前略勇者様。わたくし魔王は反省して貴方の侍女となります。
単に作者が若干すれ違う話が書きたかった気持ちがぽやーっと文章になってしまった作品です。
少々ご都合主義な話ですが生暖かい目でみてやって下さい。
設定や世界観が甘いのもご了承下さい
それは血を塗り広げたような真っ赤なレッドカーペッドの上で繰り広げられていた。
外では雨が激しく降り雷が鳴っている。
広いホール、大理石や金などを駆使して彩られた美しく豪華な天井。王宮を思わせるような細部まで凝ってある柱、シャンデリア、カーテン、そして真っ赤なクッションに金で縁取られた王座。
薄い青色の髪に翡翠の瞳を持つ端整な青年は、それまで使っていた大きな剣をしまい、腰から細長いレイピアのようなものを取りだしその切っ先を、闇夜に紛れる漆黒の髪の少女の首元に向けている。
―――完敗
既に魔力は使い果たして底を尽き、手、足、腕に流れる数々の血液、そして武器である大きな鎌は既に粉々に潰され原型を留めていない。
きっと今から必死で自身の傷を治しても、武器を直しても、また同じ結果になるでしょう。
…まぁそんな体力も魔力も残っていないのですけれど
薄い青色の髪の彼―勇者様は、ゆっくりとレイピアの切っ先をわたくしの首に少し食い込ませました。
少々痛みが伴いますが、こんなことで辛いと言っていては魔王は務まりません。
…とは言ってももうすぐこの世界の主はこの勇者様に移るのですけど。
ふと顔を上げてみると、勇者様は複雑な顔をしていました。
押し潰されそうな不安、期待に応えられた安堵、殺生に躊躇う気持ち…わたしがこの顔から判断できるのはこのくらいです。
彼にだって背負っているものがある。
わたくしと同じように。
自分がこれから死ぬのだと確信すると、これまでの出来事が走馬灯のように流れ出した。
傷付き血を流すわたしの大切な人たち
それでも尚侵略を続ける人間
積み重なり続けるお互いに対する憎しみ悲しみ
侵略を指示するわたくし
それに従う魔界に住む仲間
でもそれは人間にとっても同じだった
だけどそれに気づくのが遅すぎた
気づいた頃にはもう取り返しのつかない所まで来てしまっていた
…魔界に住む皆様、本当に申し訳御座いません。
勇者に対して抵抗することも儘ならない不甲斐ない魔王でした。
そして人間の皆さん、誠に申し訳ありません。わたくしのせいで傷付かなくても良い人が沢山傷付きました。
そして勇者様。
貴方はわたくしを討つことにより、
人間にとっては英雄として
魔界に住むものからは魔界の破壊者として
後世に語り継がれるでしょう。
そして貴方は何も悪くないのに、わたくしの負わねばならない責任まで押し付けてしまうことになるでしょう。
…本当に本当にごめんなさい
「――さようなら、魔王様」
わたくしは、わたくしの目に溜まる水分によってぼやけた、勇者様の辛そうな顔と声を聞きブラックアウトした。
―――叶うことなら来世では、わたくしが傷付けてしまった彼らのお役に立ちたいです
◇◇◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆
という記憶が戻ったのは庭で雑草を抜いていた時だ。
今は春。庭では沢山の草花が咲き乱れ、太陽の光がぽかぽかと私たちを照しておりとても穏やかな気持ちでした…が
「………え、わたしまおーだったの?」
皆さんこんにちは。わたしの名前はミュリア⚫アルザローレ。前世では黒髪赤目の綺麗系美人さんだったのですが、現世でも黒髪赤目は健在です。
因みにわたし今は3歳なので今後このお顔がどのように育つのかはわかりませんが、1つだけ言わせて貰います。この顔は綺麗系の美人さんにはなりません。
…まぁ容姿の事は置いといて、
この森の掟である魔女もといわたしの母代わりのキュリア⚫アルザローレに話を聞いてみたいと思います。
彼女は確か家の中で昼ごはんのオムライスを作っていたはず。
わたしはとてとてと歩いて家に戻る。
「たらいまぁっ」
「まぁっ早かったのね、おかえりなさい!」
わたしの言葉が舌足らずなのは堪忍して頂きたい。
