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作者: ゆゆ


 俺には花が見える。


 花といっても土に生えているような本物の生花ではない。そういうのとは別の、霊的な花だ。


「あいつはもう長くないな」


 道を歩く俺の前に背中を向けて歩くサラリーマン風の男が1人。よたよたとおぼつかない足取りでふらふらと揺れている。


 揺れている、というのはその男の頭に生えている一輪の花のことである。


 くすんだようなピンク色の花びらはほとんどが散ってしまっていてもうあと一枚しか花びらが残っていない。あれでは今週中かあるいは。


 その時。道を歩く男の側面にトラックが突っ込んだ。


 爆音を上げながら吹き飛ばされる男。直後に急ブレーキの音が聞こえたがもう遅い。男は、男だったものは地面に飛び散ってしまっていた。


 あまりにもグロイので俺はその場に立ち止まってただぼーっと見ていることにした。男を轢いたトラックから運転手が降りてきた。絶望したような表情で呆然と地面を見るとポケットに手を入れ携帯電話を取り出すとどこかへ電話をし始めた。きっと警察とか呼んでいるんだろう。


「――――あ」


 あの運転手もだ。あの運転手の花ももう散る寸前。


 その時。急ブレーキの音が聞こえ道の真ん中で電話をする運転手が宙を舞った。


「2コンボ」


 今日は珍しい。人の死が連鎖するとは。


 地面には新たな死体が加わり華やかさを増している。するとトラックの運転手を轢いた軽自動車から女が降りてきた。やはり酷く動揺したような感じで電話をしている。


「…………まじか」


 あの女もだ。頭に生えた花はもう今にも散りそうで、風が吹けば今にも――。


 風が吹いた。


 花が散った。


「3コンボ」


 なんだろう、心臓麻痺とかだろうか。女は急にその場に倒れると動かなくなった。頭の花はもう散ってしまっている。散ったということは死んだということ。これからどんな延命措置をとっても生き返らない。


「ご愁傷様だな」


 本当に今日はどうしたんだろう。家から出て2分しか経っていないのに3人の死を目撃してしまった。


 しかしここまで異常事態となると逆に興味が湧いてくる。


 このまま人の大勢いる駅前なんかにいったらどうなうのだろう。10コンボくらい行くだろうか。


「……行ってみるか」


 本当は近くの自販機でタバコを買うだけのつもりだったので上下紺のジャージにサンダルなのだが予定変更だ。少しだけ歩いて駅まで行ってみよう。


 そう思い至ると道を歩く俺。道行く人の頭にはやはり花が生えているがどれもまだみずみずしく元気な花だ。散りそうな気配はない。表通りに出るとたくさんの人やクルマが行き交っている。しかしこれだけ人が多いと散りそうな花を探すのは逆に面倒だな。クルマに至っては中を覗き込まないと花が見えないし、バイクとかはヘルメットが邪魔で見えない。


「そうだ。電車に乗るか」


 電車に乗って入口付近に座る。そうすれば各駅ごとに出入りする人の花を見ることができる。


「頭いいな、俺」


 俺はふっと笑うと駅の中へと入って取り敢えず五駅先までの切符を買う。改札の上に取り付けられている電光掲示板を見るともうすぐホームに来るようだ。俺は階段を上がりホームへと出た。


「――――お?」


 目線の先。そこにはホームの黄色い線ギリギリに立つ高校生。眼鏡をかけて耳にはイヤホン。背中にはリュックを背負ってそれにはアニメのキャラクターだろうか? 様々なキーホルダーがついていた。そして花びらは、残り1枚。


 と、高校生の後ろから同じ制服を来た3人組の男がやってきた。でもどう見ても友達同士には見えない。だって3人とも金髪にピアス。ブレザーのボタンは全開で見た感じ不良だ。きっとあのオタクみたいな少年に絡もうとしているんだろう。


「よー、田中クン。金、くんね?」


 髪を逆立てた男がオタクの少年の肩に腕を回す。音楽さえ聞いていなければ事前に逃げられたかもしれないのに。可哀想な少年である。


「えっ、ま、またですか? い、嫌ですよ……」


 顔を引きつらせて脂汗を流す少年。しかし不良たちは3人して少年を取り囲むと罵声を浴びせ始めた。


 その時ホームに電車の到着を伝える音楽が鳴り、遠く向こうから点のような明かりが見えた。しかし依然として不良たちは少年に絡んでいる。


「いーから寄越せっつってんだろ。いくら持ってんだよ」


「そのリュックの中だろ」


「や、やめて、やめてください」


 助けを求めるように周囲を見回す少年。しかしホームにいる誰みが見て見ぬ振りをした。


「――っち、いいから、寄越せ、よ!」


 少年を突き飛ばしリュックを奪い取る不良。しかし少年が飛んだ方向。そこは線路で既に電車が。


「えっ」


 空中を飛ぶ少年の顔。それは驚愕に満ちていた。まあ無理はない。ちょうど彼の目の前には電車の運転席が映っていたのだから。


「きゃあああああああああああああああ」


 女の甲高い悲鳴がホームに響く。少年は電車に撥ねられた。少年を突き飛ばした不良たちは茫然自失といった感じでその場にへたれこんで小さく震えている。


「おや?」


 3人の不良たちの花が一気に元気をなくした。1枚、また1枚と花びらが散っていく。


 床に座り込む不良たちの横には3台の自動販売機。そのうちの1台が不意に傾きだした。なんだろう、留め具でも外れたのだろうか。一番左の自販機が倒れ、不良の一人を圧殺した。次いでドミノのように残り2台の自販機も倒れる。不良たちは逃げる暇もなく全員この世からいなくなった。


「今日は厄日だな」


 俺にとってではない。他人にとって今日は最悪の日だ。


 俺はもう満足したと電車に乗ることはやめて家路へと着いた。






     ◆     ◆     ◆     ◆     ◆     ◆






 俺には花と死神が見える。


 花といっても土に生えているような本物の生花ではない。そういうのとは別の、霊的な花だ。そして死神といっても漫画に出てくるような鎌を持った骸骨ではない。そういうのとは違う、もっと人間のようなものだ。


「あいつは死神だな」


 目の前を歩いているのは上下紺のジャージにサンダルの男。外見だけ見ればどこからどう見ても普通の人間なのだがあの男には花が生えていない。生きている人間は頭に花が生えているがあの男には生えていないのだ。


 そしてあの男が出向く先では死が誘発される。だって死神なのだから。花が生えていないのにも関わらずこうしてこの世界を歩いている者は全員が死神なのだ。


 きっと自身が死んだことに気がついていないのであろう。そうして知らぬ間に死神に堕ちた。


「哀れな男だ」


 俺はぼそっと呟いた。

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