魔法使いとドラゴン帝都へ行く
1.
リドス連邦王国の最高政治機関である枢密院において、外交問題が審議されていた。集まっているのは、リドス連邦王国の首相とその閣僚、および王族と貴族だった。
「実は、銀河帝国に我が国の大使を置かなければならないのですが、その人選に困っているのです」
と、第三王女が言った。
リドス連邦王国の首相であるリビール・フェラリアは銀河帝国とのいきさつを一応知っていたので、興味深く聴いていた。リドスでは、外交と国防については王族の専権事項なので、首相は意見を述べることは控えていた。他の閣僚たちも黙って聞いていた。なお、内閣の外交を司る外務長官および国防長官は第三王女が兼務している。
「銀河帝国ですか?」
と、女王アスカが確かめるように聞いた。
「以前、ユウキ公爵家のリルケ・ユウキが大使として派遣されましたが、色々と銀河帝国から無理難題を言われ、挙句の果てに、大使館まで帝国軍の手に蹂躙されるということになりました。大使本人は命からがら逃げかえることができましたが、大使館はほとんど破壊されたと聞いております。従って、現在は大使館の残骸があるだけで大使は派遣されておりません」
と、第三王女が補足するように説明した。
「銀河帝国とは色々と誤解があったようですね」
と、やんわりと女王は言った。
実際は誤解どころではなかったのだが、相手の拙劣な態度をいつまでも引きずって考えるのはどうかというのが、女王アスカの考えだった。要するによくないことがあったとしても、現在が良ければ、それでいいだろうということなのだ。
「左様でございますが、向こうの方もちと、やり過ぎの感があります」
と、内閣の中から意見をする者がいた。
外交や国防が王族の専権事項だからと言って、内閣にいる政府高官が口を出すことを禁じるものではないのだ。最終的な決定権を持っているということである。それに、その意見は銀河帝国に対する意見としては、王国の民意を反映してもいた。それは参考にするのに必要な意見でもある。
事に今回の銀河帝国のリドス連邦王国への出兵は、リドスの国民には驚きをもって迎えられたのだ。リドス連邦王国はその成立以来、他国を侵略したことなどないのだ。そうしたことを知りもせずに、無理難題を押し付けてリドスを侵略しようとした、と一般の国民は認識していた。
やり過ぎというよりは、銀河帝国の側がリドス連邦王国を仮想敵国として見ていることが原因だと考えられた。もっとも、積極的にリドス連邦王国が平和を求めているということ、侵略しようなどと言うことを考えていないことを銀河帝国側に説明することもなかった。もっとも、それをしたとしても向こうがそれを信じたかは疑わしい。
「我々はかの国と敵対する気はありませんのにね」
と、女王アスカが言った。
「ですが、この度のヘイダール要塞付近での大規模な戦闘の結果で、彼らは少なくとも我々が彼らの敵ではないことを知ったのではないかと思われます」
と、外務長官を兼任する第三王女は言った。
「思われますでは、少々弱いですね。これまでのことがありますから、普通の大使ではとても務まらないでしょう」
と、女王アスカは言った。
「それでは、誰をとお考えでしょうか」
と、首相が聞いた。
「人選は難しいですね。普通の者ではとても耐えられないでしょうから」
と、第二王女も言った。
「確かに、普通の者では危険でしょう。ところで、首相あの者はどうしました?」
と、女王アスカが言った。
「あの者、と申しますと、……」
「確か、二カ月前にゼノン大使を解任した、あの者です」
と、女王アスカは言った。
「し、しかし、あの者では却って危険が多すぎるのではありませんか?」
と、首相は不安そうに言った。
それでなくても、ゼノン大使を解任した折には、もう少しでゼノン帝国皇帝の宮殿を破壊するところだったのだ。あのまま行ったら、ゼノン帝国がリドス連邦王国に宣戦布告をする事態になった可能性があった。確かに彼なら自分を守る力は十分持っている。だが、それがかえってやり過ぎになることも往々にしてあるのだ。
