9 幕間1
トウカ国の城下町の外れ、右手に流れる大きな川が見渡せる高台に数人の男女が立っていた。
背の高いスラっとした女性。その女性と似通った容貌を持つ小柄な少女。
人好きのする顔立ちに、微笑みを浮かべている男性。図面を片手に、お揃いの作業服の着て『力仕事をしている』と思わせるガタイの良い男達。
「【収斂・爆破】」
ドゴォォォォーン。
金髪碧眼の妖艶な美女は、自身の中にあった魔力を練り上げて凝縮させた小さな球体を、そのしなやかな手のひらに乗せた。
そしてソレを指示された場所へと飛ばす。
ゴォォォォォーン。
爆風が、魔女纏う深い紅色のワンピースの裾をひるがえす。
「おぉ~、流石【真紅の魔女 ロサ・バンクシア】殿!見事な破壊力と精度だな~」
魔女・ロサの後ろでのほほ~んと拍手をしながら、爆風にその短い茶髪をそよがせ、深い紫の瞳を眇めながら賞賛するブッドレア。
「・・・うるっさいわねぇ!気安く話しかけないでよ!!・・・手元が狂ってそっちに着弾しても責任とらないわよ」
セリフの後半には、艶然と微笑みながらロサは言い放った。
「お姉ちゃんってば!これだけ皆さんに迷惑をかけたんだから、与えられた仕事をしてキチンと贖罪して!これ以上、他の人に迷惑をかけるのは問題外だよ!!」
「だって、ルテア~。こんなチャラチャラした、しかも男!大っっ嫌いな男に茶々を入れられたら気が散るじゃない~」
妖艶な美女が小柄な可愛らしい妹に怒られて、情けなさそうに訴える。
そんな姉を無視して、ルテアは姉とお揃いの碧眼の瞳でブッドレアを見上げた。
「すみません。ブッドレア師。どこまでいっても、姉がご迷惑をおかけして」
「いやいや、ルテアちゃん。気にしないでいいからね~。ルテアちゃんも大変だね~。ロサ殿のあの『男嫌い』のフォローも大変でしょ?」
そう言って、ブッドレアはルテアの姉より淡い金髪の頭を撫でた。
「ちょっと!そこの男!!うちの可愛い妹の頭を勝手に触らないでよ!」
「・・・おねぃちゃん。お・し・ご・と」
「・・・はい。姉はお仕事します・・・。チーフ!次!!」
チーフと呼ばれた現場監督は、図面と川と城下町の位置を確認してから指示を出す。
「では、魔女殿。水門もかなり近いので川の手前・・・そうだな5M程の場所まで掘っていただけるか?」
「そうね。砕いた岩石の破片で水門が破損でもしたら、目も当てられないわね」
ロサは、ちょっとやけくそ気味に魔力を飛ばした。
「この堅い岩石相手に人の手で作業をしていたら、どれほどの時間と労力がかかったか・・・。魔女殿・・・いや、ロサ殿。本当に助かりました。心からの感謝を」
「ふ、ふんっ。たいした事無いわよ、これくらい。それにコレは贖罪なんだから、べ、べつに感謝とかは必要ないんだから!」
爆破の作業が終わった後、そう言って作業場の男達が頭を下げてきたのに対して、ロサはあらぬ方向を向きながら言い放った。
「それでも。この水路が完成したら城下町の生活は、格段に楽になる。その日が一日でも早いに越したことは無い」
姉の照れている様子に、妹が助け舟っぽいのを出した。
「こちらこそ、色々お騒がせしてしまいまして。又、何かご協力ができる事があったらおっしゃって下さいね。姉がお力になりますから!」
「ルテア?・・・そんなにお姉ちゃんの事怒ってるの?」
―――ルテアちゃん、最強だな―――
その場にいた男達の満場一致の思いだった。
ピィィィィー。
空から黒い影がものすごい勢いで近づいてきたかと思うと、何かを放ち通り過ぎていった。
ゴツッッツ。
「ぐはっ」
ソレはいい音を響かせながら、ブッドレアの後頭部に見事に命中。
あまりの衝撃に、そのまま前のめりに地面につっぷしてしまう。
作業終了の報告のために作業員と別れて城に向かって一緒に歩いていたロサとルテアは、驚いて立ち止まった。
倒れ伏すブッドレアの側には、小さな胡桃が落ちている。
小さくともそれなりの重さのある木の実。スピードとの相乗効果で、破壊力抜群の弾丸と化したのだろう。
一方、見事な弾丸をお見舞いした『魔撃の射手』は、空中で見事なUターンを披露してから、地面にうつぶせに倒れているブッドレアの背中に華麗に着地した。そしてその背中をふみふみ、と踏みつけている。
「あら?鷹の使い魔鳥ね。それにしても見事な一撃だったわ!」
「ブ、ブッドレア師?だいじょうぶですか?」
満面の笑みで賞賛を贈るロサ。おろおろと声をかけるルテア。
「こんな事をするのは・・・やっぱり、『コンフェッティー』お前か!!」
がばっと起き上がるが、その使い魔鳥はひらりと飛び上がり、捕まえようとしたブッドレアの手の上に手紙を落とすと、優雅にロサの肩に着地した。
「貴方とは、気が合いそうね」
ロサは満足そうに、使い魔鳥『コンフェッティー』に話しかける。
「ひでぇ。なんでこんな扱いを受けるんだ・・・」
ぶつぶつと文句を言いながらも、ブッドレアは手紙を開ける。
『ブッドレア。お前が送ってきたモノに関する資料を持って、とっとと帰ってこい』
バリトンボイスが静かに告げる。そして手紙には署名だけが残る。
『エドワード・ゴーチャー』
―――フジがエドの元に居るはずなのに、スピード重視のコンフェッティーが手紙を運んできたって事は、急を要するって事か。それに送ってきたモノってなると【呪いのうさちゃん】だよなぁ・・・―――
「ブッドレア師?」
急に考え込んだブッドレアに、ルテアが心配そうに声をかけた。
「ん?ああ。ちょっと、家の方で予想外の展開が起きてるみたいなんだ。ロサ殿。協力してもらうよ?
でも、その前に報告を済ませちゃおう。そうすれば、約束通りあの騒ぎのお咎めは無しだしね」
に~っこり、に~っこりと笑ったブッドレアに、ロサの背中に悪寒が走った。
関西でしか通用しないかも?だけど「背中に悪寒が走った」→「背中をお母ん(オカン)が走り抜けた」って言って笑いをとった経験アリです。