第12話『ふーん、嬢王様にも慈愛とかあるんだねー』
朝、教室にて。扉を開いて入ってきたのは桜木七華。以前、日佐亜に世話を焼かせ、その上、紫乃野を泣かした、女子リーダー格。この件は日佐亜と紫乃野に謝罪をして丸く収まった。桜木七華は今日も背後に二人の部下を引き連れる。本人曰く、
「引き連れたくて引き連れてるわけじゃないんだから。勝手についてくるだけなんだし。勘違いしないでよね」
ということらしい。
桜木七華は日佐亜とのイザコザ以来、心機一転して善人になる努力を始めた。まずは――
「……お、おはよう、皆さん……」
本当に小声で呟く。普段から威張り立てながら教室に入ってくる七華が、挨拶一つで恥ずかしさに顔を真っ赤にさせて小さくなっている。声が小さいけれど、七華の存在感故に、ほとんどのクラスメイトにその声が届いていた。そして、桜木七華に挨拶を交わすものは誰一人としていな――
「おはよ、お嬢さん」
その声は窓側席最後部から聞こえた。そこには窓を開けて風に当たりながら読書をしている日佐亜の姿。陽の光に照らされて、日佐亜の部分だけが青春の一ページを飾っているように見えた七華。こちらを振り向いてはくれないものの、日佐亜が挨拶を交わしてくれたことにちょっとだけ嬉しさを覚えた七華だった。
しかし、私に対するクラスメイトの反応は相変わらずだった。
授業中、消しゴムが筆箱になかったので、隣の女子に借りようかと声をかけた場合は、
「はっはいぃっ! こちらでよろしいでしょうか?!」
なんてまるで殿様扱い……違うわよ。もっと普通に貸してくれても、借りる側だから怒るも何もないのに。
教室でいつもの三人で会話をしている時は大抵、周囲には誰も近寄ってこない。私を避けてわざわざ廊下を迂回してトイレへと向かうものまで。私は厄災者でもないのよ? 近寄ったって罰は当たらないですけど。そんな生徒たちを見る私の表情が自然と睨むような表情に変わっていて、他の生徒は皆、目線を逸らして他所を見たりしたり。無愛想な顔は生まれつきですし、どうしろと? それに、目が合ったからって猿のように攻撃を仕掛けたりしません。そんな野蛮な女子に生まれた覚えは……野蛮なのは、図星かもしれませんね……。
「だから、私はどうすれば良いのです? ソフトに会話できる関係でもないから、解釈なんてできませんのよ?」
なんて突撃するかのような勢いでそう迫られた私、日佐亜はどうすれば? そもそもこの子って、こんなにもネガティヴでしたっけ? 少し私似になってきてるような……。何か悪いことでもしちゃったかしら?
「……ま、まぁ、とりあえず落ち着いて、お茶でもどうです?」
そして放課後、私と七華、そして気まずそうに私の脇をこそこそ歩く紫乃野の三人でカフェにでも行くことになった。普段はネットカフェばかりの私にとって、女の子らしいカフェに行くのはちょっと気が引けてた。自分曰く、私は男より女=オトコンナなわけで、カフェになんて気まずくて今までは行けなかった。今回は紫乃野の女子力にかけて、紫乃野行きつけ? のカフェへ。駅前にあるカフェ屋で、名前は『lavender』という。外装もちょっと西洋感を醸し出してて、ガラス越しにも店内が見て取れるが、ほぼ九割が女子か女性、一割珍しく男がいるぐらい。完全女子力全開のカフェ店だった。自分で言ったことだけれど、正直入りたくない。
「どうかしましたか、日佐亜さん? 顔色が冴えないですわね」
「あは、あはは……いつからこんなに女子力を欠いていたのかしら?」
「日佐亜……入らないの?」
脇にこじんまりと立っていた紫乃野が私をジロリと見つめる。そんな目で私を見ないでよ。
「入るに決まってるじゃない! ここまで来て入らないなんて、女の恥だよ!」
そう意気込んで男らしく店内へと入っていく。
一人一つずつ何かを頼んで、それから七華の相談に乗ることにした。と、簡略してますが、実は頼むのには三十分ほどの時間を要した。私がオーバー女子力メニュー表に迷酔してしまっただけなのですけどね。
「で? 友達作ろう大作戦の考案でしたっけ?」
「違いますわ! 誰も友達が欲しいとは言ってませんわよ! ……私に対する、クラスメイトの反応を和ませたいのよ」
