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God of Labyrinth  作者: 無月
一章 青き剣の花嫁
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一章 青き剣の花嫁2話

 黒髪の男は冬華を横抱きにしたまま立ち止まった。

 

 牢屋から外に抜け出し、連れられた先に待っていたのはツギハギだらけの小さな教会。

 天気は陰鬱としており、空は厚い雲に覆われていた。暗がりに見える教会はおどろおどろしい雰囲気をかもし出している。

 冬華は男に降ろされると、彼は先導して教会の方へと進んでいった。教会の目の前に辿り着き、傷んだ鉄の扉を開くと埃が一気に飛び散る。


「う、ケホッ、ひどい埃」


 冬華は目を細めて咳き込みながら全体を見渡す。

 ドーム型の天井には蜘蛛の巣が貼られ、壁両側に張られたステンドグラスも割れて床に散らばっている。長らく使われていないであろう長椅子はバラバラに配置され、正面中央の台座には男女の銅像がお互いに向き合い、片手に持った剣を天にかざし聳え立っている。銅像は精巧な造りをしていたが、埃まみれで手入れされていないため今は見る影もない。

 冬華は再び上を見上げ、男女の銅像を見つめた。


(何だろ、この銅像見た事あるような。不思議と懐かしい)

 

 こんな銅像一度だって見た記憶などないのに可笑しな話だと、冬華は頭を振って気持ちを切り替える。

 

(そもそも、何なのここは? 外国にしては人の格好が変だし)


 冬華は黒髪の男を訝しげに観察をした。

 壊れていない背もたれ椅子を並べていた男は埃を払いながら、正面にある椅子に無言で座っていた。

 冬華も警戒しつつ椅子に座る。


「寒いと思うが暖を取ると気づかれてしまう、少しだけ我慢できるか?」

「は、はい、大丈夫です。あの、聞きたいことがあるんですが。ここって何処なんですか? 私、今まで学校にいたんですけど、何がなんだか分からなくて……」


 その問いに、男は少し間を置いてから口を開いた。


「単刀直入に話すと、ここは君の知る場所でも世界でもない」

「なっ……」

「信じられない気持ちも分かるが、聞いて欲しい」


 男の表情は真剣そのもので、嘘を言っている風には見えなかった。そして、彼は続けて話す。


「この世界の名はゴッドラビリンスだ」

「ゴッドラビリンス?」


 冬華は言葉を繰り返し、何回も瞬きをした。

 

 ゴッドラビリンス。

 その名前には聞き覚えがあった。学校の図書室で見た本の題名に似ている。あの本に吸い込まれて違う世界に来たとでも言いたいのかと、頭を殴られた衝撃に似た感覚が冬華を襲った。肩を抱きながら下を向き、声を絞り上げる。

 

「……貴方は誰なの? どうして私を助けてくれたの?」


 男は何かを言い出し兼ねて、眉間に皺を寄せ押し黙っている。

 冬華はその様子を見ると、唇を噛み締めスカートの裾を握り締めた。

 会話が途絶えると、男は表情を和らげ優しく話しかける。


「私の名前はホープだ」

「え?」

「君は私のことを誰かと尋ねただろ? これが私の名前だ。良ければだが、君の名前を教えてくれないか?」


 黒髪の男ホープは微笑む。

 その笑顔を見て、冬華はバツ悪そうに小さな声で答える。


「――……冬華です」

「そうか……」


 ホープは頷き一息つくと冬華に視線を向けている。


「私が君を助けたのは上からの命令なんだ」

「命令?」


 ホープの表情に陰りが差す。そして、彼は冬華に頭を下げた。


「すまないが今はこれ以上説明できない」


 冬華はホープを複雑な表情で見つめた。

 ここが異世界なのだとしたら、元の世界はどうなったのか。

 冬華が消えたとなれば、未来は勿論、育ての親は心配するだろう。気がかりなことは他にもある、如月と月宮、そしてあの銀髪眼鏡男が気になった。


(でも、一番気になるのは、なぜ私が狙われていたのか)


 元の世界で現れた黒いマントの人物は冬華を連れ去ろうとしていた。

 どの様な目的で狙われていたか分からないが、別のことで冬華は引っかかりを覚える。


(何で私が異世界から来たって分かるの? 私以外にもこの世界を訪れた人がいるってこと?)

