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ぬいぐるみから元の身体に戻ってからが、なかなか大変だった。
ほぼ1ヶ月、動かしていなかった筋肉は衰えていて自力で立とうとすれば、
「ウチは生まれたての小鹿か!」
と菫が自己ツッコミを入れるぐらい足はぷるぷる震え、まともに立つ事もままならない。
側についていたエドワードは、咄嗟に手を貸して腕をとり(ついでに)腰を支え(てしまっ)た次の瞬間、ぬいぐるみではない感触に顔を赤くさせながらあらぬ方向を見やってしまった。
そんな2人をブッドレアとロサは、にまにましながら見ていたり。
ようやく自力で立てるようになったから、包丁を持ってはみたものの握力が戻ってはおらず、手から包丁がぽろん、と落ちて手をちょこっと切ってしまった。
手を切った本人は『あ、血ぃ出てもぉた』とけろっとしてるのに、周囲が
「菫の手が大変な事にぃ」と騒いで、地味ぃ~に大変だったり。
と、色々あったりしたが、菫はなんとか日常生活に差し障りが出ない程に回復した。
そして今日は、心配性の周囲からようやく外出許可をもぎ取ったのだ。
とは言っても『近くの泉+もれなくエドワードも付いてます』の条件付でだが。
「菫、行こうか。ゆっくりでいいからな」
そう言ってエドワードが手を差し伸べてくれる。
ぬいぐるみの時は抱きかかえられての移動だったが、今はこうやって手を繋ぐ。
そんなエドワードの左手には、前の時と同じくサンドイッチ(ブッドレア作)と珈琲を入れた籠が。
大きな右手に菫は自分の手を重ね、2人でゆっくりと歩きだす。
泉を眺めながら並んで倒木に座り、暖かい珈琲を飲む。
「ブッドレアはんの作ってくれはった『サバサンド』めっちゃ美味しかった!料理、上手いんやぁ~。なんか意外やわぁ~」
「アイツは食い意地が張っているからな。美味いモノを追求していったら自ずと腕が上がっていったらしい」
「ほんなら、エドはんの飲みモンと一緒やなぁ」
そう言って、菫は笑う。
今までぬいぐるみで表情が動かなかったせいか、菫の笑顔を見るとエドワードは暖かい気持ちに満たされる。この気持ちを失うかもしれない、と思うと心が寒くなるが、避けては通れない事だと思いなおしエドワードは菫に聞いた。
「菫。元の身体には戻ったが、これからどうしたい?」
「・・・可能性が限りなく低くても元の世界に戻る事は、すぐにはあきらめきれへん。心配をかけてる家族や友達がいてるさかい、簡単に諦めたらアカンと思うねん」
菫は手元のカップを見つめながら言う。
「そうだな。では、どんな決着が着くにしても我が家に居てくれないか?拠点にする場所も必要だろうし・・・俺も菫が居てくれたら嬉しい」
「でも!今までかて、お世話になりっぱなしで。まだ何にもエドはんに返せてへん。これ以上なんて・・・」
「俺は、菫に色々なものをもらっている。世話になるとか、そんな事は考えないでくれ。俺が、菫に何か出来る事を手伝いたいだけなんだ」
はじかれた様に顔を上げた菫が見たのは、ぬいぐるみになって混乱していた自分にゆっくりと優しく事態の説明をしてくれた時と同じ、エドワードの真摯な灰褐色の瞳だった。あの時と同じ想いを抱く。
―――この人を信じよう―――
「・・・おおきに。ふつつか者ですが、よろしゅうお願いします」
「こちらこそ」
エドワードも当初のやり取りを思い出したのか、ふわっと笑いながら返す。
「じゃぁ、そろそろ帰ろうか」
そういって、手を差し伸べる。
「・・・よかった。菫に拒否されたらどうしようかと思っていた。どこか知らない場所で迷って腹をすかせて泣いてないかとか、落ち込みながらも腹をすかせてないだろうかとか、心配せずにすんだ」
「何でお腹が減ってることが前提なん!何か間違ってるって!」
エドワードは笑い声を、菫は雄叫びを響かせながら、きゅっと手を繋いで家路についた。
―――今は言うべき時機ではないから、この気持ちは告げないでおく。いつか、君の決心が着いた時には、この気持ちを正直に告げよう。それが、君を引き留める絆となる事を強く願う―――
―――すぐに諦める事はできひん。それは、慈しんで育ててくれた人達を哀しませる事やから。近い将来、決断を下す。おそらくどちらの世界を選んでも後悔はするのだろう。両方は選べないのだから。同じ後悔をするなら自分の心に正直に決めよう。ずっと、一緒にいたい人の側に・・・―――