玄関まで迎えに来てくれたのはねずみ色の髪に黄色い瞳の美女さんです。そしてわたしの前世の記憶が正しいのならば……
「キュリア…」
そしてわたしは小さな体を使ってキュリアの足にぎゅっとしがみつく。
「しんでしまってほんとぉにごめんなさい…!わたし、わたしっ…」
「……お嬢様…?」
その呼び方本当に懐かしい。前世でわたしをきっちり叱ってくれた侍女長の懐かしい声に思わず泣きそうになった。
「…記憶がお戻りになったのですね」
「うんっ…うん、そぉなの…ごめんなさい…」
「――っ、この馬鹿娘っ…!」
キュリアはわたしの小さな体をぎゅっと抱きしめた。
「……あのあと魔界は人間によって支配されました。当然支配されているのですから屈辱的でしたよ」
「…っ」
「…ですけどね、悪いことばっかじゃ無かったんです。…今はあれから200年経ち、人間と魔界のものが共存する世界になりました。とても住みやすいんですよ?人間の住みかって。因みにこの家も人間が建ててくれたんですよ、素晴らしいでしょう?」
「…うん」
「ですからね、誰も責めてませんよお嬢様の事は。…寧ろお嬢様が亡くなって皆責めるどころか咽び泣いてしまいましたよ?…あれは酷かった…」
「…ふふっ…」
「それにお嬢様ったらわたしたちを勝手に森に放り出して…皆大騒ぎだったのですよ?団長様も宰相様も料理長も侍従長も兵士たちも侍従たちも侍女たちもわたくしも。荒れまくった魔界のものの数は両手では足りませんもの。」
「ご、ごめ…」
「まぁ皆さん今でもあちこちで活躍されてるので、きっちりお灸を据えて貰ってきなさい」
「ぅぇ…」
キュリアはそう言ってにっこり笑うと、
「…お嬢様、その泥汚れはどうしたのです?」
「……ぁ」
ゆっくり視線を下に落とすと、わたしが着ている真っ白なはずのワンピースが茶色になっているではありませんか。そしてその汚れがキュリアのエプロンに…。
「…感動の再会はここまでにして、少々お説教に致しましょうか」
キュリアの極度の綺麗好きも健在でした。
その後きっちり叱られて今はキュリアの作ったオムライスを食べながら色々な話を聞きました。
わたしが死んだあとは闘う気はあるものの、魔界そのものの気力が薄れ、人間の成すままに生きたそう。そして魔界のものと人間は和解し互いに共存する世界になったようです。そして勇者様はわたしを殺したあとから顔から表情が消えてしまったようです。人間の国王から重要な役目を授かると、仕事ばかりする機械のようになってしまったのだとキュリアは言いました。
あの時から既に200年経った今では童話として美化して語り継がれています。
勇者は人間を救った英雄として。魔王は魔界のものをたぶらかした悪役として。
当然魔界のものはその本を見て激怒しました。ですがこの童話はとてつもなく人気だそうで、いくら消しても捨てても忘れた頃にはまた出てきたそうです。
魔界のものは能力が高いものはとてつもなく長寿です。そしてきっとそんないたちごっこに飽きたのでしょうね、魔界のものたちは自分の口から本当の事を伝えて行けばいいという考えに至ったらしいです。
ふわっふわの卵を食べながらわたしは思いました。
「キュリア。わたしゆーしゃさまにあいにいく!」
そんな彼女の瞳はまるで面白い玩具を手にした子供のようだったと後にキュリアは語った。…実際にも子供なのだか。
「お嬢様。因みに勇者様は2年後この国の第1王子に転生する予定らしいですよ」
「ほんとぉ!?」
「えぇ」
ここで何故キュリアが転生先を知っているのかはまた別の話。
「じゃあ…じゃあわたし……ゆーしゃさまの侍女になるっ!」
「………え?」
「だからっキュリアいろいろおしえてっ!」
「……畏まりました」
前世勇者様や人間たちに迷惑を掛けまくったわたしは取り敢えずその人たちのお世話役に回ろうと考えました。しかも都合のよいことに勇者様は第1王子に転生…要は人間たちのトップに転生したのである。
…ということは人間のいずれ頂点に君臨するであろう王子をお世話すれば、それは人間にも恩返しになるのではないのだろうか?
