第11話『日佐亜はさー、部活動もう決めた?』
「日佐亜はさー、部活動もう決めた?」
放課後、私が本の世界に夢中になっていると、紫乃野が突如、そう切り出してきた。
「朝からどうしたのよ、そんなこと訊いて?」
「実はさ、私、まだ部活動に所属してないんだよね」
そういえば、この学校に来てからまだ部活動には入ってなかったね。特に興味なかったから触れてこなかったけど、部活動にはやっぱり所属しなきゃダメらしい。でもまだ部活動申請期間は過ぎてはないから遅くはない。……帰宅部ってダメなのかな? 結構帰宅部見てるけど、やっぱり帰宅部ってあるのかな?
「……紫乃野はどこに所属しようか決めたの?」
「ううん、まだだよ。一人じゃ寂しいから日佐亜を誘おうかなって。日佐亜、まだ部活に所属してなさそうだし」
ちょくちょく毒舌なのよね、この子ったら。部活に所属してなさそうって、私が部活に所属できないみたいな感じになってない? それに、友達みたいに関わってきてるけど、まだ友達とは認めたわけじゃないからね。
だけど、紫乃野の言葉の通りかも。現に所属できてないんだから言い返せない。
「……寂しいって……紫乃野と私では入る部活動が違うかもしれないから、一緒になんて無理な話なんですが……」
「そー悲しいこと言わないでよ。同じボッチ仲間でしょ?」
「あ、もう自分でそれを認めちゃってるんだね」
結局、紫乃野の強要に負けて、一緒に部活動体験をしに行くことに。私は別にしたいことないから何部であっても良いのですけどね。できれば文化部が良いかな? 身体を動かすのはあまり得意じゃないので。
「この学校にはたくさんの部活動があるんだよね♪ 日佐亜はどんな部活に入る?」
「文化部全般ならどれでも」
「じゃあ文化部を見に行こー!」
こうして、私たちはまず、美術部へと訪れることに。紫乃野が元気良く扉を開く。部室内の全員が紫乃野へと注目する。私は紫乃野の後ろに隠れて様子見することに。紫乃野、あなたってそんなにもお気楽で大胆な子でしたっけ?
「あの! 美術部を見学しにきた一行です!」
すると、一人の女子生徒が紫乃野の前にやってきた。高身長で美しいやや紫に見えなくもない長髪を持った、何気ない笑顔が素敵な女子生徒だった。でも、私からしたら、そんな笑顔は何かの企みにしか見えないんですけど。
「こんにちは、私は美術部部長をしてます。風草詩音と言います」
風草詩音はブレのない、バスガイドのような自己紹介をしてくれた。紫乃野もおどおど気味に自己紹介を済ませる。
「ん? 紫乃野さんの後ろの方は?」
私のことだね。仕方ない、見に来たのはこちらなのだから自己紹介ぐらいは礼儀として当然かな。
「私は可里木日佐亜。みんなから変な名前だと良く笑われるのが特技です、よろしく」
普通にいったつもりなのだけれど、何だか冷淡な自己紹介となってしまったみたいね。風草詩音もちょっと引いた顔してるし。何かやめて! 私が悲しい人に見えてくるじゃない!
「紫乃野さんと日佐亜さんね。ここが美術部。基本的には絵を描くことしかしないのだけれど、見学するというのなら自由に見ていって良いですよ?」
風草詩音はそう説明する。だけれど、彼女の背後、部室内で絵を描いている人間は二割に満たいない。その他は放課後の帰宅部と至って変わらず、スマートフォンをいじったり、ゲームしたり、会話してたりと自由奔放。『基本的に帰宅部と変わらない』の方が性に合ってると思う。
「日佐亜、見てよこれ! すごいねー」
紫乃野が一人の生徒が描いている絵の前で止まって、絵画を指差しながらはしゃいでいる。芸術鑑賞会で美術館に来た中学生か!
