第10話『民衆に手を出して、あなたそれでも恥ずかしくないんですかー?』
何だかんだあって、桜木七華とその仲間たちの勝手な約束事に首を突っ込むことにした私。単なる好奇心で行くだけで、会うつもりは一ミリも一コンマもない。ただ傍観するだけさ(キラッ)。
最近、私の脳内管理能力が衰えてる気がするのは何だろう? いつからこんなにも脳内汚染されてたんだろうね? もっと上品な脳内でなければ。
あの三人組に呼ばれたからといって慌てることもなく、ごく普通に授業をこなしていき、そして放課後がやってきた。校舎にチャイムの鐘が鳴り響き、帰宅部は元気にスロープを降りて行き、残りの文化部及び運動部は独自の部室へと向かう。まぁ、ごく一部は幽霊部員なわけで教室に残ってスマートフォンいじりしてたりする。そんな中で、私は『肌地山』と呼ばれる、校舎裏にあるそこそこの高さの裏山へ行く。そもそも『肌地山』はあまり登山者のいない、無法地帯。山頂部は開けているだけで行く価値は一すらも値しない。ただ、今回のようなケースならば、誰もいない山奥は便利と言える。私でいう、ボッチの聖地『図書室』のようなものね。納得できるわよ。
紫乃野には行かないって嘘を遠まわしに吐いたけど、結局行くことにするね、ごめん。あの能天気馬鹿の輝一を連れて、桜木七華に告白させてやりたいところだけど、それは色々と面倒事もあることだろうし。とにかく誰にもバレずに『肌地山』へ。
私は一人、校舎を抜け出して帰宅部の帰路を外れ、一人裏山へと足を進める。
その山は木々が生い茂っていて、その中にうねった階段が続いている。そして山頂部は開けた平らな土地となっており、周りは一面深い森、頭上は青空なので、夜は天文部の野外活動拠点となっている。辺りには光源はなく、頭上の満天の星空が曇一つなく綺麗に観察できると天文部では評判は良い。ちなみに、『肌地山』の由来は、山頂部にのみ木々が生い茂ることがなく、その見た目が天辺ハゲのように見えるからという、ロマンチックではない理由からだ。そこが残念なところね。
無駄に長く迂回している階段を登って山頂へ。よりによって何でこうも長い距離を歩かせるのかしら、あのお嬢様は? もしかして、これも嫉妬の延長線上とか? はぁーあ、何で迂回した道を作るかね? もっと直線に作れば良いのにって思うよ。
汗まみれになりながら階段を上がって行き、山頂部へと着く。開けた平地を避け、迂回して森の中を行く。そしてあの三人組を見つけた。律儀にスマートフォンでゲームをしながら待ってくれているとは。敵ながらに天晴れですな。
私はとにかく、人間観察すべく、少し高い木に登って太い枝の部分に腰をかける。上から見渡す感じで三人の頭上が見える。ここなら葉が私の存在を消してくれる。
「あの女、本当に来るんですか?」
「さぁね。来なかったら来なかったで、別の対処法ぐらい考えていますわ」
桜木七華はモブキャラAの質問に答え、悪役面で微笑む。これは相当、真っ黒だね。ブラックホールにも負けない暗黒物質ですね。尊敬を越してドン引きする領域ですよ。『そうか、人間ってこんなにも恐怖を支配できるのか』なんて思われても致し方ない笑顔だよ。あぁーあ、顔のパーツ配置は美人なのに内面最悪だから残念。神も完璧な才能って与えないものよね。
こちらもやや引きそうな笑みで傍観していた。七華とは別派生の引きを引き起こしている。
そういえば、別の対処法って何だろうね? あの内面ブラックホーラーのことだから、きっと人間には到底理解できない方法なんだろうね、怖い。っていうか、この時点で私は彼女を人外扱いか……人間って残酷だね。
そんなことを思いながらも傍観していると、階段を登ってくる一人の生徒が。私も三人組も、その足音で気づいて振り向く。そこにはいるはずのない姿、紫乃野の姿があった。私は思わず口をポッカリと開けてしまった。紫乃野は辺りを見渡して誰かを探してるようだった。運の悪い子だこと。人探しでまさか、桜木七華とその仲間たちに出くわすとは。
「あれ? 日佐亜さんがいない?」
「あら? その姿は紫乃野さんではありませんか? こんなところで何してらっしゃるの?」
はい、絡まれたね。紫乃野、ファイト!
