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秋色王子と春色爆弾

作者: タロ犬

拙作としてはずいぶん古いんで色々見逃してください

 あと五分。

 わずかに微笑む目の前の少女の額には、デジタル時計の液晶みたいに数字が浮かんでいた。

 四分と五十九、五十八、五十七、五十六……表示はゆっくりと、しかし正確に確実に数字を削り続けている。

 見ていられない。いたたまれなくなった竜胆千秋は思わず目を背ける。その様子に、

「あと、どのくらいかな?」

 少女は問いかけるが千秋は答えない。答えられるわけない。

 夜の十二時きっかり、つまり数字がゼロになったそのときは、すべてが終わるときだから。

 その額の数字がゼロをしめしたとき、目の前の少女、七竈こはるは多分、爆発して消えてしまうから。


 あと五分。

 たった五分だ。






                 ◇






「なにそれ?」

 こはるの第一声をきいた千秋の反応はそれだった。千秋はそんなことより、何をするにも蝸牛並みにゆっくりなこはるがわずかながらも息を切らしているのが気になったし、なによりそのキャラや外見にまったく似合わない横浜ベイスターズのキャップなんかを深めに被っていることのほうが断然気になった。無理もない。突然たずねてきて「わたし、爆弾になっちゃったみたい」とか言われても反応に困るのだ。こはるはたしかに変わった女の子だと思うけど、この手の冗談を言うようなタイプではないって思ってたんだけどなぁ、そんなことを思いながら千秋はゆっくりと立ち上がり、自分のベッドに腰をおろす。

「まあ座りなよ。あ、なんかジュースとかいる?」

 こはるの様子に若干の違和感を覚えながらも、千秋はさっきまで自分が座っていたシンプルな無地のクッションをこはるに勧め、冷蔵庫をあさるために年頃の女の子にしては飾りっ気のない部屋をでて台所へと向かおうとする。こはるはこはるでスムーズにいつもの指定席に移動し、

「ありがとぉ。炭酸がいいなぁ」

「はいはい」

 なんだ、やっぱりいつもどおりじゃん、と千秋は安心する。炭酸飲料だってもちろんある。


 喉が焼けるんじゃないかと思うほどのペースでセブンアップを一気飲みしたこはるは、喉なんか一ミリたりとも焼けてないことを証明する可愛らしい声で「ぷはぁ」と息を吐く。千秋はその様子をまじまじと見つめながら、とりあえず気になって仕方なかったことについてツッコんでみる。

「で、なんなのそのキャップ。おもしろいくらい似合ってないよ?」

「うん、わたしのじゃないんだけど、ちょうどよかったから。……あ、だからこれ見てよアキちゃん!」

 そう言ってこはるは深く被っていたキャップを一気に脱ぎ捨てた。ボリュームのある少し茶色がかった綺麗な髪が解放されて、瞬く間にいつものお人形さんみたいな容姿に戻る。相変わらず可愛い顔しやがってと少しだけジェラシックに呟いたところで千秋は違和感に気づいた。なんか、額に、

「そう、これ。朝起きたらおでこにあったの」

 こはるは前髪を手で上げておでこをあらわにし、そっとそれを晒す。千秋は何とも言えない表情で目を細めながらそれを見つめる。反応できない。

「ねぇ、アキちゃんはこれ、なんだと思う?」

 なんだと言われれば見当はつかないでもない。デジタル表示の時計だ。というか、そうにしか見えない。どういう原理か、こはるのおでこに小さく数字が表示されている。千秋はかろうじて思ったままの言葉を口にする。

「時計……かな」

「うん。はじめはわたしもそう思ったんだけどね。でも、よく見て?」

 言われるがまま千秋はこはるのおでこにくっつくかというくらいに近づいてそれをよく観察する。秒単位で数字が表示されている。そして、すぐに気がついた。

「数字が減ってる」

「でしょ。それって時計っていうよりは、」

 カウントダウン。

 みなまで言わずともその答えはすぐに浮かんだ。しかしなんのカウントダウンだと言うのか。ロケットでも打ち上げるのか? どこから? 誰が? そもそもなんでそれがこはるの額に表示される?

「え? え? ちょっとまって、ちょっとまって。え? なにこれ?」

 ようやく状況を理解しはじめた千秋は、ようやく混乱しはじめた。状況が飲み込めない。なんで人間の額に数字が表示されているのか理解できない。なんでカウントダウンらしきものがはじまっているのか理解できない。

「え? ていうか、こはる、もしかして、なんかした?」

「なんにもしてない、と思うけどなぁ」

「じゃあなによコレ? マジでなんかこんなわけわかんないもんが朝起きたらおでこに、」

「うん」

「ほんとにそれだけ?」

「それだけ」

 千秋は深く大きく溜息をつく。こはるが困ったことを持ち込んできたことなんて一度や二度では済まないが、それにしたってこんな無茶苦茶なことは今までなかった。少なくとも、常識の範囲で対応できることばかりだったと思うのだが、ちょっとこれはどうしたらいいかわからない。そもそも常識の範囲を超えているのだから、どこに相談したらいいのかもわからない。

「家の人には見せた?」

「起きたらみんなもう家にいなくて……それで、顔洗おうとしたらね、なんか、おでこに、」

「それが何時?」

「えと、十一時くらい、かなぁ」

 いい御身分で。しかしまあ、日曜日などいつまで寝ていても誰も文句は言うまい。それが小さな子供ではなく立派に女子高生であればなおさら自己責任、自己管理の問題だ。だけど自己管理なんてこはるに任せっぱなしにしておくのは心配でしょうがない、と思う千秋である。

「……それで? 今もう二時過ぎてるけど、なにしてたの」

「とりあえずご飯食べて、テレビ観て、本読んで、それから、」

「あーもういいわかった。ほんと危機感ないよねこはるって。自分のおでこがどうにかなってるんだよ? なんとも思わないの?」

「はじめは、うーん、まあいいか! って思ったんだけど」

「だけど?」

「なんかこれヤバイのかも。って思ったら、とりあえずアキちゃんとこ行かなきゃ、って思って!」

「私のとこきてもどうなるもんでもないんだけどなー」

「いいじゃん。会いたい、って思ったの」

「はいはい私もよ」

 そう言ってすり寄ってくるこはるを軽く受け流して千秋は立ち上がる。しかし何をしたらいいかがわからない。あんまり危機感はないように見えるが一応困っているようだし、なんとかしてあげたいのは山々なのだけれど、それにしたってこれは私の専門外だ。そもそも専門家がいるのかすら怪しい。勉強なら教えてあげれるし、泊めてというなら泊めてあげれるし、大抵の相談ごとにだって乗ってあげれるつもりだったけれど、こういう相談は……そもそもこんなの想定してなかった。かといって病院に行くのも違うだろう。だってこんなの聞いたことない。どうしたらその数字は消せるのだろう? 消しゴムで擦って消えるんなら話は早いんだけど。

「あのさ。それ、やっぱ、消したいよね?」

「うん? 消せるなら消したいよ。だってそうでなきゃきっとヤバイんだよ」

「まあ、普通じゃないよね」

「ていうか、この数字がゼロになったらね、たぶん、」

「どうなると思うのよ」


「どかん。わたし、爆発しちゃうんだと思う」


「はい?」

 何を言っているのかと思った。千秋は冗談かと思ってこはるを見るが、その顔は、ほえっととぼけたような表情をしている。本気の顔だ、と思った。

「なんでよ」

「だって、これたぶん、タイムリミットだよ」

 カウントダウンから連想するのはロケットか何かの打ち上げばかりだったが、なるほど確かに時限爆弾のタイムリミットともとれる。そういえばこはるがやって来て開口一番そんなことを言っていたことを思い出す千秋だったが、しかしその根拠がわからない。ロケットよりずっとヤバそうな人間爆弾説をなぜあえて支持するというのだろう。

「だってね、さっき家でくしゃみしたら、ものすごい爆発したんだよ。 もう、ばばばーん、って。バクチクみたいに」

「は、」

「そのときなんか爆発しそうだなーって気がしたんだけど、ほんとに爆発しちゃった」

 てへ、と可愛い仕草でごまかそうとするこはるだがちょっと待て。それが本当だというなら現状はものすごい大変な状況にあるのではないだろうか。そのことに気がついた千秋は確認せずにはいられない。

「ほんとに?」

「うん。たぶん」

 んな馬鹿げた話あるわけねぇだろと笑い飛ばしたいのはもっともなのだが、現に額に浮かぶ不思議な数字を目の当たりにしているし、おまけにその数字はなにかしらのカウントダウンをおこなっているようだし、ついでに言えばこはるはこの手の冗談を言うタイプではない。はたから見ればわからないだろうがこはるの表情はあいかわらずほえっとしていて本気モードだし、もうそうなると信じたくはないけれど信じなきゃいけないのかなという気にもなる。

 しかも、

「あ、なんか……くしゃみでそう」

 その反応たるや「くしゃ」の時点で千秋は脱兎のごとき速さでこはるから飛び退くように距離をとり、まるで忍者がはりつくような格好で本棚に背中を預けた。狭い室内での限界ギリギリの距離だ。そして会話をするにはあまりに不自然な距離と体勢のまま、懇願するようにこはるに呼びかける。

