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God of Labyrinth  作者: 無月
一章 青き剣の花嫁
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一章 青き剣の花嫁5話

 執務室を後にし、冬華はニクロムに連れられ歩いていた。

 

 住む場所を案内すると言われ早二十分が経過しているが、いっこうに着く様子はない。

 管理局の敷地内は広く迷路のように入り組んでいる。東棟から西棟に続くアーチ状の渡り廊下を進み、塔の反対側まで来てふと冬華は疑問に思った。


 普通なら人と擦れ違っても可笑しくないのだが、誰一人として出くわさない。まるで、学校に忘れ物を取りに行った時と状況が重なっている。

 

 冬華の考えが飛び交う中、ニクロムは歩みを止め、廊下の隅にある小さな木造扉の前に立っていた。周りにある小物や建物は石ばかりなのにここだけ木製で出来ている。扉はボロボロで、破損した木片が床に散乱していた。


「ちょっと埃っぽいですけど、ここが入り口なんですよ」

「入り口って、ここが?」


 扉を開けば頭上から埃が降り落ちてくる。

 室内は物置部屋だった。いや、ごみ捨て置き場と言った方が正しいだろうか。ニクロムは平然とした顔で部屋に入っていく。

 横に倒れた穴あきソファーに煤けた暖炉、埃まみれの紙束の山。栗色の古時計も置いてあるが、時が止まった時計は本来の役割を果たしていなかった。

 冬華が遅れて部屋に入りニクロムを見れば、彼は床に手をついて何かを探している。 


「うーん、これかな?」

 

 ニクロムは立ち上がり、少しだけ色が違う石畳を足で踏んでいた。暖炉の奥でガコンと大きな音が鳴る。


「冬華さーん、ちょっとこっちに来て下さい」


 冬華は咳き込みながら埃をかきわけて前に進んだ。

 ニクロムは暖炉の奥を覗き込んでいたので一緒になって奥を見る。

 霞んでいて分かりにくいがそこには剣の模様が描かれていた。模様はだいぶ古いもので、微かに見える青い塗料が剥がれ落ちている。


「この模様なんですが、触ってみてくれませんか?」


 冬華は恐る恐る模様に触れた。

 模様は仄かに淡い白に光る。数秒経過し光が消えると、模様があった場所に人が通り抜けられる程の大きな穴が開く。変化は暖炉の奥だけではなかった。火をくべる所に階段が出来ていたのだ。下りた先には、暗闇が続くトンネルが広がっている。

 ぽかんとしながら冬華がその光景を眺めた。


「さあ、行きますよ! 天井が低くなっているんで気をつけて下さいね」


 ニクロムはウキウキしながら階段を降りていった。

 暗闇の中何も持たずに行くのかと思いきや、彼が歩くたび次々と天井に吊らされたランタンに光が灯されていく。熱源は燃えるように赤く輝く鉱石だった。

 

(石が光ってる。考えたくないけどこれも魔法なの?)


 荒削りの石階段を降り、土と石で固められた細く真っ直ぐなトンネルを通ると、後ろからずり上がる音が反響した。振り向き確認すると階段はなくなっており、入り口は壁になって閉まっている。


「ねえ、入り口閉じちゃったんだけど」

「それは侵入者対策なんですよ。外に出たい時は私に声をかけて下さい。このトンネル、罠が仕かけられているので危険ですから」


 冬華は背中に冷たい汗が流れた。無闇に触れたら大変だと言い聞かせながら細い道を慎重に歩く。


「私もたまに罠にひっかかるんですよ。抜け出すのがこれがまた大変で、危うく死ぬところでした」


 ニクロムが冗談交じりに笑っていた。

 そんな笑いごとではないと冬華はじと目になる。


「自分で作った罠にはまっといて何でそんな呑気なのよ」

「ん? 罠を作ったのは私ではありませんよ」

「違うの? じゃあ誰が……」

「近い内にまた会えると思うのでその時に紹介しますね。ちょっと内気で恥ずかしがりやですが優しい子なんです」


 また、という言葉が引っかかったが、ニクロムの温かな笑みで話す姿がとても幸せそうで、冬華もつられて口角が上がる。口ぶりから察するに子どもなのだろうか。

 冬華はそんな推測をしながら前を向く。


「内気で恥ずかしがりやなのに罠とか作っちゃうなんて、ヤンチャなのね」

「そうなんですよ! なんと言いますか攻撃的と言いますか、難しいお年頃なんですかね」


 他愛のない話しをしている内に何時の間にか暗い道はなくなり、明るい場所に出ていた。

 出口にはトンネルと同じランプが至るところに備えつけてある。ほんのり温かみのある灯りは全体を照らす。

 

