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God of Labyrinth  作者: 無月
一章 青き剣の花嫁
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一章 青き剣の花嫁8話

 あれから時間が経ち、昼頃が過ぎた辺りでイグネス局長から連絡が届いた。

 

 館に備えつけられていた紋章機械、転送機の端末に報せがあり、紋章樹黒葉管理局内部、待合部屋で待てとのことだ。ニクロムの耳にも紋章石がついた通話型イヤーカフを着けているので何時でも連絡対応出来るらしい。

 管理局員は全員、イヤーカフやピアス、イヤリングの装着を義務づけしているそうだ。転送機や端末、通話機。便利な道具がこの世界では日常的に使用はされてはいない。

 紋章機械が開発されたのも極最近らしく、試作機として管理局員が使用している。都市で暮らしている人々は紋章石だけで事足りるそうだ。

 

 そんな話をニクロムと交えながら、冬華は彼と一緒に待合室で待っていた。

 指定時間までの間、部屋の中央に配置されたソファーに座り待機しつつ、冬華は自身の姿を改めて確認をする。

 上は白いシャツに象牙色のニットカーディガン。下には黒いプリーツスカートとニーソタイツ。靴は濃い茶色のハーフルーズブーツを履いていた。

部屋の主には申し訳ないが、代わりの服が見つかる間は借りる他無い。

ニクロムから預かった白い本を片手に持ち、胸ポケットには青い万年筆を忍ばせていた。

 

 冬華はソファーに座ったまま、正面にある硝子窓に視線を移す。

 外の天気は変わらず、昨日同様泣き続けていた。ここに来る途中、石畳が泥で汚れているのを見てニクロムが「掃除が大変なんですよねー」と独り言を呟いていたことは記憶に新しい。

 

「冬華さん、顔色が優れませんけど大丈夫ですか?」

「え? うん、大丈夫。ちょっとだけ緊張はしてるけどね」

「そうですよね、やっぱり緊張しますよね!」


 軍服姿のニクロムが心配そうにしながら室内をうろうろ行ったり来たりしている。

 なぜ彼が不安そうな顔をしているのか分からないが、冬華の顔色が優れないのは、これからイグネス局長との話が気になっていたからだ。真実を知りたいと口にした以上心構えをする必要がある。

 冬華は深呼吸をして気持ちを落ち着かせた。

 本を左手に持ち変え、胸ポケットにしまってある万年筆を布上から右手で押さえた。


(よし、まだ時間あるから本と万年筆のこと聞いてみよう。あと、あの名前についても……)


 話すタイミングはあったがうまく話題に上げることが出来なかった。

 今なら質問出来ると冬華はニクロムに視線を向ける。


「ニクロムに聞きたいことがあるんだけどいいかな?」

「聞きたいこと? 何でしょうか」


 冬華は胸ポケットから万年筆を取り出しニクロムに見せる。


「この万年筆なんだけど、見たことある?」

「見たことはないですけど。冬華さんの私物ですか? 素敵な万年筆ですねー」

「そう、知らないんだ。じゃあ、レイン・ジブリールって人に心当たりはある?」

 

