竜の養女になりまして3
「よいしょっと。」
木に上って果物をむしり取る。
リンゴみたいな赤い実で、種が大きいからあまり食べるところは無い。
おじいちゃんは大きいから、たくさん取って帰らなきゃ。
次の木に移るため、私はするすると木を降りる。
「すっかり慣れちゃったなあ。まあ、いいんだけど。」
木登りが板についた自分にちょっとため息が出る。
女子大生だった頃は日焼けにあんなに気をつけてたのに。今じゃ焼け放題だ。
私、酒井稔は地球の日本で女子大生をやっていた。
買い物帰りに穴に落ち、真っ逆さまに落ちていたところを竜のおじいちゃんに助けられて養女になった。
我ながら数奇な運命だと思う。
バカ力っていう異世界トリップ特典はあったものの、こっちは人間はすごく暮らしにくい世界で奴隷になることも珍しくない過酷な世界だ。
そんな中で現代っ子の私が一人で生きていけるはずもなく。
竜でも理知的で恩人のおじいちゃんと暮らす方が何十倍も魅力的だった。
実際、今の生活は楽しい。
おじいちゃんの加護をもらって、防御壁と身体強化なんかも出来るようになって、今じゃ一人で狩りが出来るようになったしね。
籠一杯になった果物に満足して、岩にもたれて休憩することにした。
「一杯取れたから、パイでも焼こうか。小麦はまだあるし。」
ひんやり冷たい岩の感触を楽しみながら、今日の昼の献立を考える。
最近、野生の小麦を発見して、小麦粉を作ることに成功したんだよね。
小麦といっても、竹のように太く長く伸びたもので、収穫には骨が折れた。
何とか10本収穫してすりつぶし、最近はパイやケーキを焼いている。
おじいちゃんはパイ生地が気にいったみたいだった。
おじいちゃんはお肉はあんまり好まない。お魚や卵、果物が好きだ。
だから、果物を使ったパイはお口に合ったみたいで、最近のお気に入りだ。
パイ生地にはバターがいるんだけど、驚いたことにバターの樹液の出る樹がこの世界には存在した。
その樹はモンスターで、香ばしいバターの樹液で獲物をおびき寄せるタイプのやつだった。私も危うく食べられかけた。
おじいちゃんがブレスで軽くあぶるとさっさと離してくれたけど。
「ふふっ。おじいちゃん喜ぶかな。」
おじいちゃんは「美味いのう~。」と言ってご機嫌で私のご飯を食べてくれるから作り甲斐がある。
そんな楽しい予想を立てていると、突然地鳴りがし出した。
ごごごぉぉぉ
「やだ。地震?最近多いわね。早く帰らなきゃ。」
収まるまで待って、籠を担ぐと一目散に巣を目指した。
慣れた道のりで、崖の中腹にある巣にもあっという間につく。
「ただいまあ。」
「おお。お帰り。早かったのう~。」
「また地鳴りがしたから帰ってきたの。こっちは揺れなかった?」
「地鳴りい~?またか~?こっちはそんなもんなかったぞい。鳥たちも騒いどらんしなあ。」
「あれ?今日のはすごい地響きだったんだけど。」
「獣の唸り声じゃったりしての~。」
「やだ。まさか。」
あんな大地が揺れる程の唸り声なんてあるわけない。
おじいちゃんのジョークにひとしきり笑った後、パイづくりを始めた。
何を作ってるのかわかったらしく、おじいちゃんはそわそわしている。
近くで見てたってすぐには出来ないのに。
「おじいちゃん。そんなに見てもすぐには出来ないよ?」
「そうじゃが、不思議でのう~。」
「不思議?」
私が首を傾げると、おじいちゃんは不思議がる理由を教えてくれた。
曰く、自分より小さいか弱い手で、魚や卵、果物などを全く違う料理に作り上げる。それが不思議なのだそうだ。
おじいちゃん程の竜になると、大抵のことは魔法でなんとかしてしまえる。
おかげで火加減完璧な竈が使えるんだけど、おじいちゃんにしてみたらいろんな道具を使って料理を作る私の方が不思議らしい。
おじいちゃん曰く一万年も生きてる竜がパイ作りに興味深々だなんて、何だか可笑しい。
楽しくなって、その日はパイ以外にクレープも作り、ふたりで美味しく食べた。
次の日、パイ生地が余ってたからまたパイを作ろうと果物を採りに行ったら、また地鳴りが聞こえた。
しかも昨日よりひどかった。
ぐごがごぉぉぉ
耳を抑えてても身体に響く。
どうやら地鳴りじゃないみたいだ。
音をたどってみると、昨日私が休憩した岩にたどり着いた。
岩をあちこち調べてみると、一部が取れてその下から光る鱗が出て来た。
「ひっ。岩じゃないのっ?」
かなり大きい岩だ。
これが全部生き物だとしたら…地鳴りは唸り声っ?
