達との方が絶対に良い。まぁ、これだから私には友達ができないんだろうけどさ。
紫乃野はしばらく黙考して、そして本を読み続ける私に言った。
「じゃあ……ギリで良いんで、お願いし――」
「駄目」
「そ、それなら一応知り合いとしては……」
私は本から目を背けずに数秒、黙考して、
「……それぐらいなら……良いかな」
「本当に? ヤッター!」
紫乃野は立ち上がって、無邪気な子供のように喜んだ。
……これじゃあ、何か友達になったみたいじゃない。
「図書室ではお静かに、紫乃野」
「あ、そうだった」
紫乃野は静かに座り込む。
こんな元気な子なのに、そんなに友達ができないものかしら?何か酷い性癖とかでもあるのかな?
日佐亜は本から目線だけをずらし、横目でチラッと紫乃野を見た。
「あ……日佐亜さん……私がいたら……読書しずらいよね……」
そんな紫乃野に日佐亜は少しだけ溜息を吐いて、
「……別に、退かすつもりは更々ないよ。そこは元々、空いていた席だしさ。鬱陶しいとも思ってない。ただ座ってる、それだけ」
「そう……何かごめんね」
「……? ……なぜ?」
紫乃野は少しニヒルな表情で言った。
「……私、何か邪魔者と言うか……ここにいていいのかなって……。日佐亜は別に友達……じゃないんだよね? ……そんな日佐亜の横にいるのって変だし……」
はぁ~……喜怒哀楽の激しい生徒ね。
「邪魔者、ね……最低限、私がストレスを感じていないのだから、邪魔ではないし。別に変だとも思っちゃいないよ」
私は紫乃野に気遣ってなるべくポジティブ思考で答えた。
「そ、そう……」
その時、休み時間終了のチャイムが図書室に響いた。私は本を閉じて、制服のポケットに入れた。カフェオレを一飲みすると、図書室から立ち去ろうとしたそんな時、紫乃野が私の左手を引っ張って私を止めた。私は紫乃野の意外な行動に驚きつつも、そこから逃げようとはしなかった。
「ま、待って、日佐亜さん」
「な、何かしら? もうすぐ授業が始まるから、なるべく急ぎ目でお願いできれば……」
紫乃野は言葉を詰まらせながら、
「……そ、その……あの! ほほほ、放課後、屋上に来てください! お、お願いしますっ!」
紫乃野は頭を下げてそうお願いをする。
……屋上、言った事ないけど……ボッチは良く行く場所だ。屋上は人けが少ないから。
「……良いよ」
「ホント! ありがとうございます!」
紫乃野は笑顔でお礼をした。
「お礼なんて必要ない。私なんて所詮、必要とされる人がいないから、いつだって暇なのです」
そう捨て台詞を吐き、私は颯爽と図書室を出て行った。