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  作者: やすたね
3/6

三条河原

 色鮮やかな着物が目を引く。古びたコンクリート作りの巨大な三条大橋の下、当時の名残はいかほど残るのか。

人工物で固められた河川敷。申し訳程度に生える緑。鳶や烏の影が円を描くその場所に、その着物はどう見ても場違いだった。

 式子のものとはまるで違う豪奢な振袖を身にまとった少女は、共にいる彼女よりももっと幼い三人の男児に笑顔を振り撒いている。

 さらさらと流れる黒い髪は肩を少し越え、それは彼女の極彩色の着物によく似合っている。

 母親らしき人は傍におらず、四人で仲良く遊んでいた。逸りの唄でも歌っているのか、彼女と、四人の中でも一番年少と思しき幼児が手を叩く。ならば、歌っているのは残りのどちらかだろう。

 式子はイガキの横に座って頬杖をついて、うらやましそうにその光景を眺めていた。

「式子もあんなふうに遊んだ記憶とかある?」

「しきし、イガキとあったときより前覚えてないやんか。だからもしかしたら遊んどったかもしれんし、遊んでへんかったかもしれへん」

「そっか」

 なら、式子も一緒に遊んできたら? 当たり前のように言うイガキの、顔を反射的に見上げた式子の顔はぱっと華やいでいた。先程までの無愛想さはどこへやら。

「いいの?」

「いいよ。いっておいで」

うん。と大きく頷いて、下駄を鳴らして式子が走る。イガキはそんな彼女の小さな後ろ姿を、目を細めて見守っていた。

「子供は元気ですね」

 話しかけた相手は、もちろん向こうで楽しそうに輪に加わった式子ではなく。

 いつの間にか彼の横には練絹に経帷子を重ねた、十八九の女がそっと立って子供たちを見つめていた。

色は透けるほど白く、眼鼻立ちの整った女だった。しかし、その黒い瞳はどこか虚空を見つめていて、子ども等の姿などその目には映っていない。

 

 彼女のその上等な着物にはべっとりと血糊が張り付き、それは白綾の袴にまでも広がっている。しかしそれは彼女のものではなく、どうやらその腕に抱かれた赤子のものであるらしかった。

その証拠だと言わんばかりに、産着から覗くその小さな紅葉のような手は青く、その赤子には首から上がない。

それでも、彼女はそれをしっかりと胸に抱いている。まるで、誰かに奪われることを恐れているかのように。

「若君もかわいい盛りで、さぞかし無念だったとは思います」

 静かに語りかける。女の視線は尚、どこかを漂ったまま。或いは、在りし日の自己の栄達でも映し出しているのか。

「あなたたちはなにも知らずに、夫を、目の前で子どもを、その上御自らの命まで奪われ、さぞかし恨みは尽きる事など無いものだと思います」

 表情のない女の顔が不意に歪んだ。イガキの言葉で留め金が外れてしまったのか、それともそれを外す機会を今までじっと窺っていたのか――。

それでも、イガキの口調は全く変わりない穏やかなそれで。

「でも、もう豊公もその子孫も居ないんです。ほら、おごれるものも久しからず、って言うでしょう?」

 ころりと女の首が落ちる。白磁の手に鮮血が溢れ出す。左手に握られた清らかな水晶の透明な数珠を汚してゆく。

着物についた彼女の子どもの血糊。それの上から合わさって、それを塗りつぶして。

 それでもイガキは顔色一つ変えることなく、相も変わらず柔和な笑みをその顔に浮かべている。

「もういいでしょう? 止めにしませんか? 若君たちだって、きっと豊公を恨んだりはしていません。それよりも、いつまでもここに縛り付けておくほうがかわいそうだとは思いませんか?」

 女の生首が啼く。

それは既に人の言葉とは言いがたいもので、なんらかの意味を含んでいるのかさえ怪しい。ただ悲痛さ、無念さのみが凝縮されたように感じられる。

 それでもイガキは静かにそれに耳を傾け続けた。

生首が転がる。風のせいではない。豊かな黒髪が乱れ、それはまるで意思を持つかのようにイガキの足に絡まる。蛇のような動きだった。

「あなたたちが鎮まれば、きっと若君たちも安らげるんです」

 女はの叫びは尚も続く。イガキが女の首を取った。声が止んだ。それを膝の上に乗せ、ゆっくりと髪を梳く。髪ははらはらと抜けて、風に乗ってイガキの節のある長い指を離れた。

「もう終わりにしましょう。あなたたちに非はないんです。縛られておく必要など、全くないのですよ」

 その言葉が終わる頃、女の生首はイガキのもとを離れてころりと砂利に転がった。まずは体が。その後に続いて首が。砂の城のように崩れていく。

その表情は酷く穏やかで。瞼は閉じられ、まるで眠っているようにも見えた。

 よかった。小さくイガキは呟いた。


 向こう側では式子が子供たちと子犬のようにじゃれあっている。楽しそうな笑い声さえ響いて、イガキはやわらかく目を細めて口元をほころばせた。

 ふと視線を感じてそちらを向けば、式子と遊ぶ子らの中、一人、少女がこちらを見ていた。年は式子と同じか、少し上くらいに思える。

彼女はイガキの視線に気付いたらしい。やんごとなき身分の姫には不釣合いに小さく頭を下げた。イガキの顔がさらに緩む。それを確認したのか、少女はまた輪の中に戻った。

 恐らく、子供たちはいなくなってしまうだろう。もうここに残る理由もなくなった。

理由がないのなら、新しい理由を作る道理はない。彼女たちのことを思えば、猶更に。ならば、早くここを去るほうがいいに決まっている。

 それは分かっていた。それなのに。否。それだからこそ、イガキは楽しそうに笑う五人をずっと眺めていた。顔にはどこか淋しげにも見える笑みを浮かべて。


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