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God of Labyrinth  作者: 無月
三章 蝕まれし黒き根
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三章 蝕まれし黒き根5話

 冬華は管理局の服に袖を通し、マフラーを首に巻いてから空を仰ぎ見た。


 翌日。

 群青空と橙色に染まった千切れ雲の下、肌寒さを残した早朝に冬華たちは身支度を終えハリスとライン、ジンと別れ荷馬車に乗り込みゴリアを後にする。

 セーブルへの道のりはシュインとカイン、そして何故か未来もそこに同行していた。出発時、荷馬車にこっそり隠れており忘れものを取りに行くから乗せてとだけ言って、詳しい内容を聴けずじまいだ。

 

 荷馬車の行き先はゴリアの隣り街アセトにある大教会。

 セーブルへ赴く際、船や荷馬車で移動するにも時間がかかり過ぎるため教会にある転送装置を使用することになったのだ。

 アセト大教会には前もって連絡をしているが転送装置も万能ではなく、遠い場所へは街にある教会を経由しなくてはならない。黒葉と白葉が使用する以外は教会が管理しているが、数も少ないため配備されている所はまだ少ないとのことだ。

 

 それから数時間後。

 空は青く澄み渡り、陽の光は真上へと昇っている。深緑のカーテンのように揺れる木々の街道沿いを荷馬車は緩やかに走っていた。平坦に均された道を通っているため、激しい揺れはなく順調に進んでいる。

 

 だが、荷馬車の中は嫌に静けさを保っていた。

 冬華の隣で舟を漕いで座っている未来に全員が集中しているからだ。


「未来さん、何故僕たちと一緒に行動しているんだろ? 冬華、何か聞いていますか?」


 当然の疑問。

 シュインの質問に対して冬華は表情を崩して頬を掻く。


「えっと、セーブルに用事があるんだって。忘れもの取りに行くとかなんとか」

「忘れもの、ですか?」

「うん。なんでも絶対にないと困るもの、らしい」


 シュインは不思議そうにしながら眉を下げている。彼の隣りにいるカインは気だるげな顔で正面にいる冬華を見ていた。

 不信感と緊張、色々な感情が入りまじった荷馬車内の空気は重い。沈黙した空間を何とか会話で切り替えなければと、乱れた思考で冬華は口を開く。


「未来のことも気になるけど、二人はあの後ちゃんと話せたの?」


 シュインとカインは同時に視線を冬華に向けていた。二人の表情はより暗くなっている。これは質問が悪かったか、空気はより重たくなっていた。


「それはお前が気にすることじゃねぇだろ」

「ご、ごめんなさい。あの後どうなったのか気になって……」


 冬華は慌てて謝罪すると、眉間に皺を寄せたシュインがカインに鋭い視線を送っている。


「カイン、もっと優しい言い方があるんじゃないかな。冬華は僕たちのことを気にかけてくれただけなんだから」

「なんだよ、本当のことだろ」

「何でも言っていいとは限らないんだから」

「はっきり言わなきゃ分からないことだってあるだろ」


 口喧嘩の応酬に冬華は肝を冷やしながらも会話に入ろうとする。


「えっと、貴方たちっていつもそんな感じなの?」

「「そんなとは?」」

 

