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God of Labyrinth  作者: 無月
二章 白紙のページ
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二章 白紙のページ19話

 冬華の顔面を掠める風は生温く、靴底についた泥は足並みとともに鈍く響く。

 

 枯葉から逃げた先には湿気を含んだ仄暗い下水道に繋がっていた。

 煉瓦造りのトンネルは真っ直ぐ伸び、水流には溜まったゴミにより茶黒く濁っている。淀んだ空気に漂う、魚のような生臭さに負けた冬華は口元に手を当て苦々しく息を吐き、壁に片手をつける。だが、指先に伝う感触に煉瓦のザラつきはなく、滑らかさが掌に収まった。


「あれ?」

【どうしたんだ】

「何だか違和感があって、ちょっと確認します……」


 冬華は少しひび割れたイヤリングを頭上にかざし、小さな灯りを頼りに目を凝らす。

 風化した壁はどれも同じように並んでいたが、視線を手に移すと一つだけ不自然なでっぱりとバツ印が粗削りに掘られている。

 慌てて手を離したが、バツ印は仄かに光り出し横壁から徐々に透けると、狭い通路が現れた。伝う壁は石と土で敷き固められていて、道行は不気味なほど暗い。湾曲した入り口は大人一人は出入り出来そうだ。

 冬華はホープに壁から通路が現れたことを伝えると「ふむ」と冷静な声が返ってくる。


【誰かが残したものか?】

「何とも、言えません。でも、私がさっきいた場所、枯葉の研究施設だったらしいんです。ハリスさんもここにいたらしくて」

【枯葉、研究施設。そこは、管理局が解体した施設の一つかもしれないな】


 ホープの強い声で冬華の意識は針のように鋭く尖る。


「施設の一つ? 他にも施設が存在しているんですか?」

【ああ。枯葉の違法施設は管理局の管轄だからな】

「……気になったことがあるんですが、ニクロムは何故この抜け道を知っていたんでしょうか?」

【彼は、研究施設制圧に参加していた。ハリスを助けたのはニクロムだと記録ではあったが、施設内も熟知している筈だ】


 ニクロムがハリスを助けた。それは枯葉が紋章樹と関連があるなら管理局が動くのも理解できる。だが、冬華は今の会話に違和感を覚え無意識に口を開いた。


「ホープさんは牧師さんですよね? 白葉や管理局のこと、どうしてそこまで……」

【私は元々、騎士団にいた白葉だ。教会は管理局の傘下で、自然と情報が耳に入ることも多い】

「え?」

【私は、冬華に自身のことを教えてはいなかったな。身元が分からない者に守られるのは嫌だっただろ、すまなかった】


 ホープのどこか哀愁を含んだ掠れた声が冬華の心中をざわつかせた。それは、僅かな疑心。先程ラインと対峙した時のことが頭にちらつく。


『魔族は紋章樹の影響を受けにくい。自由に動ける人が必要、貴方みたいなね。紋章機械を持ってるってことは、後ろに内通者がいるから』


 ラインに挑発した言葉が冬華の心に突き刺さる。内通者がいると憶測を立てたが、それは今まで接してきた人たちを疑うのと同じこと。


「私は――」

 

 冬華の震えた声は細くなって掠れていく。

 右も左も分からない冬華をニクロムやハリス、管理局の人間、皆優しく接してくれていた。だが、その優しさはどこからくるものなのか。


(疑心暗鬼に、なってる?)


 不意に響いた心の呟きに両目を開け、冬華は否定するように頭を横に振り深呼吸をした。

 

(目の前の暗闇に引っ張られて不安になってるだけ。私は、助けてくれた人たちのことを信じたいって思ってるから)


 冷静さを取り戻そうとする内に、ニクロムの言葉が流れてくる。


『冬華さんがどんな選択をしたとしても私はついていきます。だから、帰りましょう。貴女が、望んだ世界へ』


 真剣な表情で右手を差し出してくれたニクロム。

 あの時掛けてくれた言葉は冬華にとって前に進む決意を固くさせた。


(私もニクロムの手を取った。信じるって) 

 

