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God of Labyrinth  作者: 無月
一章 青き剣の花嫁
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一章 青き剣の花嫁1話

 冬華の双錘に映る世界は白黒だった。


 冬華はまた夢を見ている。何時も見る暗闇を歩く夢ではなく、十二歳頃の夢、過去の記憶だ。


 幼い姿の冬華は自室にいた。

 髪を短く切りそろえ、動きやすい長ズボンとシャツを着た姿はまるで少年のような格好だ。左奥沿いに配置されたベットにぼんやりしながら腰かけている。

 目の前にある小さなテーブルに飲みかけのマグカップが置かれてあったが、冬華がそれを飲むことはない。

 視線の先には、壁に飾られたドリームキャッチャーがあった。輪の下に細長い鳥の羽が左右に揺れている。


 悪夢を払いのける力があるお守り。


 誰に貰った物だったか思い出せないと冬華は呟き、頭を傾げて俯く。

 夢を見た数ヶ月の記憶がごっそり抜け落ちている。それが原因か分からないが、育ての両親は冬華を家から出さなかった。学校にも行かせてもらえない日が何週間も続いたことがある。

 

 本当の理由は他にあった。

 

 冬華は立ち上がり、カーテンの隙間から外の様子を覗く。

 玄関口にいたのは溢れんばかりの人、焚きつけるカメラのフラッシュ、黒光りしたビデオカメラを持った記者たち。今にも玄関扉を押し破らんと石月低を陣取っていた。

 マスコミ関係者は口々に質問を投げかける。


『娘さんが誘拐されていた時の状況を詳しくお願いします!』

『冬華ちゃんは元気なんですか? 声だけでも聞かせて下さい!』

『記憶喪失は本当ですか? 質問にお答え下さい』


 その声は冬華の耳に容赦なく届いてきた。手で耳を抑え音を遮断し、体を丸めてしゃがみこむ。目に涙を溜め込み、泣くのを堪えていた。


(思い出したくても思い出せないよ。ごめんなさい、ごめんなさい)


 激しく点滅して光るフラッシュに怯えて目を閉じる。

 

「誘拐なんて知らない、覚えてないよ……」




 ◆◆◆◆◆


 

 上下に動く揺れで冬華は意識を取り戻した。

 

 肩に担がれているのか、宙に浮いた両足が当てどなくさまよう。

 冬華は目を開いて確認を行うが視界は暗く、体全体に袋が覆われているようだ。断面は固くて荒い質感で頑丈に作られているため破れそうにない。

 

(眠ってた? あの後何があったの?)


 冬華はこれまでの経緯を思い出す。

 学校で不審者に襲われ謎の外国人に助けられたと思えば、逃げ込んだ先の図書室で本が光って気を失った。

 考えるのを放棄したくなる内容に冬華は頭を抱えそうになる。


 現実離れが現実に起こった。そして、その出来事は現在進行形で続いている。

 未来が聞いたら大喜びして飛びつきそうだが、冬華にとってはたまったものではない。

 今の状況が夢と重なって見せたものなのか。小さい頃、冬華は何者かに誘拐されたことがある。当時は神隠しだなんて騒がれもした。

 冬華自身、その時の記憶はない。

 周りの大人たちはそのことに対し質問責めに追い立て、彼女にとって辛い日々が半年以上も続いたのだ。

 今まで忘れていたはずなのに本当に今更な話だと、冬華は表情を曇らせた。

 

 そんな考えも束の間、動きが止まる。

 外では人の声が聞こえ、数人いるのか騒がしい。

 

