第2話『千年に一度の馬鹿だね』
次の日、私はいつも通り、寝ぼけ眼で登校する。もちろん、独りでだよ。だけど、いつもより早く登校したためか、誰も登校する生徒が見当たらない。けれど、静かで良い。
そんな静けさに心を開いていた私のムードを紙を引き裂くように男子の声が響いた。それは背後から大声で。私は嫌々振り向く。そこには昨日、ぶつかってきた男子生徒一人。
「やぁ、おはようっ!」
はぁ~、まったく煩いな、朝から。
私は嫌そうな顔で溜息を吐き、
「はいはい、おはよ」
と、面倒そうに呟いた。
そして私は独り、学校へ向かおうと歩いていたが、その横を男子が付いてくる。一体、私に何用なのか。
「何? 用でもあるの?」
その直後、男子生徒は満面の笑みを浮かべた。それはもうゾッとするような酷い顔。
「やっとそっちから話しかけてくれた!」
私は自分に叱咤をする。小さく溜息を吐いて男子を無視して学校へ。しかし、この男子はまるで金魚の糞のようにしつこかった。女子が、こんな表現をして良いのでしょうか?
「お前、名前は何て言うんだ?」
私は無視で貫き通すことを決め、黙り込む。それでも男子生徒は容赦なく訊く。
「なぁ、好きな食べ物とかは?」
自己紹介ですか?
男子生徒は無視する私にさらに質問を重ねる。
「じゃ、じゃあ……嫌いな食べ物は?」
何で嫌いなものを訊く必要がある。
「そうだ、どーせいつも暇なら、俺と散歩でも行かない?」
一世代前のナンパか。なぜほぼ初対面の私と散歩なんて行くのよ?シェアハウスですか?あと、暇って言うな。暇じゃなくて、余裕を持て余しているの。本当にデリカシー無し男はこれだから……。
私はそんな男子生徒の質問を延々と受け続けながら学校へと歩いて行った。
教室に着き、いつもの窓際席に着席する。けど、教室には誰もいなかった(本当はあのデリカシー無し男もいるのだけど、今の私には見えていない)。さすがに早いかな?
私はいつも通りに机に突っ伏す。もちろん、眠たいからだよ。それから記憶が飛んで、目覚めた頃には教室は生徒たちが盛り返し、いつものどんちゃん騒ぎになっていた。こんなのでは眠れる訳もなく、寝起き悪し。
そんな私に誰かが昨日のように話しかけてきた。右隣の男子。デリカシーを切り落とされた男子生徒だ。
「お前、誰?」
なんて、デリカシー0%の奴~。
そう思いながらも顔と口に出さず、ただ眠気でダルそうに答える。
「可里木日佐亜……。」
「かりき?変な苗字だな、あはははは!」
本当にデリカシーの欠片もない男よね。酷い奴。
「あ、ちなみに俺は鈴川輝一だ。隣席だから、よろしくな」
聞いてないし! 別にどーでも良いし。
私が興味ないと、窓の外を眺め始めた。
すると、輝一が、
「よぉ、俺と友達になれよ」
「はい?」
これにはさすがに呆れ果てたよ。急な言葉で戸惑ってしまいました。上から目線で友達になれって、お前は一体何様だ!
輝一は続けざまに言う。
「まぁ……なんつーか、隣になったのも何かの縁だろ?」
それだけ……私にはまず興味なしで、隣だったからという理不尽極まりない理由だけで、この私と友達になろうとしている。
「訳分かんない。私は友達なんていないほうが良い」
そう捨て台詞を吐いて、再び窓の外を眺める私。
それに構わず、輝一は言った。
「はぁ、そんな悲しい事言うなよ~。な、良いだろ?な、なぁ?」
はぁ~、何こいつ~。
「あのね、私は独りが好きなんです。シツコイ男子は嫌われるよ」
「んな事言うなよ。俺はしつけぇし、お前は薄いし。いいコンビじゃんか!」
さりげなく私を侮辱する彼。確かにいいコンビになりそうですね、悪い意味で。
私は無視を決め込み、独り窓の外の景色を眺めていた。
すると、輝一はこう言った。
「じゃあ! 俺がお前を認めさせてやる!それまで諦めねぇぞ。分かったか、日佐亜?!」
輝一の励声が教室内に響き、ほとんどの生徒が一斉にこちらを振り向いた。恥ずかしくって仕方ない。
私はあくまでも無視を続ける。
「おいおい、輝一! お前、そんな奴に好意なんて抱いてんのか?!」
中心的存在人物が茶化し始めた。こうなると、もう負の連鎖続き、最悪のシュチュエーション。なので、私は関わらないことにした。いや、元々最初から関わってないし、関わりたくもない。関わってきたのは輝一の方だし。
輝一は私の机の上に上履きのまま飛び乗り、胸を張って叫んだ。
「俺、鈴川輝一は、日佐亜の友達になる! 好きとか嫌いと、そんなもんじゃねぇ! 俺の隣席だからだ!」
これには皆、大爆笑。
はぁ~……これは非常にハズい。……まず、初対面の人々にこの態度で話しかけられる輝一に尊敬の意を通り越して軽蔑の意を示します。それに、人の机の上に上履きで乗るなんて……輝一は本当に女子心を理解してない。千年に一度の馬鹿だね。
私は窓の外を眺めたままフリーズ。
輝一はめげずに宣告する。
「今に見てろ! 俺がこいつを振り向かせてやる! 絶対だ!」
あー、もう聞いてられない。思考フリーズ。
私は窓のフレームに頭を置いて眠り始める。輝一が机に立っているため、机に突っ伏しては寝れない。
「おいおい! 輝一、オメェの彼女、眠ってるぜ! 良いのか、おい?」
馬鹿にしたような口調で輝一を煽る男子生徒。
即刻、彼女だとか付き合ってるだとか、決め付ける先手タイプ。良く教室に一人はいる奴。そもそも、彼女じゃないし。
私は全く起きない、ふりをしていた。
「輝一、オメェ嫌われてんだよ。諦めろ」
お、意外と分かってる、この生徒。しつこさがなくて良い。多分、将来こんな人材が上に立つんだろうね。かっこ笑い。
だけど、輝一は諦めが悪かった。
「日佐亜、起きろよ~。なぁ、聞いてるか? 本当は起きてんだろ?」
構ってちゃんか!
