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「じゃぁ、菫。何かあったらすぐに相談してね。あ、でも、何もなくても連絡はちょうだい。約束よ!」
【呪い】の解除も無事終了し菫が支障なく生活できるようになった為、今日ロサは帰国する。
女性同士で色々な話をして親交を深めていたロサは、菫に自分の家で一緒に暮らさないか、と提案してくれた。だが、菫は
「この家でエドはんと1年、1年間だけ必死で元の世界に戻れる方法がないか探すわ」
「1年?1年で決断できるの?・・・方法がなかったら諦められるの?」
「どっかで区切らんと、いつまでたっても諦めがつかへんと思うねん。やし1年。そのかわり死に物狂いで探すわ」
そう笑ってロサに返答した。
ロサは間際まで別れを惜しんで、いやいやしぶしぶブッドレアと出発。
「ロサちゃん、家に帰れるのにどうしてそんな嫌そうな顔してるのかなぁ?」
「・・・わかって言ってるでしょ!アンタと一緒だからよ!!こっちに来た時みたいに、勝手にあっちこっちにふらふらふらふらふらふらしないでよ!私が大変なんだから」
「え~、いい匂いがしたらその方向に行くのが当然!ルテアちゃんにもお土産買いたいし、ね?」
「ね?じゃないぃぃぃ~!!」
賑やかに旅立っていく2人を
「ロサはん、ガンバレ~」
ひらひら~、と手を振って菫とエドワードは見送った。
それから2人は1年間、探し続けた。
文献に何か記述は無いか、といくつもの文字を追い
『異世界から来たんじゃないのか?』と言われる人物がいると聞けば、訪ね
蜃気楼のような不確かな街が見えると噂を入手すれば、赴き
解読不可能な石碑があれば、確認に向かう。
そして、少しでも時時間があれば家の側の泉を調べた。
だが、文献からは何もみつからず、
噂の人物は『こちらの常識では理解の範疇を超えている』という比喩表現に過ぎず、
不確かな街は見る事はできたが、本当にただの蜃気楼で、
石碑は、菫にもエドワードにも読め(関係の)ない文字で書かれてあった。
少しでも可能性のありそうな話はどんなに遠くともその場所に赴き確認したが、どれも手がかりではなく、泉は時折違う光景を見せてはくれるが、そこから異世界に道が繋がる事は終ぞなかった。
その日、菫とエドワードは1年前と同じく2人で夜空を見上げていた。
しん、と冷たい空気。降り注いできそうな程、星が瞬く真っ暗な夜空。
違うのは、菫がぬいぐるみでは無い事。『元の世界に戻る』という僅かばかりの希望も見えなくなってしまった事。
「・・・エドはん、おおきに。ウチの我が儘に付き合ってくれて。納得したわ。ウチはもぅ、育ててくれた世界に帰る事はできひんって」
エドワードに背を向けて、菫は夜空を見上げながら言う。
「明日からは、コッチの世界で生きていく術を算段せんと。相談に乗ってくれはる?」
「相談は、いつでも、どこででも乗ろう。・・・だが、今は我慢することはない」
自分の肩までしかない儚げな菫の身体を、そっと、優しくエドワードが抱き寄せる。
「・・・エドはんの声って、耳元で聞くと破壊力抜群やわ・・・」
後ろから菫の腰に廻した腕に、ぽつんと熱い雫が落ちた。それを皮切りに、慟哭が夜のしじまに響く。
「父さん、母さん、ごめんなぁ。大事に育ててくれたのに、何も返せんで。兄ちゃん、姉ちゃん、後頼むなぁ。茜ちゃん、一緒にライブ行こうって約束してたのに行けんくなってしもて、ごめんなぁ・・・」
泣いて泣いて、心に残っているモノを吐き出していく。
そうして、菫は元の世界と決別した。エドワードはずっと側にいてくれた。
空の端から夜が明けていく。
真上の空は濃く深い蒼色。水平線に向かって蒼から紫へ、紫から淡い赤へと染まっていく。
エドワードは泣き止んで落ち着いてきた菫を、以前ぬいぐるみの時にしていたように後ろから抱きかかえ、地面に座り、明けゆく空を2人で見ていた。
―――おそらく、今、なのだろう。後悔しないための、大事なものを掴み取るためのタイミングが。
1年前、告げられなかった言葉を君に伝えよう。大切な言葉を。君は受け入れてくれるだろうか?―――
「・・・菫、これからも俺の側にいて欲しい。残りの人生を俺と共にすごして欲しい」
ぎゅっ、と菫に廻った腕に力が入る。
菫は後ろを振り返り、そして決断の節目に必ず側にいてくれた真摯な灰褐色の瞳に魅入られた。
―――『生きる世界を選ぶ』という大きな決断を下した。迷う事はない。幾度も迷い、留めた想いを、貴方へ―――
「はい。ウチもエドはんとずっと、ずっと一緒にいたいです」
その瞳に映る自分がほころぶように笑った。