逃げよう。私はすぐさま逃げた。
がむしゃらに走っておじいちゃんの所に駆け込む。
おじいちゃんは尋常じゃない私の様子に酷く驚いたようだった。
「みのり~。どうしたんじゃ~?怖いやつに追っかけられたのかあ~?」
「はあ。はあ。はあ。い、岩。」
「ん~?岩~?岩がどうしたい。」
「岩だと思ったら、下から、鱗が。地鳴りが、そこから、聞こえて。」
「おお~。そりゃ岩ヘビじゃのう。このあたりを根城にしとる大蛇じゃ。大人しいやつじゃて、好きにさせとる。」
「すっごい唸り声だったよ?地鳴りと間違えたもん。」
私が息も切れ切れに説明すると、おじいちゃんが岩のおばけの正体を教えてくれた。
岩ヘビという巨大なヘビらしい。
大人しいっておじいちゃんは行ってたけど、大人しい子があんな大きな唸り声をあげたりするだろうか。
私が訝しんでると、おじいちゃんは不思議そうだった。
「おっかしいのう~。岩ヘビは唸ったりせんぞ~?そんな器官はないからのう?」
「ええ?でも、すっごい音よ?」
「ふうむ。みのり~。わしをそこに連れて行ってくれんか~?」
「え?いいけど…。」
こうして、おじいちゃんと私は地響きのヘビに会いに行った。
おじいちゃんの背に乗っていったのに、近づくだけで音がすごい。
「こりゃあ。すごいのう~。」
「でしょう?皆逃げちゃったわ。」
周囲に生き物の気配はない。
この音じゃあね。おちおち寝てられないわ。
「ふ~む。こ~りゃ~。岩ヘビや~い。起きとるかあ~?」
「え。このヘビ寝てるの?」
「そうじゃあ~。じゃから身体に岩やらコケやらようさんくっつけとるじゃろう~?岩に擬態して寝るんじゃ。」
擬態って…。かなり大きな岩なんだけど。
私がもたれかかって全然余裕があったし。
「ん~?何じゃあ~?」
「…った。」
「何じゃって~?」
「なか減った。」
「もっとでっかい声で言わんかい~。」
「おなか…減った。がく。」
岩の先がかすかに動き、力尽きたように動かなくなった。
…お腹減ったって言った?今?
「おじいちゃん…。」
「ん~。こりゃ、腹の音じゃなあ~。」
「ええっ。これがっ?じゃあ。」
「行き倒れじゃな~。腹減りすぎて死にかけとる。」
「えええええっ。あんなに大きいのにっ。獲物なんてひと飲みじゃないっ。」
「擬態の岩があんなにデカけりゃなあ~。そりゃ動けんわ~。アホじゃの~。」
唸り声どころかお腹の虫の音だった。
擬態やり過ぎて飢え死にしかけるとか、どうにも間抜けなヘビだ。
「どうするの?おじいちゃん。」
「仕方ないのう~。こやつは水を綺麗にしてくれるしの~。助けるか~。」
「助けるのね。何を食べさせればいいの?」
「そこになっとる果物じゃあ~。こやつは草食じゃからのう~。」
「ヘビなのに草食…。」
「じゃから匂いが果物と混じるんじゃあ~。擬態中はわしでもわからん~。」
変わり種のヘビさんは、その後果物を山盛りにして口元の隙間にどんどこ放り込んでいったら回復した。
本人に確認してみると、おじいちゃんの予想通り擬態の岩が重くて動けないとのことだったので、おじいちゃんに砕いてもらって一件落着した。
知性のあるヘビらしく、意志の疎通が出来て浄化と防御の魔法が使えるそうだ。
名前はクルミンと言うらしい。ヘビなのに木の実みたいな名前だ。
助けて以来懐かれて、最近は狩りのお供をしてもらっている。
木に登らなくても果物が採れる高さまで運んでくれるのでとても重宝だ。
「くーちゃん。今日はあっちの果物採りに行こっか。」
「あっちは昨日鳥たちが食ってた。こっちが食べ頃。」
「そうなんだ~。くーちゃんすごいねえ。」
今日もいい天気。
異世界の狩りはますます順調だ。