輝一は私の肩を掴んで揺らす。面倒だけど起きることにした私。
「何? 私に何か用な訳?」
「起きてんじゃねぇか。おい、友達になれよ」
「態度でかい。それと、暑苦しい人……嫌い」
輝一は苦い顔になった。
「ほらぁ、見ろよ! 傑作だぜ! お前、これが初の失恋じゃねぇか?」
こんな奴、好きになる人間がいるんだね。世の中にはそんなモノ好きもいるものなのか。
私は再び眠りに就く。
「あ、おい! 寝るなって! まだ話の途中だぞ!」
「輝一く~ん、そんな根暗ちゃんなんてほっといて、私と付き合わない?」
モノ好きな女子生徒が輝一に話しかける。どうやら、意外と人気らしい、このバカ男子は。
根暗と馬鹿にされ、腹が立った私は、その女子を睨む。その女子は同じように私を睨む。
でも、ドロドロしたリア充になるつもりなどなく、張り合っていると『輝一の事が好き』だと勘違いされるため、私はすぐに眠りに就いた。
輝一とその女子が何かを言っているのが聞こえていたが、意識が遠のいていき、いつしか辺りの耳障りな騒音も聞こえなくなって、私は深い眠りに就いた。
昼休み、生徒たちは昼食をそれぞれ取った後、昼休みを満喫しにゆく。私はボッチ席で独り、弁当を食べていると、輝一がこちらをジーッと見ていることに気が付いた。最初のうちは無視していたが、次第に歯がゆくなってきたため、私は箸を停めて輝一の方へ向く。
「……?……何か?」
輝一は言う。
「なぁー、一緒に食おうぜ」
あー……男子が女子を誘うなんて……よほどのボッチなんだろうね、ププッ……って、私が言える立場じゃないか。
私は無表情で、
「私は独りが好きだから。それに第一、男子と食事はまずない」
「んな事言うなよ~! 一緒に食おうぜ~。みんなで食べれば美味しいだろ?」
恥ずかしい……その年でそのセリフは無いな~。小学生か。
「言っとくけど……一緒に食べたところで科学的に味は変わりませんから。私にとって、食事なんてただに生命活動としか見てないから」
私は輝一の事なんて見向きもせずにそう呟いた。
すると、こう帰ってきた。
「じゃあ、俺と一緒に生きようぜ!」
はぁ? 本当に馬鹿……笑えるけど。
私は笑いを必死に堪え、表情に出さずに返す。
「……バ、バカ……私は独りで生きてゆく。手助けは無用ですから」
あまりにツボに入ってしまったのか、日佐亜は笑いを堪えるのが必死で体が微かに震えていた。
「……?……寒いのか、日佐亜?」
「煩い……」
私は輝一の事を無視することにした。しばらくの間、輝一が食事中の私に話しかけているのが聞こえていたけど、ほとんど何言ってるか聞いていなかった。
私は弁当を食べ終わり、鞄の中に片した後、輝一を睨みつけた。薄く、そして冷たい目つきで。輝一は急な事に驚き、口を閉じた。
「あのさ、輝一は何で私ばっかりに話かける訳?」
輝一は縮こまって答える。
「そ、それは……その、隣席だし?」
「それだけじゃないでしょう?」
輝一はその問いに戸惑って、そして黙考状態に陥った。
「話したくないなら、話さなくて良いよ。人は誰だって、話したくない事もあるから。無理に答える必要もないし、私がそこまで追求する必要もない。しつこいのは嫌いだから」
それだけ言うと、私は教室を出て行った。昼休みだけ開く図書室へと向かうため。
輝一は教室でずっと独座していた。