紫乃野は桜木に声をかけられ、ビクッと身体を震わせ、それから振り向き、桜木七華を向き合った。身体がちょっとだけ揺れていて、怯えてる小動物に見える。桜木七華の笑みからして、よからぬことが起きるね、これは。
「は、はい……えっと、その人探しを……」
「人探しね、こんな山奥で? 一体誰を探しているのかしら? もし良かったら手伝って差し上げますけど?」
まるで尋問してるような口調で桜木七華は紫乃野へと尋ね、紫乃野は困ったようにアタフタしていた。
「えっと、その、日佐亜さんを探してて、その……」
「ふーん、ここに私と日佐亜さんがいると思っての事ね? あなた、随分とでかく出るたじゃない? 人の密会に首出して良いと思うのかしら?」
桜木七華は楽しげに言って、モブキャラたちが『そうだ、そうだ!』などと無駄な肯定をしている。紫乃野は今にも泣きそうな顔で困惑していた。
「あなたには少々、目を瞑ってもらわないといけませんね」
そういうと、桜木七華はモブキャラたちに指示を出す。モブキャラたちはニヤリと微笑み、それから紫乃野へと近づいて、困惑する彼女の襟首を無理やり掴んで引っ張って射った。そして桜木七華の目の前へと伏せさせる。あー、このままだと彼女、絶対にいじめられるね。……なんて不運なのかしらね? まぁ、私の知ったことじゃ……ないんだけど……。
紫乃野は涙目を必死で堪えていて、それを桜木七華が嘲笑して見下している。モブキャラがそんな紫乃野を容赦なく起き上がらせると、襟首を掴んで殴りかかろうと拳を構えた。紫乃野は反射で目を閉じる。
そんな時、誰かの声がして一同が硬直し、そして声の主のいる森側へと目線を向けた。そこには出るはずのない私の姿。そう、私は彼女が心配になって、つい出てしまったらしい。やっぱり罪悪感ってやつがあるみたいね、私にも。
「こんにちは、桜木さん。さっそく、一つ質問があるのですが……そこにいる生徒は一体誰なので? もしかして第三者でも連れてきたのかしら? 私以外にも招待してたのかしら? そして、そこの生徒の襟首を掴んでるあなたはもしかしてですけど、殴ろうとしてるのかしら? まさかね、そんなはずはありませんよね? 女子が拳を振るうなんて事例は聞いた事ありませんもの。そうよね、桜木さん?」
私は少し煽りを含めて試しにそう切り出してみる。
「あら? 日佐亜さんではありませんか? いつからいらしておりましたので?」
「そうね、ちょうど今来たところよ。こんなことになってるとは思いませんでしたけど」
モブキャラは掴んでいた襟首を離し、紫乃野は怯えながら私の元まで駆けてくると、背中に隠れた。
「さてと、何を話してくれるんですか?」
頬に温かい感覚を覚えて、私は立ち上がる。制服が土汚れで汚くなってしまっていて、少しだけ落胆した。もう、面倒なことになったなー。これも全て輝一のせいなんだから。あと、紫乃野も何でついて来たのよ。おかげで被害に遭わせちゃったじゃない。
日佐亜の横には紫乃野も同様で地面に座っていた。涙目を堪えきれずに頬を伝って涙が筋を作っていた。
「あー、頬が痛いなー。何で殴るわけ?」
私の見上げる先にはモブキャラが二人。その背後に偉そうにふんぞり返る桜木七華。私と紫乃野は色々あって、このように殴られて倒されている最中。ごめんね、紫乃野。巻沿い食らわせちゃって。今度何かおごるから許して。
「桜木七華さん、民衆に手を出して、あなたそれでも恥ずかしくないんですかー?」
私は緊張感ゼロのマイペースで尋ねる。まだ余裕はあるみたい。
「恥ずかしいも何も、それは私の命令じゃないわ、私は知らない。ただ、私の部下が勝手にしでかしたものなので、そちらで勝手に解決してください」
あくまでも見てませんという第三者を装うのね……。良いわよ、おもしろいじゃない。
変な炎が点った瞬間だった。ただ、その炎は一瞬にして消化される。
「随分とおもしろそーなことしてるなー、俺も混ぜてくれないか?」