私も紫乃野の見ている絵画を見た。まだ中途半端で完成形には至ってないものの、その絵画にはとてつもない異圧力というものがあった。この絵はおそらく『ひまわり』を描いているのだろう。巨大なキャンバスに大きくひまわりが描かれていた。
「何でこのひまわりは黄色じゃなくて、紫をしてるの?」
「私に聞いても分からないわよ」
そんな背後での会話を聞いてたのか、ひまわりを描いてる当主が振り向いて、説明してくれた。
「こんにちは、二人共。僕は灰原リンと言います。この絵は確かにひまわりなんですが、僕はひまわりに明るいイメージを持つことができず、こうしてあえて紫にすることで、明るさイメージを反転させ、暗いイメージにしたんです」
「えぇ、分かりますよ。明るいものって無駄にうるさくて、根暗な私たちからしたら邪魔でしかないですものね? そうよね?」
そこまで言うと、灰原リンは思ってもない答えに困惑する。言葉を間違えたのかしらね? 紫乃野も何か遠目で見てる感じがあって……え? やっぱり私が悪かった?
結局、見学というよりは鑑賞会になってしまい、その度に私が口を開いては相手をドン引きさせてしまう事態に陥ってしまった。しっかりと言葉を選んで話したつもりなのに、この仕打ちは酷いじゃないの。
美術部を終え、紫乃野は次に情報処理部に連れて行ってくれた。再び紫乃野が元気良く扉を開口する。こんなにも明るい子でしたっけ?
「すいません! 情報しょびぶぅ……情報処理部を見学しに来ました!」
情報処理部室内へと紫乃野の元気な声が響き渡り、パソコンと向かい合っているほぼ全員が紫乃野へと目線を向け、それからすぐに目線をパソコンへと落とした。その中で一人、右目を前髪で隠した、それなりにイケメンな男子生徒が一人出てきた。
「やぁ、こんにちは! 僕は情報処理部部長の宮野洋です。情報処理部へとようこそ! 情報処理部はパソコンを使った早打ち、言わばタイピングの練習、情報処理技能向上を目的に活動しています」
言うとおりに、情報処理部室内には文化部にしては多勢で、それぞれがパソコンへと向かって練習している。だけれど、真意は違うわね。例えば、あそこに座っている女子生徒は手がキーボードではなく、マウスにいってる。つまり、クリックやスクロールをしている。それから考えるに、ネットで何か検索してるだけ。あっちの子はキーボードを触れているには触れているけれど、キーボード左下と右下を触れている。おそらく左手がXボタンに触れていて、右手が十字キーを触れているのでしょう。RPGか何かをしているに違いないわ。パソコンでのRPGはXボタンと十字キーだけで操作できるものがほとんどですからね。奥の子なんて分かりやすい。タイピングにヘッドフォンは必要ないものね。結論からするに、おそらく大半は遊んでいる。
「日佐亜、どうしたの? ため息なんてついて?」
「いいえ、何でもないのよ、気にしないで」
「君たちはタイピングは得意かい?」
宮野洋の質問に紫乃野は首を横に。私は別に得意って程じゃないけれどまぁまぁできるので一応頷いておく。
「そっちの君はタイピングが得意なんだね! じゃあ、ぜひ見せてもらいたいな」
こうして私はタイピングを披露することに。自慢ではないけれど、毎夜にネットサーフィンに時間を使っているだけあって検索速度は常人よりも数段速い。指使いはネットサーフィンして覚えたのよ。見てなさい、情報処理部部長、宮野洋!
私は自分の全力を尽くして、セットされた紙に書かれた文章を打つ。
~十分後~
「まぁ、ざっとこんなものよね?」
「す、すごい……」
宮野洋は感嘆してパソコンの画面を見ていた。紫乃野も言葉が出ないといった感じだった。ふふん、人は見た目じゃないのよ♪
「こんなにすごいのは初めて見たよ。パソコンの画面を見ずに、常に問題用紙だけしか見ずにブラインドタッチでのタイピングなんて。一つも打ち間違いはないけれど……全文ローマ字打ちになってる……。これは、全問不正解だ」
え? 何ですって?
