第9話『明日の放課後、『肌地山』へと来てくれないかしら?』
女子三人組の呪縛から無事(腹パン食らってるけど)に逃れることができた日佐亜は、悠々と図書室へと向かっていった。図書室の扉を開き、静寂なる四辺形へと入室した日佐亜。その目がすぐに何かを捉えた。すぐということは、反射的に嫌な人間なんだろう。その目線の先にいたのはひ弱そうな見た目の男子生徒一人。細身で草食系といったところだ。以前にも会ったことのある生徒、図書室員のようだ。彼は日佐亜が来室してきたのを見て、すぐにこちらへと近づいてきた。
「やぁ、君は昨日のあの子だね。懲りずにまた来てくれたんだ、嬉しいよ」
そう笑顔で言ってきたので、さっそく萎えてしまった。
どこまでお人好しなのか、この生徒は。別に私と関わったからって何か出るわけでもないのにさ。この学校の男っ本当に女を見る目ないよね。
「はいはい、モブキャラ乙、さよなら」
日佐亜は数秒で切って、その男子生徒の横を通り抜けて図書室奥へと歩いて行った。いつも、図書室奥の机で読書をする日佐亜。そこは死角かつ、人がいないため、落ち着いていられるので日佐亜はその空間が好きだった。しかし、今日はそうではなかった。
「あ、日佐亜さん」
普段は人のいない、そこの席に座っている女子生徒、ボッチで、友達募集中の紫乃野。笑顔で手を振っている。ダブルパンチでため息が大きくなるばかりだ。
「いたんだ」
「何かすごい嫌そうな顔」
その通りです、嫌です。輝一に、三人組の女ども、そして図書員、その次は紫乃野ですか。何で誰も私を一人にさせてくれないのかしら。悪霊でも取り憑かれたかな、厄災の霊とかに。
日佐亜は言葉には出さずに、仕方なく、紫乃野からやや離れた席に座って、本を開いた。そして早速、スイッチがは入ったかのように紫乃野は日佐亜に言った。
「あのさ、日佐亜さん。何かしたの?」
「何かって何? 身に覚えは――」
あ、もしかして、あの三人組のこと? 結構、目立ったから仕方ないかなー。もー、面倒なことするよね。
「――身に覚えはない。」
日佐亜はとりあえずそう言い切ることに。紫乃野は辻褄が合わないからか、アンニュイな顔になる。
何、その顔? 私に何か心当たりでも? それとも、もうどうでも良くなったのかしら? 後者だったら、こっちとしては面倒事にならなくて良いのだけれど、前者だったら、気を使わないとね。
まずは話を聞かないと進まないと、日佐亜は紫乃野に尋ねる。
「どうかした?浮かない顔なんかして」
「あの、私が見た事じゃないんですけど、その、日佐亜さんが女子をイジメたとか……」
あれ? そんな記憶ございませんけど。これは近頃話題のドッペルゲンガーって奴ね。私のフリしてそんな冒涜に出るなんて、許せない重罪者ね。なんて思いたいわよ。どうせ違うことは分かってるし。そんな噂流す輩は当然、この私を憎み恨む人間しかいない。そもそも、何で私が恨まれなきゃならないのかな。人間の影に隠れ、一人こっそりと生活するはずが、あの馬鹿のせいでこんなことに。女子三人組にも関わる機会なんて私のマイライフ計画には含まれてませんの!
日佐亜はそんな嘘の情報をくだらないと嘲る。
「じゃあやっぱり嘘で良いんだ! 良かった~、本当だったら、私、日佐亜さんに近寄れなくなってたところだよー」
あーあ、惜しいことを逃したものね。嘘付けば良かった。人を傷つける嘘じゃなく、誰も傷つかず、そして私が救われる素晴らしい嘘だったのになー。
「良くないわよ。つまり、デマを流されてる訳でしょう。私の高校生活どうなるのよ?」
「あ、そうでした、すいません」
ったく、この子といったら、他人事はどーでも良いのかしらね? まぁ、私は他人事なんてどうでもいいと考える性格なのだから、正すことはできないんですけどね。
「デマを流した黒幕は大体想定がつく。あのバカと関わってから歯車が狂い始めたのよ。……黒幕は輝一に関係する誰か」
そう言葉を切ったその時、図書室の扉が開かれて三人ほどの女子生徒がやってきた。
あー……もう大体答えが分かってきた。面倒なことになってきたよ。
「あら、こんなところで何をしていらっしゃるの、ボッチ二人して」
案の定、あのリーダー格の女がこちらへと吸い込まれてきた。マグネットでも付いてるのかしら?