「ふーん、嬢王様にも慈愛とかあるんだねー」
「茶化さないでくださいます?!」
そんな私と七華のやり取りを、日佐亜の横で座ってカプチーノを飲みながら黙って見ている紫乃野。机の上には私の注文したカフェオレと、七華が注文したキャラメルマキアートが湯気を立てていた。
「じゃあつまり、七華は普通に接してもらえるようになりたい、と?」
「そ、そういうことよ」
と、顔を赤くして恥ずかしげに呟く七華。やっぱり女の子なんですね。これがあの時、偉そうにふんぞり返っていたリーダー格には見えないよ。
「答えは簡単じゃない。……お嬢様がお変りになった、それを皆に分からせれば良いのですよ」
「何で急に執事口調? このタイミングで私をバカにする必要はあるのかしら? ……できるの、それは?」
七華が真剣に尋ねる。私は、
「……今から言うことの通りにすればね♪」
と答えて、机の上のカップに入ったカフェオレを一口飲んだ。
「熱っ! ……うん、熱いカフェオレも悪くないかも」
次の日。私がいつも通り窓側最後部のボッチ席で風にそよがれながら読書をしている時のこと。教室の扉を開き、ズンズンと足取り強くやってきた一人の生徒が教台の前に立つ。そして第一声、
「日佐亜っ! お前、何で今日に限ってそんなに早いんだよっ!」
輝一の悲痛の叫びが教室に走った。私は大きくため息を吐いて目線だけを輝一へ。
「……何で私が輝一の時間に合わせて登校しなきゃならないのよ?」
今だよ、お嬢。チャンスだって! 今しかない!
私は教室の外でコソコソしている女子生徒へと目だけで訴える。そこにいるのは緊張で顔を引きつらせている桜木七華の姿。普段の威厳はなくてモジモジしてしまっている。
「俺はなぁ、日佐亜――」
輝一が何やら痛々しい言葉を叫び散らす中、桜木七華は勢いに任せて輝一の脇まで近寄った。恥ずかしそうに顔を赤らめさせて地面を見つめている。そしてその光景をクラスメイトたちが興味深げに見つめていた。
「ん? 何だよ?」
「あ、あの! その、えっと……」
言葉に困って七華は私へと目線をずらしたので、私は目を細めて睨むような表情を取る。それに反応して、七華は緊張したままで輝一へと振り返る。輝一は不思議そうに、横に立つ桜木七華に注視していた。その間に、紫乃野がこっそりと私の横へ。
「日佐亜! これはまずいんじゃなくて……」
小声で訴える紫乃野。
「良いよ、これで」
そう、このムードが良いんじゃない。この緊張の一瞬が物を言うのよ。……ってこの分野無知なんですけれどね。
桜木七華は思い切って発言する。
「あのっ! 放課後、時間とかありましたら、その私と……私と、私――」
肝心のところで言葉が詰まって、七華が目眩を起こしふらついて倒れた! それを輝一がとっさに手を掴んで押さえた。
「ど、どうしたんだ、お前?!」
慌てる輝一。七華は完全に意識が飛んじゃっているらしい。輝一の胸の中に倒れるような形で七華の姿。それはまるで童話の姫と王子の姿を思い浮かべる。まぁ、輝一は王子には相応しくない人柄なのですが……。
「はわわわわっ、日佐亜! ねぇ、日佐亜!」
「分かってるわよ。興奮を抑えて、ね?」
今回の作戦、それは七華が輝一に告白し、その姿を皆に見てもらうことで和やかなムードに持っていく作戦。他にはなかったのかって? 告白っていう大台だからこそ、七華の人物像を裏返せるのよ。なんせ、七華は告白なんて柄じゃないものね?
輝一は倒れてしまった桜木七華を躊躇なく担ぐと、
「わりぃ、ちょっと保健室行ってくる!」
クラスメイトの皆へとそう告げて、輝一は七華を担いだままで保健室へと走り出した。さよなら、おふたりさん。ハネムーンを楽しんでよね? って人ごとのように見送って、私は再び小説を読みふけることにする。何か、触れてはいけないアウトゾーンまで行ってしまったような感じがして、収拾つかなそうだから放置処理。これでもし、二人が結びついてくれれば、私は晴れて輝一ウイルスをバスターできたものよね? 頼むわよ、ウイルスバスター七華。って趣旨変わってるけど……まぁ、これはこれで良いかな? うん、もう面倒だからそれで良いことにしよう、そうしておこう!