 

 牢屋に捕まっていた時も、盗賊風の男が異界と口走っていた。

 それと関係しているのかと、冬華は考えながら胸に手を当て目を閉じる。

 

 考えれば考えるだけ深みに落ち、心配すればするほど苦しくなるだけ。

 冬華は伏せていた頭を持ち上げた。これが夢や現実でも、目で見た現状を嫌でも認めなければいけない。

 そう冬華が決意すると、正面で座っていたホープは急に立ち上がった。鋭い目つきで外に続く扉を睨んでいる。


「ど、どうしたんですか?」


 ホープは無言で冬華の前に出た。

 すると、教会の外から地響きの様な唸り声が響き渡る。動物の鳴き声とも違う、悲痛に満ちた叫び声も混じって聞こえるが得体が知れない。

 ホープは腰に携えた剣を抜き、両手で柄を持ち正面で構えている。両刃の長い剣は鈍く光り、場の空気に緊張が走った。


 そして、声の正体は扉を突き破り教会に飛び込んだ。


「いぎゃあああぁあああ!!」


 人間だった。

 顔を鼻水と涙で濡らし、嵐の如く走る男の姿。中性的な顔立ちには大きな眼鏡がかけられ、紫がかったボサボサの銀髪は飛び跳ねていた。グレーの開襟ネクタイ式軍服を着用しており、腰ベルトには大きな革鞄が揺れている。

 あの時、学校で助けてくれた男が目の前にいる。

 冬華はその姿を見て目を疑った。


「どうしてあの人がここに……」


 冬華が彼に驚いている時間は短かった。

 銀髪眼鏡男の後方に蠢く物が数体、急接近していたのだ。

 地べたを這いずる人型の黒い化物たちが、赤い眼光をギラつかせてヨダレを垂らし吠え散らしている姿を見て、冬華は青い顔で後ろに後ずさる。


「助けて下さいあううぅう!!」


 銀髪眼鏡男は叫び声と共に盛大に転げ、地面に滑りながら長椅子に激突していた。

 冬華は呆然とその光景を眺めていたが、ハッと我に返り開け放たれた扉に視線を向ける。


「あのままだと入ってくるんじゃ」


 一匹の黒い化物が教会内に侵入しようとした瞬間、見えない透明な壁に弾かれ転倒していた。


「銅像の結界だ、少しの間なら防いでくれるだろう」


 冬華は後ろに立った銅像を見上げる。二つの銅像は微かな光を発し振動していたが、ボロボロと破片が落ち今にも壊れそうだ。

 

「ここから出るぞ。彼と協力して道を切り開く」


 剣を素早く持ち直したホープは銅像を睨んでいる。そんな彼の言葉に冬華は困惑した。

 

「あの人のこと、知ってるんですか?」

「彼は私の雇い主だ」

「雇い主!?」


 冬華は取り乱して、銀髪眼鏡男の方を凝視する。ちょうどその時、長椅子に激突した銀髪眼鏡男は頭を掻きながら起き上がった。


「いたたっ、なんとか逃げられたみたいって……ひっ、まだいるじゃないですか!?」


 銀髪眼鏡男は情けない声を上げている。

 弱腰の体勢で立ち上がり、革鞄から分厚い本を一冊取り出していた。すると、本が宙に浮き、男の周辺を旋回している。

 冬華は苦笑いで肩をすぼめた。


(うん、やっぱり平然と本が浮くのね。もう気にしたら負けだわ)


 冬華が一人で納得すると、銀髪眼鏡男はこちらを振り向く。情けなかった表情はなくなり、目を輝かせ走り寄って来る。

 冬華は慌ててホープの後ろに隠れた。


「どうした?」

「あ、いや。ちょっと気まずくて」

「気まずい?」


 ホープは微笑み、正面に向き直していた。


「気持ちが落ちつくまで、私の後ろにいなさい」

「ありがとうございます……」


 冬華は、銀髪眼鏡男の顔を見ることができなかった。

 学校での出来事を思い返し顔を俯かせる。助けてもらっておきながら、置き去りにしたことに対し思い詰めていた。


(あの時は逃げるしかなかった。でも、そんなの言い訳よね)


 ホープの背中越しに様子を確認する。彼はニコニコ笑顔で近づいていた。

 冬華の心に罪悪感が芽生える。

 