「ちょ、ちょっと! やめて、ほんとやめて! ここ私の部屋! マジで、シャレになんないから!」

「で、でも、でちゃったら仕方ないよね?」

「仕方なくない!」

「ごめん……げんかい、」

「わあああぁぁっ!」

 生涯この光景は忘れないだろう、と千秋は思う。こはるがくしゃみの衝動を抑えきれずついに口を大きく開けるその様子が、千秋にはぜんぶスローモーションで見えた。ああ、ほんとにこういう感覚ってあるんだ、と、この際どうでもいい納得をしながら、その先はもう見ていられなくて瞳を閉じる。


 次の瞬間、いくら目を閉じ耳を塞ごうがはっきりと感じとれる、

 空気の揺れが、


 あまりにも常識外れなそのくしゃみは、物理的被害こそほとんどもたらさなかったものの、間違いなく炸裂と呼んで差し支えない音と爆発をともなって千秋の部屋、いや、竜胆家全体に響き渡る。

頭の足りない馬鹿が室内で大量の爆竹遊びでもやったか、でなければ秘密裏に製造していた爆弾を誤って爆発させてしまったか。なんにせよ竜胆家の一人娘さんが近所一帯で噂になること間違いなしだった。死にたい。

 当然、そのときリビングで借りてきた韓流ドラマをゆったりと鑑賞中だった千秋の母親こと竜胆春子は安物のソファーからほんとに三センチほど飛び上がったあと滑り落ち、腰を抜かしながらも確かに爆音の発信源であった娘の部屋に向かって声にならない声をあげている。

 こうしてはいられない。

 焦りとパニックのなか、かろうじてそう悟った千秋は、いまだむずむずと鼻を押さえているこはるの手を強引にひっつかんで部屋を飛びだす。

 なにかアテがあるわけではない。そんなこと、今はどうだっていい。とにかく外に出よう。ここから離れよう。


 いま、千秋のアタマを支配しているのは、それだけだ。

 同情を禁じえない。






                 ◇






「ねぇアキちゃん、まだ怒ってるの?」

「……っ」

 付きまとうこはるの声を無視して、秋風の吹く昼下がりの歩道をずんずんと歩く。怒ってるか? どの口が言うかこいつめ、と思う。怒っているに決まっている。さらに言えば、困っているに決まっていた。

 しばらく家に帰りたくない。それどころか、あの付近一帯にしばらく近寄りたくもない。いつもどおりの平和な週末の午後、閑静な住宅街を震撼させた突然の事件。それは言いすぎだとしても、千秋は元気で礼儀正しく真面目で優しい模範的な娘さんだと近所では評判だったのだ。どの面下げて爆発事件など起こせばよいというのか。

 お約束ながら、なんで私がこんな目に、と思わずにはいられない千秋である。

「そういえば、トトちゃんもなんか様子がヘンだったね、なんでかなぁ」

「あんたのせいだろ!」

 しばらく口もきいてやらないつもりだったのに、こはるがあんまりにもトンチンカンなことを言うので思わずツッコんでしまった。トトとは竜胆家の愛犬で、由緒正しい血統書付きのケアーン・テリアである。齢三歳になるこのモフモフした毛の雄犬は、当然ながら竜胆家に貰われてきたその頃からこはるとも付き合いがある。いつもならこはるがくると玄関先の犬小屋から飛び出してじゃれついてくるのだが、さすがにあの爆発のあとでは、こはるを見る目つきが得体の知れないモノを見るそれに変わっていた。さすが犬は鋭い。爆発の元凶が誰であるかを瞬時に察知したのだから。

 しかし、ついでに千秋を見る目つきまで同じものに変わっていたのはなぜだろうか。

「ねーねー、これからどうするの?」

「いま考えてるとこ」

 緘口令をしいたって効果がないことを悟った千秋は、観念してこはるの問いかけに返事を返す。しかし何も事態は進展していない。こはるが本当に時限爆弾になってしまっているとして、それを解除する方法なんて誰が知っているというのだろうか。そもそもなぜこはるがある朝突然に時限爆弾になる? 不条理文学もいいところだ、と千秋は思う。

「そういえば、こはるさ、」

「うん」

「なんかキャパ超えるとすぐ、爆発するー、とか言ってるよね。だからじゃない?」

「なにが?」

「その、爆弾になっちゃったのが」

「うーん、そうなのかなー。そんなことで人間て爆弾になるの?」

「いや、ならないと思うけどさ」

「でしょ。だったらやっぱりそれ、関係ないよ、きっと」

「いやいや、こういう場合、常識で考えても仕方なくない?」

 言ってから千秋ははっとする。なんで私が常識を無視して非常識を推奨してるんだ、これじゃまったく立場が逆だ。

「あーやっぱいまの無し、取り消し。私の間違い。人間は爆弾にならない。以上」

「だよねぇ、やっぱりそうだよ」

 そんなこと人間爆弾の口から言われてもまったく説得力がないが、とりあえず今そんなことを考えていても仕方がないのも間違いなかった。問題はどうするか、だ。

「こはる、もいっぺんおでこ見して」

「ん、はい」

 こはるは素直に前髪をかきあげて千秋に見せる。同い年なのに、傍から見ればまるで仲の良い姉妹のようだ。

「だいたいあと九時間ってとこか……こはる、時計持ってる?」

 すぐにこはるは「あるよ」と、腕時計を腕ごと千秋の目の前に晒した。意外に高そうなやつである。幼稚園の頃からの長い付き合いだが、千秋はこはるの家庭事情を詳しく知らない。こちらの家にくることはしょっちゅうでも、あちらの家に入ったことはない。見たことはある。外観は結構立派だった。やっぱり裕福な家なのかもしれない。しかしそれがイコール幸せと結びつかないのが世の常だ。こはるが家族の話を積極的にすることはないし、頻繁に泊まるにくる理由も、なんとなくだが想像できなくはない。そんなことを考えながら、千秋は器用にこはるの腕から時計を外し、それを自分のポケットにしまいこんでしまった。

「あ、こら、どろぼー」

「没収。自分で時間わかると余計不安になるでしょ? だからこの時計はお姉さんが預かっときます」

 そう言いながらついでに携帯電話も没収する。

「でも、気付かないうちにいきなり爆発しちゃうかも」

「そうならないようになんとかするの。助けてほしくて私んとこきたんでしょ?」

「……うん」

「だから、まかせてって。なんとかするから」

「うん!」

 そう言ってこはるはとびきりの笑顔で頷いた。千秋は昔っからこはるのこの顔に弱い。

 しかし、大見得を切ったはいいが良い案など実はひとつも浮かんでいないのが正直なところだった。だって聞いたことがない、人間が突然爆弾になるなんて。誰かに相談できたらまだいいかもしれないが、誰に話したって鼻で笑われるだけだろう。額の数字と、さっきのような爆発を見せれば信じてもらえるかもしれないが、それをして事態が解決するとはとても思えない。それではこはるが好奇の目に、さらには危険な目で見られるかもしれないだけだ。自分ひとりでなんとかしなければ。千秋はそう心に決めた。

 そうなるとこはるの額が人目にさらされるのはできるだけ避けたい。何かないかとポケットをあさると、都合のいいことに少しシワになってはいるが未使用の絆創膏の発掘に成功した。

「こはる、おでこ」

「ん」

 これだけ短い言葉にして完璧なコミュニケーションだった。こはるの綺麗なおでこに絆創膏がぺたりと優しく貼られる。絆創膏を馴染ませようとすりすりとおでこをなでる千秋と、それを機嫌よさそうに受け入れているこはるは、傍から見ればもはや姉妹さえとおり越して母娘のそれにすら見えたことだろう。

「よし、きれいに隠れた」

「これでいろんな人におでこを見せて回ってもだいじょうぶだね」

「そんなことしないでいいから」

 そう言いながら千秋は頭の中で考える。今の時間と、千秋の額の数字を照らし合わせてわかったこと。タイムリミットは夜の十二時。出来過ぎなくらいに出来過ぎだ。

 十二時の鐘で魔法は解ける? 上等だ。シンデレラじゃあるまいし。

 僅かに口元を上げる。


 千秋はいつだってこはるを助けてきた。

 それは、たとえこはるが爆弾になったって変わりはしない。






                 ◇






 千秋がこはるに初めて会ったのはたしか、五つのときだ。

 幼稚園からの帰り道、夕暮れのなか母親に手をひかれ通りがかった公園に、こはるはいた。

 たったひとりで。

 このご時世、もうすぐ暗くなろうかという時間帯に、たとえわずかな時間でも小さな子供を一人で放置しておくなど正気の沙汰ではない。千秋の母親は大人の当然の義務としてこはるに声をかけた。「こんなところでどうしたの?」「お母さんかお父さんは?」「迷子になったの?」こはるは答えない。ただ、じっと見ている、千秋を。

 千秋にも、母親の声はほとんど野草のざわめきのようにしか聞こえていなかった。黄昏時を背にこちらをじっとみつめる女の子に、すべての興味を持っていかれていた。とにかく、視線を逸らすことができなかったことだけは憶えている。


「きれいなおんなのこ」


 それが、千秋がはじめてこはるに出会い抱いた、はじめての記憶だ。それ以外のことは、もう覚えてはいない。

 そして、あれから十年以上経った今でも、千秋のなかでその記憶は少しも薄れてはいない。

 なぜならば、こはるはあの日からずっと、今日の今日まで「きれいなおんなのこ」であり続けたからだ。

 千秋は、こはる以上の「きれいなおんなのこ」を、一人として知らない。



 あと七時間と四十二分十三秒。


「ねぇねぇアキちゃん」

「なに?」

「おなかすいた」

 これである。危機感がないったりゃありゃしない。千秋はずっと解決策はないか、あーでもないこーでもないとひとりずっと考えてきたのだ。それなのにこはるときたら能天気にまるで散歩でも楽しんでいるかのようだった。「まあ、こはるだから仕方がない」と、これまた乱暴な理由で納得する千秋である。

