南洋の里アルポリ
知らない天井、思わずネタを呟きそうになって辞める。
ベッドにシーツきちんと乾いていて海に落ちたとは思えない。
実際、ここがどこかなんてさっぱりわからなかったが。
どうやら落下時に誰かに助けられたと思ったのは本当だったらしい。
「夢じゃなかったのか……」
異世界、ありえない事ばかりで夢かと思っていた世界。
失われた迷宮とか1km上空から自由落下とかありえない話だ。
まあ、まだVRゲームである可能性はあるが……。
そんなゲームが開発されていると言う話を聞いた事もない。
何にせよ疑問点は多く残っている。
ただ、どちらにせよ俺はこの世界で生きていくしかない。
元の世界に戻る方法を探す。
この世界のように常に命の危険があるのは御免だった。
ゲーム感覚が過ぎると恐ろしい事ばかりだ。
俺がそうして思考の海に沈んでいるとコンコンと扉をノックする音が聞こえる。
「ヒロくん起きてる?」
「ああ」
扉の向こうから声がするので返事をするとガチャリと扉をあけて女の子が入ってくる。
マリンブルーの瞳と地球じゃ御目にかかれないような炎のように赤い髪。
そして、南海に住んでいるにしては不思議なほど白い肌。
だがより注目すべきは下半身のほうだ、彼女は下半身にスカートをはいている。
しかし、スカートの下から人間の足ではないものが出ていた。
赤い触手、吸盤のついたそれはタコを連想させる。
もっとも、一本一本が太く、彼女自身の腕ほどもある。
ゲーム等でまれにお目にかかるスキュラというモンスターに酷似していた。
最も、スキュラは下半身が狼だったり蛸だったり両方だったり魚だったりと色々なんだが。
空想の生き物だけに自由度高すぎだ。
ともあれ、確認しないとな。
名前 ニース・オリファン
種族 スキュラ クラス 海の狩人
Lv 10 加護 海神の福音
HP 93/93
MP 23/23
筋力 43 耐久 40
魔力 34 器用度 45
素早さ 46 抵抗値 39
スキル
水流操作Lv3
精霊魔法Lv2
武器 なし
防具 民族衣装
アイテム ワカメのスープ
お金 830D
なるほど、ドラスと言うのが通貨か。
この世界ではスキュラはモンスターじゃないんだな。
それだけ分かれば十分だろう。
「何か変な事ある?」
「いや、スキュラと会うのは初めてだからね」
「ああ、確かに陸の人との付き合いは薄いものね。
でも、昨日は普通に話してた気がするけど?」
「昨日はほら……」
俺が視線を下げる。
それを見て彼女も気付いたらしい。
頬を染める。
「そう言えばそうね、上半身は貴方達とあまり変わらないし……」
「ああ、その……気を使わせたなら申し訳ない」
「ううん! むしろヒロくんの視線はその……それほど嫌じゃないよ」
「それはその……どうも……」
なんだこの妙に甘い空気は……。
俺は種族的な差を気にしないと言う意味で言ったつもりだったんだが。
何か別の意味で取られたらしいな……。
しかし、ヒロくん……昨日名乗ったからそうなるのはわからなくもないが。
一気に幼馴染とかの領域まで跳び込んでいないか?
まあ、悪意を持たれるよりはいいんだが……。
「ところで、凄い回復だね……昨日は結構痛めてたと思ったけど」
「頑丈なのがとりえでね」
そうとしか言いようがない、不老不死のスキルの事はヤバすぎるしな。
俺はほほをポリポリとかく、するとニースも何か察したようだ。
「とりあえず食事にしない? ワカメとエビが入ったからスープにしてみたの」
「ありがとう」
スプーンとお椀をもらってすする。
中身はその名の通りワカメがメインと言う感じだ。
ところどころにあエビの切り身が入っていてそこそこ甘みもある。
エビ……ん? このエビまさか……。
伊勢海老じゃ……。
ま、まあ……元の世界で高級食材だったからってこの世界もそうとは限らないが……。
何にしても、せっかくなので味わって食べる事にした。
「あ、南洋エビ気にいってくれた?」
「ああ、甘みがあって旨いよ」
「よかった」
なんだこの甘酸っぱい空気は……。
正直に言おう、俺は恋人が出来た事はない。
だから、こういう空気に耐性がないんだ。
この子が俺に対して笑いかけているだけなのか、気があるのかさっぱりわからん。
ただ、その無邪気な頬笑みには癒されるものがある。
あれだな、多分このへんは南洋だから皆気持ちがおおらかなのだろう。
それに、種族差が大きいからまさかそう言う方向にも進むまい……。
「そういえば、ここって何処なんだ?」
「私達の里、アルポリって言うんだけどその地上部分なの」
「地上部分……ああ、水中にもあると」
「うん、もっとも海中の部分は基本こう言った建物ではないのだけど。
塩水だから鉄分のあるものはさびやすいし、海流で流される事もあるの。
だから、サンゴで作られている家が多いのよ」
「あー、なるほど」
なかなか面白い事を聞く事ができたが、現在地はまるで把握できなかった。
まあ、把握できてもそもそもが俺は大陸がどこにあるのかも知らないが。
いろいろ良く分からない事が多すぎる。
(もう、こう言う時こそボクの出番なのに、スタンバってたボクの身にもなってよ)
ティアが突然俺の背中から飛び出してきた。
そう、ピクシーサイズの小さな彼女はチョウチョのような翼を広げ俺達の間に飛び込んでくる。
傍目から見れば明らかに妖精さんであった。
「あれ? さっきこんな子いたっけ?」
(いたよ。それよりも現在地なんだけど、
このスキュラの里は大陸から南へ50リベールと言った所だね)
「リベール?」
(ああそういえばそうだっけ……、1000ベールが1リベールだよ。
ベッドの長さがだいたい2ベール弱だから、それの500倍ってことかな?)