 トンネルの先は一面に広がる青く澄みきった湖だった。

 

 湖の向こう側には畔があり、西洋風の館が建っていた。

 周りにあった木々に見え隠れしていて分かりにくいが、ベランダがついた二階建ての木造建築で、家全体が白一色に塗られている。

 冬華は上を仰ぎ空の様子を確認する。高い天井はドーム型のホールになっており、透明な硝子がはめ込まれていて空が丸見えだ。

 夜空は星一つなく、どんより沈んだ雨雲に満ちていた。


「雨が降るかも」

 

 冬華が呟くと、ニクロムも天井に目をやっていた。


「確かに降り出しそうですね。でも、ここに雨は降りませんから大丈夫ですよ」


 ニクロムが湖の方に向かって歩き始める。

 その先には木で出来た桟橋があったが肝心な船はなかった。畔に渡るにはかなり距離があり、泳いで行く何てことは流石にないだろう。

 桟橋を渡り、冬華たちは先端で立ち止まった。


「船がないけど、これどうやって渡るの?」

「ふふふ、まあ見てて下さいよー」


 ニクロムは両手で手を叩いて聞き取れない声で何かを呟いていた。足元に大きな紋章が紫色に煌々と光り浮き出ている。


「冬華さん、私の手を取って下さい」

「は、はい」


 冬華がニクロムの手を握る。

 不意に体が軽くなり、体がぐるりと反転した。視界が一瞬白くぼやけ数回瞬きをした後、冬華は自分が立っている場所を見て驚く。

 目の前には先程遠くで見た白い館があるのだ。まるで瞬間移動でもしたかのようだった。


「私、さっきまで桟橋にいたわよね……」

「ああ、それは転移紋章を使ったんです。移動しやすいように設置型にしておいたんで行き来は簡単にできますよ」

「転移紋章?」


 すると、ニクロムは得意気に腰の革鞄から丸く艶々した無色透明の小さな宝石を取り出していた。それを一つまみに持ち上げる。


「この石に紋章が刻まれているんですよ。宝石や鉱石、石なんかは人の心や念を移すのに適していまして、それを利用して紋章の力を引き出すんですよ」


 ニクロムは、水辺付近に配置されている筒状の石で出来た箱に宝石を取りつけていた。冬華の腰あたりまである大きさの箱だ。


「さっきの転送もこの石のおかげなんですよ。これをこの箱に設置するだけで向こうに渡れてしまうんです。とても便利ですよね!」

「それって、何だか機械みたいね」

「機械? うーん、紋章開発の人が同じことを言っていたような、紋章機械だったかな? まあ、詳しくは知りませんけど」


 髪をポリポリ掻いてニクロムは冬華をチラチラ見ている。


「あの、話しを折るようでなんですが……」

「どうしたの?」

「あはは。さっきから気になってたんですが、もう手を離しても大丈夫ですよ?」


 一瞬の沈黙。

 冬華は繋がれていた手を見て、勢い任せにニクロムの手を離す。

 ニクロムの腕からゴキッと生々しい音が聞こえると、彼は苦しそうに呻いていた。


「うぐ、ちょっ、冬華さん!? そ、そんな振り払わなくてもいいじゃないですか! 地味に傷つきますよ」

「ち、違う。わざとじゃないの、びっくりしちゃってつい。ごめんなさい……」


 顔を真っ赤にして冬華はニクロムに謝罪する。

 が、彼の表情はなぜかニコリと微笑んで嬉しそうだ。


 軽快に笑いながら館に向かうニクロムを、冬華は不服そうな顔で見つめ続けた。

 


 ◆◆◆◆◆


 

