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ハロウィーンの帰り道

作者: 月見うなぎ

時刻は黄昏を少し過ぎ、長く伸びた影が商店街を賑わせている。


通りには「藤桐町商店街秋祭り」だの「はろぅいんまつり」だの「とりっく、おあ、とりぃと」だのと書かれたのぼりが立てられており、そこかしこに人の頭を象ったカボチャの置物やらドデカイてるてる坊主のようなお化けシーツが飾られたりしている。店員は皆、吸血鬼やらフランケンシュタインやら河童やらダースベイダーやらの扮装に身を包み、今日がハロウィーンの祭りの日であることを主張していた。


ここ、古書店「明文堂」のアルバイトである辻原陽平も、この日に限ってはただのしがない大学生アルバイトではなく、自身が一介の血に飢えた狼男であることを全身で表現していた。




「店長さん、この格好すごい暑いんですけど」

 陽平は店の奥の店長に声をかけた。秋も半ばとは言え、毛皮の着ぐるみは陽平の体温を当社比3度くらい上昇させている。


「贅沢言うな。結構高かったんだぞ、それ」

「高さはあんまり関係なくて、今は暑いのが問題だと思うんですけど。なんかもう潰れちゃいそうですもん、僕」

「うだうだ言うと給料やらんぞ。さっさと呼び込みに戻れ」

 しかし店長はにべもない。自分は店の奥でだらだらしながら陽平には非情に徹して檄を飛ばす。


「お給料ないのは困りますね。じゃあちょっと休憩してから戻りますね」

「わかった。3分間だけ待ってやる」

 などと言い合っていると、陽平は突然背後からかなり強い衝撃を受けた。


「こんなところにいたの! ホント愚図なんだから!」

「なに? なんですか?」

 振り返って見ると、少女の足が陽平の尻があった辺りに突き刺さっている。年の頃は10歳を少し過ぎたくらいだろうか。黒いマントにちょっと伸びた犬歯。どうやら吸血鬼の扮装のようだが、ハロウィン祭りだからといって客はお化けの格好をする必要はない。妙に気合の入った少女だった。


「なんだ、知り合いか?」

「いえ、知らないです。あの、人違いじゃないですか?」

 キックまでされたがしかし、陽平は少女に見覚えがなかった。


「あら。あなたウチの定次郎じゃないの?」

「僕はその定次郎って人じゃないですけど」

「ごめんなさい。連れが同じ格好をしていたから間違えたわ」

「なんだ、もしかして迷子か?」

 店の奥から店長が顔を出す。


「私が迷子なんじゃなくて連れが迷子なの。この人同じ狼男の格好をしてるんだけど、知らない?」

「少なくとも私は知らんな。…おい陽平、このお子様を迷子センターまで連れて行って差し上げろ」

「え? 僕がですか?」

 陽平を呼び寄せ、毛皮に顔をうずめて耳打ちする店長。


「口ではこう言ってるが迷子は多分こっちのお子様だろ。それに今日は客も来ないしもう店じまいだ。大体、ハロウィンで儲かるのは菓子屋であって本屋じゃない」

 滅茶苦茶な理論を展開する店長だが、陽平は頷いた。


「はぁ…わかりました」

「そこの吸血鬼さん。今からこいつが君の連れがいそうな所に案内してくれるからついて行きなさい」

「あら本当? ありがとうお兄さん」

「着ぐるみは脱いでいけよ」

 かくして着ぐるみを脱いで爽やかになった陽平は、少女を連れて迷子センターへと向かったのだった。




「来ないみたいですね」

 迷子センターまでたどり着きそれらしき人物を探し、それでも見つからなかったので「自分は迷子ではない」と意固地に主張する少女を差し置いて迷子放送を流し、30分ほど様子を見た陽平であったが、目的の人物は一向に見つからなかった。


「もしかしてもう帰ったのかしら?」

「え? 紅音さんを置いてですか」

 望月紅音、というのが迷子放送のときに聞き出した少女の名前だった。


「だって、私はこんなところで迷子になるようなお子様じゃないもの。向こうもそれを承知でもう帰ったのかもしれないわ」

「じゃあもう帰りますか? といってももう夜も遅いし1人じゃ危ないかもしれないと思うんですけど」

「危なくなんかないわ、むしろ夜は私の時間よ」

 当たり前のような口調と表情から、迷子じゃないと言ったり1人で帰れると言ったりするのは、思春期的反抗行動というわけでもなさそうだ。それでも陽平は紅音を1人で家に帰すのは不安だった。


