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God of Labyrinth  作者: 無月
一章 青き剣の花嫁
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一章 青き剣の花嫁6話

 冬華が目蓋を開けると、そこには大きく広い図書館が視界に広がっていた。


 天井が高く、円形状の細長い建物の中に壁一面に所狭しと本が敷き詰められている。右端の螺旋階段を上って本が閲覧出来るようになっており、階段は一階から七階まで続いていた。室内には窓や出入りできる扉がなく、上から光が差しているようだ。

 冬華はその一階中央ホールに立っていた。広々とした書庫には縦横に並べられた本棚が途方もなく続いている。

  建物内の本棚、机に椅子や家具、全て薄紫色一色。ただ、本棚に納められた本だけはそれぞれ種類別ごとに色分けされている。

 冬華が頭上を仰ぐと、本が規則正しく宙を浮いており、迷いなく本棚に収まっていく。そんな大量の本が散らばりながら右左や上下に忙しなく飛び回り動いていた。


 目を擦りながら冬華は苦い顔で近くにあった木製の本棚に手を触れる。

 大量に収納された本棚は重圧でしっかりとしており、滑らかな触り心地だ。室内には木と本の匂いが微かに香る。夢にしては意識がはっきりとしており、鮮明で現実味を帯びていた。

 今までニクロムに用意された部屋で寝ていた筈だ、一瞬でこんな所に移動出来る訳がない。服装も制服のままだ。冬華はそう考えながら、大理石の床をひたすら見つめる。

 

「真っ暗よりはましかな。ここが良いとは言えないけどまだ色がある」


 普段冬華が見る夢の世界には色が乏しい。視界を塞ぐ暗闇は心を不安定にさせていた。


「とにかくここが何処か確かめないと」


 夢のことは後回しに、冬華はスカートを払いながら周りを見渡す。

 真っ直ぐ歩いた先には受付用の円形机が中央に配置してある。机の上には散乱した紙束と所々に積み重なった本にこげ茶色の紙に包装された横に長い小さい箱が一つ。

 冬華は机の方まで歩いて、その箱をじっと見つめた。恐る恐る箱を持ち上げて確認すると、正方形の黒くくすんだボロボロのカードがくっついている。そこにはたどたどしい日本語が書かれていた。


「親愛なる我が娘へ、これが最初で最後の贈り物――……?」


 続く筈の文章は滲んでいて先が分からない。ただ、差出人の名前は辛うじて読める。


「父、レイン・ジブリールより……このプレゼント、娘さんに渡せなかったのかな? 箱も開けられた形跡ないし」


 冬華は申し訳なさそうにカードを裏返す。


 冬華。


 宛名にはそう記されていた。

 何かの間違いではと、冬華は右手で目を擦る。


「私の、名前?」


 冬華の呟きと共に、箱から勢いよく青い光が筋となって漏れ出始める。鮮やかな青色を見続けていると、目の前がぼやけて朦朧となり立っていることも出来なくなっていた。

 手に持った箱を握り締めながら、床に倒れ込む。手を這わせながら立ち上がろうとするがバランスが取れず崩れてしまう。もがけばもがくほど意識は段々と遠のき、重たくなっていく目蓋は閉じられていった。

 


 ◆◆◆◆◆


 

 上半身を起こし額から流れる汗を拭い、荒い息を抑えようと胸に手を当て冬華は目を覚ました。ベッドから立ち上がり、離れにある窓の所まで歩き外の様子を確認する。

 カーテンの隙間から覗く風景は昨日と変わらず、鈍色の荒れた空には雨が降り注いでいた。外にある硝子貼りの天井のおかげか、館全体は濡れることはない。

 