日佐亜は無表情のまま、リーダー格の女子を見つめる。一方の紫乃野は恐縮していて、日佐亜の陰に隠れていた。
「これはこれは誰かと思ったら……いえ、ところで名前は何ですか? まだご存知じゃなくて私の中ではモブキャラAとBの支配者かと思ってますので」
そう呟いた私に反抗しようとモブキャラAとBが動くが、すぐにリーダー格に止められた。この手のモブキャラは大抵、脳内構造が単純で、考える前に行動に出る猪突猛進直列つなぎ型なため、挑発すればすぐにでも手を出す。全く哀れな脳をお持ちのお方だ。
「そうね、日佐亜さん。まだ自己紹介も終わってなかったわね。私は桜木七華よ。まぁ、名前なんてどうだって良いわ」
桜木七華……とその仲間たち――っと言うことね。良く分かりました。
「ではでは、七華さん。こんな民衆的公共場へとご来場した理由は何ですの?」
なーんて尋ねるのは愚問でしたね。どうせ、彼女が絡むことなんてあのことしかないでしょ、あのバカ。
「約束をしに来ましたのよ、日佐亜さん。メアドは知らないですから」
「約束ね、守れない規範外の約束しないでくださいよ」
日佐亜のその言葉に、桜木七華は目を細めて日佐亜を軽く睨みつけた。日佐亜は別にどうってことないですねと言いたげな、無表情だった。
「明日の放課後、『肌地山』へと来てくれないかしら?」
「……何をするのか、先に教えてくれません?」
「別にどうってことないのよ? じゃあね」
私がまだ決定打を押してないのに勝手に帰るな、デフォ枠予備集! 面倒だから行かないわよ、本当に。
三人衆は日佐亜たちから離れていくと、堂々としながら図書室を出て行った。それから黙りこくっていた紫乃野が口を開いた。
「あの、日佐亜さん――」
「紫乃野の気にすることじゃない。こういう悪行勧誘は無法地帯に投げ捨てておくことを推奨するって脳内パーソナルコンピュータが言ってる」
「え?」
あ、しまった。脳内思考が口から漏れてしまった。あくまでも品行だけは失いたくないので、これ以上の語りは止めておかないとね。紫乃野が引くレベルの思考を持ってる私ですから。
「――まぁ、なんにせよ、明日の約束は守らない」
「だ、大丈夫でしょうか?」
心配そうな子犬のような目で尋ねる紫乃野に、私は言った。
「紫乃野に危害を与えるような衆じゃないでしょう。狙いは私一人なんですからね」
「でもそれじゃ――」
「友達でもないのに心配する必要、あるかしら?」
そういうと、紫乃野はシュンとして俯いてしまった。少し言い過ぎかしら? ともあれ、明日の約束は決定打を押してないので、受ける必要は普通に考えてない。あちらから出向いてくれたのには少しぐらいグッドを押しても良いけど、悪い意味でね。
次の日、私はごく普通に、いつもと一コンマすら変わらない思考回路のままで登校した。まぁ、分かってはいたけれど、案の定、輝一が登校中の私の隣へとやってきた。何も知らない呑気な顔で挨拶をし、私はそれを見向きもせずにヘッドフォンで歌を聞いていた。今日は気持ちを落ち着かせたいと思ってゆったりとしたゲームのBGMを聞いてたんだけれど、輝一の喧しい独り言が耳へと入ってくる。ヘッドフォンを外し、私は鬱陶しそうな眼差しを向けた。
「何なの、朝から? 夜間のパーリーピーポーみたいにバカ騒ぎしてさ――あ、バカは本当のことでしたね。脳内時間が半日ぐらいズレてるのかしら?」
「おー、やっと話しかけてくれたな! おはよっ!」
「耳元で叫ぶな、うるさい。それで私に何の用?」
「あー、そーだった。……桜木七華って知ってるよな?」
……! あの女のことね……惨めなお嬢様。朝っていうのもあるけれど、脳内記憶データから削除しかけていたから思い出すのに時間がかかったよ。ゴミ箱フォルダーって案外役立つものね。それであの女について、輝一は何を話すのかしら? もしかして『肌地山』の話を聞いてたかな?