 ニクロムは目を丸くしながら驚いているようだった。

 彼は慌てているのか、ずり下がった眼鏡をかけ直している。


「その名前、どこで知ったんですか?」

「知ってるの!? ねえ教えて、この人は何者?」


 冬華は真剣な顔でニクロムを見つめる。だが、彼から返事は返ってこなかった。


「ふんっ、何者だって? 何も知らないんだなお前」


 唐突に聞こえてきた声に、冬華は顔を扉の方に目を向ける。そこにいたのは、昨日悪態をついて帰っていった揉み上げが長い青髪の青年だった。


「レイン・ジブリールはお前の父親。裏切り者だ!!」

「裏切り者?」


 冬華が彼の言葉を復唱すると、ニクロムはソファーから立ち上がり体を前に出して遮っていた。

 だが、青髪の青年はニクロムの前に立ち押しのけている。


「カイン、何を言っているんですか!」


 青髪の青年、カインはニクロムを睨みつけている。鬼気迫る表情に冬華は声が出せなかった。


「うるさい! お前は黙ってろ!」

「なっ!?」


 カインはニクロムを押しのけて冬華の前まで大股で歩き、見下ろし立っていた。


「レイン・ジブリールはゴッドラビリンスの人間で管理局員だった。だがあいつは青き剣と花嫁を奪い、本来行われる筈だった婚礼儀式をめちゃくちゃにしたんだよ!」


 カインが近くにあったテーブルを勢いよく叩き、激しい音が部屋中に響く。


「儀式は予定通り行われた。でも、代わりに宛がわれた花嫁は死んだ! お前たちのせいで!!」

「っ、いい加減にしなさい。彼女にこんなこと言っても何も変わりませんよ」


 怒気を含んだ声でニクロムはカインを叱りつけていた。

 しかし、カインの態度は変わることがないまま口論は続く。


「ニクロム。あんたはいつも自分が正しいって顔して、それが腹立つんだよ。何でジブリールを止めなかった。そこにいる女のためか?」

「貴方も事情は知っていたでしょう」

「それでも、あいつが死ぬ必要はあったのか? 幸せそうに笑ってたあいつがだ!」


 ニクロムは視線を下げて何も言わなかった。

 カインはそれが気に入らなかったようで、歯を食いしばって目を尖らせている。


 彼らのやり取りを遠巻きに、冬華は放心状態で口を開く。


「死んだ? この儀式って、人が死ぬの?」


 冬華の震えた声に答えたのはカインだった。


「昔は生贄を奉げる儀式だった。だけど、今は違う。生贄儀式を反対していた黒葉、白葉上層部が儀式を見直したんだ。だがな、剣に適合しない奴が儀式に出ればおかしくなるのは必然だよな……」


 カインの淀んだ瞳には何も映し出されてはいなかった。

 冬華のせいで死んだ。

 その事実に冬華の足は動いていた。


「冬華さん、待って下さい!」


 ニクロムの声が遠くで聞こえたが、構わず冬華は走りだした。

 すれ違いざまにカインとぶつかってしまう。一瞬だけ彼が冬華を見て眉に皺を寄せていたが、今はそれどころではない。 

 冬華の頭の中は真っ白になっていた。

 赤子だったとはいえ、代わりに花嫁に選ばれた人間が死んでいた事実が恐ろしかった。現実を受け入れる覚悟をしておきながら情けないと、涙目になりながら唇を噛み締める。


(イグネス局長が私を帰そうとしていた理由は、儀式に死人をだしてしまったから?)

 

 安全だった儀式が危険と判断され、冬華を帰そうとしたなら話に合点がいく。


(でも、これが真実なら余計目を逸らしちゃいけないんだ。気持ちを、落ち着かせなきゃ)


 目を瞑りながら走っていると、人とぶつかった衝撃が冬華を襲う。体ごと倒れそうになったが、腕を掴まれ強い力で引き寄せられていた。抱きかかえられた形になり、厚い胸板が目の前にある。

 冬華は急いで離れようとするが、抱きとめてくれた相手は腕を掴んだままだった。

 相手の顔を見て冬華は顔を強張らせる。

 目の前にいたのは浴室で遭遇した金髪の男性だったからだ。

 格好は黒のタートルネックの上に管理局員の軍服を着ている。近くで見ると、両耳には銀縁に赤い石がついたピアスをつけていた。

 彼は驚いた顔をしている。

 切れ長の細い目は見開かれ、朱色の大きい瞳が冬華を移していた。

 瞳の色は朝日に映る空のように美しく、冬華は一瞬言葉が出てこなかった。

 

 冬華の目に、一筋の涙がこぼれ落ちる。

 

 自分自身が泣いていると分かり、腕で涙を拭う。

 泣いている顔を見られたくなくて、冬華は腕を振りほどきそのまま走り続けた。


「冬華ちゃん!」


 金髪の男性が冬華を呼び止める声が聞こえたが、無我夢中でその場から逃げ出した。

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