 同時に重なる双子の声に冬華は目を瞬かせた。


「あの、喧嘩腰な感じだから。でも、凄く仲が悪いって訳でもなさそうだし……」

「ああ。僕たちは一時期離れて暮らしてたんですよ。その所為もあってお互い素直に話せない時がごくたまにあるんです」

「素直じゃなくて悪かったな」

「こらっ、カイン。またお前はそんなツンケンして駄目だろ!」


 この喧嘩に未来はよく寝ていられるなと、冬華は未来に視線を向ける。

 だが、当の未来本人は眠ってはいなかった。いつ起きたか分からないが満面の笑みで顎に手を置き足を組んでいる。


「いや~兄弟仲良いねぇ素晴らしい! 再開の果てに生まれる嬉しさや戸惑いの兄弟か。ふふ、興味が沸くわね!」

「うわっ!? あんた起きてたのかよ!」

「今さっき起きたところよ! さあさあ、もっと色々お話してちょうだい!! ごはんが三倍いけそうなやつを是非に!!!」


 突然の未来の挙動や声に冬華は目を丸くして体がのけぞる。さっきまでの空気と打って変わり、未来という存在により場は混沌と化していた。

 冬華はこの状態の未来を元の世界で何度も見てきたが、今回はそれを上回る勢いだ。


「寝起きでどうかしちまったのか? 飲み物飲んで落ち着いた方がいいぜ」

「そ、そうだね。ほら、未来お水だよ」


 冬華はカインに同意しつつ、鞄から皮の水袋を未来に手渡す。だが、未来は水袋を手で制してシュインに詰め寄っていた。


「私、シュイン君ともお話してみたいと思っていたんだよ。弟君と冬華も一緒にお茶でもしながら、ね?」


 お茶の話題にシュインは体がピクリと反応した瞬間、目を輝かせ微笑んでいる。


「お茶ですか? それなら僕が淹れますよ。一息するのも大事ですよね。やはりここは状況に合わせて気を和らげるものがいいか――」

「兄貴、何勝手なこと言ってんだ! 未来とか言ったか、あの時俺はああ言ったがあんたのこと認めた訳じゃないんだからな!!」

「えー喧嘩して拳を交じり合った仲ではないか。つれないこと言うでないよ」

「俺がいつあんたと拳を交じり合ったんだ? 過去改変するんじゃねぇよ」


 カインと未来の掛け合いは険悪な喧嘩というよりも他愛のない喧嘩に近いものだった。昨日まで戦々恐々としていたのにいつの間に仲が良くなったのかと、冬華は驚くばかりだ。


「何だかいつの間に打ち解け合ってる気がする」

「ええ、不思議なこともあるものです。本当に、良かった……」

「シュイン?」

「いえ、何でもないんですよ。あ、外を見て下さい。そろそろ街に着きそうですよ」


 正面でぎこちない笑みを浮かべているシュインに冬華はどうしたのかと首を傾けた。



 ◆◆◆◆◆



 昼過ぎ、天気が崩れることなく街に到着し街門を抜けて荷馬車から降りると、街中から民族系の明るく軽快な音が冬華たちを出迎えていた。

 

 今アセト街は豊穣祭が近い内にあるようでそれの準備に忙しいようだ。祭りに備えて音楽隊が開けた所で練習演奏をしおり、そこに人が集まっていた。

 

 お祭り色に染まった通り道を横目に、冬華たちは真っすぐに大教会へと向かっている。

 パーピュアと街並みはそう変わらないが、大教会を行く通りには所狭しと花や服、装飾品、日用品などが色とりどりに露店が並んでおり人々の表情は華やぎ満ちていた。

 

 先頭に進むシュインとカインの後を追いながら冬華は未来に話しかける。


「露店がいっぱいだね。それになんだか街の人たちも明るい顔をしているね」

「豊穣祭が近いからその準備もあるんじゃないかな。ほら、中央広場が見えるでしょ。祭り用の台座とか色々作ってるみたい」


 未来が指さす先には丸く囲った広場があり、そこには大きな皿を頭上に掲げた女神の像がある。側にはお供え物などを置く台を何人がかりかで作っていた。他に別の作業をしている者たちは太い木材を運んだり周辺に明かりを灯す提灯や花などを至る所に飾っている。


「この地周辺は神さまに感謝したりする風習が今でも根強く残ってるんだね。もしかしたら、神さまが戻って来るのを願っているのかも」

「神さまか……」


 冬華は周りを見渡し街を眺めた。

 神がいなくても人々は紋章樹という恩恵を受けながら普通の暮らしや生活を送っている。それが当たり前なのだ。


(でも、紋章樹は少しずつ蝕まれてる。やっぱりこの世界には儀式が必要なんだ)