…という短絡的な考えのもと、ミュリアは実行に移した。
ミュリアは決して頭が悪いわけでは無いのだが、この時ばかりはいきなり記憶が戻ってきて少々混乱していたのである。
てっきり勇者を倒しに行くのだと思っていたキュリアは突然の侍女発言に少々驚くも、かつて魔王だったこのきらっきらした笑顔の少女に手を貸すのだった。
「やるからには徹底的に致しますわ」
◇◇◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆
そしてあれから2年が経ち、キュリアのスパルタな指導のもと誰にも恥じぬ侍女へと生まれ変わったミュリアは、人間からは魔女として恐れられているキュリアのお陰もあり見事第1王子の侍女兼遊び相手となった。
その年僅か5歳である。
キュリアの子供、要は魔女であるミュリアは城に入って暫くは虐められていた。なぜなら人間にとっては珍しい黒髪赤目は、200年前の最期の魔王…いわゆるミュリアと同じ色で、悪女のシンボルカラーをもつ稀な容姿であるからだ。
童話は200年経った今でも絶大な人気を誇っており、特に美麗な勇者は人間の女の子が誰もが通った初恋相手であると言っても過言ではないはずだ。
話が逸れたが、ミュリアはその容姿プラス魔女である。人間の女の子が目の敵にしないはずはない。
だかそこで屈するミュリアではない。
一応前世では王として君臨していたミュリアの精神は鍛えられていた。
最初の頃こそ悲しくて1人泣くとこはあったが、あるとき悟った。「そうだ、仕返しをしよう」と。
恩を返したい人間だが、ここまで一方的にやられると少し思うところもある。よってミュリアは相手に自分がやった痛みを教えて、こんなことは無意味なのだと悟らせようと考えた。…その年僅か6歳。
そらからと言うものの、自分の服が紛失したと言われれば自分で繕い、そして仕返し。自分の部屋の鍵が無くともキュリアから伝授してもらった鍵開けスキルを発揮し、そして仕返し。真冬に冷たい水をかけられてもこれまたキュリアに伝授してもらった魔法で乾かし、そして仕返し…。
そんな様子のミュリアに次第に皆が心を開き(報復が恐ろしかったとも言える)、今ではさっぱりと虐めはなくなった。
そんな、城では敵無しミュリアの最大の弱点は王子である。
王子は前世の勇者とおなじ薄い青色の髪につぶらな翡翠の瞳をした容姿だった。
初対面の時こそその容姿に怯えたものの、一緒に生活するにつれそんなことは忘れていた。
ミュリアは小さな弟が出来たようにそれはそれはとても可愛がった。端から見ると少し引いてしまう程度には。
◇◇◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆
そしてミュリアが城に入ってから15年経った今、王子は絶賛反抗期である。
長い石畳の廊下を、美青年がすたすたと速足に歩いている。
「王子っ!」
「…」
その美青年――第1王子、ギース・アフェンドはミュリアの制止を全く聞かずにひたすら歩き続けた。一見すると無表情に見えるが、よく凝らしてみると眉が少し寄せており、不機嫌であることがわかる。
「王子!待って下さいって!」
「…」
「き、聞こえてますよね?」
「…」
「ま、まさか!耳が聞こえなく…!?」
「…」
「大変です!直ぐに医務官を呼びましょう!ね?王子!…あ!聞こえてないんでした!」
「…」
それなら実力行使をするしかないと思い始めていると、くるっと王子がこちらを振り向き、それはそれは冷たい視線をミュリアに向けて
「うるさい」
◇◇◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆
「うわっ!ミュリア様!?何故こんな所に!?」
「ぅぅ~、エストさぁん~」
そう言ってミュリアはガバッっと抱き付いた。エストはおろおろと周りを見渡し誰もいない事がわかると背中の後ろにある扉を閉め、ミュリアの頭をよしよしと撫でた。