「こはる」

「なに?」

 いつもの笑顔。勝てないなぁと思いながら千秋は言う。

「私もおなかすいた」


 千秋は、ファーストフード店でレジに並ぶ最中になってようやく自分の失態に気がついた。財布を忘れたのだ。慌ただしく飛び出すように家を出たのだから無理もないことだが、当然ながらそんな言い訳で料金がタダになるわけではない。サザエさんかよと自分にツッコミながら、ちっとも愉快じゃないよともう一度ツッコんで、どうしたものかと思いながらなんとなく隣で並ぶこはるに目をやると、それはもうおかしそうな、それでいて小悪魔的な表情で、これみよがしに財布をちらつかせている。すべてお見通しらしい。

「あの、こはるさん」

「うむ、くるしゅーない」

「えーと、ちょっとお金を、」

「ええー? どうしよっかなー?」

「そこをなんとか」

「なんてね。もちろんいいにきまってるよ。あ、でもひとつだけお願いしようかなー」

「はいはい、なんなりと」

 こはるの要求はあっけないほど簡単なもので、ただ自分の分も注文しておいてほしいというものだった。こはるは希望のメニューを伝えると、返事も聞かずに財布をそのまま渡してぱたぱたと席取りに行ってしまう。まあ、お安いご用ではある。しかし立場的にこはるを助けるはずの自分がそのお世話になってしまっていることには、千秋としては不覚を感じざるをない。

 そんなふうに考えごとをしていたものだから、千秋は顔をあげるその瞬間まで、もうひとつの不覚にまったく気が付いていなかった。

「お待たせしましたー、ご注文をどうぞ。……ふふ、今日もデート、ちゃきさん?」

 もうひとつの不覚。幸か不幸かよりにもよって、今日でなくたっていいだろうに今日に限って、そこそこ仲のいいクラスメイトであるところの斉藤夏実がアルバイト店員としてレジに立っていたのだ。別段なにかマズイことがあるわけでもないのだが、予想外に知り合いと鉢合わせるのはなんとなく苦手なのだった。そんな自分の内心を見透かされまいと、できるだけ平静を装って千秋は対応する。

「……そんなんじゃないよ。チーズバーガーのセットふたつ。あと片方はポテトをサラダに」

「かしこまりました。チーズバーガーセットがおふたつ。片方はサラダのセットで。お飲み物はどうされますか? ……だって今もそこで夫婦漫才してたじゃん」

「だれが夫婦じゃ。……コーラと、あと、えー、アイスミルクティー」

「はい、コーラとアイスミルクティーですね。お会計980円になります。……でもあいかわらずナナカはかわいいねぇ」

 千秋としてはもう完全に予想通りの会話の流れだった。ことあるごとにネタにされるのだから当然ではある。こはるの財布から捻出したきっちりの代金とともに、夏実の言葉を軽く受け流すことももはやお手の物だ。

「そうだねかわいいね。いいから仕事しろ仕事」

「仕事してますー。そしてちゃきさんはナナカとデートしてますー」

「してないっつの」

「ちゃきさんしっかりしててかっこいいし、ナナカは女の子って感じでかわいいし、お似合い、みたいな?」

「私はオトコ役かよ」

 ツッコミを入れてみたものの、まあ大方そんな風に言われても仕方がない、とは千秋も思う。こはるがどうこうという問題ではない。たしかに自分って女子力足りてないよなぁ、という年頃の女子高生的には若干哀しい自覚があるだけの話だ。そのことを考えると思わず愚痴っぽくなってしまう。

「あー。女子力欲しぃ」

「いやいやちゃきさん、遠い目しすぎだから。冗談だよってさ」

「でも、そういうの足りてないじゃん、私ら」

「まーね。でも、そろそろそんな場合じゃないじゃん、受験とかさ」

「あー、そういやそうだね。私そっちも足りてないわ、努力が」

「あたしもバイトしてる場合じゃないよー。勉強しなきゃー」

「そうだね。ところではやくそのチーズバーガーセットわたせ」

「あ、バレた?」

 千秋は二人分のチーズバーガーセットの乗ったトレーをようやく夏実から奪い取り、こはるの陣取った席を探して店内を歩く。背後では私語を注意しているらしい融通の利かなさそうな店員の声と素直に謝る夏実の声。心の中では全然反省なんかしてなくて、中指立ててるか親指下げてるかのどっちかだろう。夏実は意外とファンキーな女だ。


 こはるは窓際の席に座って頬杖をつき、一切の感情が抜け落ちたかのような表情でドライブスルーに訪れる自動車をぼーっと見つめていた。千秋といるときはいつもにへらにへらと笑っているくせに、たまにぽろりとこういう表情を見せることがある。しかし千秋がそれを指摘したときには決まって「なにが?」とでも言いたげにすぐいつもの笑顔にもどり、その後の追及ものらりくらりとかわしてしまうのだった。

 それは今回もやっぱり同じで、トレーを持った千秋が目の前に座った途端、蕾が開くみたいにこはるの顔には表情が浮かび、何ごともなかったかのように「ありがとー」といつもの調子にもどる。千秋はなんとなくそのことを指摘しにくくて、わざとそれとはまったく関係のない話を振った。

「そういや夏実がレジやってたよ。私、全然気づいてなかったからちょっとびっくりしてさ」

「アキちゃんお財布忘れたからそれどころじゃなかったもんねぇ? 実はわたしは気づいてたのです」

「夏実に?」

「そう」

「なんだ、だったら教えてよ。それに、ちょっとは話していけばよかったのに」

「……そう思う?」

「まだ苦手?」

「うー、夏実ちゃんっていうか、なんとなく、その、」

「ちょっとは頑張って友達つくりなよ。夏実だって別にこはるのこと嫌ったりしてないし、」

「それはわかるよ。でもなんか、わたしってさ、ほら、こんなんだよ?」

 ちょっとだけしゅんとしたような様子で、苦笑いのような表情を浮かべながらこはるは言う。なにを今更と思いながら千秋は呆れながら笑って、

「そりゃさ、こはるはちょっと変わってるよ? こはるみたいなのをその、なんていうか、あんまり好きじゃない、ってやつも、たしかにいると思うけどさ。でも、そんなやつばっかりじゃないって。夏実だって、ナナカともっと仲良くなりたい~、ってこのまえ言ってたし」

「そうかなぁ」

「そうよ。それに、私がいなくなったらあんたどうするの」

「え、アキちゃんいなくなるの?」

「いや、いなくならないけどさ。例えばの話」

「アキちゃんいなくなったら、わたし、やだな」

「でももしそうなったらどうする? 例えば私がどっか遠くの大学行ったり、」

「じゃあわたしもアキちゃんと一緒の大学いく」

「……その大学がすごく遠くても? アメリカとか」

「それでもいくよ」

「……えーと、じゃあ、すごく難しい大学でも? ハーバードとか、」

「え、アキちゃんハーバード大学いくの?」

「いや、行かないけどさ。てか、行けないけどさ」

「じゃあ大丈夫だね」

「でもこはる、受験勉強とかしてるの? この前の模試何点だったっけ?」

「う」

「私も人のこと言えないけど、それでも少しはやってるよ。夏実も言ってたけど、遊んでる場合じゃないっていうか……そもそも、進路とかちゃんと考えてる?」

「うー」

「まったく、ほんとになんにも考えてないよね、こはるは」

 そこでわざとらしく「はぁ」と呆れたような溜息をついてから、千秋はアイスティーのカップのフタを剥がし、ガムシロップだけぶちこむとロクに混ぜもせずにごくごくと喉に流し込む。ちょっと説教臭すぎたかなとは思ったが、これぐらいは言わないとダメだとも思った。愛の鞭というやつだ。こはるはまだ眉間に可愛い皺を寄せて「うー」とか言いながら、市販のやつより炭酸がキツイ気がするコーラをちゅうちゅうと吸っている。うー、しか言えないのか、あんたは。

「こはる、私と同じ大学行くって言うけど、その先は考えてるの? 大学行けたとして、なんの勉強するの? 卒業して何になりたいの?」

「う、うー……あんまり考えてない、かな」

「はあ……あのさ、そんなんで大丈夫なの? 私ちょっとこはるの将来が心配だよ」

 こはるのことだから、もしかしたら「将来はお嫁さんになりたい!」くらいの困った発言が飛び出すかもと身構えていたが、現実はそれ以上に生々しい。おそらくなんにも考えていないだろうとは思っていたが、実際それを本人の口から聞けば心配にもなる。ここはやはり心を鬼にしてもう少し厳しいことを言ってやらないといけないなー、と、千秋が次の言葉を続けようとしたところで、こはるに先を越された。

「アキちゃんは、」

「ん」

「アキちゃんは、なにになりたいの?」

「え」

 ボクシングの試合かなにかで、相手はもうフラフラ、とどめとばかりにパンチを繰り出したところに綺麗にカウンターを入れられて膝から崩れ落ちるシーンを見たことがある。完全にそれだと思った。まさかこはるからこの場面でこんなに重いパンチを喰らうなんて、予想だにしていなかった。

 こはるは手を緩めない。たて続けに次の拳が振り下ろされる。

「アキちゃんの将来の夢って、なに?」

 答えられない。

「ねえ、おしえて?」

 容赦なく振るわれる拳。千秋の表情が固まっている。なんで自分がその問いに答えられないのかが、理解できない。自分はそれなりにしっかりと進路のことは考えていたし、受験勉強だってしていたはずだ。なのに、なぜ、こたえられない?