確かに、全文ローマ字打ち。私としたことが、まさかのミス。もっと慎重に打つべきだったわね。
「でも日佐亜、全部打ったんだから、すごいことなんだよ!」
「もう良いわよ、慰めなんて……」
情報処理部では、部長に勧誘されたりしたけど、一応選択肢はたくさんあったほうが良いでしょうから、ひとまずは断って選択肢の一つに残留させておくことにしました。
紫乃野は次にディベカッション部へと私を連れてきてくれた。ディベカッションとは、『ディベート』と『ディスカッション』の二つを合成した日本語であり、最終的に優劣判定のないディベートということ。ですけどね、ディベート部っていったら討論の部活動でしょう? 私は人と話すことが得意じゃないので、不向きだと思うんですけどね。
「そうかなー? 私とも話せてるし、仲良くなれば問題ないよ、きっと」
あのねー……紫乃野には気を使ってるだけで仲が良いとかじゃないし、仲良くなるつもりないんですけど……。なーんて紫乃野に言ったらあの子、死んじゃうかもしれないから黙っておこう。
「仲良くねぇ……。まぁ、それなりになら対応してやっても良いけどね?」
「目線高いね!」
「まぁね」
紫乃野は再び、元気な声で部室の扉を開く。
「こんにちはーっ! 部活見学一同です!」
だんだん雑になってない? そんな挨拶で大丈夫?
部室内は狭くて小さく、宿直室のようにも思える。中央に机があって、そこに四人ほどが取り囲む形で座る。その中の一人、おそらく部長であろう人が、立ち上がって挨拶をした。
「どうも、可愛いおふたりさん。私はディスカ部部長の明日です。ディスカ部への見学者はあなたたちが初めてだけど……大丈夫?」
「えっと、何がです? 頭のおかしい者たちみたいに見えてます? 見えていたら非常に困りますが……」
とにかくそこは食い下がらなければならない。輝一の件でもそうだが、私本人が変人扱いされると後に波紋が広がっていって酷い仕打ちになる場合があるから。
ぬくひ(感じがまさか『明日』と書いて『ぬくひ』と読むことはこの時は知らない)はのんびりと適当に否定はする。そう、その調子なら変人は回避されたみたいね。
「じゃあ、一応案内だけ」
ぬくひが私たちを室内へ。狭いので数歩進んで全てが見渡せる。そして、室内に私たちとぬくひ含めて計三人しかいないことも。
「あの……部員は?」
恐る恐る紫乃野が尋ねる。ぬくひは至ってマイペースに、
「全員幽霊部員でいないよー」
そう答える。
正直、ロクな部活じゃないとは想像していたけれど、これは現実なのかな? あまりに酷い結果じゃない。ディスカッションしなさいよ、あんたら! まぁ、家にいち早く帰ってゲームしたいっていうなら仕方ないとしよう! うん、そうしよう!
「それで、部員数はどれくらいなのよ? 狭さから考えても四人いるかどうかでしょう?」
「……四十五名ほどですが」
「はいっ?」「えぇっ?!」
それはおかしいじゃないの。つまり、四十四名全員が部活放棄してるわけじゃない! それで部活動が成立するわけ? そもそも、ディスカ部って話し合いの部活動でしょ。一人では成り立たない部じゃない。これほどまで酷い部活動は、中学時代に私が苦渋の選択で入ったその日に、部員全員が別の部に転部した――吹奏楽部ぐらいしか見たことないわよ。
「どうです、おふたりさん? ディスカ部へ入部しませんか?」
「そのタイミングで勧誘?! ちょっと無理過ぎじゃないですか?!」
紫乃野の言うとおりだろう。――だけど、良く良く考えたら――
「ディスカ部に入れば楽して部活動を終わらせることができる、自由な部活動なわけね。それなら良――」
「失礼しましたぁーっ!」
紫乃野が私の襟首をガッシリ掴んで無理やり引っ張って部室を後にした。
「この学校にはまともな部活はないのかしら? どの部も言っては悪いかもしれませんが野蛮すぎるわよ」
「うーん、合いそうな部活、見つからないねー」
「で? 次もあるんでしょうね? なければ今、教室とは別方向へと歩いている意味がないですものね?」
「あるよ。でも、次は文化部でも疲れやすい類なんだよね。日佐亜が嫌いそうな部」
「あら? 私だって運動部に所属ぐらいしたことあるわよ――仮入部員で」
「やっぱりぃ!」
「はいはい、それで? 次は何?」
私はお決まりのようにため息を吐いて答えを待つ。紫乃野が口にした言葉は、
「吹奏楽部かな」
ぬおっ?! ナンデスッテ?! 焦ってカタカナに変換するぐらいの衝撃! 吹奏楽部ですって?! ま、まさか、この学校にまで吹奏ウイルスが蔓延していたのか、グフッ!
