序章 扉1話
夜が深まり、紺青色に染まる空には大粒の雪が荒々しく降っている。
街は白銀の世界に覆われていた。
人が歩いた形跡はついては消えを繰り返し、煉瓦造りの屋根や地面に濁りのない雪が深々と積もっていく。
住人たちが業務を終え、寝静まった時刻頃のことだ。
街外れにある小さな古びた屋敷内から赤子の産声が響き渡った。
産声が聞こえた建物は今にも崩れ落ちそうで、風や雪よけに生えた防雪林がなければとっくに倒れていただろう。吹きすさぶ風は容赦なく屋敷を打ちつける。
そんな寒々とした屋敷一室には、橙色にぼんやりと灯る蝋燭の火が照らされていた。指折り数える程度しかない灯りの中、薄暗い室内にいる面々を見渡せば、年配の助産師とベッドで横になっている若い小柄な女性。
その彼女を見守るように立っている茶髪の若い美丈夫。そして、部屋の片隅に灰色の軍服を着用した人物が数人畏まりながら立ち並んでいた。
数分経ち、赤子の泣き声も段々落ち着くと、壁際にある暖炉の薪が爆ぜる音が耳につくようになる。
すると、助産師は赤子を抱えたまま女性に歩み寄った。
「おめでとうございます。元気な女の子ですよ」
助産師は木で編み込まれた揺り籠に赤子を寝かせた。毛布に包まれ、羽毛布団の上で穏やかな寝息をたてて眠っている。
女性は首を横に動かし赤子を見ると、慈しみながら微笑んでいた。
彼女の傍らで立っていた茶髪の男性もベッドに寄りそい、手近に置いてある椅子に座り顔をほころばせながら揺り籠の中を覗き込んでいる。
「俺たちの子だ」
優しい声音でささやく男性。
だが、それ以降彼が口を開くことはなかった。頭を項垂れ体全体から傷心しきった雰囲気が漂う。
女性も同様に、白い綺麗な両手を口元に当てすすり泣きながら体を震わせている。
室内は重い空気に変わり、その場にいる者たちも耐えきれず下を向く。
ただ一人を除いて。
部屋の扉付近に、軍服姿の人物たちと同じ格好をした長身の青年が真剣な面持ちで立っていた。肌が色白で紫がかった銀髪が印象的な青年は、眼鏡のレンズ越しから真っすぐ赤子に視線を向けている。片腕に青紫色の銀の装飾が施された分厚い本を強く抱きながら彼は呟く。
「やっと、会えましたね」
幸か不幸か、窓硝子を激しく叩く風の音で声は他の者には聞こえなかった。
青年は本を片手に持ち、優しい手つきで丁寧に一枚ページを捲り始める。
それは――……物語の始まりを告げていた。