嫌気が差すほど聞きたくない声が聞こえ、必然的に目線が階段先へとズレる。そこには見たくもない男子生徒の姿が一つ。今回の黒幕、というかトリガーといえよう男子生徒、輝一が立っていた。
「どーも、桜木七華さん。元気そうで何より」
輝一を連れてきたのかと勘違いし、桜木七華は私を睨みつける。そう怖い顔しないでくださいよ、嫉妬魔女さん。
「輝一さんではありませんか? こんなところで何してらっしゃるので?」
「その言葉をそのまま返そうか。桜木七華、俺はお前が思ってるような人間じゃない。それを今、ここで説明しにきた! 何で、俺がここにいるか、それがお前に分かるか?」
輝一はいつもの馬鹿さ加減シャットアウトでシリアスに詰め寄る。一歩、また一歩と近づいていき、桜木七華が意識もしていないのに足を後方へとずらしていた。私は少しばかり感心して、その光景を見入っていた。
「私の思ってる人間じゃないって何よ? そもそも、あなたは私がどう思ってるか、そんなこと知らないくせに!」
そうそう、桜木七華が輝一に惚れてること、知らないんだよね。
「知らないけど、言わせてもらう! 俺は日佐亜を追ってここまでやってきた! いや、正確にはストーキングしてきた!」
堂々と、何一つ曇りなき瞳でそう宣言した輝一。その叫び声が無情に響き渡り、辺りを冷たい静寂が包み込んだ。
「え? なにそれ? 気持ち悪いんですけど? 輝一から名前変えてキモ一にする?」
「酷いな! そこまでする必要あるか、日佐亜?!」
それぐらいどうってことないのよ? 私は輝一が原因で頬を殴られ、およそ数千以上もの細胞を死滅させられたのだから、当然の報いですよね? さらに加えれば、輝一の今放った言葉によって、私への憎悪が数段増したように思える。ほら、今にも噛みついてきそうな勢いで私を見つめる彼女が君には見えないのかい?
「まぁ、名前がキモ一になってもいいが、とにかくこの場を抑えないと俺は気が済まない」
「お前はどこぞの王子様か?! まぁ、でも面倒事にならないのなら、それも良いかもしれないわね。早くしなさいよ、紫乃野がもう限界なんだからね」
輝一は私に必要とされていると錯覚し、勝手に喜び始めてやる気百パーセントになった。まぁ、こっちとしては事が収まるのならこしたことないんですけれど。でもこれで、また輝一の執着力が上がると困るなー。今回みたいなことが再び起こったならば、私はもう学校へ通わずに、寝室こもってゲーム三昧の日々を送ることになるんですから。それもそれで悪くはないけど。
輝一はまず腕を振るっただろうモブキャラ二人を睨みつけ、進路から退かした。そして嬢王様こと桜木七華の前へとやってくると、こう言った。
「お前が日佐亜をどう思ってるかは問題じゃない。問題は集団暴行をしたところにある。やっぱり、言っても無駄だったようだし、こうして俺が救済に来た」
普段の馬鹿面男とは思えない、気迫のある真剣な顔つきでそう言う。桜木七華はそれでも怯む様子を見せてはいなかった。
「あら? あなたは一対一のタイマンなら良いといったのでしょう? 良く見てごらんなさい。そこにいるのは日佐亜さんだけではないのよ?」
桜木七華の言うとおり、倒れる私の隣には同様の姿の紫乃野がいる。モブキャラたちは二人なので、結果的に人数差は同等だった。
「いや、お前は紫乃野を呼んではいなかったな? つまり、この結末は一対二になっていたはずだ」
「いえ、手を出したのは偶然でして、日佐亜さんに手を出すことはしなかったでしょう」
輝一と七華、お互いは引く気配なく、一歩も引かないまま、睨み合いの停滞に移った。何なの、これ? モブキャラ二人に至っては呆然と立ち尽くしちゃってるじゃないの。誰がこれ収拾付けるのよ? 何で単純な話でこうもアップヒートするのかしら? 私が何したっていうの? あぁ、もー! 輝一! 失敗したらどうなるか覚えておきなさい!