「日佐亜?! どうしたの日佐亜?!」
つい、脳内映像が現実に反映して倒れそうになった。吹奏楽部――もう二度と関わらないかと思ってたのに……。あの黒歴史が頭の中で疼く……このままではヤバイ! ヤバすぎる! 私の脳内センサーが行ってはならないと警告している!
「あのさー、紫乃野。そろそろ帰らない? 日が暮れちゃうよー?」
私は普段は出さないフレンドリーなトーン、言わばキーを二つほど上げてそう尋ねる。初めて聞いた紫乃野は当然、違和感を感じて凝視する。
「……逃げるつもり? そうはいかないんだからね」
紫乃野が不敵な笑みで私を見つめ、彼女にふんわりイメージを持ってた私は、そんな紫乃野の奇怪な形相に歪んだ笑みを浮かべる。不気味さに思わず苦笑いしてるのだ。
「あ、あはは……ま、まさかね。この私が逃げるなんてするはずないよ。分かってるでしょ、紫乃野?」
って何を分かってるんだか……。
「それはそうだね、日佐亜」
「だからさ、ここはとりあえず、とりあえず玄関にでも行っ――」
後に、紫乃野に首根っこを掴まれて落胆しながらやってきたのは吹奏楽部。既に楽器類の音が外まで喧しく聞こえている。うるさいのはあまり好みじゃないんですが。
紫乃野は元気良く扉を開いて叫ぶ。
「見学したいでーすっ!」
改めて思うけど、ガサツすぎないかしら? 見学したいから何だって話よ?
紫乃野の叫びは無情にも扉に防がれる。吹奏楽部は大音量を防ぐため、扉二重構造なのだ。三メートル先の扉に声は防がれている。紫乃野は再び、その扉を開いてから叫ぶ。
「どうも、見学です!」
見学しにきたのか、『けんがく』という名なのかも曖昧になってきたわね。最終的着地点が酷すぎない? こんなの、初期モンスターのスライムよりもガサツですよ。
残念なことに、紫乃野の元気な大声量は楽器音に見事にかき消され、ほとんど聞こえてはいない。扉が開かれたのに反応して数人の生徒が一瞥しただけに過ぎなかった。どんまい、紫乃野。
だけれど、部長はしっかりと認識していて、私たちのところまで来ると、扉を閉めて音を抑えてから挨拶した。
「こんにちは、吹奏楽部長を務めさせてもらっています。小波音夢と言います」
とても透き通った声をしていて、だけれど抑揚のない声のせいか冷淡に聞こえてしまう。
「私は夏目紫乃野って言います!」
「……あ、やっぱり私も挨拶しなきゃいけない? ……そうね、可里木日佐亜です、脳の片隅にでも置いておいてください」
私と紫乃野は軽い自己紹介をした。
「分かりました。脳にはインプットしておきません。黒髪とメガネ、で覚えておきます」
事何でもなさそうに答えた音夢さん。片隅にもおかないわけ?! 脳記憶容量大切にしすぎじゃない?
「ってそれで良いんですか、音夢さん?!」
当然突っ込むわよね、紫乃野。良いのよ、それで。それが正解だから。
「良いんですよ、それで」
と、音夢さんの言葉。いや、そっちが良いわけじゃないから!
「さて、一通り終わったので、吹奏楽部の活動について説明しましょう」
終わったの?! 今ので終わり?! こっちはまだ始まってもないんですけど!