「…どうかしたんですか?」
「~ぅう、放っといて下さい」
「この状態でその言い草は無いでしょう…」
淡い茶色の髪を短く切り揃え、焦げ茶色の瞳をもつ銀縁眼鏡を着けた彼、エストはこの城でミュリアが王子の次に大切にしている人間だ。王子の近衛であるエストはミュリアと接する期間も長く、お互いに気心が知れた仲だとミュリアは思っている。
そしてエストは鍛練が終わったあとなのか、いつものようなかっちりとした騎士服でなくラフな格好をしていた。
「…何にせよ場所は移しましょう」
はぁ…とエストは溜め息を付きながらミュリアを立ち上がらせる。何度も言いますが、ここは俺の更衣室です。と言いながら。
そして着いた先はエストの私室である。ここも更衣室と同じくらい見付かったらあらぬ噂を立てられるのだが、どこか抜けている二人は気付かない。
「…それで、どうしたんですか?」
エストは王子の私室に置いてあってもおかしくない程の豪華なソファに座って優雅に紅茶を啜りながら問いかけてきた。
…時々忘れるが、彼は歴とした上流階級の貴族である。
「ぅう、王子が…わたしのこと邪険にするんです」
ミュリアはエストと反対側のソファに座ってテーブルに置いてある幾つかのお茶請けの中から一番高そうなイチゴタルトを1切れつまみながら話した。摘みたてのイチゴだったらしく、とても瑞々しくて美味しい。その下のカスタードクリームも絶品だ。
「…反抗期ですかね」
「…わたし限定ですか…っ?」
そうなのだ、王子の反抗期はわたし限定なのだ。エストや他の侍女、侍従、料理長、庭師までもが普通に話せているのに。寧ろにこやかスマイルを量産しまくっているのに!なぜ、なぜわたしだけ…!?
「…わたし何かした覚えは無いのですけれど…ふっぅうっ…」
「泣かないで下さいよ…」
そう言って彼は少し前のめりになって涙を拭ってくれた。
「王子も15歳ですし、難しい年齢なんですよ」
「…ですが2日程前までは普通だったんですよ?普通に一緒にご飯食べたり遊んだり寝たり…流石に一緒にお風呂は入ってないですけどね?」
「…」
「そ、それが…っ。忘れもしません、2日前の朝。突然事が起こったのです…!」
◇◇◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆
ゆさゆさ
「…ん」
…?なんでしょうか?わたしをゆさゆさと揺らすのは。体温的には高くて暖かいので人間ということはわかるのですが…いささか眠すぎて……ぐー
ゆさゆさゆさ
「…わかって…ます…」
先程よりも少し力が強くなりました。
…あ、そういえばここは王子の寝室です。ならばこのわたしの身体を揺らす主はきっと王子だ……ぐー
「…おい、起きろ」
…むむ?わたしの可愛い王子はこんな冷たい温度で話しません!…まぁ……いっか…ぐー
わたしがずっと無視して寝ていると、王子は急にわたしの耳をつねった。
「…いっ!?いだっ!?」
「…」
そして彼はベッドからそさくさと退散していった。……え?おはようのハグは…?
いつもなら朝目が覚めたらハグをして今日の予定を話してから一緒にご飯を食べるというのに。
…夢見が悪かったのかもしれない。そう思いながらわたしは着替えて、王子との食事ルームに足を運んだ。すると
「おはようございます、ミュリア様」
「…あ、おはようございます」
侍女しか居なかった。おかしいなと思って侍女を暫し見つめていると、侍女は少しおろおろしだした。
「あ、あの!王子からの伝言なのですが…」
「…!はい!」
「食事は1人で食べる。僕の私室、執務室にも入るな。と……あ!ミュリア様っ!」
びっくりしたわたしはご飯も食べずに王子が向かったであろう執務室へとダッシュした。
――ガチャ…ガチャガチャ
なんと鍵が閉まっていた。…え!?昨日まで無かったはずなのに!?