「んーっと、確か冷静クールタイプでクラス内の女子リーダー格候補として子分女子たちからチヤホヤされてる、能天気な馬鹿男子生徒が付き合いたとか思っちゃう、表面パーフェクトヒューマンのことですか?」
そこまでを抑揚のない声で一息で尋ねると、あまりもの黒さにあの輝一ですら引いているようだった。自分で言うのもあれですが、私の語彙ステータはブラックホールにすら劣らない吸引力を持ってます。対象者の精神力をごっそりと削ぎ落とします、そう自負しております。
「ま、まぁ、そいつだろうな……お前、あいつに狙われてるぜ? どうする?」
「はぁ? どうするも何も、ただ普通に生活すれば良いんじゃなくて? そもそも輝一が関わってきたから、私に被害が被ってるじゃない。輝一がすんなりと、『俺は、桜木七華が好きなんだ! 俺と付き合ってくれ! いや、俺と付き合え!』的な王子様ムードであのアバズレ女を落とせば、こんなにも悩む必要なんかなかったのよ」
我ながらに、下衆くてえぐい考えだと思った。でも、それで私の高校ライフは約束されるのだから、輝一にはそれぐらい身体張ってもらわないよね?
「いや、それじゃあ、俺の人権に関わるし。っていうか、何で俺が桜木に告白しなきゃいけないんだ?」
あー、ホントにもー、この馬鹿! 能天気も良いとこよ! 桜木七華が輝一に惚れてて、それの経由で私を憎んでる今の状況を知らないなんて! その土台なってないなら『桜木七華に狙われてるから相談してやる』ムード出すのやめろいっ!
私はげんなりした顔で、輝一を見つめ、呆れてものも言えなくなった。輝一は私に見つめられてるのが恥ずかしいのか、少し顔を赤らめている。己は乙女か!
クラスルームへと来て、一番後ろの窓側、通称ボッチ席へと着席し、いつものように本を開いて読み始める。窓の外からの鬱陶しい光が私の体力を今日も奪っていく。陽はまた昇るんだね、って内心で決め台詞を吐いて、それから本の世界へとのめり込む。
そんな最中の話しかけづらい私に、誰かが話しかけてきた。
「あの……日佐亜さん」
このいかにも『自分は弱々しく初々しいです』感のある声は紫乃野かな?
本から目線を外して上へと振り向くと、そこに心配げな顔をした紫乃野が立っていた。私は読んでる本を閉じ、一度机に閉まった。
「何かしら、紫乃野さん?」
「えっと、その……昨日のことなんですけど……」
紫乃野は教室を見回して、あの三人組の姿がないのを確認している。
「それがどうかした?」
「日佐亜さん、大丈夫かなって、思ったりして……」
性格違いではあるけれど、輝一と同じ思考回路ね。
「別に私の知ったことじゃないよ」
これは私より、輝一による影響であって、私は特に関与してないから。こっちは単なる被害者ですし。
「それに約束はしてませんし、あちらの一方的な要求でしたからね」
そこまで言うと、紫乃野は黙り込んでしまう。それで良し。あなたは別に関係ないのだから、私の被害を受ける必要はない。
さてと、ひと段落したところで、再び本の世界にのめり込もう。私は閉まった本を取り出して読み始め。紫乃野は話が終わったんだろうなと悟って自分の席へ。
今日の放課後、『肌地山』へかー、面倒だけど。まぁ、せっかくだから暇潰しでもしようかな。こう見えても人間観察は案外好きなほうだ。人は内面に黒いものを持ってて、皆が皆、残酷思考をしている。それを第三者として傍観し、見破ったりするのが意外とおもしろいものなのだよ。でもそれって、結構気持ち悪くてボッチのすることだよねー。もちろん自覚しててのことですが。まぁ、あのパリピーが本当に『肌地山』に来てるかどうかとか確認しておくだけ損じゃないかな。念のために輝一でも連れて行こうか――いや、やめておこうかな。あのバカのことだから、私とデートしてる妄想でも見るんだろうね。それは傍目から見ればキモイし、こちらとしてもお断りだから。一人で傍観しに行こう。