私と紫乃野は呆然して何も言えなくなった。私は元々、喋らないつもりでいたんですけどね。
「吹奏楽部はだいたい、笛みたいなやつばかりを使って合奏するぐらいです、以上」
終わったの?! 今ので終わり?! それだけですか?! 宣伝しなくて良いんですか?!
「ってそれだけですか?!」
当然突っ込むわよね、紫乃野。良いのよ、それで。
「良いんですよ、それだけで」
だからそっちは良くないでしょうがっ!
再び呆然とする二人の前、無表情でただただ物置のように黙って立ち尽くす音夢さん。そんな時間が数十秒続き、
「あの、音夢さん? 他には?」
紫乃野がようやく口を開く。
「他はもう良いんです」
何が?
「部室内の説明とかはしないんですか? ほら、この楽器がどうのこうのって――」
「説明したところで、脳の片隅にも置かないんでしょう? なら時間の無駄使いこの上ありません」
実に冷淡に早々と答える。何という強烈な皮肉……冷淡で怒りを感じさせないからこそ、余計に胸に突き刺さって痛いんですけど。
紫乃野はそんな皮肉に苦い笑みを浮かべる。
「説明は以上になります。ご清聴、ありがとうございました」
強制的に終了へと持ち込む音夢さん。ご清聴って、それ本当に感謝の言葉ですか? 鬱陶しい輩を排出しようとせんばかりの気持ちが漏れてませんか? 何か『出口はあちらです』アピールで流そうとしてるけど、全く流せてませんよ? 無理に排出して今、排水口が詰まってる状況だよ?
「はい……ありがとう、ございました」
紫乃野が疲れたように小さく答え、私を引っ張ってふらりと出て行った。
「部室にも入れないって宣伝するつもりないでしょ。これだから吹奏楽部は……。吹奏楽部っていうのは絶対に踏み込んではいけない『絶対不可侵領域』なのよ、きっと。入っても気まずいだけだからでしょうね? 覚えておきなさい、紫乃野。――それで? 次は何か案でもある? 今日はもう付き合うだけ付き合ってあげるわよ?」
紫乃野は脱力感に浸っているらしく、やせ細ったホームレスのような感じを醸し出すのは私の思い込みだろうか?
「……疲れたから、茶道部でお茶しません?」
と、予想外な答えが帰ってくる。
「うん、ちょうど喉が乾いてきた頃だから、ちょうど良いかもね。そこで一休みして次の部活を見に行くという方向で」
何か私が案内役に回ってる気もするんだけれど、とにかく茶道部へと直行、そこで休憩を取ることに。
「すいませーん……お茶をくださーい……」
砂漠で干からびて今にも死にそうな旅商人みたいな声で、紫乃野が茶道部の扉を開く。一応、部室見学も込みだからね?
扉の向こうには普通の部屋ではなく、いきなり和風玄関のような作りになっていた。上履きを履き替えて室内履きにする必要があるらしい。玄関の次には襖があって、多分、奥は畳の引かれた和室が待っているのだろう。畳を汚さないために中履きに入れ替える必要があるみたい。そこはしっかりとしていて、メリハリのできる良い部活動と見た。茶道はそもそも礼儀から入るようなものですものね。堅苦しいイメージは好きじゃないけれど、茶道部なら吹奏楽部のようなこともないでしょう。
私と紫乃野は上履きを脱いで、揃えて玄関に置き、室内履きに履き替える。そうしている間に、一人の男子生徒が襖をゆっくりと開いて玄関までやってきた。
その生徒はやはり茶道部だけあって清楚で落ち着きのある――
「チャースっ! 良く来てくれた、諸君! 絶滅危惧部である茶道部を救ってくれる唯一無二の新人類! それこそが君たちだー! 今こそ、勇者の門を開いて旅に出よう!」
落ち着けねぇー……。茶道部でそのテンションってどうなの? 色々と間違ってない、この人? パリピーの人種でしょ? ってその前に『新人類』の表現はニューハーフと同義でしょう? ちょっとやめてもらいたいんだけど……。
目の前で謎のポージングで待ち構える男子生徒に唖然とするしかない私たち。和服にしっかりと身を包んでいるのに、内面は非常に残念なことになっている。
「で? どなたさん? 普通はそっちが尋ねる側なんだけど、そのテンションじゃあ、無理あると思いまして」
とにかく名前を聞かなければ呼びようがない。そして男子生徒は答えた。
「我、先陣きって茶の道開きて、万人たる助太刀せしめ、歴伝に時人して名刻みし若人! 歳十八して部長努めし我が名は爪木圭司という! 以後お観しきりを」
不気味で歪なポージングをしながら、爪木は厨二たる自己紹介を終えた。そもそも文法が正しいのかも危うい。そして当然、自己紹介を聞いた紫乃野はただでさえ疲れきっているわけもあって突っ込むこともしなくなって、ただただニコニコと笑顔を振りまき始めた。壊れちゃダメだよ、紫乃野!