……少し考えたわたしは、王子はもしかしたらかくれんぼがやりたいのかもしれないという考えに至ったので、常備してある針金で鍵を開けた。
…すると王子は扉の目の前にいた。
ぎゅっと眉をひそめ、鼻から上の顔が陰っている。見えない筈なのに王子のバックには黒いオーラが見える。
何故か見覚えのある顔にも見えた
「何度も言わせるな」
そう言って王子は扉をバタンと力強く閉め、がちゃりと鍵もかけた。
王子の心底嫌そうな、迷惑そうな顔に心臓がぎゅっと締め付けられた。
これは明らかにわたしを…拒絶している。
◇◇◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆
「そ、そのあともっ…めげずにぃっ…アタック…っく…したのですが…っ……ふぇっ…」
「あーあーわかりました。言いたいことの概要はつかめました!」
「エズドざぁんっ…!」
「…どさくさに紛れて抱き付かないで下さい」
「っだっでぇ!」
こんな弱音を打ち明けられるのはエストしか居ないのだ。それに彼はミュリアがどんなことをしたって嫌わずにいてくれる、優しい人なのだ。……まぁたまに一線引かれることもあるのだが。
そして彼は、はぁ…とこれまた深い溜め息を付くと
「俺では何の力にもなれませんけど、相談くらいならのりますよ」
「~っ!!エズドざぁんっ!!だいずぎぃっ!」
そう言ってミュリアは更に腕の力を強めた。ミュリアは歓喜のあまり手加減を忘れていた。だからエストのぐっという苦しげな声もそのあと言った言葉も聞こえていなかった。
「…大好き…ねぇ」
◇◇◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆
「…それで、具体的には何をするんですか?」
「と、取り敢えず、もう一回王子に会いに行こうと思うんですけど…どうですか?」
暫くエストに慰められて貰っていたミュリアは、突然の彼の発言に驚きながら、そしてかなりおどおどしながら上目遣いでエストを見上げている。
「無理だと思いますよ」
スパーンと効果音が聞こえそうな程綺麗に案を却下されミュリアは涙目になった。
「な、なんでですか…?」
「はっきり言って王子はミュリア様を避けています」
「…っ、しっ知ってます…!」
「俺ら近衛にまでミュリア様の排除を命令する程に」
「…っぅ」
「よって簡単には会えません」
「…ですよね…」
現にさっきエストの更衣室に行く前に王子と会うのだって至難の技だったのだ。王子はミュリアの行動パターンを知り尽くしているためミュリアが訪れそうな所には絶対に来ない。だからミュリアはいつもとは違う生活を送ってみたところ、これがドンピシャ。見事廊下で王子と会うことができたのだ。
…だかそこでミュリアは精神が持たなかった。
幼少期から共に過ごし愛情を注いでいた王子に急に態度を変えられた。
それプラス基本型が無表情の王子が滅多に変えない表情を崩してまで作った冷たい顔に重ねて、冷たい視線、極めつけには凍りつく程冷たい声で「うるさい」である。
たったこの一瞬だけで打ち砕かれるミュリアの精神では、王子と会話なんて持たないであろう。
「…ぁ、もうこんな時間」
外を見ると空はとっぷりと闇に使っていて、月や星が瞬いていた。
「長居して申し訳ありませんでした。と、取り敢えず部屋に戻ってもう一度作戦考えてきます!」
「はい、では俺も考えておきますね」
「ありがとうございます!…では今日はお世話になりました」
「……いえ、お気になさらず」
そういってミュリアは彼の部屋から出ていった。
◇◇◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆
「ふっ、あー…疲れた…」
ボフンと音を立てながらミュリアはベットにうつ伏せで沈んだ。
服は侍女服のまま、髪は結い上げていたものをばさっと降ろしている。
本来服は皺になってはいけないため直ぐに脱いでハンガーにかけたり、お風呂に入ったり、明日の予定を整理したりしなくてはならいのだが、今日のミュリアはそれをやる気力すら残っていなかった。
「冷たい態度でこれなら……この先、思いやられるなぁ…」
ミュリアは自嘲気味に笑った。
そしてそのまま寝てしまった。
…この部屋は自分の部屋ではないと自覚する前に。
ゆさゆさ
「…ん」
誰かがわたしをゆさゆさしてます。…デジャヴ?