 館に中に入ると、冬華は広い客間に通されていた。

 ニクロムは準備があると言って二階に上がって行ってしまったので、彼が戻るまで冬華は椅子に座って待っていた。

 冬華は退屈しのぎに部屋全体を眺める。

 白と黒を基調とした内装と調度品は案の定アンティーク調で出来ており、整理整頓された室内は塵一つなく、汚れが一切ない。

 天井には宙に吊るされた硝子のシャンデリアが、白く煌く鉱石に当てられ眩いばかりに輝いていた。奥に暖炉、側にフレームの木彫りが細かい高級そうな椅子とソファーがセットで配置してある。

 美しいラヴェンダー色の布地は手触りが良い。床全面に敷かれたシックな紫色の絨毯には、金字の星型七角形が縦に並んでいくつも描かれている。

 細かく繊細な模様は、冬華の目を惹きつけた。


(館の手入れとか部屋の掃除ってニクロム一人でしてるのかな? すごく大変そう)


 ぼんやりと冬華が考えていると、慌しく階段を降りる音が聞こえてきた。客間の扉が開き、額に汗を流しながらニクロムが現れる。


「お待たせしてすみません。冬華さんが使う部屋に案内しますね」


 ニクロムの様子を訝しげに、冬華は観察しながら客間を後にする。

 冬華たちは玄関ホールを歩き、二階に続く木の階段を上がる。段板は年季が入っているのか、ギシギシと軋んだ音を立てていた。二階に辿り着くと、ニクロムは先導して廊下を歩き出す。


「階段を上って右手がトイレと浴室、左手にベランダがあるんですよ」


 ニクロムの説明を軽く聞きながら、冬華は二階廊下を見回した。

 廊下を挟んだ両脇には何部屋か続いている。

 右手奥はよく見えなかったが、左手方向に進むと木製の白い両手扉が見える。扉についた円形の硝子窓から夜景が映し出されていたが、小さい窓からは詳しくベランダの情報は窺えなかった。

 

「ここが冬華さんの部屋です。今鍵を開けますからちょっと待ってて下さいね」

 

 ベランダに隣接した右手奥側の扉の前にニクロムが立ち止まる。腰に下がっている革鞄の中から銀色の鍵を取り出し鍵穴に差し込んでいた。

 カチャリと小気味いい音が鳴り、ニクロムがドアノブを握って扉を開く。

 視界に移った部屋は一人部屋にしては広く、家具や雑貨、小物など彩りが華やかで豪華な物が揃っていた。

 ざっと見て二部屋分はあるだろう広さに冬華は驚き、左足を前に一歩踏み出し中に入る。

 暖色系をベースにした部屋には、清潔感漂う白い壁紙に薄い橙色の厚手のカーテンが窓を遮っている。

 大きな天蓋つきベッドが部屋の奥、中央壁沿いに置かれてあり、乳白色のレースカーテンが小さく揺れていた。

 アイヴォリーのドレッサーやクローゼットがちょうどベットの横にある。どれも凝ったデザインで、花の彫りものが所々に散らばれていた。

 天井に吊るされた小さなシャンデリアの淡い黄色い光が全体を照らす中、冬華は赤褐色の絨毯の上で呆然と立ち尽くす。

 

 今まで普通に暮らしてきた冬華にとって、この館は場違いなのではと考えてしまう。不満などではないがどうにも落ち着かないでいた。

 冬華が眉を寄せていると、ニクロムは先程の銀色の鍵を側にあった机の上に置いていた。


「鍵は冬華さんが持っていて下さい。私は向かいの部屋にいますから、何かあったらすぐ呼んで下さいね」


 ニクロムは小さく微笑んだ後、お辞儀をしながら扉を閉めて部屋から出ていった。

 廊下の足音が聞こえなくなった後、冬華は大きく溜息をついて手近にあった木彫り椅子に座り込む。緊張の糸が抜けた体はだらしなく前に投げ出された。


「やっと一人になれた……」


 静まり返った室内に聞こえた冬華の呟きは悲愴に満ちていた。

 部屋中央に置かれてある、布地が紅茶色のソファーに座りながらブレザーの上着を脱ぎ、首に巻かれたマフラーを取って前屈みになる。体を項垂れていると、自分はこれからどうなるのか、元の世界に帰れるのかなど、もやもやした気持ちが冬華の中で溜まっていく。