 冬華は改めて思いながら近くの装飾品屋を横切ると、外に並べられた細長い木目の飾り台に括りつけられてあるヒラリと揺れる何かに目が釘付けになり足を止めた。それは、環の中に網が何重にも張り巡らされ細長い白い羽根が何枚も吊り下げてある飾り物だ。


「どうしたんですか?」


 前に歩いていたシュインが冬華の右隣りに立ち、それに続いて未来も左隣りにやって来ると、頭上で揺れる同じ物を眺めていた。


「うん。昔ね、こんな羽根が沢山ついた飾りが私の部屋にあったの。ドリームキャッチャーに似てるけど」

「ドリームキャッチャーって悪夢払いだよね」


 未来は羽根の装飾品を軽く突きながら答えている。

 その言葉にシュインは小首を傾げていた。


「悪夢払い?」

「そそ、悪夢を払い除けるお守り。この世界にも似たような物が結構あるみたいだね。えーと、名前なんだっけな。シュイン君は名前知ってる?」

「すみません。僕はこういうのには疎くて」

「そっか、知らないか。店員さん、これなんて名前ですか?」

 

 未来が大きな声で呼び掛けると、女性の店員さんがやって来て笑顔で応対している。

 冬華はそれを遠くで眺めながら違うことを考えていた。


(やっぱり記憶がぼんやりしてる。思い出せそうで、思い出せない)


 自室に飾られたドリームキャッチャーはいつの間にかなくなっていたが、冬華の心に何か引っかっていた。


「悪夢に悩まされているんですか?」


 シュインの呼び声に冬華はハッと肩を揺らして現実に戻る。胸に手を置き、平静を装う。


「ちょっとね、最近は減ったと思ってたんだけど。不思議な夢はよく見るんだ。でも、もう慣れたから平気だよ」

「そう、なんですか」


 シュインは心配そうにジッと冬華を見つめている。

 逆に心配させていることに気づき冬華は居た堪れない気持ちになった。


 すると、少し離れた所で立っていたカインが大股でこちらに近づいて来る。


「おい、時間が惜しいんだろ。さっさと教会に行くぞ!」

「あ、うん。今行くよ!」


 助け船と言わんとばかりに、冬華はカインの声に従い大教会の方へと向かった。



 ◆◆◆◆◆


 

 アセト大教会は高台にあり、外観は茶色い煉瓦に敷き詰められた三角柱の立派な建物だった。

 鉄で出来た中央扉の前には、頬がこけて小枝のように細い体形の黒い修道服を着た初老男性が入り口に佇んでいる。


「紋章樹黒葉管理局の皆様方、遠い所まで良くお越し下さいました。私はアセト大教会の神父レイナードでございます」


 レイナードと名乗る神父は腰が少し折れ曲がっており覚束ない足取りで冬華たちを教会の中へ案内してくれた。


 広くて静かな空間に冬華たちの足音だけが残響している。

 大教会と呼ばれるだけあって建物の中は塵一つなく床は鏡のように反射していた。白を基調とした柱と壁には華美な壺やステンドグラスに絵画などが飾られている。ただ、どこか寂しいような冷たい雰囲気が辺りを包んでおり、人の姿もあまり見当たらない。

 冬華が周りをキョロキョロしていると隣にいたカインに軽く肩を小突かれる。何ごとかとカインを見やれば鬼のような剣幕で睨んでいた。


「挙動不審な行動は止めろ」

 

 カインが小声で短く言った後、そのまま前をツカツカと廊下を歩いて行く。

 最初は不思議に思っていたが冬華は自身の姿を見て納得する。今は管理局の服を着ているのだ、変に目立てば怪しまれてしまうし何より花嫁であることを周りに気づかれてはいけない。


