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God of Labyrinth  作者: 無月
一章 青き剣の花嫁
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一章 青き剣の花嫁9話

 冬華は石のアーチに囲まれた中庭で、静かに体を丸めて座り込んでいた。

 

 誰もいない、ひっそりとした空間。枝分かれした道には様々な木や草花が咲いている。いや、草花に似た植物だった。

 冬華が近くにあった薄紅色の花を覗き込む。

 わずかだが、一枚一枚の花びら全てに淡白い光の粒が輝きを放っていた。花だけではない、木々についた葉にも同じ光を宿している。手触り、匂いは冬華の知る植物と差して変わりない。

 なぜこのような現象が起きているのか。

 ゴッドラビリンスが特殊だからなのか、はたまたこの都市に紋章樹が植えられているからなのかは分からない。鈍よりとした曇り空のせいもあってか、草花の輝きはより増している。風に揺られればより一層、幻想的な風景になるだろう。


(私、こんな所で何してるんだろ。突発的に出てきちゃったから帰り道分からないや)


 今の冬華に景色を楽しむ余裕は皆無に等しかった。柱に絡まった蔦を弄りながら、ぼんやりするしかない。自分で考えていることと、現実で起きている出来事について行けないでいたのだ。

 冬華は少しだけ赤くなった目を擦りながら、手に持っていた青い万年筆を握りしめる。


「裏切り者か」


 裏切り者の父親。

 冬華はその言葉が頭から離れなかった。

 そして、自分に自身に関わる重たい使命、生死が左右されるであろう儀式に重責を抱えるしかない。

 帰りたい。

 死にたくない。

 両親のことが気になる。

 怖い。

 頭の中はグチャグチャで、思考が定まらないでいた。


(私の代わりに花嫁になった子だって死にたくなかった筈なのに。私、自分のことばかり考えてる)


 憂鬱な気持ちが空と反映したのか、雨が疎らに降り出してきた。

 最初は小ぶりだったが次の瞬間、癇癪を起こした子どものように空も泣きはじめる。

 冬華は慌てて柱から離れ、来た道を戻る。一先ず、屋根がある場所まで走らなければずぶ濡れだ。手に持っていた万年筆を胸ポケットにしまい足を忙しなく動かし続けた。

 

「えっと、道はこっちだよね。あったあった!」


 宙に浮いた光る鉱石が道沿いに点滅し、道を照らしてくれる。

 おぼろげな橙色の光を目印に、屋根伝いの渡り廊下に辿り着き冬華は息を撫で下ろす。体は若干濡れてしまったが風をひく程までではないだろう。

 冬華が伏し目がちに立ち止っていると、反対側から人の足音が聞こえてきた。


「冬華?」


 低い男性の声に冬華が頭を上げると、そこにいたのはホープだった。


「どうして君がここにいるんだ。ニクロムはどうした?」


 ホープは神父が着るような黒いカソックを着用している。

 きっちり締めた立襟と足首まである長い丈、腰にはポーチのついたベルトをしていた。

 冬華の所まで駆け寄ってきたホープは凛々しい黒い眉を吊り上がらせている。


「体が濡れているな。このままでは冷えるぞ」


 ホープは肩にかけた大きな鞄の中から厚手のタオルケットを差し出していた。

 冬華はタオルを受け取ると、小さく頭を下げる。


「あ、ありがとう、ございます」


 震えた声で冬華がお礼を言うが、彼の目を見て話すことは出来なかった。


「話したくないなら無理に話さなくてもいい。言いたくなったら話は聞く。それでいいか?」


 ホープの言葉に冬華は小さく頷く。

 彼の表情は分からなかったが、温かい手の温もりが頭をポンポンと撫でている。それがとても優しくて、冬華は再び目に涙を溜め込ませた。二人の間に涙の跡が一つ、二つとついていく。


「今日は、雨が激しいな。こんなに降ってくるとは、天気とは人のように気まぐれだ」


 冬華は顔を上げて空を確認しようとするが、視界が何かに遮られる。

 ホープは冬華が持っていたタオルケットを取り、頭に覆わせていた。予想外な出来事に困惑していると、再び頭の上に手の温もりがやってくる。

 

「雨が止むまで少しだけここにいよう。荒れた天気も少しは落ち着くだろ」


 ホープの優しい声に、冬華は涙を頬につたわせた。そして、雫はタオルケットに吸い込まれる。

 冬華はタオルケットに包まり丸くなった。この時だけは雨に感謝する。 

 小さな嗚咽が雨音に混じって消えてくれることを願いながら、下を向き続けた。



 ◆◆◆◆◆


 

 雨が止み終わる頃、落ち着きを取り戻した冬華はホープに事情を説明する。

 婚礼儀式の内容は伝えられなかったが、ホープは何も言わず、ただ黙って冬華の話に耳を傾けてくれていた。

 父親について話すと、彼は空を見上げながら冬華に話かける。


「私は、ジブリールに会ったことがある」

「父を、知っていたんですね」

「一度だけ話して終わりだがな。気さくで親しみやすい賑やかな男だったよ、彼は太陽みたいに明るかった」


 懐かしげに語るホープは真面目な表情を崩している。

 冬華の父親が相当明るかったことが彼の表情からうかがえられた。


「そう、だったんですね。もしかして、教会で会ったんですか?」

「ああ、そうだ。私はそれきり会っていない。ニクロムに聞いて知ったが、行方不明らしいな」

 

 行方不明。

 この世界では父親は行方不明で片づけられているのかと、冬華は複雑な顔で立ち上る。

 

(私は父さんの行方を知りたい。何が起きたのか、知りたい)


 冬華の気持ちは揺るぎない炎で燃えていた。

 父親が裏切り者と呼ばれた本当の意味を突き止めたいとさえ思いはじめている。


(ホープさんと話が出来て良かった。父さんがどんな人か分かっただけでも大収穫だ) 


 冬華は胸を撫で下ろした。

 一先ず父親の話は止めて、気持ちを切り替え違う話しを振ることにする。

 静かな渡り廊下から見える中庭を眺めて、冬華は口を開く。


「ホープさんって神父さんなんですか? 格好とかそれっぽいですけど」

「神父? いや、私は牧師だ。管理局の敷地内に教会があるんだが、そこで子どもたちに勉強を教えている」

「先生なんですね。あ、時間とか大丈夫ですかって、私もすっぽかしちゃったんだ。やばい、どう……くしゅん」


 話の途中で冬華は控えめなくしゃみをした。長い時間外にいたせいか、段々肌寒くなってくる。

 そんな冬華を見てか、ホープは真面目な表情で腕を組んでいた。


「今から医務室に行く所なんだが。そこで美味しいハーブティーを淹れてくれる局員がいる。それを飲んで少しは落ち着け」


 ホープはゆっくり歩きはじめている。

 冬華がついて来られる速度で歩幅を合わせてくれていた。


「ありがとう、ございます」


 冬華はホープの背中に向かってお礼を言う。

 彼は横目で冬華を見た後、少しだけ口角を上げて小さく微笑んでいた。


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