「おう、待ちくたびれたぜ。例の商品はそれかい?」


 冬華を抱えている人物に話しかけているのか、野太い声が響く。相手は何も答えず無言だった。


「黙りってか、顔も見せねぇで気持ち悪い奴だな。ちっ、早くそいつをよこしな」


 浮いていた体が地面に下ろされる。すると、ドスドスと重心のある足音が近づいていた。


「商品を確認させてもらうぞ、傷がついてたら大変だからな」


 紐を解く音が耳にちらつき、冬華は慌てて寝たふりをした。袋が開封され外の新鮮な空気が入ってくるが、体中に痛い視線が突き刺さる。


「ん、この女変わった格好してるな。パーピュアの連中が着ている服に似ているようだが、何処で手に入れた?」

「……」

「はあ、分かったもう聞かねぇよ。まあ、上玉には違いないからな」


 すると、冬華の体はまた宙に浮いた。

 危機感を覚えた冬華は薄く目を開けて、周りに気づかれない程度に外の様子を確認する。

 空は闇に染まっている、夜なのだろう。ただ、完全な暗闇ではない。遠くの方で光が揺らめいている。

 その光を確かめようと冬華は首を横に傾けた。

 光の正体は大きな鉄製ランプ。テントがついた馬車に括りつけられている。馬車は街道に停めてあり、脇道を逸れれば深い森に繋がっていた。

 ランプの灯りを頼りに、冬華は野太い声の人物を確認した。やっぱりと言うべきか、相手は筋肉質の大男。暴れたところで逃げられそうにない。


(こいつら一体何なの?)


 焦る冬華の気持ちもお構いなしに、取引は着々と進む。

 大男は馬車に向かって歩き始めていた。

 

「報酬は例の場所に送る。葉っぱ共に見つかる前にここを出る」


 葉っぱ共。

 耳慣れない言葉が気になった冬華だが、背中越しで見えなかった相手の姿を凝視する。


 フードで顔を隠し、黒いマントで全身を包んだ人物。


 冬華は思わず声が出そうになり口元を抑える。だが、その動作でマントの人物は気づいたのか、足音を立てず瞬時に近づいてきた。抵抗する暇も与えず冬華の口を塞ぎ、右上腕部にチクリと針に刺された痛みが襲う。体は次第に力が抜けていき自由が効かなくなる。


(えっ、体が動かない。声も出ない!?)


 冬華の悲鳴は誰にも届かない。

 マントの人物が後ろにいることに気づいた大男は、ビクリと肩を震わせていた。


「うおっ、まだ何か用か?」


 マントの人物は首を横に振り、腕を組みながら素早くキラリと光る物を隠していた。


「たく、用は済んだだろ。早く行けよ」


 マントの人物が頷き、道を横切り高々と助走もなしに跳躍しながら木立広がる中へと姿を消していく。

 大男が盛大な溜め息をつくと、馬車に向かって大きな声で呼びかけていた。


「おい、そこにいる傭兵こっち来い!」


 ガタンと音がし、帆馬車の中から長い黒髪に長身の男性が剣を携えて降りてきた。


「女を荷馬車に運んでおけ」


 大男のフンッと鼻を鳴らす音が聞こえる。


「いけ好かない顔しやがって。ほれ、落とすなよ」


 冬華の体は男へと移動し、抱き抱える形となった。

 ぼやけた視界で冬華は男に視線を向けると、彼は眉間に皺を寄せ思いつめた表情で冬華を見つめている。薄く開けた目を閉じて再び男を見たが、彼は視線を変えていた。

 冬華は、男に抱えられたまま馬車に乗り込むと急に眠気が襲い、重たくなる目蓋はゆっくり伏せられていった。




 ◆◆◆◆◆


 

 浅い眠りから覚めて、冬華は地面に両手をつきながら上体を起こした。

 馬車に乗ってからどれくらい経つだろうか。体が鉛の様に重く動きが鈍い。

 

「は、えっ?」

 

 ぼやけていた視界がクリアになると、冬華は眉を寄せて驚き声を上げた。

 仄暗く灯るランプが頭上で不規則に揺れ、部屋全体は冷え冷えとしている。凹凸が激しい石造りの部屋に錆び付いた鉄格子の柵が一面についている牢屋に冬華は寝かされていたのだ。

 自分がいる場所を見て、冬華は状況が理解できず愕然としていた。


「つっこみたいところは色々あるけど、ここ日本じゃないでしょ!」


 冬華が盛大に叫ぶと、ガツッと足で蹴りつける音が反響する。


「うるせぇぞ! 商品がぎゃあぎゃあ騒ぐな!!」

 