「……自己紹介なんてどーでも良いから、お茶を飲ませてもらえません? 茶道部に来た勇者なのですから、それぐらい出してもバチは当たりませんのよ?」
以前、紫乃野を泣かせたあのリーダー格のお嬢様、桜木七華をイメージして上から目線に頼んでみた。初めての割には上手く真似できたんじゃないかしら? そして爪木はシンプルに指示に従い、大急ぎで襖の向こうへと消えていった。
「さ、紫乃野……帰るよ?」
「え? でもお茶が――」
「あの痛い痛い男子生徒と共に優雅で清楚たるティーパーティーを開きたいなら、一人で帰るから止めはしないわよ?」
「あ、うん……分かったよ、日佐亜」
「それで良し」
私と紫乃野は問題になる前にいち早く茶道部を脱出することに。部活見学は見てのとおり……絶対に入部しないと心に誓ったとてつもなく酷い部活だったと胸に刻んでおく。
それから数分後、誰もいない茶道部の玄関へと、襖を全開に開けた爪木が開けっぴろげな招待を一人叫ぶ。
「よーこそぉーっ! 君たち二人の勇者様のために用意したスペッシャルティーだよっ! さ、豪快にすすってくだされ、って……あれ? いない……」
「この学校の文化部のおおよそはロクなものじゃないってことが良く良く分かったからもう帰りましょう? 今日の経験を活かして残りの学校生活を人目に憚れないように謳歌することにしよう、そうしよう!」
紫乃野もちょうど程良い感じで疲れ果てているんだし、もうお互いにこれ以上部活を放浪する必要もないでしょう? この流れに乗って帰ることにし――
ガシッ!
「……まだ、日は沈んでもないんだよ? ひーさーあぁー」
「怖い怖い怖い怖いっ! ヤンデレ感満載ですけど?! いつからそんな子になったの?! 私のせい? ひょっとして私のせいですか?!」
そして結局、私は紫乃野の結界から逃れられず、腕を引っ張られてやってきたは演劇部。いや、確かに文化部とはいったものの、これは文化部でも運動系が集まるような部活じゃない。コミュ症な私には不向きな部活動だよ。ベクトル方向が全く逆側だけど……。
「すいません、部活動見学に来た者たちですが」
おっ、初期の挨拶に戻ってきたわね。疲労が溜まって冷静さが戻ってきたのかな?
紫乃野の声に反応して、二人の男女がやってきた。
「こんにちわですね、二人とも。自分は三国灰鳥と言いまして、現在は見てのとおりで演劇部の部長をしておりますのでございますね」
「すいませーん、見ても分かりませんでしたー」
「日佐亜、失礼だよ!」
と、小声でそう言った紫乃野。聞こえてるだろ、三国!
三国灰鳥はそれは無視して隣の男子の説明に入った。気弱そうな猫背の男子だ。
「この子は私の弟だよね?」
「いや、こっちに聞かれても困るんですけど」
「弟だよ、お姉ちゃん」
え? この子は姉のこと『お姉ちゃん』だなんて呼ぶの? なんて女子感ある男子、恐るべし。ソプラノな小声もちょっと女子っぽいし……正直、私より女子感あるって何? そして何とも言えない敗北感は何ですか?