(このままじゃ駄目だ、彼と話さないと)


 冬華がホープの前に出ようとした時。ドーム型の天井が大きな音を立て、瓦礫とともに崩れ落ちる。

 頭上に四体の黒い化物が屋根を蹴破り、こちら目がけて突撃してきたのだ。


「あっ」

 

 その拍子に冬華は驚き体勢を崩してしまう。それをすかさずホープが身を乗り出し、腰を低くして抱きとめてくれていた。

 その際、冬華は銀髪眼鏡男と視線が合う。

 笑顔は消え失せ、森林公園で出会った時に見せた悲痛で切ない表情に変わる。そして、切り替わるように表情は凛々しいものへと変わり、銀髪眼鏡男が唇を動かし何かを呟き始めていた。

 早口で紡がれる声に呼応すると、風が巻き起こり無数の紙束が地面から出現し乱れ踊る。

 紙束一枚一枚から装飾の違う剣や槍、数多な武器に変わり、黒い化物の群れを縦横無尽に切り刻んでいた。

 体を細切れにされた黒い化物たちは勢いよく周囲に飛び散り、宙に浮いた武器は銀髪眼鏡男の周りを螺旋状に回転し、紫色の光が粒子となって消えいた。


 冬華は見ていられなくなり、とっさに目を瞑り視界を塞いだ。


「平気か?」


 周囲に聞こえていた唸り声が鳴りやむと、ホープの声が頭の上から降ってくる。


「は、はい」


 冬華はホープから離れ、不意に視線を下に向ける。

 地面に数滴、赤黒い血が流れ落ちている事に気づき、冬華は顔を顰めた。


「血が出てる!」


 冬華の肩を掴んでいたホープの左腕から血が滲み出ていた。彼は苦い顔をしながら、片手で腕を押さえている。

 

「もしかして、私を庇った時に攻撃されて」


 冬華は、震える手で口元を押さえた。


「いや、たいした怪我ではない。大丈夫だ」

「……大丈夫じゃない」


 冬華は眉を釣り上げて、ブレザーのポケットから白いハンカチを取り出す。

 ハンカチを細かく裂き、ホープの腕に強く巻きつけ結び上げる。結び方は不格好だったが、これが冬華の精一杯だった。


「これで血は止められたよね。結び方は汚いけど」


 ホープは目を大きく開き驚いていた。それを見て冬華は慌てて謝る。


「ご、ごめんなさい。強く結んだから痛かったですよね」

「なぜ謝る? むしろ感謝しなくては。ありがとう」

「私こそ、庇ってくれて、助けてくれてありがとうございます」


 穏やかな空気が二人の間に流れる。しかし、それは長くは続かなかった。


「お二人さ~ん、私のことお忘れじゃないですか?」


 容赦なく打ち消す声が割って入る。現実に引き戻され、冬華は声の主を探す。

 教会全体を見渡すと、天井から黒い枯れ葉がいつの間にか降り落ちている。乾燥して隙間だらけの葉は、地面に触れた瞬間跡形もなく壊れ朽ちていた。

 その中央に銀髪眼鏡男は体を抱え込んで座っている。上から落ちてきた瓦礫を背にもたれかけて、冬華たちを羨ましそうに眺めていた。

 

「私が奴らを連れて来ちゃったのは悪いと思いますよ。うぅ、この置いてけぼり感は何なんでしょう」


 ホープは眉を八の字に曲げ、何とも言えない顔で銀髪眼鏡男の側まで歩み寄っている。

 

「何を言っているんだ? 立てないなら私の腕を貸すぞ」

「あ、ありがとうござ……あたたたっ、腕外れる、痛くないけど、痛いです!」


 銀髪眼鏡男が苦しげにジタバタ暴れ騒いでる中、冬華は彼らのやり取りについて行けず、呆然としていた。

 

「さっきの化物、本当に消えたの?」

「……ええ、ご覧の通り」


 冬華の疑問に答えたのは銀髪眼鏡男だった。

 体に着いた汚れを払い、眼鏡をかけ直し立っている。先程とは違い真面目な態度だ。

 銀髪眼鏡男は冬華の側まで歩いて近づく。そして、彼は上体を曲げ一例をしていた。


「自己紹介が遅れましたね。私の名前はニクロム、以後お見知りおきを――……冬華さん」

 

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