 牢屋の外側から、小柄で骨ばった背の低い男が現れた。

 頭に薄汚れたバンダナを着け、擦り切れた洋服と腰布に短刀を装着している盗賊のような風貌だ。

 冬華は小柄の男をまじまじと見つめた。


「何ガン飛ばしてんだよ。商品は大人しくしてろ!」


 冬華はプツンと堪忍袋の尾が切れ、小柄な男を睨みつける。


「さっきから商品商品って、失礼にも程があるでしょっ! それにそんな変な服装で、恥ずかしくないの!」

「何言ってんだこの女、頭いかれてんのか? お前の方が変な服装だろーが!」


 二人は火花を散らし睨み合いを繰り広げていると、ジリリッと甲高い警報が鳴り響いた。

 牢屋は地下にあるのか、天井がドタドタと騒がしい足音を立て始める。


「ちっ、葉っぱ共が入り込んだか! くそっ、警備は万全のはずだぞ」

「葉っぱ?」

 

 葉っぱ、先程も聞いた言葉だ。

 冬華は自分に確認するように、口に出した。


「ああ? そんなことも知らねーのかよ? 馬鹿なのか?」

「ば!?」


 体を震わせ冬華は膝を折る。顔を真っ赤にして鉄格子の柵を握りしめた。


 冬華は忌々しげに眉を釣り上げる。

 小柄な男は冬華の反応を見て顔が引きつっていた。


「気持ち悪い女だな。これが魔族に献上する品なのか?」

「は? ま、魔族?」


 おとぎ話に登場する空想の種族。

 冬華の認識ではそう捉えているが、そんな話は信じるに値しないとでも言いたげに眉顰める。


「可笑しなこと言わないでよ。魔族なんてこの世に存在しないでしょ」


 小柄な男の顔色が次第に青くなっていく。


「な、お前本当に言ってんのか?」


 小柄な男は懐から、震える手で湾曲の短刀を抜いていた。

 冬華は慌てて柵から手を離し後ずさる。


「こいつ、異界の……」

「異界?」


 小柄な男はヒッと声を漏らし、弱腰の態勢で逃げていった。冬華は一人取り残され、体育座りに直し下を向く。


「何が異界よ」


 冬華の小さな呟きは掻き消え、寂しさを紛らわすように服の裾を握りしめた。すると、小柄な男が走っていった方から掠れた叫び声が聞こえる。


「お前、なぜここにいる! まさかお前がっ――……」


 言い終える前に声が途絶え、ドサッと人が倒れる音が微かに冬華の耳に残った。


「今度は何?」


 鉄格子の間から様子を覗くと、先程の小柄な男が仰向けで倒れている。その暗がりには背が高い人影が佇んでいた。

 人影がゆらりと動き、冬華の方に向かって歩いて来ている。

 牢屋に取り付けられたランプで相手の顔が見えると、冬華は目を丸くして驚いていた。目の前にいたのは、黒い長髪と首元まであるマフラーを巻きつけ、前に開いたロングコートを羽織っている。

 大男と一緒にいた傭兵だ。

 運ばれていた時は視界がぼやけてよく見えなかったが、男は二十代くらいの若い容姿をしていた。高い身長にがっちりした逞しい体つきをしている。

 男が冬華の牢屋の前にたどり着くと、切れ長な黒い瞳が鋭く光っている。


「どうして?」


 冬華が口ごもると、男は懐から幾つもの鍵を取り出していた。


「今、鍵を開けるから待っていてくれ」


 ガチャリと錠前が外れ鉄格子の扉が開く。

 座り込んでいた冬華は部屋に入って来た男を仰ぎ見た。


「ここから逃げるぞ」

「え、ちょっと待って。貴方、ここの人たちじゃないの?」

「……違う、私は君を助けに来た」


 男は体勢を低くし、冬華と同じ目線で話し始めた。


「説明する時間がない。それに……」


 男は言葉を途中で切る、それを見て冬華は眉を寄せた。


「な、何?」


 冬華が不安げに尋ねると、男は首を横に振っていた。そして、自分の首に巻いていたマフラーを取り外し冬華に巻きつけている。


「あ、あの?」

「少しだけ、大人しくしていてくれ」


 次の瞬間、目の前の男は冬華を横抱きに抱えて走り出していた。


「うわっ!? い、いきなりなにするんですか!」

「話すと舌を噛むぞ。私の首に手を回して固定していてくれないか」

「は、はい」


 冬華は無我夢中で男の首に手を回し下を向く。


「しっかり掴まっていろ」

 

 冬華の耳元で優しくも心強い声が響く。

 よく分からないこの場所で、その声だけが冬華に不思議と勇気を与えた。


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