 冬華は本当にここが現実なのか不安になった。

 最初は部屋が暗いから気持ちが塞ぎこんでいると思っていたがそうではない。夢と同じ共通点が目の前にあったからだ。

 捲り上がった毛布の下にはニクロムから渡された白い本と、握り締めた後が残ったこげ茶色の箱が置かれていたからだ。冬華はベットに腰かけて箱を手に取る。


 夢の中で見た箱がなぜここにあるのか。


 そんな疑問もお構いなしに、冬華は恐る恐る箱の中身を取り出そうと包装紙を外す。途中で手が止まりかけたが、確かめずにはいられなかった。一拍置きながら箱を開く。中身は、鮮やかな青色に輝く万年筆だ。ペンクリップには花の形をした白い宝石がついている。

 冬華は万年筆を両手で握りしめて俯いた。

 

「信じられない、けど、これを見てるとなんで胸がもやもやして苦しいんだろ。変だよ、こんな得体のしれない物なんかに」 


 夢だったとしても両親の手がかりが目の前にある。

 それは冬華にとって喜ばしいことでもあり、複雑なことでもあった。

 冬華は本当の父親を知らない、もちろん母親もだ。どんな人物、思想の持ち主たちだったのだろうか、幼い頃はいつも考えていた。

 両親がいないことを知ったのは小学校高学年頃の時。育ての両親が直接冬華に話し真実を告げていた。

 冬華自身そのことでショックはなく、彼らが本当の両親ではないと薄々気がついていたからだ。優しくはあったが、どこか距離を置かれ壁を感じていた。それでも、大事な家族であることには変わりはない。事実を知らされた後も普通に過ごしていた。

 冬華は日を改めてから本当の両親について追求したが、両親は亡くなっているとしか教えてはもらえなかった。

 家のドアの前に置かれた薄汚れた赤ん坊と、冬華と書かれた紙が挟んであったことしか情報がなく、子宝に恵まれなかった彼らにそのまま引き取られたのだ。


(もし生きてたなら、話しが出来るなら、会いたかった。でも……)


 冬華は眉を寄せて頭を捻る。

 なぜ育ての両親は亡くなったなどと言ったのだろうか。当時聞いた時は気にしていなかったことでも、思い出してみれば矛盾している。


 本当の両親が死んだなんて、どうして彼らが分かるのだ。


 紙にでも書かれてあったのなら理解出来る話だが、冬華もその紙を見て確認をしている。

 そこには冬華の名前のみしか書かれておらず、他は何もなかったのだ。

 

 冬華は万年筆を持つ手を上にかざした。 


「でも、あのカードは日本語で書かれてあった。けど、子どもが書いたような字だったし誰かに教えてもらったのかな? いや、そもそもなんであんな場所に、あれって私の夢なんだよね?」


 余計に考えすぎて頭がこんがらがった冬華はベッドに突っ伏して呻きだす。

 考え出したらきりがないとあきらめて、手に持った万年筆を見つめる。これが父親がくれた物かは分からないが重要な物かもしれない。捨てずに大事にしようと冬華は頷く。そう決心したところで気持ちを切りかえて万年筆を箱の中に戻した。


(このこと、ニクロムに相談した方がいいかな……)


 笑顔のニクロムが頭に過ぎて冬華は真顔になった。

 彼の笑顔には違和感がある。

 何処に違和感があるかは分からないが冬華はそのことが気になっていた。

 何を考えているか分からない人物ではあるが、ニクロムには助けられているし世話にもなっているのだから相談した方がいいだろうと冬華は考え、立ち上がってクローゼットの場所まで歩く。


「空いた時間に聞いてみようかな。でも、その前に――」


 冬華は自分の格好をまじまじと見る。

 制服は上下ともに土まみれの煤まみれ、手足は切り傷が至るところについている。汚い、一言で表すならこの言葉だった。


「お風呂に入りたいな。うう、この姿で私寝てたんだ。最悪だよ」


 こんな姿では人に会えない、と思ったが何度もこの姿で人に会っているのだったと、冬華は苦虫を噛み潰したような顔でクローゼットを開ける。ハンガーにかかってある服はみんなスカート系の服ばかりだ。フリルがついた淡い水色ワンピースを冬華は自分の体に当ててみる。