 将来の夢。

 こはるは意地悪でこんなことを聞いているわけではない、千秋にはそんなことすぐにわかった。ただ、純粋に、私の将来の夢をきいてる。私がこれからどうやって生きて、どうなりたいのか。それをきいているだけだ。なのに、

「……っ、」

「……ごめんね。アキちゃんが言いたくないなら、言わなくてもいいよ」

 違う。

「なんか、ごめんね、へんなこときいて」

 違うのに。

 言いたくないんじゃない、言えないんだ。だって、

「……ゎからない」

「え?」

「わからない、って言ったの」

 こはるが悪いわけでもないのに、自分が腹立たしくて、どうしてもキツイ口調になってしまう。なんのことはない、自分はちゃんとやっているぞと偉そうに説教を垂れておきながら、いざ自分の先のことをきかれたとき答えられなかったのは、そこに明確な目標なんてなんにもなかったからだ。自分のしていたことは、ただ周りに右ならえに、何の準備かわからない準備をしていただけだったのだ。こはるに説教する資格なんてなかった、と千秋は思う。

 しかし、こはるは微笑みながら、

「そっか」

 決して侮蔑の笑みではない。

「わたしもおなじだ」

 そう言ってこはるは笑う。いつものあの、なんにも考えてなさそうな、能天気な笑顔で。


 勝てないなぁ、と思う。

 いつのまにか、千秋の顔にも、笑みが浮かんでいた。






                 ◇






 千秋は、こはる、という名前の響きをとても素敵だと思う。

 そしてそれは、この「きれいなおんなのこ」にこそふさわしい名前だと思っている。

 こはるは、春のように優しく、そして暖かく笑うのだ。

「わたしたち、はるとあきだね」

 あのとき、妙に嬉しく、そして誇らしい気持ちになったことを、千秋は忘れない。



 あと六時間と九分四十六秒。


 寝ているときも歩いているときもご飯を食べているときも、少しくらいは休んでくれたって構わないのに、おでこのタイマーは片時たりとも休まずにその数字を削り続ける。どんなに泣いても笑っても、フライングすることも遅刻することもなく、夜の十二時は必ずやってくる。

 そのことがわかっているのに、爆弾を解除する手段だけが、まったくわからない。

 いくら将来の話なんかしたところで、爆発してしまえばそれですべては終わりである。七竈こはるという少女の人生はその瞬間に終わってしまって、夢も進路も今後の人生もすべてがきれいさっぱり跡形もなく消し飛んでしまって、あとにはなんにも残らない。

 あたりはもうすっかり夕暮れに染まっている。もうすぐ夜が来る。

 人通りもまばらな川沿いの土手道を、やや寒さの増してきた風が通り抜ける。水面に映りこんだ沈みかけの太陽が、オレンジの光をあたりに撒き散らす。買い物帰りとおぼしき主婦の乗る自転車が、ゆっくりと歩く二人の横を通り過ぎてゆく。

「こはる」

「なに? アキちゃん」

「私、考えたんだけどさ」

「うん」

「こはるが爆弾になったのには、やっぱりなにか理由があると思うんだよね」

「そうなの?」

「それで、その理由がわかれば、なんとかできるんじゃないかと思うんだけど」

「うんうん」

「その理由がぜんっぜんわかんないのよね」

「そっか」

 そっか、じゃなくてその理由を一緒に考えてほしい、というか自分のことなんだからちょっとでもで思い当たるフシはないのかと千秋は思う。しかしこはるはその思いを知ってか知らずか、当の本人とは思えないほど危機感がない。こっちは時間が迫って段々焦ってきてるというのに、ある種悟ってるんじゃないかと思えるほどのこはるの様子に、千秋は思わず聞いてしまう。

「こはる、本当に自分が爆発するって思ってる?」

「思ってるよ。なんかそういうの、わかるの」

「じゃ、じゃあなんでそんなに危機感ないの。死ぬの嫌じゃないの?」

「うーん……できれば、生きてたいよね」

「え、その程度?」

「わたしって、生きる力とかそういうの、すごく弱いとおもう。アキちゃんがいなかったら、もうとっくに死んでるよ?」

「私がいつ、こはるの命を救ったっけ」

「あはは、そういう意味じゃないよ。ただ、アキちゃんがいるから、よし、生きられるって思うときがあるだけ」

「私、そんな重要な役目だったの? そこまで責任もてないなぁ」

「だいじょうぶ。わたしが勝手に思ってるだけ」

 そう言って笑うこはるの横顔が夕焼けに照らされて、千秋には心なしか儚く見えた。夕焼けは人を振り返らせる、と言ったのは誰だったか。雰囲気のせいか、なぜか昔のことを思いだしてしまう。それはこはるも同じだったようで、なにかを思い出したようにくすくすと笑うと、珍しく向こうから昔の話を振ってきた。

「小さいころ、わたしが幼稚園に転入してきたころさ、ごっこ遊びとかするといつも、アキちゃんて男の子の役やってたよねぇ」

「ああ、そういやそうだったねー。よくやった、王子様役。そんでこはるがいっつもお姫様でさ」

「あれ、なんでなのかなー、って、ずっと思ってた。いまでも、たまに思うときがあるんだよ」

「なんでって、そりゃ、こはる、あんた自分のこともっと自覚しなよ。こはるよりお姫様が似合う女の子なんて、そうそういないよ?」

「ちがうよ、そうじゃなくて……アキちゃんがなんで男の子の役ばっかりだったのかなって」

「はは、それ私に言わせるかこいつめ。そりゃ私がたくましかったからじゃない?」

 ちょっとだけ自嘲気味に千秋は笑う。そんなに幼いころからそうなのだから、やはり自分はもともと女の子らしさってやつが足りてないのだろう。可愛いと言われるよりも格好いいと言われることの方が多いという、それって女の子的にどうなの、みたいな。そういうポジションは今だってあんまり変化してはいないが、もう慣れたし諦めた。それに、姉御肌とか男前とか言われたりしてなんだかんだで女の子にモテるのも、それはそれで悪くない、と千秋は思うことにしている。それにそういうのが好きな男子だってちょっとはいる、はず。

「アキちゃん、ほんとはすごく乙女でロマンチストなのにね」

「あはは、こはるにフォローされちゃったよ」

「フォローじゃないよ、ほんとなのに」

「はいはい、ありがと」

「むー」

「それよりもさこはる、どっか行きたいところとかない?」

「なんで?」

「いや、もしこはるの何か願望みたいなものが原因で爆弾になったんだとしたら、なにかそれを満たすことで解決できないかなー、とか」

「なるほど!」

「で、どこにいきたい?」

「とくにないよ!」

 元気いっぱいの笑顔でこはるは答える。危うく新喜劇みたいにズッコケるところだった。秋の虫がどこかの草むらで鳴いている。

「あのねぇ……」

「あ、でも、ひとつ思いついたかも」

 そう言ってこはるは千秋のほうにくるりと向き直った。長い髪がふわりと揺れて、夕陽に照らされる。

「どこ?」

「こんな綺麗な夕暮れの日だったよね、アキちゃんはお母さんといっしょで、」

 千秋は瞬時に納得した。みなまで言わなくたっていい、ちゃんと憶えている。そして、こはるがそのことを憶えていたことがひどく嬉しくなって、すこしだけ浮ついたような声でその場所の名前を口にする。千秋の様子を感じとったのか、蝸牛並みにゆっくりと評されたこはるも、それに声を合わせた。


「ぞうさん公園!」


 ひどく懐かしい名前だった。もう何年も口にしてはいないし、耳にしてもいない言葉。最後に行ったのがいつだったかなんてことすら思い出せないくらいだけど、いつでも記憶のどこかにあった場所。


 それは、千秋とこはるが、はじめて出会った場所だ。






                 ◇






 千秋はもう憶えてはいない。

 あの日、夕暮れの公園で、こはるが千秋に向かってはじめてかけた言葉を。

 あの日「きれいなおんなのこ」が、王子様役ばっかりやっていた千秋に向かって抱いた想いを。



 あと五時間と三十四分二十二秒。


 ぞうさん公園、というのはいわゆる子供たちによる俗称で、その公園は正式名称を高峰ふれあい広場という。わかりやすい目印としてゾウをかたちどった滑り台が設置されていたことから近所の子供たちによりぞうさん公園と呼ばれ親しまれるようになったのだ。しかし滑り台の制作に携わった者の話によるところ、あれは実はサイだという噂が千秋たちが小学校に入学する時分から流れはじめ、当時あの公園のアイデンティティはどこにいくのだろうと子供ながらに心配したものだ。

 あれからすでに十年余り、今やぞうさん公園なのかさいさん公園なのか判らない高峰ふれあい広場はどうなっているのだろう。せせこましい住宅街のなかに突如ぽかんと穴が開いたような空き地。広場とは名ばかりで実際は一戸建て住宅がひとつおさまれば万々歳なその場所は、今も近所の子供たちの憩いの場として存在しているのだろうか。


 千秋たちがその場所へ辿り着いたとき、空にははかろうじて茜色が残り、しかしもう夕方と呼ぶにはあまりに暗く、子供の姿など誰一人見つけることはできない。

 しかし、たしかにそこにはあの、ぞうさん公園があった。あれから十年以上の歳月に晒されて、あらゆるところが公園の残骸と化そうとしてなお、その広場は公園として存在していた。