「なるほどな……」
このベッドの長さは2m弱くらいに見える。
つまり、リベール=㎞でさほど問題はないだろう。
だとすれば、ここは大陸から南に50㎞くらいと言う事だろう。
しかし、こういう都合のいい縮尺があるとやはりVRゲームの可能性を疑うな……。
「あの……そのちっちゃい子は知り合いなの?」
「ああ、すまん。こいつは……」
(マスターの下僕やってるティアっていうんだ。よろしくね♪)
「げっ、……下僕?」
「まーなんというか、襲ってきたのを返り討ちにしたら……そんな感じに……」
「な、はあ……」
うっ、視線が急に冷たく……。
確かに、こんなちいさな妖精を返り討ちにしたら白い目で見られるよな……。
だが謂れがない訳ではないし、甘んじて受けるしかないな……。
なんだかんだでティアの事は呪いで縛ってるようなものだ。
俺は目を伏せて聞く態勢をとった。
(ちょっと待って、ニース)
「はい?」
(ボクはマスターに感謝してるんだ。
結界の中で身動き取れなくなっていたボクを助けてくれたんだよ!)
「そんなことが……」
(うん、だからマスターの下僕やってるのは恩返し半分興味半分なんだよ♪)
「はあ、興味半分ですか……」
ティアがフォローに回ってくれるとは思わなかった。
とはいえ、余計ニースの頭のなかがこんがらがった様子だが……。
「ところで、ティアちゃんはピクシーかブラウニー?
風の神フェルネードの眷属だと思うけど、チョウチョのような羽根は初めてみるわ」
(ボクはちょーっと特別だからね、普通のピクシーとは違うのさ♪)
「封印されてた所から察してくれ」
「……なるほど」
実は魔王でしたなんて言うわけにもいかない。
というか、そもそもこの世界における魔王の立ち位置もわからない。
うかつにしゃべるわけにも行かないだろう。
「では、あたしはそろそろ行くわね。
明日は陸の商人が来るので、大陸に行くなら聞いてみるといいわよ?」
「それはありがたい。何から何まで感謝します」
「いえ、あたしも昨日は助けてもらっちゃたし」
「へ?」
「貴方がデッドシャークに衝突しなかったら。あたしも死んでたかも?」
「そ、そんなことが……」
「むしろあんな当たり方してよく生きてたと思うけどね。
首の骨が折れたと思ったし」
「な、なるほど……俺、運が良かったんだな……」
「どういう理由かは知らないけど命は大事にしなさいね」
「ありがとう……」
部屋から出て行くニースを見ながら冷や汗をかく。
確かにステータスを見ると不老不死スキルの死亡キャンセルが発動していた事がわかる。
本当にこのスキルさまさまだ、生きてるって素晴らしい……。
だけど、その日の内にまた命の危機になったりすると使えないから気をつけないと。
それとレベルが5になっていることもデッドシャークとやらから経験を得た事になっているんだろう。
気絶してても経験が入るなんて、現実味がない話だ、というか本来レベルなんてものはない。
技術と身体能力と精神性があるくらいだろう。
まあ、深く考えるだけ無駄なのはわかっているのでこの辺にして、先を考える事にする。
「とりあえず俺がレベル5になっているのは行幸だな。
持ち物も変化ないし、この辺は親切なニースに感謝というところか」
(そうだね、今のボクが出来る事は殆ど無いからこそこのレベルになったほうがいい)
「そういえば実際、お前はどういう状況なんだ?」
(そういえば言ってなかったね。ボクの本体は鉱石化の魔法で動きを止めてる。
今のボクはマスターの脳の一部に間借りしてるようなものかな。
ある程度魔力が整えば分身体を創りだしてそこに魂を移せるけど、
現状じゃ光の屈折と音の反響を作り出すのがせいぜいだよ)
「つまり、幻みたいなものか」
(そういうこと)
「しかし、脳に間借りってお互い大丈夫なのか?」
(脳容量的には全然問題ないよ。ただ、ちょっと疲れるのが早いかもね?
でも、その変態的な回復力があるせいか負担になってないみたい)
「後、現状は盛大な独り言みたいなものか……」
(そうでもないけど、近いかも?)
「それは……」
一人芝居みたいで悲しくなってくるじゃねーか。
まあ仕方ない、それはそれとして明日にはこの里から旅立つ。
とりあえず今日は大人しくしておいたほうがいいな。
そうして俺は、ベッドに横たわり目をつぶる……。
精神的に疲れていたんだろう、俺はまた直にねむりに落ちていった……。
人里……と言えるのかは疑問ですが。
ニースの紐にジョブチェンジしましたw