私はひとまず、休憩できる木の幹辺りに座って傍観することに。泣きじゃくる紫乃野を引き起こして二人で座った。
「紫乃野? おーい、紫乃野?」
「…………な、なにぃ?」
「何かごめんね。心配してくれて来たんでしょう? こんな目に遭わせちゃってさ……」
「……らしくないよ、日佐亜」
「まぁね……。さてとー、これからどうする?」
「……分からない」
「……じゃあ、帰ろっか?」
「ふぇ?」
紫乃野は不思議そうに、でも涙目で切ない顔でこちらを覗き込んでいた。私は立って、紫乃野へと手を伸ばす。
「さ、行こ」
「……うん……」
私は紫乃野の手を握って立たせ、二人で『肌地山』を下山する。輝一と七華、そしてその仲間たちはそんな私たちには気づかず、睨み合いの激戦に飲まれていた。
くだらないな、本当に。恋路なんていうつまらないものに巻き込まれるこっちの身になってほしいよ、本当に。やっぱり約束破って、家でゲームしてたほうが良かったかも。
輝一と七華の激戦の次の日、私はごく普通に何も躊躇なく登校していた。別に遠慮することなんてない。昨日のことはあちらの問題で、私が気にする必要はないからね。だけど、少し紫乃野が気がかりだよ。あの子、結構引きずるタイプだからね。
地面を見つめながら、ウォークマンの曲を聞きながら歩いていると、後ろから声をかけられた。誰だかはもう飽きるほど知ってる。
「何? 輝一?」
輝一だった。罪悪感はないのかって思うほどに純粋に挨拶を交わす輝一に、私は恨めしそうな目を向ける。
「おはよ!」
「あー、はいはい、おはよー」
適当に挨拶を済ます。輝一は私が挨拶してくれたことに歓喜してしまった。なんて罪なことをしてしまったのだろう、私は。
だから、私はとにかく無視し続けて学校へ。その間、やはり輝一は一人で私に話しかけてきていた。ウォークマンの音量が大きいために、ほとんど何言ってたか分からなかったけどね。
教室へと入り、窓側最後部の席に座り、読書を始める。この工程はいつになっても変わらないでしょうね。今読んでるのは『ワンナイト・エグジット』という本で映画化されている有名作の小説。夜になると、主人公以外の人間全員が消えてしまう。代わりに謎の生命体が町を徘徊する。その中で主人公が生き抜くために戦い続けるという、孤高な話だ。私に合ってるって思うんだよね。
そんな本に夢中になっていた私だったが、あることを思い出して本から目線をずらす。窓側から数えて二列目の、前から二番目に紫乃野の席があり、そこに紫乃野は座っている。気まずいというか、気落ちしているというのか、紫乃野の表情は曇っていた。何をするでもなく、ただ黙ったまんま机上一点を見つめている。やっぱり紫乃野、落ち込んじゃってるんだ……。
そんな教室の扉が急に勢い良く開かれた。騒がしい教室が一瞬で静まり返る。私は目線を紫乃野か入口へ。そこには黒歴史の一つに含めようかと考えていた、例の三人組。左右にモブキャラ二人と、中央に一人の女王。教室中の誰もが、その三人を見ていた。彼女たちは私の前へと歩み寄ってきた。私は面倒事はごめんだと、わざと本を読む姿勢を取る。
「おはよう、日佐亜さん」
「……何? また茶化しにきましたか? 民衆をあまりいじめないで欲しいものです」
「違うわよ。……その、昨日の事なんだけど……」
やけにらしくない、言いづらそうな顔で七華は言う。何か、急に気がかわった感あるね。
「昨日はどうも。輝一が随分とお世話になったようで」
私はわざと声を大きく、教室にいる輝一に聞こえるように言う。輝一がそれに反応して立ち上がった。
「日佐亜! それは違うぞ!」
「じゃあ何? 七華さんと遊んでたとか何か?」
「だから俺はなぁ――」
「うるさいっ!!!」
私と輝一が数席飛ばしで口喧嘩していると、七華が急に暴言を叫んだ。輝一の口が次に話そうとしていた形で止まる。七華はモブキャラの二人の頭を無理やり下げ、そして自分も頭を下げた。目の前の私へと向けて礼をしているのだ、この三人組が! 今日は槍が振りそうね。
「……昨日はごめんなさい! もう、あなたには関わらないから! だから許して!」
強気で上品ぶった話し方をするので有名な(私の脳内都市での話)桜木七華が、こんなにも屈辱的な礼をするなんて! これはもしや……。
私は困惑を隠しきれず、確認で輝一へと目線をそらす。輝一は小さく右手の親指を立てていた。ナイス! 輝一にしては良くやった! まさか七華をここまでやらせるとは! 見直したよ、馬鹿から格上げで、今日から輝一は『キモ一』だね!
「……私に謝ってるつもりだろうけど……私は謝られる立場じゃないので、その礼は紫乃野のために使ってあげたら? 無関係な紫乃野がどれほど傷ついたか……弱者じゃないあなたたちには分からないでしょうね……」
私は礼をする三人へとそう捨て言葉を吐き、再び本の世界へ。三人組はそれぞれ顔を見合い、それから紫乃野のところへ。俯いて悲しげな紫乃野の前で三人は礼をした。紫乃野は不意に起きたことに動揺してたけど、根が良い子だけあって三人を許してくれたそうで。それで良いんだね、紫乃野?