 ふたりは、誰もいない、薄暗く狭い公園の真ん中に佇む。

「……懐かしいね」

「うん。あ、ほらアキちゃん、これ!」

 そういってこはるが駆け寄ったのは、バネで揺れる仕組みの木馬だった。この公園と運命を共にしていることがよくわかる年季のはいった風化ぶりで、何度もペンキで塗りなおされた跡がみてとれる。いまはたった一頭が確認できるのみだが、その隣にはもうひとつバネが設置されていた形跡があった。

「これ、……たしか、名前をつけてたような……」

 千秋が磨耗した記憶を必死に呼び起こそうとする。むかし、この公園でよく遊んだころ、この木馬には名前があり、ストーリーがあったような気がするのだ。だけど、そのころの記憶はもはや曖昧で、どうしてもその名前を思い出すことができない。

「忘れちゃったの、アキちゃん?」

「うん。なんだか、すごくよく遊んだ記憶はあるんだけど……」

 その言葉をきいて、こはるは白いペンキで塗られた木馬をそっと、優しく撫でる。

そして薄く瞳を閉じ、懐かしむような口調で言った。

「このこは、アルタクス」

 千秋の記憶が猛烈な勢いでフラッシュバックする。記憶と感覚が一気にあの頃に戻る気がする。そうだ、憶えている、思い出した。アルタクス! つよくてかしこいアルタクス、

そして、

 千秋もこはるも、同じところを見つめていた。かつて、もう一頭の木馬がいたであろうその跡を。

「……ペコラップ」

 千秋は、その名前を呟く。

「思いだしたんだね、アキちゃん」

「……うん。この子、撤去されちゃってたんだね」

「足はおそいけど、とってもやさしいペコラップ。わたしは、あのこのお話が大好きだったなあ」

 あの頃、なにが楽しかったのか、飽きもせず毎日木馬に跨って遊んでいたことを千秋は思い出す。アルタクスにペコラップ。二頭の木馬に名前をつけて、お話を考えて、そしてまるで友達のように接していた日々。こはるのお気に入りはいつも縞模様のペコラップで、よくお話をせがまれていたことを、千秋は完全に忘れたと思っていた記憶のなかから拾い上げた。

「アルタクスは、ほかのお話に出てくるんだって、アキちゃん自慢そうに言ってたよね」

 そう言いながらこはるはスカートのまま、気にする様子なんかまるでなく、アルタクスの背中に跨った。

「でもペコラップの名前とお話は、ぜんぶアキちゃんが考えたんだよ? わたしはいつもペコラップのお話を楽しみにしてて、」

 薄暗く狭い公園の中で、アルタクスを前後に揺らしながらこはるは話し続ける。バネがもうオンボロなのか、揺れるたびにギィギィと軋んだ音がする。

「っ、あはは、やっぱり今のわたしには小さいや。あのころはあんなに大きいと思ってたのに、ね」

 ね、の部分でこはるが飛び降りた跡も、しばらく名残惜しそうにアルタクスは緩く前後に揺れていた。

 千秋は結局、一言も発さなかった。発せなかったといったほうがいいかもしれない。今日の今日、今の今まで、千秋は自分が名前をつけて物語を考えた木馬たちのことなどすっかり忘れていた。だというのに、こはるはそれをまるで昨日のことのように話し、十年前とまったく変わらない様子でそれに跨って、あのころのままの笑顔で笑うのだ。

 変わってないんだ、と千秋は思う。それは決して成長していないという意味ではない。むしろ年齢なんかこはるにはなんにも関係ないんだ。こはるだったらなんでも許される。だってこはるは、あの日から今までずっと「きれいなおんなのこ」なんだから。

――こはるはすごい。私なんかとは全然違う。千秋は思わず呟く。

「……こはるはすごいよ」

「ちがうよ、わたしはわたしなだけだよ」

 たったそれだけの呟きなのに、こはるは千秋の考えていることが全部わかっているとでも言いたげに答える。その表情はどこまでも穏やかで優しい。

「アキちゃんがすごいんだよ。わたし、知ってるもん」

「なにをよ」

「ぜんぶ。アキちゃんのすごいところ」

「なに言ってんのよ……」

「アキちゃん、じぶんで忘れちゃってるだけだよ」

 千秋は思う。あの頃から今日までのあいだに、自分はいったい何を忘れてきたのだろう。どれだけ変わってしまったのだろう。今まで、自分ではそれを成長だと思ってきた。だけど、その変化は本当に、常に何かを得てきたものなのだろうか。気がつかないうちに、何か大切なものまで忘れてきたのではないだろうか。こんなにも変わらない、綺麗なままのこはるがずっと隣にいたのに、なんで今までそのことに気がつかなかったんだろう。

「こはる、私って、知らないうちにいろいろ失くしてきたのかな?」

「なくしてなんてないよ。忘れただけ」

「でももう、なにを忘れたかも忘れちゃったよ、多分」

「それでもいいんだよ。それが普通だから」

「でもこはるは忘れてない」

「わたしがヘンなんだよ、きっと」

 そう言ってこはるは少し寂しげに笑う。あたりはすっかり暗くなり、今ふたりを照らすのは、随分遠くにぽつんと一本だけ立つ街灯と、真ん丸い月と、頼りない星の光だけだ。秋を感じさせる風がふたりを撫でて通り過ぎ、公園前の狭い路地を、犬を連れた壮年の男性が通り過ぎてゆく。こはるがゆっくりと口を開く。

「でも、ひとつだけ思いだしてほしいな」

「どんなこと?」

「アキちゃんが、ほんとはすっごく可愛くて乙女でロマンチストなんだってこと」

「もう! またそういうこと言う」

 こはるを軽くはたきながら千秋は赤面する。可愛くて乙女でロマンチストなのはあんたのほうだろ! というツッコミが喉まで出かかったが、しかし冷静に考えてみる。本当にそうなのか? 確かにこはるにはそういう要素がある。しかし、それだけがこはるの全てであるはずがないのだ。周りの皆がこはるを「いかにも女の子」だとか「お姫様」だ、とか言う。誰よりも近くでそれを見てきた千秋でさえそう思っていた。しかしこはるは本当に「なんにも考えていない能天気」だったのか。そんなわけがなかった、それが間違いであったことを、千秋は今日になってようやく本当に意味で気がついたのかもしれない。こはるは皆が思うよりもずっと、物事の本質を見ている。それならば、こはるの言うことが全て的外れでお馬鹿なことだけであるはずがない。

「冗談でもフォローでもないよ。……ねぇ、わたしがはじめてアキちゃんに会って、なんて思って、なんて言ったか憶えてる?」

 あの日、夕暮れの公園でこはるは千秋に言った。千秋が、こはるに対して「きれいなおんなのこ」と思ったのと同じく、こはるも確かに想いを抱いていた。

 千秋は憶えてはいない。思いだせない。ただ無言で、こはるの言葉の続きを、一言一句逃さずに聞き取ろうとしている。

 こはるが優しく微笑む。

 あたりは既に暗く、公園の遊具たちは隠しきれない老化した姿を晒し、千秋もまた、あの頃のままではない。

 しかし千秋には、そこに懐かしい光景が見えた。夕暮れの綺麗なオレンジが広がる、遊具たちも鮮やかなペンキと活力に身を包む、あのぞうさん公園を見た。そして母親に手を引かれ幼稚園から帰る途中の、あの頃の自分と、黄昏のなかに佇む、きれいなおんなのこを見つけた。

 錯覚などであるはずがない、と千秋は思う。今が、ふたりが初めて出会ったあの日あのときの、あの場所に間違いない。

 こはるの唇が、ゆっくりと言葉を紡ぐ。あのときのままの表情、あのときのままの声で。


「かわいいおんなのこ」


 それは、王子様役ばっかりやっていた女の子が、ほんとうは言われたかった言葉だ。






                 ◇






 ペコラップのお話には続きがある、と千秋が言ったとき、こはるは飛び跳ねるくらいに嬉しそうに、その続きを希望した。

「まだだめ」

「どうして?」

「わたしね、――――」

 それを聞いたこはるは、素敵! と連呼した。

 でもやっぱり今の千秋は、このことをすっかり忘れてしまっている。

 それは、こはるが千秋に思い出してほしい、最後の記憶だ。



 あと一時間と二十七分二十九秒。


 千秋とこはるは、青と白がイメージカラーなコンビニエンスストアの外壁に背中を預け座りこんでいる。ふたりとも、その表情には疲れの色を隠し切れないでいた。

 あれから千秋は、こはるの手を引いて夜の街をがむしゃらに駆けずりまわった。学校にも、こはるのよく行く店にも、ふたりでたまに行くカラオケ店にも行った。とにかく、ふたりで行ったことのある場所を記憶の限りめぐった。しかしそれでも、こはるの額から数字が消える気配は一向にない。

 ぞうさん公園に行くことで救われたのはこはるではなく自分だった、と千秋は思う。あの後、こはるのおでこに貼られた絆創膏をそおっと捲ってみて、その下にやっぱりまだ無慈悲にも削られていく数字があるのを確認して、千秋は落胆した。こはるもまた千秋のその表情を見てすべてを理解したようだったが、それでも満足げな顔で、

「でも、ここにまたアキちゃんと来れてよかった」

 なんてことを言って笑うのだ。

 勘弁して欲しい、と千秋は思う。この期に及んでそんな顔をされたら、自分の表情を取り繕えないじゃないか。あの公園で、こはるは私を救ってくれた。私が長いあいだずっと忘れていたことすら忘れていた忘れ物を教えてくれた。誰がなんと言おうと、こはるはあのとき私の部分を救ったのだ。

 だから私も、絶対にこはるを救わなきゃいけない。

 いけないのに、時間だけが過ぎてゆくばかりで、本当のところ何をしたらいいのかさえも未だにわからない。もしかしたら、そもそも解除する方法なんて無いのかもしれない。でもだとしたらどうすればいいというのか。最後の、その瞬間まで、ただ隣で見ていろとでも言うのか? ただ残された時間を大切にせよというだけなのか?