「このような時こそ、あの者を使うべきです。彼なら多少のことなら大丈夫ですし、……」
多少どころではなく、気をつけないと一国を滅ぼすことになりかねないと考え、
「しかし、一人では派遣できません。何をするかわからないのですから」
と、首相は言った。
「もちろん、あの子も一緒に派遣することになります」
「私は反対です。あの者では我が国の汚名を高めることにしかならないのではありませんか?」
と、第三王女が言った。
「多少の汚名など、私は気にしません。要は大使が一人だけでも安全に務まることを今は優先して考えるべきでしょう」
遠い異国にあっては、大使の安全は本来なら派遣された国に求めるべきものなのだが、銀河帝国という偏狭な国ではなかなかそれを求めるのが難しいと考えられた。かと言って、大艦隊で衝突しそうになった国に、大使を守る名目であっても、艦隊を派遣するのは剣呑だった。それでも、一応かの国にも大使を派遣することは外交上必要だと女王アスカは判断しているのだ。
少なくとも、大艦隊同士の会戦は回避され、停戦条約を締結したのである。
これから平和条約を締結するにあたっても、大使を送ることは必要だと考えられた。ただし、大使自体は条約締結に当たる必要はない。条約締結のためには他に有能な官僚を補佐させればよいのである。
「それでは、決まりですね」
こうして枢密院の審議は終わり、銀河帝国に再びリドス連邦王国の大使を置くことが決定されたのだった。
かつて惑星ガンダルフのダルノス大陸の北、極北の連峰にその名を轟かせた『北の王』ブルド・ルウムは、リドス連邦王国の首都リビアナの政庁に呼び出された。まだゼノン帝国から戻って来たばかりだというのに、またか、と本人は憤慨していた。
ゼノン帝国から彼が戻って来たのは、大使を解任されたからである。それも理不尽な理由で。
ブルド・ルウムはほんの少し力を使い過ぎて、ゼノン帝国の皇帝の宮殿の一部をちょっと壊しただけなのだ。それなのに、ゼノン人と来たら、ミサイルでも落ちたように大仰に騒ぎ立てたのだ。
「ほんの少しですか?宮殿の半分が破壊されたと報告にありましたが……」
と、第三王女が言った。
「宮殿の全体の面積からすれば、ほんの少しではないか」
確かに宮殿の面積、つまり建物だけではなく、庭園やら深い森を含むゼノンの宮殿全体からすれば、確かにほんの少しにしかならないだろう。だが、普通の常識人なら宮殿の建物を想像するはずだ。
「わかりました。あなたがそう言うのならそうなのでしょう。それにゼノン帝国とはいずれにしろ、我が国とはうまく行かないことが分かっていましたから、こうなってもそれほど損害があるわけではないでしょう」
「そう、そうだろう。だから、あまり重要な国に派遣することは止めた方がいいい」
と、自分の素行を棚に上げて、ブルド・ルウムは言った。これに懲りて、自分を大使などにすることは止めた方がいいのだ。何処へ行っても何をするかわからないのだから、と暗にほのめかした。
「ですが、王女殿下、これからどうなさるのですか?」
と、ブルド・ルウムをジロジロと胡散臭そうに眺めた後で、首相が言った。
「そうですね。彼には他の国へ行ってもらいます」
「何だって!」
「王女殿下、それは危険です!」
一番驚いたのはブルド・ルウムだった。これで、大使などと言う面倒臭い仕事をすることはないだろうと高をくくって来たのだ。
「ちょうどよい国があります」
「それは、どこだ?」
「銀河帝国です」
「銀河帝国?それはどこにあるんだ。聞いたこともない」
のっけから知識のないことを披露したブルド・ルウムは、機嫌の悪い声を出した。
咳払いをして、知識のないブルド・ルウムに第三王女殿下は説明した。
「先ごろ銀河帝国に派遣された大使が、命からがら逃げて来たのです。その後、銀河帝国は大艦隊を持って我が国に侵攻しようとしましたが、それはあのヘイダール要塞付近で少々の散発的な戦闘で回避することができました。従って、両国の間はかなり険悪な状態です。ただ、大規模な軍事的衝突は避けられましたので、これを機に平和条約を締結することが決定されました。それに伴い、新たに全権大使を派遣することが決まったのです。ですが、当地の我が大使館はかの国の陸戦隊によって蹂躙され、ほとんど破壊された状態です。それに現在はまだ両国の間の感情もよくなっていません。ですから、派遣する大使はかなり頑丈なタイプである必要があります」