「もうちょっと動きやすい服ないかな。ん、あれ、この服って……」


 手に取った服は管理局の女性用軍服だった。

 上着部分はニクロムたちと同じ作りだが、下は黒のプリーツスカートが引っかかっている。服の裏地を確認すると文字らしき刺繍が薄紅色の糸で縫われてあった。


「よ、読めない。この世界の言葉は分かっても字は読めないんだね」


 冬華は目を細めながら軍服を眺める。


「もしかして、ここってこの軍服着てた人が使ってたのかな? あれ、じゃあこれ着てた人は何処いったんだろ?」


 冬華は一瞬考えて服の端を両手で持ち上げる。


「考えても、仕方ないか」


 眉根に皺を寄せて服を戻すと、シャツとプリーツスカート、黒ニーソックスを拝借し、扉の鍵を開けて足早に部屋を後にした。

 静まり返った廊下に出る。向かい部屋にいるニクロムに声をかけようと扉の前に立ち二回ノックをしたが何の反応もない。寝ているのなら起こすのは悪いと考え、冬華は浴室に向かった。


(使いかってとか色々聞きたかったんだけど、仕方ない)


 真っ直ぐ進み、右角に曲がった先にフォルムが丸い扉が見える。

 早く汚れを落としたいと足早に進み、浴室の扉を開けると冬華は驚きのあまり声が出ないまま固まった。

 目の前には上半身裸の男性が濡れた頭を分厚いタオルで拭いている。

 下は黒い長ズボンを履いているが目のやり場に困って目が泳いでしまう。

 男性が気づいたのか、タオルを首に回して冬華を見つめてきていた。

 金色の短い髪に糸のように切れ長な細い目。二十代くらいの容姿で手足が長くしなやかだ。鍛えているのか筋肉が絞まっていて無駄がない。彼の顔には覚えがあった。森で、馬車の前にいた管理局員だ。

 なぜ彼がここにいるのかを考えるより先に、冬華は数歩後ずさりながら離れる。赤面した顔を隠し、静かに浴室の扉を閉めて走って逃げていった。それも全速力だ。勢いよく走り、自室に駆け込み扉をそっと閉じてベッドの方まで行き、床に座り込む。


「びっくりした」


 赤い顔を両手で覆って俯き、頭がどんどんと傾いていく。


「逃げてきちゃった。ノックもしないで勝手に開けて、悪いことしちゃったよ。あ、謝りに行かないと……」


 勢いよく立ち上がると、その拍子に何かが落ちる。

 冬華が視線を下に移して確認する。そこにあったのはニクロムから預かった白い本だった。万年筆の件で忘れていたがこの本も重要な物だ。

 冬華は本を拾い、ページを一枚捲った。一ページ目の隅に字があり、冬華の名前が書かれてある。


「……本当だ、私の名前がある」


 なぜ冬華の名前が書いてあるのだろう。それをなぜニクロムが持っていたのか。


「私が見た夢、あの薄紫色の図書館と関係あるとか?」


 ニクロムは図書館でこの本を見つけたと言っていた。

 だとしたら、彼も図書館の場所を知っているかも知れない。再び本に視線を移し、冬華はページを捲る。


 一ページ目、白紙。

 二ページ目、白紙。

 三ページ目、白紙。


 続く白紙のページに冬華は眉を寄せた。

 十ページ、二十ページ、パラパラ捲り飛ばして百ページ目、全ページ見ても白紙だった。

 

 何も書かれていない本。


 冬華は本を凝視しながら手を震わせた。ページを閉じて本を握り締める。

 全てが真っ白な本、そこに冬華の名前だけが記された本。まるで、自分自身が真っ白で何もない存在と、突きつけて言っているかのようだった。


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