「僕途中までついて行きますけど。住所どこですか」

「3丁目の9の6よ。でも別に送らなくてもいいわよ」

「え、3丁目ですか? すごい近いですよ、僕の家」

「そう、なら別について来ても構わないけど」

 そっけない、が迷子センターでの30分の会話としりとりの分くらいは陽平を信頼してくれているようだった。


「じゃあついて行きます。一緒に帰りましょう」

「…なんか調子狂うわね。ずっと敬語だし」

「クセなんです。クセ」

「ふーん。変な人」




「あ、そういえばですね」

 2人で月夜の帰り道を歩く。


「3丁目のあの辺って大きいお屋敷ありませんでしたか?」

 紅音の耳が反応する。


「………あるわね」

「僕、昔あそこに忍び込んだことあるんですよ」

「そうなの」

 紅音の返事はそっけない。しかし無言で先を促しているようなオーラを全身から発していた。


「10年くらい前に。友達と一緒だったんですけど、そのときすごい不思議なことがあってですね」

「そのとき僕の友達は3人くらいいたんですけど、途中ではぐれちゃって。それで1人でうろうろしてたら女の子にあったんですよ。もう顔とか全然覚えてないんですけど」

「…女の子に?」

「はい。ちょうど今の紅音さんと同じくらいの歳で」

 陽平の思い出話が進むにつれて紅音の表情が何かを我慢するような、緊張しているようなものに変化していく。


「…それでその女の子がどうしたの?」

「それでなんか話の流れでお菓子を食べさせて貰って」

 お菓子、という単語に紅音の表情が強張る。


「それってもしかして手作りのクッキー?」

「そうです。それとなんか紅茶です。…そういうのってわかるものなんですか」

 ずばり言い当てた紅音に驚く陽平。


「どうかしら。あと、なんか紅茶って何よ」

「いや、なんか銘柄も教えてもらったような気がするんですけど、全然覚えてないんですよね」


「…まぁいいわ。それで、その話のどこが不思議なの」

「不思議なのはそこからなんですけど。その日は家に帰ったんですけど、そのあと友達に言っても誰も信じてくれなくて」

「もう一回見に行こうぜ、って話しになったんですけど、もう一回行ってもその女の子には全然会えなかったんですよね」

 そう言いながら陽平は自分の足元に目を落とした。


「しかも後で近所の人に聞いてみたら、そのお屋敷には人なんか住んでないみたいなこと言われて。僕が会ったのは何者なんですかみたいな感じだったんですよ」

 一気に話し終えた陽平の脳裏には当時のことが浮かんでいた。その事件のあとで陽平は散々嘘つき呼ばわりされてしまったのだった。しかしそれももう昔の話である。




「そんな感じなんですけど」

「ふーん。ちなみにそのクッキー、味はどうだったの?」

「クッキーですか。あんまり大きな声では言えないんですけど、ぶっちゃけ美味しくなかったです」


「………なんですって?」

「なんか焦げてました。そのときは女の子の目の前だったんで美味しいって言って食べたんですけど」

「あらそう。へー。ふーん。」

 なぜか紅音が剣呑な空気を漂わせ始める。


「あれ、僕なんかまずいこと言いましたか?」

「別に。…そういえばそろそろ家に着くんだけど」

「あ、そうですか。ってあれ、ここってあのお屋敷の」

 そうこうしているうちに2人の目の前にはいつの間にか巨大な洋館がそびえ立っていた。


「ここが私の家よ。もう『ずいぶん長いこと』住んでるわ」

「え? ホントですか? だってここって」

 かつての記憶と一致する風景に困惑する陽平。

「ちょっとこれから寄って行かない?」

 当たり前のように巨大な門を押し開く紅音。



「今度こそ美味しいクッキーをご馳走するわ。…それともあなたは焦げてるほうが好きだったかしら?」



おしまい

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