 残された時間。あとたった一時間と少し。千秋は絶望的な気分になる。なんの進展もなく、進んでいるものといえば最後のときへ刻一刻と迫る時計の針くらいだ。早々にこの非現実的な状況を受け入れ腹を決めたつもりでいたのに、タイムリミットがここまで迫ってくるとさすがに冷静ではいられなかった。逆にこっちが爆発しそうだとさえ思う。だというのに、こはるの普段とまったく変わらないっぷりといったらない。千秋はそれをはじめは能天気な危機感のなさからくるものだと思っていたが、ここにきてそれは違うのではないかという思いを抱きはじめる。思えば昔からそうだ、こはるはなんにも拒否しない、なんでも受け入れる。そしてそれは、ある日突然爆弾になるという非現実的な出来事でも、自らの死という決定的な出来事でも同じ、ということなのかもしれない。しかし、それで七竈こはるは本当にいいのか、満足なのか?

「……こはる」

「なに、アキちゃん」

「もう一回聞くよ。本当に、タイムリミットがきたら爆発して死んじゃうと思う?」

「うん」

 やはり即答だった。なんの迷いも感じられない、いつもどおりの様子でこはるは答えた。

「どうしてそう思うの?」

「うーん、なんとなく、感じるんだよ。こう、身体の奥から、どかん! って感覚がせまってるっていうか、」

「そうじゃなくて! どうして簡単に自分が死ぬって言えるの? って聞いてる」

「……アキちゃん」

「そんなの、絶対ヘンじゃん。おかしいよ」

 消え入りそうな声。千秋の言葉は震えていた。体育座りの体勢のまま身体を丸め、自分の膝に顔をうずくめる。自分の無力が憎い。なんとかすると大見得を切った癖に、なんともできていない自分が憎い。こんな大事なときに、七竈こはるを助けてやれない竜胆千秋が憎い。

 それなのに、こはるは文句のひとつも言わず、いつものように笑う。とうに死ぬ覚悟などできているのか、それとも最後まで自分を信じてくれているのか。――いや、都合のいい妄想など捨てろ、ここまでの千秋を見て、何を期待する? アテになんてされてるわけがない。ならばせめて、役立たず、と罵ってくれたらまだ気持ちが楽だと思う。だけど、七竈こはるという女の子はそんなことを絶対にしないということを、他ならぬ千秋はよく知っている。それが逆に辛い。

 こはるが無言のまま立ち上がる。千秋に何も告げることなくその場を離れる。千秋は一度だけこはるに何か声をかけようとしたが、結局なにも声にはならなかった。

 再び自分の膝に顔を埋める。すぐに追いかけようという気力が沸いてこない。とうとう見限られたかとさえ思う。冷たくてどこか意地悪な感じのする夜の空気が身体中の熱を奪ってゆく。膝のあいだに吐き出される自分の息だけが生暖かい。自分はいったいなにをやっているんだろう。こはるはどこへ行ったんだろう。

 千秋はそのまま凍りついたように動かない。頭のなかがぐるぐるする。今なにを考えて、なにをすべきかすら見失いそうだ。

 自分もいかなきゃ。こはるを追いかけなきゃ。

 しばらくしてようやくそんな考えが浮かんだ。見限られたにせよなんにせよ、こはるを助けると決めたからには行かなければならない。こはるを助けなきゃならない。ここで自分が音をあげてちゃ話にならない。こはるは――

「熱っ!?」

 千秋が顔を上げた瞬間、ほっぺたに熱いものがあてられる感覚。

「えへへー、あったかい?」

 してやったり、とでも言うべき満面の笑みで、こはるが缶コーヒーを差し出している。


「……苦い」

「でもアキちゃん、よく飲んでるよね?」

「……苦いのがいいの」

「ふぅん。わたしはやっぱり、甘いのがいいなぁ」

「だからって寒いなかそんな冷たいのよく飲むね、こはるは」

「それほどでもないよ」

 そう言ってこはるはペットボトルのファンタオレンジを一気飲みと呼んで差し支えないペースで喉に流しこむ。そんな姿をぼーっと見つめながら、いまだ体育座りのまま千秋はちびりちびりと缶コーヒーを舐めるように飲んだ。泣きそうなくらいにあったかい。

「やっぱ寒い」

 事情が事情だっただけに着の身着のままに近い格好で家を出た千秋にとって、晩秋の夜中はもう充分に冬だった。いったん家に――と考えてすぐに、いやいやそんな時間はないのだと気づき思い直す。寒いとか家とか言ってる場合ではない。そこでふと気がつく。そういえば夜も遅いが、家には何の連絡も入れていなかった。しかし入れたところでまず第一に昼間の爆発のことを問いただされそうだ。もういいや、今日はやめとこう。

「こはるは、家とか連絡しなくていいの?」

 ごく当たり前にそう話を振ってから、直後にマズったかなと千秋は思う。昼間もつい聞いてしまったが、こはるに家族の話題はなんとなくタブーなのだ。別にこはる本人がするなとか聞くなとか言ったわけでもないのだが、昔からその手の話になると歯切れが悪いので、勝手にタブーだということに千秋はしている。

 案の定こはるは曖昧なごまかし笑いを浮かべながら「え? あはは」なんて、わかり易すぎる受け答えをした。

「ごめん。私が聞くことじゃないね」

「え? いいよべつに。アキちゃん、気をつかいすぎだよ」

「だってさ、」

「わたしは、アキちゃんといるほうがたのしいよ?」

 そんなこはるの言葉に、千秋は声にならない声を白い息にして漏らす。嬉しくもあるが、それでいいのかとも思う。もしかしたら、このまま爆発して消えちゃうかもしれないのに、それで後悔はないのだろうか。

 千秋は思わず頭を振る。だから爆発させちゃダメなんだって! 爆発なんかさせるもんか。なのに、

「でも、もうすぐだね」

「なにが?」

「わたしのタイムリミット。ごめんね、さっきコンビニで時計見ちゃった」

 そう言ってこはるはにへらと笑う。表情と言葉がまったく合ってない。笑ってる場合じゃない、と千秋は思う。

「アキちゃん。わたし、どこか、人のいないところにいかなきゃ」

「なんでよ」

「だって、さすがに街中でどかん! ってなっちゃったら大変だよ」

 千秋は何も言えない。なにしろ、そうならないようにすると大見得を切ったのは自分なのだ。なのに結局なんにもできていない。こはるはそのことをまったく責める様子もなく、当たり前のように自分の終焉を受け入れようとしている。千秋は思う、こんなの最悪の結末だ、誰も幸せにならない。悲しいお話は大嫌いなのに。

「――、中学校の裏山の高台とか、――」

 耳が勝手にこはるの言葉を拾い、千秋は我にかえる。まるで自分の葬式の段取りをしているみたいだ。女子高生の癖に。しかも参列者は私一人。冗談じゃない。

 一秒だけ迷う。そして、覚悟を決めた。

「こんな時間に裏山なんて、こはるだけじゃあぶなっかしいよ。私も、もちろんついてくから」

「いいの? アキちゃん、ありがとう!」

「もうあんまり時間ないし、行くよ」

 こはるはもう完全に爆発する気らしい。

 だけどお生憎様だ。爆発なんかさせてやらない。明日も明後日もその先もずっと続けさせてやる。将来について一緒に悩ませてやる。これからもずっと一緒に遊んで一緒に笑って一緒に泣かせてやる。今日で終わりになんてするわけがない。これからもずっと自分に付き合わせてやるんだ。

 方法なんて知らない。知ったことじゃない。それでも絶対、終わりになんかしてやらない。


 こはるの手を強く握りながら、千秋は思う。






                 ◇






 施錠されていることにまるで意味がない穴だらけのフェンスをくぐって、ふたりは裏山の敷地内に忍び込んだ。こんな夜中に。まったくもって年頃の女の子のすることではないが、案の定というべきかこはるは楽しげだった。真っ暗な道中で転びかけたりフェンスに髪の毛を引っ掛けたりするたびに、嬉しそうに小さく悲鳴をあげている。夜だし暗いし怖いし山だしなんだかわからないけど危なそうなのに、ちっともそんなことを気にする様子はない。むしろビビってるのは千秋のほうだ。はじめはこはるの手を握ってその前を歩いていたのに、いつのまにかその背中に隠れるようにしておっかなびっくり歩いている。だって夜の裏山である。怖いに決まっていた。女子高生が二人で来るようなところではまったくない。

「やっぱ危ないって。暗いし、さっきなんか変な鳴き声聞えたし、変なキノコ生えてるし、」

「だいじょうぶ、へいきへいき」

 そう言ってこはるは千秋から取り戻した携帯電話のちっぽけなライトだけを頼りにずんずんと進んでゆく。いつのまにか周囲は木々で覆われ、脚は否応にも登り坂を感知する。曖昧な記憶だが、目的の場所が近いことは間違いない。このままもう少し進めば、