…てことはこれは王子?…いやいやここはわたしの部屋。はぁ…末期です、夢にまで影響が出るなんて……ぐー
「ミュリア・リュゼジョノフ・リーフィア」
「え」
「…図星か」
ミュリア驚きのあまり飛び起きた。その名前を知っているのは居ないと思っていたのに。
…ミュリア・リュゼジョノフ⚫リーフィア。それはミュリアの前世の名前。
すると目の前には王子の姿があった。そして王子は表情1つ変えずにこう続けた。
「前世のこと…覚えているのだろう?」
「…」
「僕は勇者、ミュリアは魔王だった」
「…っ……はい」
「僕はミュリアを殺した」
ミュリアは答えの変わりにこくりと頷いた。すると突然王子が怒鳴った。
「じゃあ何故!何故ここに居るんだ!!僕はまたお前を殺してしまうかもしれないんだ!記憶が戻っているお前ならわかるだろう?」
記憶が戻った直後は、思考が完全に前世に持っていかれる。そこで王子が「殺してしまうかもしれなかった」というならそれは勇者はわたしを殺したい程憎んでいた。ということになる。
だが王子は実際ミュリアを殺していない。
それに何故ここにいるのかと怒鳴った。
それはつまり王子には勇者の思いに負けないくらいはミュリアに生きてて欲しいと思っている訳で
「…王子っ…」
ミュリアは王子の首にぎゅっと巻き付き、顔をこすりつけた
「…!?僕は今怒っているんだ」
「…ぁ、ありがとぅございます…」
「…?」
「わ、わたしのことっ…嫌いになったんじゃなくて…!ほんとに、ほんとに…ありがとうぅぅっ…」
そうミュリアが言った瞬間ギースの首筋にぴちゃりと水滴が伝った。
ギースは暫く呆然としていた。
城では敵無し、前世魔王だったミュリアが泣くとは思わなかったのだ。
ミュリアがギースに対して見せる表情はいつだって笑顔だった。
15年も一緒に暮らしていてミュリアの涙を見たのはこれが初めてだった。
その初めての涙の理由が自身がとった行動だった。
泣くほど追い詰めていたなんて思いもしなかった。例えそれがミュリアの為だとしても、傷つけたことに変わりはない。
「…っ」
ギースは首に巻き付いているミュリアをぎゅっと抱き締め返し、ミュリアの耳元で優しくそっと呟いた
「好きだよ」
それを聞いたミュリアはがばっとギースの首から顔を上げて満面の笑顔でこう言った
「わたしも王子が大好きですっ!」
その屈託のない笑顔をみたギースは項垂れた
「……絶対わかってない」
本来もっと甘い話になるはずだったんですけど…どうしてこうなった!?あとミュリアの王子に対する溺愛っぷりや、ミュリアの仕返爽快劇や、他の魔界のものも入れたかったのに…!
いずれ時間があったら番外編とか、別視点とか書きたいなって思ってます。
作者は個人的にエスト押しです(笑)
エストルートも作ってみt…
最後に簡易自己紹介
ミュリア⚫アルザローレ
(ミュリア⚫リュゼジョノフ⚫リーフィア)
*黒髪に赤い目、本人無自覚のかわいらしい顔
*王子大好き
ギース⚫アフェンド
*薄い青色の髪に翡翠の目のイケメン
*基本型が無表情の王子
*口数も少なめ
*ミュリアが好き
*前世の勇者の記憶と葛藤して見事勝利した強者
(前世の記憶→ミュリアを殺してしまってからとてつもなく後悔して愛が憎しみに変わっちゃった…的な。ヤンデレ気味)
エスト
*淡い茶色の髪を短く切り揃え、焦げ茶色の瞳をした銀縁眼鏡
*上流貴族、王子の近衛
*ミュリアのことはどう思っているのか…!?(笑)
キュリア⚫アルザローレ
*ミュリアの元侍女長
*ミュリアを自分の娘のように可愛がっている
*綺麗好き
*魔女として恐れられている