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「ところで、腹は減ってないか?
俺の方は、さっき術を乱発したせいで魔力も体力も空っぽで、何か燃料を入れないと倒れそうなんだ」
そう言ってエドワードは、大きな戸棚から取り出したものを菫の前にゴロンと置いた。
「菫も食べるといい」
「えっと、エドはん?これは何ですのん?」
「ん?パンと干し肉。ああ、茶を入れ直すか」
当然のように言って、湯を沸かしだした。
菫は、目の前のパンらしき物体を手にとった。
コンコン。硬い。
―――パンでテーブルをノックできるって、どないやねん!―――
「いやいやいやいや。ちょぉ待って。コレをこのまま食べるん?調理って文化はないんかい!!」
「調理?わざわざ調理しなくても、食べれば一緒・・・」
「・・・エドはん?何も言わずに、時間を30分。それとキッチンを貸してくれはる?」
ゴゴゴゴゴゴォォォ。
ぬいぐるみなのに、ピンクの可愛らしいうさぎなのに、背後に燃え盛る炎が見える。
「・・・あ、ああ・・・かまわないが・・・」
「・・・ふふふ。コレがご飯やなんて、たとえ神さんが許しても、ウチが許さん!!」
ピンクのうさぎが明後日の方向を向きながら、こぶしを振り上げて叫んでいる。
エドワードは逆らわずに、闘志をみなぎらせているうさぎの身体にそっと【防水】(吸水性がよさそうだから)と【防火】(燃えやすそうだから)の術式を施した。
家の表に置きっぱなしだった買い物袋をエドワードに回収させて、戸棚から見つけた食料と一緒に中身をテーブルに並べる。
パスタ。ちょっと芽が出てた玉ねぎにハム。
「ピーマンが無いのが淋しいけど、無いもんはしゃーない。これで作るで!!」
―――――パスタを茹でてる間に、玉ねぎとハム千切りに。
トントントン。
ピンクの耳が包丁の動きにつれて、ぴこぴこ揺れる。
―――――玉ねぎを炒めて軽く塩コショウ。玉ねぎが透き通ってきたらハムも入れる。
フライパンを振っているのか、フライパンに振られているのか・・・。
―――――ケチャップ:マヨネーズ:ウスターソース 2:1:0.5 の割合でソースをつくりフライパンへ。茹だったパスタを放り込んで絡めて完成!
「さ!召し上がれ!ナポリタン!!」
「あ、エドはん、お好みで粉チーズをどうぞ」
ぬいぐるみの身体が水浸しにならないか、間違って引火したりしないか、ハラハラしながら菫の後姿を見守っていたが、小さな身体で手際よく料理を作ってしまった。
なんだか良い匂いもしてる。
対面に座った菫がなんだかワクワクした感じで、エドワードが食べるのを待っているのを見て、初めて見る料理に多少ためらいながら口をつけた。
「・・・美味い」
「よかったぁ」
安心して気が抜けたのか、さっきまでピンと立っていた耳がへにょん、とうなだれた。
「よかったら、いっぱい食べてなぁ」
そう言って、菫も嬉しそうに食べだした。
「菫の元の身体は、地下の研究室の仮眠室に運んでおく。あそこが一番安全だからな。菫自身は、この客間を使ってくれ」
食事も終わり、一日色々あって疲れただろうとエドワードは菫を部屋に案内した。
とは言っても、今の菫の短い足で移動するのは時間がかかるので、エドワードに抱えられての移動となるが。
菫は、思いのほか優しくベットに降ろされながらエドワードに話しかけた。
「エドはん。ちょっとお願いがあるんやけど・・・」
「ん?何だ?」
ベットにちょこんと座って、エドワードを見上げる。
「ウチにこの家の事、ご飯の支度やらお掃除やらをさせてもらえへんやろか?これでも一人暮らしは長いし、一通りの事はできるし」
「・・・その身体では、大変だろう?」
「さっきもちゃんとご飯も作れたし、大丈夫!エドはんが【呪い】を解いてくれはるまで、ただ待ってるだけなんて心苦しいし、出来る事をしてたいねん!
それに、正直、あの食生活は無理。ウチ我慢できひんわ。ご飯は美味しく楽しくでないと!」
おそらく彼女の人生で初めてであろう、超想定外の事態に陥ってもなお、前向きに対処しようとする菫の姿にエドワードは感嘆した。我知らず、優しい笑みが浮かぶ。
「・・・そうか。じゃぁよろしく頼む。これからは、毎回の食事が楽しみだな。」
―――何、その優しそうな微笑み。この身体に心臓ないはずやのに、ドキドキしてしもたやん!―――
「今日はもう休むといい。灯りは消しておくぞ」
最後に一人であわあわしながらも、菫の永い一日はようやく終了した。
「しまったぁ。この身体、まぶたがないし、目つぶれへんやん!」
菫の独り言が部屋に響いたが、聞いているものはいなかった・・・。
ようやく、菫さんのなが~い一日が終了。…な、ながかった。