「きゃっ?」

 もちろん千秋の悲鳴だ。なんのことはなく、ただ小枝をぱきりと踏み折っただけなのだが、そんなこと千秋には把握する余裕はない。暗いのも怖いのも超絶苦手なのだ。もしこの状況を知り合いが見ていたら少なからずその印象は変わっていたことだろう。意外に頼りないんだというマイナス評価よりも、可愛いとこもあるんだというプラス評価に期待したいところだ。

「着いたよ」

 そうこうしているうちに二人は目的の場所へと辿り着く。ろくに舗装もされていない林道の脇に天然の駐車場のようにぽっかりとひらけたスペース。昼間だったらそこから少しだけ麓の街並みが見渡せる。中学校の夏休み、ウォーキング大会みたいなよくわからない企画で通りかかって以来だった。

「うー、暗くてやっぱりなんにもみえないね」

「そりゃそうでしょ。もしかしてこはる、景色が見たかった?」

「うん。ちょっとだけ、ね」

 こんな夜中に街灯も何もない場所なのだから当然である。むしろ、そんな時間に女の子二人だけでよく行ったなと賞賛もとい驚愕されたっておかしくはない。景色なんか見えるはずもなく、夜景と呼べるほどの都市規模もない街にあっては、まばらな住宅や自動車の灯りが確認できるだけだった。こんなところに展望台よろしく双眼鏡が設置されているわけもなく、肉眼では発光ダイオード並の小さな光として処理されるに過ぎない。端的に言って寂しい絵だった。

「あのへんが、中学校、かな」

 こはるが闇の中を指差す。千秋は目を細めてこはるの指差した闇の方向を凝視する。この時間、明かりなんか灯ってはいないが、それでもなんとなくぼんやりと校舎の輪郭が確認できた。隣にはグラウンドも見える。こうやって母校を目にするのも何年ぶりだろう。

「あー、ほんとだ。こはる、目いいね」

「んー、ていうかね。実はわたし、中学のころ、ここによく来てた」

「え、ほんとに?」

 初耳だ。例え昼間でもここに来るのはそれなり疲れる。「よく来る」なんて言うほどここに足を運ぶ人間なんていないと千秋は思っていた。なにか用があるのならそういうことだってあるかもしれないが、どう考えてもこはるがこんなところに用があるとは思えない。なにより、昔からずっと一緒だったのに、こはるがそんなことをしていたなんて今の今までまったく知らなかった自分が少しショックだった。

「夏休みとかね。ほら、アキちゃんグラウンドでいつも部活してたよね」

「そんなの見てたの?」

「たまに。でも、だいたいは、ぼーっとしてたかなぁ」

 照れたように笑いながらこはるは言う。いちいちこんなところにきてまで、ぼーっとする? ほんと、こはるの思考は読めないと千秋は思う。

「ひとりで?」

「うん。……あ、でも、たまにふたり」

「え?」

「同じ学校の男の子。たまにクワガタとりにきてた」

「え、え? マジ? それも初耳なんだけど!」

 千秋にとってそれはまさに驚愕の告白である。あのこはるが、こんなところで男子と二人っきりの逢瀬を重ねていたなんて信じられない。超絶可愛いくせに恋バナなんかとはまるで無縁な、たとえそういう話があっても全部スルーしてしまうあのこはるが、自分が部活に明け暮れているその遥か上方の裏山でそんなロマンティックモードに突入していたなんて、夏に雪が降るより想像しにくかった。

「あはは。べつに、そういうんじゃないよ」

「いいから! 誰? 私の知ってる人? 同じクラスだったりした?」

 こはるは千秋の問いに答えず、いたずらっぽい笑みを浮かべ「ふふーん」とだけ漏らすとくるりと回れ右をして、また夜景とも呼べない夜景のほうに興味を戻してしまった。

 くそー超気になる。気になるが、これはどうあっても教えてくれない感じだと千秋はすぐに悟った。

「……うらぎりものー」

「ふふーん」

「……私にはなんの相談もなかったぞー」

「だからべつに、そういうのじゃないよ」

「あーこんなんじゃ保護者失格だー、私」

「いえいえアキちゃんにはとってもお世話になってます」

「やっぱり女子力足りないのは私だけかー」

「だからアキちゃんはかわいいって言ってるのに」

 そう言ってくれるのは素直に嬉しい。あの日あのとき、私に初めてそう言ってくれたのは他ならぬこはるなのだ。こはるが言ってくれるなら、ちょっとだけ自信を持ってもいいかなと今では思う。しかしそれでもやはり、自分は女の子らしいと自信を持って言うのはまだ難しいように千秋には思えた。そんな千秋の様子を察してか、こはるがさらに言葉を続ける。

「アキちゃんはロマンチストでもあるんだよ?」

「そうそれ。どうしてそう思うの」

「アキちゃん、……ペコラップのお話の続き、おぼえてない?」

「え、」

 不意打ちのようにその名前をだされて、千秋は言葉に詰まった。なぜそこでペコラップが出てくるんだろう。私が考えたはずの、脚が遅いけど優しい馬のお話。もう幼稚園の頃のお話。思い出すだけで恥ずかしいような、稚拙なお話だったように思う。だけどそれも、今となってはほとんど憶えてもいない。まして続きなんて。こはるは何を言いたいんだろう。

「やっぱり、おぼえてないんだね」

「……うん」

 千秋は素直に頷いた。自分はいろんなことを忘れている。でもこはるは憶えている。これもきっと、そういう想い出のひとつなのだろうと思う。

 だけどこはるは、それがなんなのか告げずに、かわりにもっと決定的なことを告げた。

「もうすぐ、かな」

「え」

「タイムリミット」

 そう言って、こはるは千秋の瞳を優しく見つめたまま、ゆっくりと自分の額に貼られた絆創膏を剥がしていく。目を離すことができない。暗闇のなか、ふたつの携帯電話の頼りないライトに照らされ、その残酷な悪魔の数字が再び千秋の目の前に立ちはだかる。

 目を逸らしてはいけない。

 千秋は、その数字を、視る。


 あと五分。


 わずかに微笑むこはるの額には、やっぱりデジタル時計の液晶みたいに数字が浮かんでいた。

 四分と五十九、五十八、五十七、五十六……表示はゆっくりと、しかしいまだ正確に確実に数字を削り続けている。

 見ていられない。いたたまれなくなった千秋はついに目を背ける。その様子に、

「あと、どのくらいかな?」

 千秋は答えない。答えられるわけない。

 こはるは自分で携帯電話の時計を確認する。表情ひとつ変えない。ただ、

「そっか」

 とだけ、呟いた。

「……ごめん」

 思わず口をついてでた自分の言葉に千秋は怒りを覚える。なぜ謝る? まさか諦めたとでもいうのか。ここまできて? それともはじめっからこうなることを予想していて、それでも大見得を切ったのか。だとしたらとんだ茶番だ、竜胆千秋は最低の大根役者だ。謝るな、謝るくらいなら考えろ、なんとかしろ。絶対終わりなんかにしてやらないと、さっきそう自分に誓ったのは嘘だったのか、もう嘘をつくのか? こはるが見ているぞ。謝るな、励ませ!

「いいよ」

「……ごめん」

 だから謝るなって!

「今日はアキちゃんといっぱいお話できて、いっぱいいろんなとこに行けて、楽しかった。だから、いいよ」

 そのとき七竈こはるの浮かべた表情は、心底からの笑顔に違いなかった。春の日差しのようなやわらかな笑顔で、こはるは「いいよ」と言った。

「……めん、」

 震えて消え入りそうな声になってまで、まだこの口は「ごめん」と言い続ける。自分の口は壊れてしまったのかと思う。自分の言おうとしている言葉すら紡げないとはとんだ欠陥品だ。いつまで同じ言葉を呟き続けるつもりだ? ちゃんと本当に言いたい言葉を言え。ごめんなんて、そんな言葉は聞きたくもない。

「……ごめ……んっ……」

 しかし千秋の震える声は、ついに嗚咽へと変わる。

 自分を叱咤するのも、もう、無理だった。千秋は思う。自分は、自分の中の諦観をとっくに見つけていて、それを必死で見ないようにしていただけだ。絶望のなかで希望があるふりをするのは、もう限界だった。

 もうどうしようもないんだ。

 謝ることしかできないんだ。

 本当の本当に心底からの言葉だからこそ、何度でも捻りだされてしまうんだ。ごめん、って。

「アキちゃん」

 慰めるような優しい声。春の風みたいに心地良い、可愛いこはるの声。

「もう、アキちゃんも行かないと。わたし、けっこうハデに、どかん! っていっちゃうよ?」

 冗談めかしたようにこはるは言う。だけど多分、本当なのだろう。このままこの場所に留まればきっと、竜胆千秋というどうしようもない人間もまた、七竈こはるとともに消えてしまうのだろう。

 それでもいいかな、と思う。

 こはるを救えない。ならせめて、最後まで傍にいてあげることぐらいなら、竜胆千秋という人間にもできるのではないか。どのみち、こはるを見殺しにしたあとの人生で自分が強く正しく生きていけるとは到底信じられなかった。

 千秋は涙を拭いて不自然に笑い、どこかすがるような目でこはるを見つめる。

「だめ」

 短く、しかし強い口調でこはるは言った。千秋の考えなんてまるっとお見通しだとでも言うように。しかし千秋はそのままやつれたような表情でこはるを見つめるだけで、その場所から動こうとしない。

 こはるが、諭すような口調で言う。

「アキちゃん、わたしね、爆弾になったのがアキちゃんじゃなくてわたしでよかった、って思う。わたしがなんで爆弾になっちゃったのか、わたしにもわかんないけど、それでも、アキちゃんじゃなくてよかった、って思う」

「……っ、」

「だって、アキちゃんには夢があるんだよ」

 こはるの言葉に、思わず千秋はたじろぐ。

 夢? 千秋には何のことかわからない。昼間、あのファーストフード店で自らの夢の無さを痛感したばかりだというのに、こはるは何を言っているんだろう。

「アキちゃんはもうおぼえてないって言ったけど、わたしはおぼえてる。ペコラップのお話の続きが、それ。……あのときね、アキちゃん、ペコラップのお話には続きがあるって言ったのに、その続きを教えてくれなかった」

 千秋はこはるを見つめる。

 覚えていないか? 覚えているか? 思いだせるか?

