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「ちょっと移動するぞ。身体の方はさっき施した術式が定着するまで、不用意に動かさない方がいい」
そう言ってエドワードは、机の上で呆然としているうさぎを抱き上げ、フジを肩に乗せてキッチンに移動する。
キッチンのテーブルの上に菫を置くと、湯を沸かし優しい香りのするハーブティを入れた。
「飲むといい。多少は落ち着くだろう」
菫の前にカップを置くと、自分はその向いに座る。
出されたお茶を飲もうと菫は手を伸ばすが、その手がピンクのタオル生地だった事に気づき、その手をまじまじと見て固まってしまう。
―――このぬいぐるみで飲めるんやろか―――
「大丈夫だ。問題無い」
エドワードの落ち着いた声と凪いだ眼差しに後押しされて、一口飲む。
「・・・美味しい・・・」
美味しいと感じれた事に安心して、ほろりと心がほぐれた気がした。
「では、貴女の事情を聞かせてほしい。かまわないか?」
「はい」
菫は、これまでの経緯を説明した。
わけがわからぬままに森をさ迷った事。
白い鳥に導かれ、家にたどりついた事。
家の中に誰もいなかった為、勝手に入り込んだこともあわせて謝罪した。
そして、今までの常識では考えられない事(ロック鳥なみの大きさの鳥の目撃や、自分の身の上に起こっている事)から考えて、おそらく自分が異世界から迷い込んでしまったのではないか、という考えも。
「そうか・・・。それで、あんなに簡単に【呪い】を受けてしまったのか。
それにしてもフジ、お前が招いたのか。主に似て奔放すぎるぞ、全く」
エドワードは『何のことやら』といった風情でそっぽを向いているフジに目をやる。
「では、今こちらでわかっている事を説明しよう。わからない事があればその場で聞いてくれ」
「はい。お願いします。・・・っとっと」
ぴょこんっと、うさぎが頭を下げる。若干勢いがよすぎて、つんのめりそうになっているが。
「まず、今、貴女が入っているうさぎのぬいぐるみには【呪い】がかかっている。
身体から心が引き剥がされ、動く事も話す事もできない【拘束の呪い】でぬいぐるみに閉じ込められる。その一方で身体のほうはゆっくりと【衰弱の呪い】で死に至る。だが心は、その【拘束の呪い】が解除されなければいつまでもぬいぐるみに囚われたままになる」
エドワードの説明に菫はゾっとする。
顔色が変わるならば、真っ青になっていただろう。
「今は問題ない。そのぬいぐるみにかかっていた【拘束の呪い】を解除させた状態で貴女の心を固定させた。元の身体とも繋がりを結びつけてあるから、普通にぬいぐるみの身体で生活ができるはずだ。
ただ、身体にかけられた【衰弱の呪い】は既に解除してあったんだが【休止の呪い】と【剥離の呪い】は解除できていない。この二つを解除しない限り、元の身体は生命維持活動を果たさないし、心も身体に戻れない。
身体にかかっている【呪い】を解除できるまで、ぬいぐるみの身体で我慢して欲しい」
エドワードは自分の説明が、菫に浸透するまで待った。
「何かわからない事は?」
「今のウチの状態は、良くわかりました。でも、何で見ず知らずの、しかも不法侵入までしたウチにこんなに親切にしてくれはるん?」
うさぎが、まん丸な黒い目でじっと見つめながら聞いてくる。
「この家には、自称『天才術師』の友人が面白半分でいろんな防御術をかけているんだ。
曰く【害意があるヤツが入ったらボロクソに痛い目にあう術】だとか【招かざるヤツは入る事も、家に気づく事もできないもんねーの術】だとか色々と。
貴女は、フジが招き入れた客人だ。この家に入れた時点で、害意が無い事もわかる」
ふわり、と笑う。厳つい身体に似合わず、笑うとエドワードは柔らかい雰囲気になる。
「はい!フジって?どちらさんですの?」
うさぎが挙手して質問。
「ああ。この使い魔鳥の名前だ。といっても主は俺ではなく、自称『天才術師』だが」
そう言って、肩に乗せている白い鳩を紹介する。
「今回のことは、偶然が重なった結果だと思っている。
貴女が森で迷っていた事。フジが貴女をこの家に招いた事。この家に【呪い】のかかったぬいぐるみが置いてあった事。
俺が貴女を驚かせてしまったが為に【呪い】を受けてしまった事は、本当に申し訳なく思う。この家の家主として、責任をもって貴女を元の身体に戻す事を約束する。それまで、この家に滞在して待っていてくれないだろうか?」
真摯な灰褐色の瞳を見て菫は、信じて待とう。そう思った。
なので、机の上で正座をして手をついて頭を下げる。
「わかりました。ふつつか者ですが、よろしゅうお願いします」
頭を下げたついでに、バランスも崩して前のめりにつっこんでしまった。
「こちらこそ。
因みに、俺の名はエドワード・ゴーチャーだ。貴女の名は?」
エドワードは菫に手を貸して起こしながら、いまさらながらに名前を名乗った。
「菫。河上菫です。エドワード・・・。エドはん。よろしゅうに」