ポンと春を告げる妖精
小さな工場のある森は、雪で真っ白でした。
大きな木の根元に小さな扉があって、その中では、小さな人たちが今日も妖精の羽根を作っています。
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工場の中に入ると大きな作業机があって、今日はそこで親方と2人の弟子が、出来上がったばかりの“春の羽根”の最終確認をしているところでした。
「うん、こりゃ良い。これはポンが取り付けたところだな」
「はい」
「これはピノの仕業だな。おいピノ、これじゃダメだ。やりなおし」
「えー、でも、ちゃんと動きますよ?」
「動きゃ良いってもんじゃないんだ。気持ちよく付けて、気持ちよく飛んでもらうには、もっとこまっけく仕事をするもんだ」
「はぁーい」
ピノの作った羽根は、親方にダメだと言われて、試作品箱に入れられてしまいました。
「よし、こんなもんだろ」
そう言って、親方がOKを出したのは全部で7つの“春の羽根”でした。
どれもうっすらと桜色に染まっていて、そしてどこかキラキラと輝いています。妖精はこの羽根を付けて、春を知らせに飛ぶのです。
「じゃあポン、とりあえずこの7つ、頼んだぞ」
「わかりました」
親方に頼まれると、ポンは立ち上がって“春の羽根”を風呂敷で包みました。これからそれを、妖精の森へ届けるのです。
「あ、良いなー。僕もそろそろ、妖精の森に行ってみたいよ」
今年入ったばかりの新人ピノは、少し拗ねたように言いました。でも、言ってみただけです。まだ仕事だってほとんどできないのに、そんなに重要な仕事を任せてもらえないことは、自分にも分かっていました。
「ピノは、春の羽根の残りを作る作業が待ってるぞ」
案の定、親方にそう言われて、ピノはおどけて首をすくめました。
ポンは妖精の森へ持っていく風呂敷を準備して、窓から外を眺めていました。外は雪で真っ白で、今から行くと日暮れまでに帰ってこられそうもありません。
「いつ行くの?良いなぁ。僕も、妖精の森へ行ってみたい」
ポンが窓から作業台に戻ると、ピノは肘をついて夢見心地で言いました。
妖精のことを見たことは何度かありましたが、それはそれは綺麗なのです。だから、また見たいと思っているのですが、なかなかお目にかかれません。
妖精たちは森中に季節を知らせているので、忙しいのです。ですから、偶然にでも妖精に会えるのは、とてもラッキーなことでした。
その妖精たちが住む、妖精の森にポンがお使いに行くのですから、ピノは羨ましくて仕方がありません。
「明日の朝行くつもりだよ。って、ピノ?遊びに行くんじゃないんだよ。それに今は冬だから、妖精の森に行くのは大変なんだ。この寒さじゃ小鳥も飛べないしね」
「ふぅん。でも、あっちに行ったら、妖精に会えるんでしょう?季節を伝える仕事かぁ。春の使者ってことだよね。ああ、なんだかそれだけですごく素敵だよね」
ピノはうっとりとしながら言いました。
「そうだね。春を知らせる春の使者、妖精にピッタリの名前だ・・・みんなが心待ちにしていて、本当に素敵だ」
ポンもピノと同じように少しうっとりとした表情をして暖炉の火を見ていました。
妖精は、森に住むみんなの憧れなのです。美しくてキラキラしていて、そして優しくて。次の季節を知らせに飛んでくると、森が一瞬で煌めいて鮮やかに色を変えるのです。それに、妖精の笑顔を見れば、誰だってみんな幸せになるのです。
ピノやポンだけでなく、鳥も動物も虫ですら、妖精のことが大好きなのです。
次の日の朝、ポンが出かけようとすると、工場の木の前に赤い火の鳥が待っていました。
「やあ、ヒノ!」
ポンが驚いて挨拶をすると、ヒノも首をかしげて挨拶をしました。
「ポンさん、おはようございます。ピノさんから連絡をもらって、急いでやってきましたよ」
「ピノが?」
ポンが驚いていると、ピノが工場の扉からぴょんと出てきました。そして、ヒノに抱きつきました。
「ヒノ、おはよう!う~ん、あったかい」
「ピノ?ピノがヒノを呼んだの?」
「そうだよ。だって、この寒さじゃ小鳥で行けないんでしょう?そしたらポンだって大変じゃない。だから、こういう時はヒノに乗せて行ってもらえば良いんだよ。ね、ヒノ!」
ピノはこういう時、ぬかりがありません。
小鳥で行けなくても、赤く熱い鳥の「火埜」ならば、飛べますし、ポンだって雪の中を歩いて行かずに済んで助かります。
それにピノは、自分が行くわけでなくても、大好きな友だちのヒノに会いたかったのでしょう。
「それは助かるよ、ピノありがとう。ヒノ、よろしくね」
「かしこまりました。ポンさん、まいりましょうか」
ポンはヒノの温かい背中に乗り込むと、大空へ飛び立ちました。
工場から妖精の森までは、ヒノに乗せて行ってもらえばほんのすぐに到着します。だけど、この雪道を歩いて行くとなると、半日、いえもしかすると1日がかりになるでしょう。
ポンは温かなヒノの背中に乗ることができて良かったと、ほんわかしながら考えていました。もうポンのお尻が熱くなる前には、ヒノは妖精の森の入口にたどり着きました。
「ヒノ、ありがとう」
ポンは荷物を持ってヒノから下りると、妖精の森の門番のいる小屋へ歩いて行きました。
「こんにちは」
ポンが声をかけると、門番がのっそりと小屋から出てきました。どこにその身体が入っていたの、と思うほどの大きな熊でした。眠そうに目を擦っています。
「おやおや、これは、春の使者がやってきた。どうも、こんにちは。もうそんな季節か」
門番の熊はゆっくりと低い声であいさつをしました。ポンは驚いて答えました。
「僕が春の使者だって?違う違う。春の使者は、春の羽根を付けた妖精たちじゃない」
「いいや・・・その春を知らせる妖精の羽根を持って来てくれなければ、春は告げられないだろう?だから、君が春の使者なんだよ」
驚いて声も出せないポンから、熊は風呂敷を預かりました。
「では、確かに」
「あ、はい。はい。春の羽根、毎度ありがとうございます」
ポンは受取証をもらって、ヒノに乗り込みました。
「僕が、僕たちが、春の使者・・・?」
ポンはなんだか急に、胸がうずうずと喜んでいるような気がしました。
白一色の寒い森に、春を届けるのは妖精の仕事です。
だけど、その妖精に「春の羽根」を届けるのはポンの仕事。ポンは妖精たちにとって「春の使者」なのです。
そう思うと、自分の仕事が急に誇らしく感じました。自分だって春を運ぶ仕事をしていたのです。なんて素晴らしいのでしょう。
あの暖炉の前で、ピノと一緒に語った妖精の素晴らしさの中に、ほんのひと光り、ポンの働きが入っているのですから。
ヒノが飛び上がって、妖精の森に背を向けたとき、ポンは妖精の森の木の上に、白い冬の羽根と白いマントを付けた妖精が手を振っているのを見つけました。
妖精は春の使者を待っていたのでしょう。
ポンも妖精に手を振ると、また次の羽根を作るために帰って行きました。季節を巡らせる手伝いをするために。