 自分に問いかけるが記憶は沈黙を保ったままだ。だからただ、こはるの言葉の続きを待つ。

 こはるはどこか、遠い目をしていた。そのときのことを思い出しているのかもしれない。その表情は本当に大切な宝物を見守るような温かさを千秋に感じさせた。こはるが向き直って優しく微笑む。

「わたしが、どうして? ってきいたら、アキちゃん、わたしは絵本をかくひとになるから、そのときに続きを聞かせてあげる、って言ったんだよ」

 千秋の両の瞳が、大きく見開いた。

「そんなの、幼稚園児のただの思いつきだ、夢でもなんでもない、って笑うかもしれないけど。……でも、わたし、読みたいな、その絵本」

「……そんなの、いまは、……」

 振り絞るような声で、ようやく千秋は言葉を絞りだした。こはるの表情はどこまでも優しい。千秋は怯むような卑屈な色の浮かんだ瞳を揺らす。後ろめたさで目を逸らしたくなる衝動を必死に押さえ、こはるから目を逸らすまいとする。こはるが穏やかな口調のまま言葉を返す。

「いまは? いまは、なにもないの? 無理だと思ってるの? ……アキちゃん、絵本描いてよ。わたし、読みたいな」

「爆発しちゃったら、読めないじゃん……」

「読むよ。カケラになっても、幽霊になっても、アキちゃんが絵本描いたら、わたし読むよ?」

「……ばか」

 いつのまにか、また涙が流れていた。

 あの日から今日まで、こはるは私が落としたものを、全部拾ってくれていた。それを今、返してるんだ。なんて律儀で一途で馬鹿なんだろう。ばか。こはるの、ばか。

 こはるは最後に「約束だよ?」とだけ優しく言うと、言うべきことはぜんぶ言ったとばかりに、一度だけ小さく息を吐いた。

「わたしからは、これでおしまい。さあ、アキちゃん、行って?」

「……やだ」

 鼻水混じりに駄々っ子みたいな口調で千秋は言う。こはるは困ったお母さんのような顔をする。昼間とまったく立場が逆で、それでも千秋は立ち去らない。こはるから目を逸らさない。こはるも千秋の瞳を見つめ続ける。まるで睨めっこだった。

「……約束したじゃん。私が、……っ、……こはるを助けてあげる、って」

 こはるの穏やかな表情が、揺らぐ。

 その優しげな微笑みの表情にひびが入る音が、千秋にははっきりと聴こえたように思う。

 千秋は思う。そうだよこはる、いつだってお姫様みたいに微笑んでいなくちゃいけないなんてこと、ないんだよ。楽しいときには笑って、つらいときには泣こうよ、これからも一緒に。

 いまだ鼻水混じりにちょっと震えた声で、しかしはっきりと千秋は言った。

「こはるをひとりきりになんか、してあげない」

 抑えていたものは、すでに押しとどめるべくもなかったのだろう。そのときはじめて、こはるの穏やかな、微笑みの仮面は割れた。

 仮面の下に見えたのは、いつも竜胆千秋を追いかけていた、七竈こはるというきれいなおんのこが見せる、涙と鼻水でかわいいのが台無しになった顔と、まごうことなき嗚咽の声だ。

 きれいなおんなのこが、顔をくしゃくしゃにして、涙と鼻水を垂れ流しにして、ぜんぶ剥きだしの心で、言った。

「……アキちゃん、……だいすき……っ、だよ」

 つらくない訳がなかったのだ。

 しかし、突然の理不尽を突きつけられてなお、七竈こはるが選んだのは、大好きな竜胆千秋といつもどおりに過ごすことだった。

 もう迷うことはない、と千秋は思う。

 このままここを去るやつがいたら、いくらでもぐーぱんちで殴ってやる。そんなやつは私の好きなお話には絶対にでてこない。私の王子様は、絶対にお姫様を見捨てたりなんかしない。世界中の誰もが、それはやむを得ないことだと言ったとしても知ったこっちゃない。どうしてみんなで幸せになるお話を想像できないのか? これは一緒に心中しようなんて最低な、悲しいお話なんかじゃない。そんなこと思ってるやつがいたら、そいつも踵落としで沈めてやる。悲しいお話なんて大嫌いなのだ。お話はいつもハッピーエンドじゃなきゃダメなのだ。ペコラップのお話だってきっとそうだ。こはるの望む結末だって、ハッピーエンドに決まっている。

 激情が千秋に勇気と決意を与え、これ以上ない自信を持って、千秋はその言葉を口にする。

「私は、こはると、一緒にいるよ」

 こはるが叫ぶ。

「ダメだよ! 早く行かなきゃ! ばか! アキちゃんのばか!」

 お生憎様だ。こはるの額の数字は、残り二十秒と少し。今から全力で逃げたって、どのみち無事かわからない。逃げる気なんてないけどね。

 逆に、と言っていいだろう。千秋は、こはるに近づいた。あのこはるが、金切り声をあげて逃げろ離れろと喚いている。千秋はそんなこはるを見るのが初めてで、なんだかちょっと笑ってしまう。暴れるのに構わず、千秋はこはるのその細くて小さな身体を優しく抱きしめる。

「アキちゃん! なにするの? はやく、」

 爆弾解除はいつも最後が肝心だ。赤い導線か、それとも青い導線か? 正解を切れば爆弾は止まり、ハズレを切れば即刻どかん。千秋はいま、その段階まで辿り着いたと、強く直感した。さあ、最後の勝負だ。どうしてやろう――こはるの爆弾の導線はなんだ?

 ハッピーエンドは必ず用意されている。少なくとも自分ならば、絶対に用意する。どんな絶体絶命も、とびきり素敵な方法で乗り越えて、必ず最後には幸せになるのだ。

 夜の十二時が迫る。

 十二時の鐘で魔法が解けても、最後にはシンデレラは幸せになった。シンデレラがだめなら白雪姫だっていい。とにかく最後はハッピーエンドなんだ。千秋は強く想う。私たちだって、絶対にそうなる。


 ついに残り時計が十秒を切る。こはるはもう泣き叫ぶのすらやめて呆けたような顔で私を見つめている。八秒。私が笑顔なのがそんなに不思議? 六秒。ああ、涙と鼻水でせっかくの可愛い顔が台無しだ。あとで優しく拭ってあげなきゃ。四秒。決断のときだ。心配しないでいいよ、こはる。

「こはる、私も大好き」

 顔と顔がくっつくほどの距離で、こはるの瞳が大きく見開く。


 二秒。

 千秋は、こはるの爆弾の導線を、






                 ◇






 裏山の暗闇はやっぱり帰り道もおっかなびっくりだった。

 千秋は小枝を踏んでは本気の悲鳴をあげ、こはるは髪が何かに引っ掛かるたびに楽しそうな悲鳴をあげた。

「あー、帰ったら昼の爆発についてなんて言おう」

「あはは、すごい音したもんねぇ」

「あんたのせいでしょ!」

「あはは、ごめん。でも、もういいよね。なんだか、まるくおさまったし」

「実際、すっごい賭けだったけどね。こりゃもう私、男前って言われても仕方ないな」

「でも、かわいくてロマンチストだよ?」

「こはるはそればっかだよね」

「だってそうだもん。……アキちゃん、絵本、描いてくれる?」

「あはは、さすがにブランクありすぎだよ。……でも、そうだね、いつか描きたい、かな」

「やった! ぜったいだよ? 約束してね?」

 飛び跳ねるようにしてこはるは全身で喜びを表現する。しかし千秋はいたずらっぽい笑みを浮かべながら付け加えた。

「うーん、どうしよ。こはるが例のカレについて教えてくれたら、私も考えてもいいけどなー」

「えー、だからそんなんじゃなかったって言ってるのに」

「じゃあ教えて?」

「ちゅ、中学生のころの話だよ?」

「でも教えて?」

「うー、……アキちゃんずるい」

「ずるくないよー。なんたって今日、私はこはるを王子様になって救ってあげたんだから」

「……あはは。結局、またアキちゃんに王子様役やらせちゃった。ごめんね?」

「いいよ。それに、それを言うならこはるだって久しぶりにお姫様になったわけだし」

「え? わたしが?」

 千秋は芝居がかった動きでこはるの前に出ると、くるりと振り返ってこれまた茶目っ気たっぷりに微笑みながら言う。

「白雪姫」

「もう! アキちゃん、やっぱりロマンチストだ!」

「ははは、かもね」

 真っ暗な夜道を、仲良しな春と秋が通り過ぎていく。

 きっと明日も明後日もそれから先もずっと、ふたりは一緒に遊んで一緒に笑って一緒に泣いて、ずっと一緒に生きていくだろう。

 まごうことなき、正真正銘のハッピーエンドだ。

 物語のラストは、ハッピーエンドが一番いいに決まっている。

 シンデレラも白雪姫も、そしてきっと、いつか描かれるペコラップの物語も、最後は素敵な、ハッピーエンドだ。


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