「弟だったかー。よーしよし、可愛い子だことよろし」
なんて言って、頭一つ小さい弟の髪をワシャワシャするように撫で回す三国灰鳥。弟は恥ずかしそうに縮こまって顔を赤らめる。……くそっ、女男子め。
「で? その弟さんは誰なわけ? 名前あるんでしょう?」
「あ、そうだった。この子は三国海翔でしてー、見てのとおり演劇部員ですよね?」
「だから何でこっちに聞くんですか? こっちが聞く方じゃないのかしら?」
「あー、そうだったそうだった」
何だ、このふんわり幻想エアリアルは? この二人の周りだけファンタジアなんですけど? どういう姉弟だよ? 誰も関与しちゃいけない不可侵領域だよ、誰かぶっ壊してよ、この空気。
「それで? 二人は演劇部見学に来たって感じで良いんだよ」
「断定形?! さっきから立場逆転してないかしら?!」
「おぉー、鋭い人だね」
と、感嘆の言葉を棒読み。本心ですか、その言葉?
「演劇部はね、今の日は演劇練習してないわけであって――」
「『今の日』のところは、『今日』って素直に言ったら?!」
「――演技とかは見学できないかもしれないと、自分は思うんだ」
「って無視かいっ!」
この辺りになってくると、紫乃野もツッコミを入れずに黙って聞き入っていた。私と三国灰鳥の対面会話ということになってしまう。
「だからであってね、部屋見学するしかないはずじゃないのかい?」
「こっちに聞かれても初めて聞いたことだから断定できませんけど?」
「じゃあ、部屋だけでも見学しろがってくださいませんですしょうね?」
「もう訳分かんない! 最後の部分だけ連呼してくれません? 絶対あなた、言葉を噛むでしょう?!」
勢いでそんなリクエストをして、三国灰鳥は下級生の私のお願いを不快とも思わず実行してくれた。
「けんがくしろがってくださいませんでしょうねですよくだされないでしょうとはねすかなだろうけどもかなだったでしたよますかだってね?」
「やっぱり最後は疑問形か! それ以前に終わり言葉の使い方が違いすぎるのよ! それでも演劇部部長やっていけるわけ?!」
つい勢いで酷いことを言ってしまった……。これにはさすがに反省しないと……言いすぎたって。
「す、すいません……ちょっと口がおしゃべりになってしまって……」
「……? 何で謝るのかなですか?」
まだ文がおかしいよ。
「その、つい酷いことを――」
「何の話をしていたんでしょう?」
? ……あー、『何の話をしているのか』的なことを聞いてるわけね。って気づいてない? じゃあ、好都合じゃん。
「……そろそろ部活見学しません?」
そう言ってこの話第にはさよなら! そして部活見学へと誘う! ツーステップエクストリーム!
そしてようやく、演劇部に入った。
「うわぁー、疲れたぁー。もー二度と演劇部なんて行くか」
私と紫乃野は夕焼け染まる西空を左側に、廊下を気だるげに歩いていた。演劇部の見学をしていた延長線、私たちは演劇に参加することになってしまった。試しにやってみようとの計らいで。いらない計らいをしおって、あの文法崩壊少女!
「……それでー、これからどうするの、紫乃野? 私はそろそろ帰りたい頃なんですが」
「……逃げさせはしないよ、日佐亜。まだ文化部はわんさかあるんだよ――って言いたいところだけど、さすがにもう体力が余ってないや。もう帰ろう、日佐亜?」
「やっとですか。もぉーっ、疲れたぁーっ! ……じゃあ帰るとしようかな、独りで」
「つれないなー。私も一緒だよ」
そんなことを言って、紫乃野は私の肩に腕を回した。はぁ~あ、やれやれ。しばらくは独りで下校もできそうにない……。
え? 結局のところ、私と紫乃野がどこの部活動に所属したかって? それは以後に先延ばしという形で。全てを見回ってから決めることにするよ。選択肢は多ければ多いほど良いからね。運動部は論外だけど。