「なるほど、自分を自分で守らなければならないということか……」
それも、万が一の時は前の時のように帝国軍の陸戦隊が襲撃するかもしれないのだ。これは生半可な力の持ち主では対抗できないだろう。
「そうです。あなたにはうってつけではありませんか?」
「それはともかく、もちろん俺一人ではなく、もう一人も連れて行って良いのだろうな?」
「それは、もちろんです」
それはどうしても必要なことだった。ブルド・ルウム一人であっては、万が一の時に何が起きるかわからない。どこまで破壊するかもわからないのだ。
「なら、いいだろう。だが、俺が行って何か良くなることがあるとは思わないがな……」
「事務的なことや条約については、他に人を派遣します」
「ほう、するとそいつもかなり強い力を持っていないと危険ではないか?」
「もちろんです。あなたほどではなくとも、少なくとも自分の身は守れる者にするつもりです」
「それならいいだろう」
その返事を聞いて、首相は不安そうな表情を崩さなかった。このブルド・ルウムは何をするかわからない危険人物、いや惑星ガンダルフのダルノス大陸の魔物と言われる種族の一人なのだ。それも特に力の強い、北の王と呼ばれる魔物だった。本当に大丈夫なのだろうか、と首相はブルド・ルウムよりも銀河帝国の帝都が破壊されないかと心配していた。
2.
「停船命令です」
と、通信員が言った。
リドス連邦王国第三艦隊旗艦ナツのツクイタス提督は、
「どういうことだ?」
と、不審そうな面持ちでスクリーンを見た。
「貴艦が銀河帝国に来た理由は?」
「我々は銀河帝国に新しく派遣された全権大使を乗せている。貴国は我が国と停戦したのではなかったのか?それとも大使の着任は必要ないということか?」
と、ツクイタス提督は冷ややかに言った。
「帝都の宇宙艦隊司令部に、現在その件について照会中だ。判明するまで、このまま待機することを命じる」
銀河帝国の帝都ロギノスの宙港まであとわずかだった。すでにリドス連邦王国の全権大使を乗せた艦の着陸許可を要請したところだった。
「何だ、まだ帝国とは交戦中なのか?」
と、新全権大使ブルド・ルウムが聞いた。
「いえ、その件を帝国の宇宙艦隊司令部に照会中とのことですので、少々お待ちください」
と、ツクイタス提督の副官が言った。
「まるでまだ、帝国と交戦中のような感じだな」
「それは仕方ないでしょう。何しろ、前大使はもう少しの所で命を落とすところだったのですから」
「前大使は誰だった?」
「確か、ユウキ公爵家の次男でしたが……」
「奴か」
ユウキ公爵家の次男は特に強力な力を持っていないはずだった。それなのに、こんな危険な場所へ派遣されたのはどういう理由からなのか、とブルド・ルウムは思案した。
「つまり、帝都ロギノスは古の闇の魔法の使われた中心地だったと言う訳です。だから、魔法使いを派遣することは危険でした」
「なるほど、だから、今回俺が選ばれたと言う訳か?」
銀河帝国はふたご銀河のロル星団にあるジル星団ほどもあろうかと言う帝国だ。そんな大きな、そして重要な国へ自分のような危ない魔物を派遣するというのは、どうもおかしいと思っていたのだ。
「それに、いつ何が起きるかもわかりません。あなたのような方でしたら、何が起きても大丈夫だと言うことでもあるのです」
「それは、どうも」
ブルド・ルウムは自分に対する珍しい肯定的な評価を聞いても、あまりうれしくはなかった。自分は何があっても大丈夫だが、一緒にきた、カイ・ユウキはどうだろうか?守り切れるだろうか、という不安があった。
「何?どうしたの?」
と、会話を聞きつけてカイ・ユウキが言った。
カイ・ユウキはブルド・ルウムとあまり歳が違うようには見えなかった。だが、ブルド・ルウムは齢二百歳を超えている。カイ・ユウキはまだほんの十九歳である。