(特にここは教会だからね。儀式容認派の人がいるかもだし、気を引き締めないと)


 改めて冬華は自己確認をした後に前を向くと、シュインとレイナード神父は何やら話し込んでいた。 


「連絡をしていた転送装置は使えますか?」

「ええ勿論、と言いたいところなのですが。今しばらく準備に時間がかかっておりまして。もうしばらくお待ちいただけますでしょうか」

「いつまでかかるんだ?」


 カインの質問にもレイナード神父は腰の低い姿勢で何度も頷いている。


「夕方頃までかかります。本当に申し訳ございません。教会に一室ご用意いたしましたのでそこでお待ちしていただければ、はい」


 額に汗をかいて頭を何度も下げているレイナード神父に、冬華は何故だか申し訳なさを覚えた。


「分かりました。僕たちはそこで休ませていただきますね」

「はい。お時間になりましたらお呼びいたします。ああ、部屋までご案内いたしますね」

「ありがとうございます」


 シュインがお礼御言って冬華も後に続いて頭を下げると神父はへこへこお辞儀をしいていた。


「いえいえ、管理局の皆様方にはこちらも助けられていますので、さあ参りましょう」


 暫く歩き階段を上る。レイナード神父について行くと二部屋程はある部屋の両手扉前で止まった。


「ここが待合室になります。何かあればお呼び下さい。それでは、失礼いたします」


 そう言ってレイナード神父は何処か忙し気に去って行った。

 シュインは口元を手に当てて小さく息を吐いている。


「だいぶここも警戒してるみたいだね」


 警戒という言葉に冬華は緊張する。


「兄貴、ちょっといいか?」

「……すみませんが冬華たちは先に待っててもらってもいいですか?」


 カインが鋭い目つきで周囲を睨んでいる。よほど緊急を要するものなのか、冬華は黙って頷いて未来と一緒に待合室に入る。静かに扉を閉めて中を見渡すと整理整頓された広々とした部屋。中央には豪奢な円形型テーブルと縦並びに細長いソファーが配置されている。正面には大きな窓ガラスがあり、街の景色が一望できた。


「わあーここからでも街の様子が見えるんだね」


 未来は興奮した様子で柔らかそうなソファーに腰かけている。冬華は静かにその隣に座り掌を擦った。


「……さっき、シュインが警戒してるって言ってたけど、もしかして他に人がいないのと関係してる?」

「まあ最近枯葉が日に日に増えてるから、そっちの方に狩り出されてるんじゃない」

「そう言えば、教会は管理局の傘下にあるって聞いたんだけど」

「んーそうだね。教会は守護者派と創造神派で別れてるんだよ。ここは創造神派で紋章樹に巣くうムシクイを毛嫌いしてて管理局や白葉に協力的なの。それこそ武器を持って戦うくらいにはね。あの神父は頼りなさそうに見えるけど昔、枯葉討伐の猛者とまで呼ばれていたらしいよ」


 レイナード神父が枯葉を追い払う姿が想像出来ないと、冬華は苦笑いをする。


「そ、そうなんだ。人は見かけによらないね」

「あはは、そうね」


 未来の軽い笑い声が広い室内に響く中、冬華は何かを窺いながら目を泳がせていた。


(今、聴くしかない。未来の目的が何なのか、うやむやにすることも出来ない)


 空いた時間に聴かなければと、冬華は握り拳を作り意を決した。


「ねえ、未来の忘れものについて聴いてもいいかな?」

「ん? 会いたい奴が同じだったからかな。ほら、情報屋の所に行くって話聞いてさ一緒について行こうと思ったのよ。話したいことがあるから」

「未来なりに目的があるんだね」

「うん。目的、だね」

「未来?」


 冬華は乾いた喉を気にしながら口を開いた。


「前から聞こうと思ってたんだけど、未来は、この世界に残るの?」

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