「あー、これじゃ駄目だ! 弱気は損気、前向きに考えないと」


 冬華はノロノロと重い動作で椅子から立ち上がり、クローゼットの方まで歩く。

 移動していたその途中、カーテンの隙間から外の様子が視界に入る。

 相変わらず天気は悪いままで、陰鬱としていた。厚い雲に覆われた灰色の空を眺めて、冬華は身震いする。

 足早にクローゼットの所まで歩き、扉を開けて上着とマフラーをしまっている途中、遠くの方から雷が鳴り響いた。白い稲光が一瞬だけ辺りを照らした瞬間、冬華の手は止まり、汗を流しながら硬直する。


 冬華は雷が苦手なのだ。


「こんな時に雷なんて。だ、大丈夫よ。音は遠いし何とでも……」


 言い終わる前に、激しく打ちつける雨音と共に雷がつんざいた。

 鼓膜に振動する音は体全身に伝わり、冬華は悲鳴を上げてすかさずクローゼットに逃げ込み扉を閉める。

 暗い中、体を抱え込み耳を塞ぐ。それでも聞こえてくる雷鳴を手近な服で防音し、何枚も体に重ねた。

いつから雷を苦手になったのか思い出せないが、小さい頃から何時も狭い所に隠れて鳴り止むまで待っていた経験が冬華にはある。


「こんなの、すぐ終わる」


 すると、閉めたはずの扉がかってに開き光が漏れ出る。

 震える手足を前に出し閉めようとすると、扉の間から大きな白い手が伸びてきて、冬華の左手首を掴んでいた。


「はっ、離して!」

「わっ、ちょ、待って下さい。私ですよ、ニクロムです!」

「に、ニクロム?」


 目を凝らして相手を見れば、心配そうな表情で覗き込むニクロムの姿があった。いつもの格好ではなく、白いワイシャツに黒いベストとズボンだ。彼は冬華の手首を離して屈みこんでいる。


「冬華さんの悲鳴が聞こえて、さっきから何度も呼んだんですよ。こんな所に隠れて、一体どうしたんですか?」

「ご、ごめん。雷で分からなかっ――」


 後ろで点滅して光る雷に怯えた冬華は、ニクロムごと引っ張り扉を閉めた。彼は呻きながら尻餅をついている、長身の男性が一名入ったせいかクローゼットの中は狭い。


 冬華の肩がニクロムの肩に当たり密着している。

 ただ、今の冬華にとってそんなことはどうでもよかった。雷の音が気になってそれどころではない。


「雷、嫌いですか?」


 隣でニクロムが気づかわしげに声をかけている。

 冬華が横目で彼を見ると、窮屈そうに体を丸めていた。表情は殆ど暗いので分からない。


「き、嫌いよ。これだけは本当に……」

「す、すみません、不躾な質問でした」


 会話が途切れ、いつの間にか降り始めた雨と雷の音が微かに聞こえてくる。

 不安な気持ちをなくそうと、冬華は自身の体をきつく抱き俯く。すると、ニクロムがトントンと肩を叩いてきた。


「何か話しませんか? 気が紛れるかもしれませんよ」


 確かに俯いたままでは後ろ向きな思考を緩和できるかもしれないと思い至り、冬華は小さく頷く。


「……じゃあ、質問するよ?」

「はい、私が話せる範囲であれば」


 ここは無難な質問が良いだろう。そう冬華は考え口を開く。


「会話とか、普通違う世界の言葉なんて異世界から来た私に分かるはずないのに、どうして話が出来るの?」

「それはし――」

「し?」


 ヤバイと小さな声が聞こえると、ニクロムは上ずった口調で返答する。


「い、言い間違えました。ほら、きっと剣の力です。それで話せるんですよ!」

「そうなの」


 その青き剣とやらはそんな万能機能までついているのか、などと冬華が納得するはずもなく、適当に相槌をうつ。


「あ、じゃあ私が貴方の名前を知っていた理由を今からお話しますよ」


 あっけらかんな声に冬華はニクロムを二度見した。


「えっ!?」

「冬華さんが聞きたがってた話じゃないですか。何を驚いてるんです」

「いや、だってあの時は渋ってたから言いづらいことなのかと」

「はは、確かに言いづらい話ではありますね」


 ニクロムは指で音を鳴らしていた。

 音と共に長方形の分厚い何かが宙に浮きながら現れ、冬華の手元に納まる。

 表面は厚手の紙の手触りと、間には軽く乾いた紙が挟まれていた。


(これって本?)