 今まで手を貸してくれた恩ある人たち、ホープやハリス、ニクロムには花嫁を守る立場にある。体を張って守ってくれた彼らを信用しないでどうすると、冬華は眉を吊り上げた。


「嫌になるわけ、ないじゃないですか」

【冬華?】


 冬華は湾曲した壁と足元を交互に確認しながら再び歩き始めた。


「ホープさんは私のことを助けてくれました。だから一つでも知れて良かったです」


 言い淀むことなく告げると、短い間の後にホープの息を吐く音が響く。


【私も、話せて良かった。ありがとう。だが、も――……】

 

 言葉は最後まで聞こえては来なかった。代わりに、イヤリングから耳障りな音がする。劣化した音に驚いて冬華は足を止めてしまう。 


「ホープさん?」


 返事は無い。イヤリングの寿命が尽きかけているようだ。

 冬華の胸から激しく伝う振動は増長していく。強張った手を握ろうとするが点滅するイヤリングは虚しく零れ落ちてしまった。イヤリングを視線で追い、首を傾けた先に冬華は反射的に肩が揺れる。

 

 光りが前方からゆらりと、尾を引き向かって来ていた。

 

 枯葉、それともラインか。過ぎる相手に身構える間もなく冬華の体は暗い路へと引きずり込まれていく。視界は黒に覆われ飲まれていくが衝撃はやって来ない。代わりに柔らかで気強い温もりが肌に伝わってきて、一筋の黄色い灯りが冬華の顔に照らされる。


「冬華、さん?」 


 慣れない光に目を細め確かめると、全身煤で汚れたハリスの姿があった。朱色の双眸は見開いており、端正な顔を歪めて冬華を抱く腕は震えている。


「ハリス、さん」

「大丈夫ですか?」


 揺らめく灯り越しに、ハリスは冬華の頬に手を伸ばそうとしていた。

 が、あまりの顔の近さに冬華はその手を遮る。

 

「だ、大丈夫です。あの、助けに来てくれてありがとうございます」

「……いえ。貴女が無事で、良かったです」


 冬華はハリスからそっと離れ視線を横に逸らすと、そこには青い小鳥が羽根埋めて体を休めている。


「青い、鳥?」 

「カインの使い魔です。気を探って行動するようですね。まあ、おかげで助かりました。夜目は利きますが、鼻は利きませんから」


 鼻を押さえ不服そうな様子でハリスは背を向け、膝をつきながら屈んでいた。


「ここは危険です。俺が背負いますので早くここから移動しましょう」

「あの、ちょっと待ってもらってもいいですか。大事な物を落としてしまって」


 ハリスが手に持っている紋章石は全てを見通すとまではいかないが、道行を照らすに十分な働きをしている。

 冬華は灯りを頼りに注意深く探した。


「あった」


 幸い、足元近くに落ちており素早く拾い上げるが、イヤリングは所々黒く焦げ形状は歪んでいた。破片は飛び散り、通信の機能を失ってしまっている。冬華は手の中に収まっているイヤリングを優しく包んだ。


「さっきまでホープさんと話していたんです。唯一の通信手段だったんですが……」

「そう、ですか」


 横顔で話すハリスの表情は読み取れないまま、冬華は広い背に乗せられる。


「ここは外に繋がっている通路ですから、出たら何か分かるかもしれません」


 ハリスは無駄なく立ち上がり走り出していた。

 今まで歩いていたのが嘘のように移動速度が速くなる。揺れは少ないが油断すると振り落とされそうだ。その間、冬華は戸惑いつつもハリスに大人しく掴まっていた。

 

「この隠し通路のことよく分かりましたね」


 不意に声を欠けられ、冬華は慌てて返事をする。


「偶然見つけたんです。不自然に出っ張ってて」

「偶然?」


 疑問気に聞き返すハリスに冬華は頭を横に傾げる。


「ハリスさん?」

「いや、何でもありません。実は俺たちが通っているここは父が用意したものなんです」

「お父さん、ですか?」

「父はここの研究員でした。俺が生まれる前、一度研究を投げて被検体の母と逃げたらしいんですが連れ戻されたそうです。まあ、日記で知ったことですが」

「そう、だったんですか」

 

 しばらくして、速度が緩やかになっていく。

 冬華は何事かと道の先を見るとそこには鉄の手摺り扉があった。頑丈そうに造られているであろう扉の中央には無数の小さな穴が空いている。そこから中の様子を窺うことは出来ない。


「冬華さん、聞いてもいいですか?」


 扉の前に進むと、くぐもった声でハリスは質問をしてきた。


「は、はい」

「俺のこと、どこまで知りました?」


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