 ざらついた背表紙をなぞり本をパラパラ捲る。黄ばんでいるのか、少しだけ古くさい独特な匂いが鼻に残った。


「そこに冬華さんの名前が書いてあります」

「私の名前が、書いてある?」

「ええ。私はこの本で貴女の名前を知ったんです」

「どうしてそんな本があるの、何処で見つけた本!?」


 冬華は片手でニクロムの服を掴んだ。なぜか彼は挙動不審気味に縮こまっている。 


「あー、えっと。図書館、ですかね?」

「何で曖昧な言い方?」

「う、だいぶ古い記憶なもので、何処で手に入れたか不確かというか」

「忘れたのね」

「は、はい」


 掴んでいた服を離し、冬華はニクロムに本を返そうとするが手で制される。


「冬華さんが持っていて下さい」

「えっ、どうして?」

「それは、私が持っていても意味がないんです。貴女に持っていてほしいんです……」

 

 ニクロムの声は、心成しかか細く聞こえる。

 冬華は深く頷き、本を抱きしめて体を丸めた。狭い所にいるせいか、後ろ向きな気持ちがどんどん膨れ上がって、独り言のように呟く。


「そもそも、剣って、一体何なのよ。私と、どんな関係があるの?」

「それは……」

 

 ニクロムが言葉を濁していると、外で雷が二度鳴った。

 冬華の体は反射的に揺れて、固まってしまう。両手で両耳を押さえてくぐもった声を出す。


「冬華さん」


 かろうじて聞こえるニクロムの声は弱々しい。彼が苦しい訳ではないのにどうして辛そうな声なのだろうか。

 冬華が目を瞑ると、両耳を押さえていた手の上に大きな手が重なり合った。覆われた手のおかげか、音は無音に近い。

 その手はとても冷たくて心地良く、ガチガチになった体は徐々にやわらかくなる。

 冬華は目蓋を開けてニクロムの方に顔を向けた。彼の表情は分からないが、口を動かしている。


 ニクロムの口の動きが止まると同時に手も離れていく。


「雷、どうやら止んだみたいですよ」


 その言葉に冬華は目を大きく開ける。

 確かに雷の音は止み、雨音が聞こえるだけだ。しかし、先程ニクロムが何を言っていたのか気になった。


「ニクロム、さっき何を言っていたの?」

「――……簡単なオマジナイですよ。話すとオマジナイが効かなくなるから冬華さんには教えません!」

「なんか、その言い方すごく腹立つ」

 

 ニクロムの声はなぜか晴れ晴れとしている。そして、両手でクローゼットの扉を開けて冬華の腕を引っ張り上げていた。いきなり明るい場所に出たせいか、眩しさのあまり目を細める。持っていた本が手から落ちそうになったが、すかさず反対側の手で掴む。


「ほらほら、こんな暗い所にいたらキノコが生えてしまいますよ!」

「じ、自分で立てるから」


 と言った冬華だったが、足はガクガクに震えており、ニクロムを支えに掴まり立ちをした状態だった。


「……あはは、とにかく今日は休みましょう。冬華さんが知りたいことは、きっと分かりますから」

「そう、だね」

「ええ。それよりほら、移動しますよ」


 ニクロムに肩をかしてもらい、ベッドまで運んでもらう。

 体をふらつかせて冬華はベットに腰を落として横になると、疲れていた体が柔らかいベットに沈んで、不覚にも自然と目蓋が重くなり伏せられていく。

 ニクロムは冬華に毛布をかけ、優しく微笑んでいた。


「お休みなさい、冬華さん。良い夢を……」


 良い夢なんて今まで見たことがない。

 そう言い返そうと声に出す前に冬華は目蓋を閉じて、ニクロムから貰った本を抱きながら深い眠りへと落ちていった。


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